第20話 タマがいなくなった日、前編
木材加工ができる、というのは最高だ。惜しむらくは、ノミやカンナも欲しいところではあるけれど、それはまた別の機会――。とにかく今は鋸があって、切った木を加工できるので、柱やドアをつくれるようになった。これで家づくりだけでなく、家具をつくることができるようになり、生活環境が一変するのは間違いない。
この世界の木々は成長が早くて柔らかく、加工がし易いのは助かった。ただ、釘がないので木同士をはめるなど、組み立てるしかない。前の世界でも多少のDIYの経験があり、ボクが図面をひいて、鋸一本でつくれそうなテーブルや椅子など、家具をつくってみた。
アルドレイヤもルミナも、自分の作業があるので、手伝ってももらえない。それにボクには、カコイコの世話をする、という作業もあった。
カコイコはボクによくなつき、虫なのに体をすりすりしてくる。どうやらボクの体温が、自分たちが温まるのにちょうどいい、ということらしい。しかし大きくなると大型犬ほどのでかい、這う虫に集られるのは、正直重くて大変である。しかも、そればかりではない。
成虫になったカコイコは、よくボクを連れ去って飛ぶのだ。
どうやら卵を産んだ場所にボクを運び、世話をするよう促している、ということのようだ。クサイワの葉の裏に、ダチョウの卵ぐらいの大きさで、三十個ぐらい生みつけられている。
それが孵化すると、幼虫を小屋まで運んで育てる。カコイコの親も、孵化までつきあい、幼虫になってもしばらく近くにいて、見守っている。親の愛情が深い、ということもあるかもしれないが、幼虫に身を守る術はなく、他の動物から食料として狙われるので、そうした生態になったようだ。
同じように、ボクも最弱でこの異世界にきてしまったので、同情を禁じ得ないけれど、ここでは蚕のように人が育ててくれないと、生きるのも大変なようだ。
ボクとタマは、それ以外にも布への改良を重ねていた。魔族であるリディアから、肌触りが悪いことを指摘されており、魔族が魔法によってつくる布との競争をするためには、差別化をはからないといけない。
つまり、染色だ。
意外とこれは簡単でもあった。何しろタマは、植物から染料となる成分を抽出するプロだ。それに、化学成分を合成することもできるので、様々な染料を準備することができた。
ただし、それをどう組み合わせれば、よい色味の布ができるかは、やってみないと分からないことでもあって。タデアイのような植物から、インディゴブルーと呼ばれる藍色の染料を抽出できたとしても、それがカコイコの糸とどう反応するかは、タマにも分からないのだ。
なので、色をつくっては糸を一本、染めていくということをくり返す。良さそうなものを数本染めて、束ねてみると、また印象が違った。そうして布として最良のものを見つけていく作業は、いつ結果がでるか分からない、果てしなく終わりのみえないものだった。
アルドレイヤが住宅や家具をつくり、ルミナがカコイコの糸から布を織り、ピイが食糧を集めてくる。
ボクらはここを根城として、新しい生活を営みだしていた。
こう文章で書いてみると、何だか順風満帆に感じるけれど、実際は雲泥どころか、泥臭くもあって……。
飽きっぽくてガサツなアルドレイヤは、中途半端で放りだす癖もあり、きれいに仕上げようとする根気がない。それを宥めすかし、やる気にさせるのは、子どもに箸の持ち方を覚えさせるより大変だ。
また手で布を織るといった細かい作業で、イラつくルミナの精神を安寧にたもち、作業をつづけさせるのも一苦労だった。
食糧集めをさせるピイは、見つけると我慢できず、すぐ食べてしまう大食いキャラを発揮、結果お持ち帰りの量が少なくて、夕飯にも事欠くことが多かった。そこで、ボクは畑をつくることにした。元々、野良で生えているものを植えておくだけなのだけれど、アルドレイヤもルミナも農業といったことをしたこともなく、また性格的にも難しいことが自明だ。
そこで、畑の世話もボクの担当となった。見たこともない植物ばかりで、どう育てたらよいか……それを模索するところがスタートだ。野生種だから簡単……と思っているととんでもない。植物なのに、茎や枝のところがよく動いたり、それこそ食虫植物のように、油断するとこちらを食べようとしてきたりする種までいるのだ。
そうした世話も、すべてボクの担当となった。カコイコの世話と、畑の世話と、ボクは寝る間も惜しんで働く。村を軌道に乗せるまでは仕方ないこととはいえ、ハードライフがつづいていた。
そして、タマである。そもそもこの泉の近くを拠点とすることを、快く思っていなかったこともあるのか、繭をほぐす薬液だったり、色素成分を抽出したり、といった作業を手伝ってはくれるものの、あれ以来怒っているらしく、話をすることも少なくなっていた。
