第19話 モノづくり、はじめました。

「だから、何でこんなになついているのさ」

 カコイコの成虫――。六本足で、頭部、胸部、尾部に別れた体をもち、頭部は蛾というより、蜂のそれに近くて大きな牙をもち、触覚が蜂に特徴的な蒲の穂のような形ではなく、アンテナ、もしくは魚の骨のように細く枝分かれしたようになっている点が特徴的だ。四枚の大きな白い羽根をもつが、蝶のような幅広でなく、細長く尖っているので、それで空高く、かなり飛べる。なのに、なぜかボクにたかり、頭や背中で休憩することが多い。

 体長は1.5メートルもあり、羽根を広げると2メートルを超す。飛べるように体は軽くしているので、決して重たくはないのだけれど、なぜボクにつかまってくるのか? それはナゾだった。

「生態についてはよく分からないことも多いですからね」

 タマはそう素っ気ない。

「何を食べているの?」

「幼虫はクサイワの葉だけですけれど、成虫は雑食らしいですよ」

「た。食べられるのッ⁈」

「それはないですよ。食べるとしても、少しずつ千切って、肉団子にしてからではないですか?」

「何で蜂が芋虫を食べるときみたいな食べ方をされるのさ。それに肉団子になっていたら、もう食べられるも同然だからね」

「もしくは甘い匂いがするのでは? パンツの辺りから」

「糖尿じゃねぇよ。アンモニア臭によってくるのだとしたら、ヤバイけど……」

 しかし下半身より、頭の方にこだわりがあるようなので、頭皮が臭い? 加齢臭を気にするお年頃ではないけれど、ここでは石鹸やシャンプーといった、体を洗うものがない。その分、頭皮の匂いは気になるところではあった。

 ただ食べるつもりはないらしく、時おり飛んで行くこともあるけれど、またもどってくる、ということをくり返す。

「卵を産むんじゃないの?」

「もう産んでいるんじゃないですか? 雌雄同体ですから、交尾は必要ありませんからね。この辺りはクサイワも多いですし、葉の裏に産みつけます。もしかしたら、オスのフェロモンを感じているのでは?」

「そんなに男くささはないはずだけど……。カコイコには、ボクがオスらしく見えているのかな?」

「オスっぽいというか、お酢の匂いがするのでは?」

「酸味ッ⁉」


 タマがほぐした糸は、最初から撚りが入った、そのまま糸として使えるものだ。つまり蚕の糸のように紡ぐ必要がない。それは大きな繭の、強度という点でも必要だったのだろう。

 ここで、意外な才能をみせたのがルミナだ。

「ここから布をつくればよいのでしょう?」と、機織り機もないのに、縦糸と横糸を巧みに木の棒でくくりながら、布を織り始めたのだ。

「できるの?」

「エルフは布をつかうもの。もっとも、木綿や麻の繊維をつかって、だけど」

 毛糸を編んでマフラーをつくるように、布の強度も網目を変えることによって、変えられるそうだ。

 もっとも簡単な布なら、一つの繭からあっという間に一反以上の布ができた。

「凄い手先が器用なんだね」

「ダーリンのパンツだと思ったら、手が早くすすんだわ❤」

「毛糸のパンツを送られる、男の人の気持ちが分かった気がするよ」

 下半身を鷲掴みにされている……そんな気分だ。

 でも、繭一つからだとやはりこんなもので、大量生産するには、もっと多くのカコイコが必要となりそうだ。

 そのとき飛来したカコイコがボクの体をつかんで、ふわっと飛び上がった。

「わ、ちょっと! ちょっとぉ~……」

 カコイコに抱えられるようにして、空を飛ぶ。ただ、ボクを連れ去ろうとしたわけではなく、すぐ近くに降りたった。

「何でこんなところに……?」そう呟いてすぐ、カコイコがボクを連れてきた理由が分かった。そこにはダチョウの卵ぐらいの大きさのものが、葉の裏にびっしりと生みつけられているのだ。

 連れ去られたボクのことを追って、タマもやってきたのだが、そこにある卵をみつけて「もしかしたら、世話をしろ、と言っているのでは?」

「え? この卵たちの?」

「卵だけでなく、幼虫のことも」

 なるほど、カコイコがボクになついていたのも、卵を守るのにうってつけだと思われていたのかもしれない。ただ、布を多くつくるためには、それもまた必要なことなので、ボクも腕まくりしながらやる気を見せていた。


