第21話 タマがいなくなった日、後編

「な、何をするんだ⁈」

 アルドレイヤに殴られ、地面に転がるボクは、思わず「お父さんにも殴られたことないのにッ!」と、タマにしか分からないネタを使いそうになるぐらい、意識が混沌としていた。

 ただ、それを見下ろすアルドレイヤの目は冷たく、握る拳は硬かった。

「私らが、ダーリンに言い寄らなくなった理由が分かるッスか⁈ それはタマさんといつもラブラブだからじゃないッスか! 二人で楽しそうに話しこんでいたり、分かり合えていたり、私たちが入りこむすき間なんてなさそうだから、半ば諦めて、温かく見守ろうって……」

「そうですわ。このままタマさんとのことを引きずったまま、私たちと付き合うなんて言われても納得できませんわ!」

 ルミナも怒った様子で、そう迫ってきた。

 二人にはそう見えていたんだ……。ボクだってタマとは離れがたい、と思っていたからこそ、人族の村に行ったとき「タマ」と呼びかけ、名前を呼びあうことで一緒にいようとしたのだ。

「タマさんが、もし誰かについていったのだとしたら、何か事情があるはずッス!」

「自分から離れていくなんて、あり得ないですわ」

「ピィ、ピィ!」

 もし、タマから離れていったのだとしても、ここまで一緒にやってきて、何も言わずに去るなんて……。

 納得いかない! そう、文句の一つも言ってやる。ボケたがりのタマに、ツッコミを入れてやろう。そう決めた。

「話はまとまったようね。私も手伝わせてもらうわ」

 そういうと、話も聞かずにリディアはタマが向かった、という方角に飛んで行ってしまった。

「探せますの?」ルミナからそう尋ねられ、ボクも「できるよ、多分」

 そう、それがボクの力なのだ。

 位置情報の〝きょうゆう〟――。


 GPSがあるわけではないけれど、大体の位置と方角は分かった。ただ、その足取りは右に行ったり、左に行ったり……。それは地形を回避している……というより、追跡者をまこうとする感じだ。ただ、逆にそうやって時間のかかる移動方法をとっているなら、追いつくことも可能だ。

「走るぞ」

 ボクに従って、アルドレイヤもルミナも、ピイもついてくる。みんな、タマのことが心配なのだ。どの種族でも半端で、一緒にいられなくなった者たちだけれど、いつの間にか絆もできた。

 直線的に追いかけたことで、何とか追いつくことができた。六名のマントの人物らの真ん中にタマはいて、拘束されてはいないけれど、囲まれている。

 そして、彼らが放つ殺気を感じて、ボクも気づく。こいつらは、あの森で出会った奴ら……きっと、流浪の民と呼ばれる、謎の集団だと――。

 実力はケタ違いで、勝てる見込みなんて微塵もない。だけど、ノープランでボクは飛びだした。「タマッ!」

 その呼びかけに、全員の足が止まり、ふり返った。

「何でこの場所が分かった……? そこは転生者、というところか」

 最後尾にいたマントの人物が、そう応じる。きっとそれは余裕の為せる業で、逆に話をできるキッカケともなった。

「オマエたちも転生者か?」

「そうだよ」

 あっさりとそう認める。転生者同士、隠す必要もない、ということか……。

「転生者の目的って? ボクは知らないんだ」

「オマエだってチュートリアルを受けただろう? だから、知らないんじゃない。そういう条件でここに来た、ということだ。偶にそういう奴もいるにはいるが、ろくな奴がいない……」

 面と向かってそう腐されつつ、相手はつづけた。

「転生者には強大な魔法、特殊なスキル、最強の武器など、いずれか一つの選択肢を与えられ、ここに送りこまれる。

 だが、ここは魔獣のレベルが低くてレベル上げもできない一方、魔獣をすべて束ねる魔族は圧倒的な力をもち、とても敵うような相手じゃない。この異世界の、ゲームバランスはクソゲー確定レベルだ。

 冒険をしたって、見合う報酬もなく、弱いモンスターを倒すただの作業ゲー。文化的にも未成熟で、国もないから成り上がりもない。転生者は、魔族の補充をするための、ただのストックだよ」

 確かにこの異世界、ゲームバランスは悪すぎて、逆に転生者であっても、ボクなんて彼らが弱いという魔獣の、レベル1の相手すら倒せない。

「でも、冒険をしないのなら、どうしてパーティーを組んでいるんだ?」

「オレたち魔族候補は、魔族の寝首を掻こうとするから敵視、排除される存在だ。魔族から身を守るためにも、今は一緒にいる」

「ちょっと待ってくれ。この森を治める魔族は、転生者とは思えないし、オマエたちのことも知らないぞ」

「あの娘も転生者だよ。だが、転生するときに記憶をすべてリセットした。そうすることで強大な魔力を得て、すぐに魔族となった。だから詳しい事情を知らん。そのお陰で、オレたちはこの森でこっそりと隠れ住んでいられる」