あれ以来――。それは魔族の少女、リディアに連絡をお願いしたとき、だ。
タマは嫌がっていたけれど、結局は魔獣であるシルバリスタが代わって連絡してくれた。それがお気に召さなかったのか、つんつんして、何を話してもなしの礫といったところだ。
ボクも忙しさにかまけて、ケアしていなかったのが悪かったのかもしれない。そのうち、また元通りになる、と……。しかし、この時のそんな諦観が、とんでもない結果になるなんて、このときはまだ知る由もなかった。
「へぇ~……。短期間で、よくここまで仕上げたわね。感心、感心」
魔族の少女、リディアはここ最近、よく顔をだすようになっていた。布をつくって売りだそうとするボクたちに出資するオーナー、もしくは布を取り扱うバイヤー、といった風で、あれこれ口をだしてくる。
「発色がよくないわ」「風合いが悪い」「布の表面ががさがさ」
ただ、そういった指摘は製造現場との差でもあって……。苦労してうみだした側とすれば、それは努力の否定であって、容易に受け入れ難くもあった。特にそれが、主として開発を担当しているタマにとっては、内心の怒りもあり、心を削られることでもあって……。
ただし今のところ、布の良さをわかって取引してくれそうなのは、魔族であるリディアだけだ。オシャレを考えるだけの生活の余裕があって、またこちらから物々交換をしたい、そんな取引条件を準備できるのも、リディアしかいない。
何しろ鋸をはじめ、鉄を精度よく加工、製品にできるのもリディアしかいない。鍋やフライパンなどの調理道具、それに生活水準を引き上げるための、大工道具も欲しかった
この世界でも鉄などを加工する技術はあるけれど、刀や斧といった、戦争に用いられる道具とちがって、その製造意欲は低く、あまりに精度が悪くて、そのせいで不便を感じることも多かった。元々、そういった精度のよい道具をつかったことがないので、仕方ないのかもしれないけれど、ないことの不便さを感じるボクが、リディアに色々と教え、よりよい道具をつくりだすためにも、交換条件としてよい布製品をつくらないといけない。
リディアとて、何もそこまでする義理もないけれど、鋸もそうだったように、面白がって協力してくれる、と約束した。何しろ彼女が知らない、便利道具をつくるのであって、それは青いネコ型ロボットが、ポケットからだしてくる道具と同じで、わくわくする体験のようだ。
「リディアは鉄をどうやって調達しているの?」
戯れにそう尋ねてみると、予想外の答えが返ってきた。
「ドワーフと取引しているわよ」
「あれ? ケンカしていなかった?」
「いつも戦っている、と思った? それは、向こうが森を統べる私の存在をみとめていないんだもの。でも、互いに欲しいものはあるし、必要に応じて取引はする。そんな感じね」
「もしかして、ピイと戦ったときも手を抜いていた?」
「抜いたつもりはないけれど、トドメを刺したいと思うほど、真剣に戦っているつもりもないわ。この森にはエルフもドワーフも必要だと思っているし、私もストレス発散も兼ねているし……」
「ストレス発散って……。それで魔法をつかっちゃマズイだろ。世界、終わっちゃうよ。後、そんな相手と取引するって、やりにくくない?」
「やりにくくないわよ。だって、竜族を仲介しているもの」
なるほど、竜族は魔族間の取引でも運搬を担っていたように、ここでは様々な仲介を請け負っているようだ。
「頻繁に取引するから、竜族はドワーフの村の近くに暮らすのかな?」
「竜族の事情なんて知らないわよ。でも、エルフは森から多くを得ているから、取引は少ないだろうし、人族だってそうでしょ? 竜族が上客とするのは、私たちか、ドワーフぐらいでしょうね。もっとも、その取引でもよくもめるのよ。品物がとどいていないとか、難癖をつけられて、またケンカ……とかね」
仲介業をするドラゴナーと、その近くにいたナゾの、殺気を放つ者たち……。裏の事情が少しずつ見えてきた気がした。
「この森には魔族、ドワーフ、エルフ、人族の他に、別の種族がいるの?」
作業中、アルドレイヤにそう尋ねてみた。タマは相変わらずのつんけんモードが収まっておらず、尋ねたところでナシの礫だろう。なので、次に森のことに詳しいアルドレイヤに尋ねた次第だ。
「いるッスよ。竜族が」
「あぁ、竜族もいたね。他には?」
「竜族がドラゴネスト、ドラゴナー、ドラゴニュートに分類されるのは知らなかったッスけど、三タイプいるッスよね?」
「いや、だから竜族を除いて……」
「竜族を除くと、もういないのでは?」
アルドレイヤが理解できたようで、何よりだ。とにかくガサツなアルドレイヤに尋ねたことを後悔していると、ルミナが割って入ってきた。
「流浪の民がいる、と聞いたことがありますわ」
「それって噂ッスよね?」