 それからしばらく、家づくりはアルドレイヤに任せて、ボクはカコイコの卵たちの世話をすることとなった。

 ただ、それは近づく害虫との戦いでもあって――。ただ戦いといっても、ナイフを振り回すと害虫は逃げていくので、戦うというより監視に近く、この作品のタイトルを逸脱するわけではない。

 しかし百近い卵を狙って、様々な虫が昼夜を問わずにやってくるので、寝ていられない。カコイコの成虫も多少は守ってくれるのだが、クサイワの木の葉の裏に産みつけられた卵を守るので、これはこれで大変だ。寝ずに番をすること、一週間ぐらいで孵化した。

 中からは可愛らしい芋虫がもぞもぞと這いだしてきて、これはこれで可愛い。虫嫌いの人には地獄絵図、エイリアンがはい出してきて、人類が終焉を迎えるときのような絵面だろうけれど……。

 ただ、それからがもっと大変だった。いくら動きが緩慢といっても、幼虫はもぞもぞと這いまわる。新鮮なクサイワの葉をもとめて、うろうろするのを管理しないといけない。

 それに、枕ほどもある大きさの幼虫は真っ白で、枝や葉にたかっていても、全く保護色ではないので、他の動物や昆虫からは、恰好のエサとみなされ、襲われてしまうのだ。

 何とか犠牲を最小にしようと、エリアを囲っていると、クサイワの葉を食べ尽くしてしまう。そうなると次のエリアに移るか、クサイワの葉をボクがとってこないといけなくなる。しかも、カコイコが食べても何ともないのに、ボクが葉をむしると、その名に違わぬほどの強烈な臭いを放つのだ。

 睡眠不足と疲労で、グレーな脳細胞にはかなり刺激的で、眠気覚ましどころか、半永久的に眠りにつきそうなほどのダメージを与え、何度も「クサイワ、ボケッ!」と悪態をつきながら作業する。

 それでも、半数を超える犠牲をだして、精神的にもやられてきたころ、助け舟をだしてくれたのは、アルドレイヤだ。

「どうせなら、周りを囲って養殖場をつくったらいいんじゃないッスか? 簡単につくるッスよ」

 家より大雑把なつくりでいいので、岩をあやつって簡単な囲いをつくると、枝をくんで窓にし、そこにカコイコを入れた。エサであるクサイワの葉を集めてきて、そこに入れておくことで、監視はだいぶ楽になった。

 カコイコはすくすくと大きくなり、一月ぐらいで人ほどの大きさになると、繭をつくる。後はそれをくり返せばいい。

 まさに養殖っぽくなって、それぞれが仕事をもつようにもなっていた。


「リディアに連絡をとれるかな?」

 リディアは魔族であり、圧倒的な力をもつ相手だ。それは魔獣であるタマに問いかけたのだけれど、露骨に嫌な顔……スライムなので、どこが顔かもよく分からないけれど、嫌そうな雰囲気で「何で、ですか?」

 この状況を例えると、奥さんに、奥さんのトモダチへの連絡をたのむ……といった感じか。しかも、そのトモダチとの仲を疑われているのに……。

「タマが嫌がるのは分かっているけれど、できた布を、最初に売りたいのはリディアなんだ」

「何でまた……」

「布のよさを分かってくれているだろうし、売買する相手として、もっともふさわしいと思わないか?」

「思いませんねぇ。ええ、思いませんとも」

「えぇ~……。何か、感情的になってない?」

「なっていません。なっていませんとも」

「その二回言って、二回目に『~とも』をつけるってことは、理由がないんだね」

「そういう冷静に分析して、相手の嫌がることをする男は嫌われますよ。ええ、嫌われますとも」

「~とも、つけられた……。でもほら、リディアだと物々交換をするにも、いいものをくれそうじゃない? 実は、欲しいものがあるんだよ」

「欲しいもの? 私じゃもの足りない、とでも?」

「何かうまいことを言った……みたいな感じにしているけれど、全然うまくないからね。もの、違いだから。そういう意味でも、リディアに連絡をとりたいんだよ。魔獣ならできるだろ?」

「それは私がやってやろうか?」

 そのとき、そういって話しに入ってきたのは、意外な相手だった。

 のっそりと森の中から現れたのは、シルバリスタ……。頭部はトラのようでもあるけれど、全体としては巨大なゴリラのようで、シバニャからシルバリと進化した、その最終進化系がシルバリスタだ。