 やっと、この異世界の仕組みが分かってきた。要するに、ゲームバランスは最悪だし、冒険も、成り上がりも、ましてやスローライフなんて望むべきもない。それは、圧倒的な力をもつ転生者でさえ、することもなくただ待機させられているだけ、なのだから当然だ。

 でも、それならどうしてボクは一人だった? ……否、一人じゃなかった。だからここまでやって来られたのだ。

「オマエたちは、スライムをどうするつもりだ?」

「スライムは希少種。いい取引材料になる」

「取引……誰と?」

「それは教えられん。だが、オマエも転生者なら分かるだろ? 人間は、同じ人間でさえ金で取引してきた。他の動物をとらえ、売買し、見世物とさえしてきた。それは人間がそれだけの力を有してきたからだ。この異世界でも、そうした権利をもつのは我ら、転生者のみ」

「だから竜族を殺し、その子供を奪うことまでしたのか?」

「……ん? あぁ、そういうこともあったな。もっとも、子どもではなく卵を奪おうとして、抵抗した竜族の親を殺しただけ、だがな」

「ピィ、ピィッ!」

 やはり、ピイの親を殺して卵を奪い、ドワーフに売ったのは彼らだったのだ。ドラゴナーの群れを、直接襲うと問題が大きくなり、魔族の知るところとなろう。だから家出をするようにして群れを離れた、ピイの両親が狙われた……。そう考えると辻褄が合う。

「オレたちだって、生きていかないといけない。他者を利用する権利をもつオレたちが、竜族だろうと、スライムだろうと、自由に扱ってもいいはずだ。例えそれが転生者の持ち物であろうと……」

 密漁、強盗、そうすることを正当化する意見だ。自分勝手、自分の都合ばかりを優先する意見だけれど、ボクはその中の一言に、ひどく苛立っていた。


 彼らと戦ったところで、きっと勝利どころか、妨害にすらなりはしないだろう。何しろこちらは、虫にケラがつくレベルなのだ。

「オマエたちは、魔族から身を守るために一緒にいる……といった。でも、ボクたちはちがう。互いに一緒にいたいから、みんなで暮らしている。タマは……ボクの持ち物なんかじゃない。トモダチだ! 仲間だ! それをオマエたちの都合で連れ去ろうなんて、断じて認めない!」

 ボクはこの世界にきて、女神から転生を打診されたときのことを思いだしていた。

「みんなで、仲良く暮らせる世界がいいです」

 だからボクは、転生者の集団には合流しなかった。打算で一緒にいる奴らとは違うから……。そしてボクは、この森で一番初めにタマと出会ったのだ。

 自分のことを「美少女」とのたまい、ボケたがりで、皮肉屋で、自信満々でいるくせに淋しがり屋で、丸まったネコぐらいの大きさなのに、態度は横柄で……。

 いいところなんて全然、思いつかないけれど、この世界にきて独りぼっちだったボクの傍に、ずっといてくれた……。

「タマ、一緒にいよう」

 その告白に、タマの目がうるっと……、目がどこかも分からないけれど、その言葉はしっかりとタマにとどいたようだ。

「スライムを奪う? こんな魔獣に命をかけるか……。人殺しになるから、やりたくはないが、オマエ如きを殺すことなんて造作もない」

 急に湧き上がった殺気に、アルドレイヤもルミナも、ピイでさえ立ち向かおうと、前にでた。足は震え、挫けそうになる心を精いっぱい奮い立たせて……。

 魔族候補六人を相手にして、敵うはずもない。でも三人を盾にして、自分だけが生き残るつもりも、タマを見捨てて逃げる気もなかった。

 ボクは異世界で戦わない……、戦う力すらない。でも、唯一与えられたこのスキルがある。

「みんなぁッ! ボクはここだ。ここにいるぞッ! みんなの力を、元気を、ボクに別けてくれッ!」

 両手を突き上げてそう叫ぶ姿はまるで、七つの球をさがして強敵と戦う某作品で、必殺技を放つ準備段階のそれだった。


「何だ、オマエ! ドラ〇ンボールの見過ぎだろ……。

 彼らがそうあざけるのも、転生者ならでは。全世界的に知られたこの作品をまねることで、時間稼ぎもできるというものだ。そう、そしてそれは、時間稼ぎをするためだけのものではない。マントの人物らがその滑稽さに笑い転げていると、辺り一帯が闇へと覆われた。

「なるほど……。こいつらが我らの仲間、竜族を殺した奴らか……」

 上空に浮かぶのは、竜刻峠で出会ったドラゴネスト、ボクたちが「りゅうさん」と呼ぶ、あの巨大竜だった。

 マントの人物らも身構えるのは、魔族でさえ戦うときは決断が必要、という相手であり、生半可な覚悟で挑むこともできない相手だと悟ったからだ。

「そして、私の大事なスライムを連れ去った相手、でもあるわ」

 そのとき、別の方角からゆっくりと降りてきたのは魔族の少女、リディア。

 魔族降臨――。いくら魔族候補が六人いても、竜族と魔族、実力者二人を相手にして、敵うはずもない。

「ま、待てッ! その大事なスライムを殺されたくなくば……」

 盗人猛々しいとばかり、人質をとろうとする彼らだったが、その間をすり抜けていった者がいた。

「同じ魔族の窮状と聞いて、はせ参じたぞ」

 それはタマの友人で、魔獣としては最上位まで進化したシルバリスタだった。巨大なサルとトラの中間のような姿をしており、その太い腕にはしっかりとタマが握られている。

 かくして、悪巧みはすべて潰えた。後は、この異世界でも最強と目される二人から見すえられ、先ほどまでの上から目線を、下から怯えて憐みを請う視線へと変えてみせるが、後の祭りだ。