「噂だけれど、そもそも会ったこともない相手のことなんて、よく知っているわけないじゃない」
その噂すら忘れていたアルドレイヤに、ルミナも呆れるけれど、彼女とてエルフの村では奥に隠れ住んでいたのであり、外のことは詳しくない。
ただ、タマも流浪の民については言及しており、この森でもそこそこ、謎の集団として認知されているのだろう。恐らく、あの殺気を放ちつつ接触してきた者たちが、それだと同定されるけれど、その自信満々の態度も気になった。きっとかなりの実力差がある、と理解できているのだ。ボクもこの世界にきて、相手のステイタスをみられたように、相手もそれができるのだろう。
見逃してくれたのは、転生者だと気づいたから……? 色々とこの世界のことについて詳しいみたいだし、もう一度会って、話してみたいと思っていた。ただ、それは命懸けとなるだろうけれど……。
「どうだ!」
ボクがさしだした布をうけとり、しばらく観察するように、裏にしてさわったり、表を眺めたりしていたリディアだったが、厳しい目をこちらにむけつつ、徐に「何をしたの?」
「繭の糸をほぐす、その薬液の酸度を調整したのさ。弱酸性だと、繭同士をつなげるノリが残ってしまい、強酸性だと、糸の表面ががさがさだ。酸度を色によって正確に反応する葉っぱをみつけて、ちょうどよい酸度の薬液をつかって、それでこの滑らかな手触りを実現したんだ」
リトマス試験紙のような葉っぱは、森をよく知るエルフのルミナが知っていた。リトマス試験紙ほど、すぐに変化が現れるわけではないけれど、色で判断できるので、視覚的に判断できるのが大きい。
「なるほどね……。これなら、他の魔族とも取引できる……いいえ、色合いも含めて欲しがる製品だわ」
「じゃあ、取引してもらえる?」
リディアは大きく頷く。やっと苦労が報われ、小躍りしたいところだけれど、この場に、ともに苦労した開発担当であるタマはいない。
「そういえば、スライムはどこ?」
「えっと……。色付けの素材としてつかえる植物をさがしに……って、遅いな」
きっと、魔族と会うのが嫌で、わざわざ用事をつくって、かつ遠回りをして帰ってくるつもりだろう、と思っているのだが、それを、わざわざリディアに教える必要もないので、黙っておくことにした。
「スライムって、やっぱり魔族とのパスが弱いの?」
「私たち魔族の力をつかうわけじゃなく、独自に魔力を生成、使用できる魔獣だからね。誕生自体が稀有とされるし、長生きすると、私たち魔族に匹敵するほどの魔法をつかえる。要するに、独立した存在であり、微かに魔力を通して感じあえる……ってところね」
「そんな強いの、キングスライム?」
「キン……何それ? あのスライムはまだ若いから、そこまでの力をもつとは思えないけど、多分、この辺りで誕生したんじゃないかしら?」
「そうなの?」
「この辺りの清浄な空気、魔力の流れ……そうしたものが酷似するのよ。私とちがう魔力の生成……、だから可愛いんだけどね❤」
少女の〝かわいい〟は、男には理解できない。そのときピイがボクたちのところに駆け込んできた。「ピィ、ピィッ!」
生憎と、タマがいないと翻訳もできず、ピイの言葉は理解できないけれど、緊迫した何かを伝えようとすることだけは分かった。
「……え? スライムが?」
リディアにはピイの話が分かるようで、ボクも驚いて「え? 分かるの?」
「竜族とも取引するもの。大体はね。スライムが……攫われた?」
ピイの話をかいつまむと、マントで姿を隠した六人が現れ、タマのことを取り囲んだかと思ったら、タマは逆らうことも、抵抗もせずについていってしまった、というのだ。
「ついていった? 何で……」そう呟いたけれど、それが虚しい響きであることぐらい、自分でも分かっている。タマとは偶々、ボクが記憶まで〝きょうゆう〟し、一緒にいることになったけれど、それは強制ではなく、一緒にいることに説明がつくこともないのだ。
最近、ボクに対して怒っていたこと。それに、そのマントの集団とやらが、例の流浪の民であり、圧倒的な実力差もある相手であるなら、向こうにつく、そう考えたとしても否定できるものではないし、むしろ自然だろう。ナゼなら、こちらは無力で、向こうは強い……。
「探しに行かないんスか?」
「誘拐された……とか、連れていかれた……というのなら、追いかけようとも思うけれど、自分でついて行ったのなら……」
「自分の意志で、タマさんが離れていくわけ、ないッスよ」
「でも、ボクたちが一緒にいる理由だって、元々ないんだし……」
「このバカチンが~ッス!」
そのとき、ボクは力持ちでガサツな、アルドレイヤにぶん殴られて、宙を舞うのと同時に、意識すら飛んでいきそうになっていた。
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