第5話 賢者語
【賢者語】ってなんだ?
このゲームの中での専門用語のようなものだろうか?
「ねえ、バロラ。【賢者語】ってのは何?」
「【賢者語】は世界の真実を隠匿していると言われる賢者たちのみが理解できる特殊な言葉のことよ。賢者たちに言わせれば実際は普通にしゃべっているらしいんだけど、私たちからしたらよくわからない言語で話しているように聞こえるの。大昔に賢者たちが世界の神秘を他の者たちから隠匿する為にこの世界に魔法をかけたとも、神々がそのように世界を創造されたとも言われているわ」
バロラが【賢者語】についてあれこれと説明してくれる。
その内容を総合的にまとめるとどうやら【賢者語】とは、ゲームユーザーがこのゲーム世界の世界観を壊すような発言――ゲームに関するメタ的な基本情報:ゲーム制作会社はどこなのか?ゲームのタイトル、このゲームに使われている技術などの専門用…etc,――に関する発言をしようとした際に、AIが自動的にそれを検知して相手に認識できない音声にして伝えるというようなシステムだと思われる。
だから「VR」と発言しても
確かゲーム業界とハリウッドが協力してVRによる映画コンテンツを作るという際にそんな技術を検討しているという話があったように思う。
VRの場合、映画の視聴者は基本的にVR空間を自由に動き回り、好きなものを見て好きなものを聞くことができる。
その場合、沈没していく豪華客船の中で主人公とヒロインが熱いラブロマンスを繰り広げている最中、視聴者は沈みゆく船と運命を共にしようと最後まで演奏を続けている楽団が奏でる音楽に聞き惚れていることもできるわけだ。
こういう第三者目線で物語を目撃するというタイプのコンテンツの場合、制作者側としては「ハイ! ここがクライマックスですよ! 注目してくださいね!」と思ってるシーンが必ずしも視聴者に見てもらうことが出来ず、視聴者側もメインストーリーを見逃すということが起きてしまう。
もちろんいろいろな対策を取ることが出来るわけだけど、ハリウッドが考えた策としては「視聴者も物語の登場人物――自分の行動によって物語の展開を左右する存在――としてコンテンツに参加してもらう」というVRゲーム的なスタンスを取らせることだった。
たとえば参加者はハリウッドが提供するラスベガスの街のようなVR空間にアクセスする。
そうすると街の中ではいろいろなイベントが起きていて、AIが利用者のこれまでのVR空間での行動パターンや使っているアバターがどんなキャラクターなのか、年齢や性別、最近何を購入したのか?等を総合的に分析し、イベント内での適切な配役を割り振る。
「あなたはこれから怪盗ルパンとしてラスベガスのカジノに行き、景品にされている高級ダイヤモンドを盗み出してください。あなたのサポート役は『アカウント名:ローラ』さんです。ストーリー上で役に立つアイテムはホテル内に用意しておきます。それでは良い冒険を!」みたいな感じで、参加者は自分自身も登場人物としてこのVRコンテンツを楽しむという訳だ。
ハリウッドではこういう手法を「ストーリー・ワールディング(物語世界の創造)」と呼んでいる。
しかしこれにも問題があって……
例えば参加者が感動的なクライマックスのシーンでふざけて大して面白くもないジョークを連発したりしたらどうなるだろう?
キスシーンでいきなりヒロイン役が変顔をしてきたらどうなる?
物語は台無しである。
参加者が面白いコメディアンとかなら、うまいこと笑いに変えてストーリーをコメディ仕立てにして盛り上げることもできるだろうけれど、参加者の多くは一般人だ。
しかも中には悪意があってわざとストーリーを台無しにしようとする者も出てくる訳で……
そんな時の対策として考えられていたのが、もしストーリーを台無しにするような発言や行動をとろうとする参加者がいた場合、AIがその言動の直前に――遅くとも直後には――介入してその参加者の発言や行動が他の参加者に伝わらないようにするという技術だ。
問題行動を起こした参加者は強制退場、ひどい時はアカウントごと
当時はそんなこと本当にできるようになるのか?と思っていたけれど、今見る限りだとそれも実現しているのだと思う……
まあ確かにね。
せっかく現実世界を離れ、VRの世界でキャラクターになりきって冒険を楽しんでいるのに、「これって所詮VRゲームだよね?」とか「運営は最近銭儲けに走ってるよね?」とか「お前ってNPCなん?」とかって言われたらせっかくの世界観が台無しだ。
そう考えたらこの【賢者語】みたいなシステムもプレイヤーがゲームを楽しむ上では必要なものなのかもしれない……
僕が【賢者語】についてあれこれ考察しているとバロラが唐突に声をかけてきた。
「ねえ、ニケ。実は私もさっきからあなたについて聞きたいと思っていたことがあるんだけど、聞いても良いかしら?」
「……良いけど?」
「そう? じゃあ、もしかしたら答えづらいことなのかもしれないけど……」
「うん?」
「あなたってなんで男の子っぽいしゃべり方してるの?」
ああ、それね。
やっぱ気になっちゃいますよね……
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