「今からこいつら、ボコボコにするから、アナタたちは離れていなさい」

 リディアは指をぽきぽき鳴らしつつ、そう言うけれど、ここまで全力で追いかけてきて、ボクたちの体力にも限界が……。

 そのとき背後から、何者かによってボクらの体はもち上げられた。

 虫嫌いのアルドレイヤとルミナは、失神しそうになりながら、ピイは自力で飛んでついていく。ボクもシルバリスタからタマを受けとると、上空へと飛びあがった。それはカコイコの成虫。きっと幼虫のいる小屋を離れたボクたちのことを、連れもどしに来たのだ。

「何で奴らについていったの?」

 咎めるような言葉に、タマはボクに抱えられながら「ごめんなさい……。下手に抵抗すると、みんなに迷惑がかかると思って……」

 やっぱりそいうことだったんだ……。

「君がいなくなったら、心配する。必死でさがしまわる。迷惑なんていうな。ずっと一緒にいよう……」

 タマはこそばゆいのか、体をくねらせ「何ですか? 告白のつもりですか? 空を飛んでいるから、つり橋効果が働くとでも思いましたか? ……でもまぁ今回はよくやった、と一先ず褒めてさしあげましょう。ご褒美として、美少女をぎゅっと抱きしめる権利をあげます」

「素直じゃないなぁ。ぎゅっと抱きしめていないと、落っこちるだろ?」

「だから、ぎゅっと抱きしめていて下さい……」

 タマは恥ずかしいのか、こちらを向くこともなく、そう呟く。背後からは、まるで花火を上げるような音が聞こえてくるけれど、今は気にしないことにした。


 後日譚――。

 あのとき、ボクがつかったのは情報〝きょうゆう〟――。位置だけでなく、魔族候補たちが行った所業をふくめ、近くにいそうで、一度は〝きょうゆう〟を使ったことのある強そうな相手に、そうしたのだ。

 それに応え、現れたのがドラゴネストのりゅうであり、魔族の少女リディア、魔獣のシルバリスタだった。

 魔族候補たちは、この三人によりコテンパンにされ、這う這うの体で逃げていったそうだ。これでピイの両親の敵討ちもできた。

 ボクはこの異世界にくるとき、戦ったり、争ったりは嫌だと思った。だから願ったのだ、このスキルを――。〝きょうゆう〟とは、周りの者たちと分かり合うことのできる力。情報を〝きょうゆう〟し、価値観を〝きょうゆう〟し、互いの〝ちがい〟を理解し合うことができる。〝きょうゆう〟とは、必ずしも同じにするのではなく、互いの認識を合わせることでもあった。

 それでも、魔族候補たちのように〝きょうゆう〟できない者たちもいた。むしろ、前の世界の常識をすでに〝きょうゆう〟し、すでに大きな差があるため、なのかもしれない。だから、強い者たちと情報を〝きょうゆう〟し、タマを助けることができたのだった。

 ボクたちはあの後、村にもどって、元通りの忙しい生活を送っている。一つ違う点があるとすれば、魔獣たちが出入りするようになり、仲良くしている。

 何より魔獣を統べるリディアが、ちょくちょく村に顔をだすのが大きい。むしろ雨風がしのげるようになり、ここを別荘とでも考えているらしく、家具や調度品などにあれこれ注文をだしてくる。だけど、それをつくるための道具を依頼できるので、これはこれで良し、と考えている。

 ボクたちは相変わらずケンカもするけど、そこそこ仲良くやっている。アルドレイヤ、ルミナ、ピイも仕事をする傍ら、泉で遊ぶことができるここが気に入ったようで何よりだ。

 そして「タマはどうして、ここに村をつくることが気に喰わなかったの?」

「私はこの泉の近くで生まれたんですよ。それって、妻の実家の近くに渋々住居を構える夫、みたいじゃないですか」

「確かに、そういうケースもあるけど……って、妻⁈」

「仕方がないので、この一垓年に一人の美少女の妻になる権利を、シュンにさしあげますよ❤」

 タマが初めてボクの名前を呼んでくれた……。それはきっと互いのパスを通すことでもあって……って、結婚⁈ この後、ひと悶着どころか、まだまだ何悶着もあるのだけれど、それはまた別の話――。今はこの穏やかなひと時で、タマとの間で互いの結婚についての認識を〝きょうゆう〟する方が先になりそうだった。

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ボクは異世界で戦わない まさか☆ @masakasakasama

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