 つまり魔獣の中でもかなりの実力者で、本来ならボクらの敵だけれど、泉の辺りでは争うことがないため、こうしてふつうに接することもできた。

「シルバリスタは、魔族と連絡がとれるの?」

「我々、魔獣なら多かれ少なかれ、連絡がとれるよ。魔力とはそういうものだ。だがスライムは、魔獣とのパスが弱いのだ。それは我らが魔の力をうけて魔獣化するものだとすれば、スライムは野生種と定義できるからだ」

「野生種?」とタマに尋ねたけれど、無言のまま、ぷいっと横を向く。それにはシルバリスタが答えた。

「野生動物であった期間もなく、自然発生的に、魔の力をうけて生まれ出でるもの。スライムはその分、独自に魔力を流すこともでき、魔族との間で関係をきずくこともない」

 以前も、シルバリスタはそんなことを言っていたけれど、タマはやはり魔獣の中でも少し違う存在のようだ。

 シルバリスタが伝えてくれると、すぐにリディアはやってきた。

「ちょっとッ! 私を何だと思っているのよ。便利屋じゃないのよ。ほいほい呼びだして……」

「この前、少し話したけれど、布ができたんだよ。それで、リディアにみて欲しいと思って……」

「だから、そんなことのために呼びだしたの? って聞いているのよ! 私、魔族なのよ」

「だって、君もいい布ができたら、ボクたちと取引したい、と言ってくれたじゃないか。他の魔族と取引するより、運搬のための余計な支出もしなくて済むし、いいことづくめ、だろ?」

「まぁ、そうだけど……」

 怒りをみせていたリディアを、何とか言葉で丸めこんだ。であったときから、こんな感じではあるけれど、リディアが悪い子ではない、という前提があるからこそ、力量差のある相手でも、こうして無茶を通せる。

 ルミナが織った布をさしだすと、うけとったリディアはしばらく繁々と眺め、裏表を確認したり、肌触りを確認したり……と、まるでバイヤーのような厳しいチェックをする。

 やがてそれを、ゆっくりとボクにつき返してきた。

「ダメね……」

「え? ダメ?」予想外の返しだったので、ボクもそう言ったきり、絶句してしまった。そんなボクの様子に、リディアもため息をついてから、ダメだしをした理由を説明しはじめた。

「魔族がつくる、魔法によってほぐされた糸は、もっと滑らかだもの。それに、魔力をもたない人族には何も感じないのかもしれないだろうけれど、やはり一度、魔力を篭めたものって、魔力をもつ者にとっては分かるのよ。これだと、魔族を満足させられるレベルではないわ」

 なるほど、タマがつくった液体で繭からほぐしたけれど、それは魔力ではなく、スライムであるタマの基本的な能力によるものだ。

 魔力は互いに連絡をとりあうことができるように、辺りにただよって、それを感じることもできるぐらいのものなのだろう。それはボクらがつくった布の致命的な欠陥といえ、絶望に近いものを感じた。


「え~。これでリディアのパンツをつうくって欲しかったのに……」

「ちょ……な、何を言っているの? バカなんじゃない!」

 がっかり感を隠すための、ささいな会話だったけれど、予想外にリディアの反応がよくて、びっくりした。

 むしろ、リディアはそう言われて、ちょっと嬉しそうに顔を赤らめる。それが、次の評価を生んだ。

「モノは悪くないわよ。要改良ってところね。もう少し、繭をほぐすときにつかった液体なんだろうけど、それを洗い落とすようにして。後は、糸同士が絡み合わずに、滑らかになるよう工夫したら、もっと肌触りがよくなると思うわ。今でも、肌着にはちょっとしたくないけど、上着にするぐらいなら、十分な品質があると思うわ。もう少しってことよ」

 もう少し、後少しでも、そこには超えられない壁もあって……。取引できないことには意味がないのだ。

「いいわよ。これを買ってあげても」

「えッ⁈ ホント?」

「期待値こみで、成長性を買うってところね。最初にこれだけのものができたら、上出来なんじゃない。それに、それを私と取引しようとした、その心意気もふくめての買い、よ」

「じゃ、じゃあ、物々交換をお願いしていいかな?」

 早速の厚かましい申し出に、リディアも多少の警戒をしながら「な、何よ……。見合う条件、ならね」

「鋸をつくってくれない?」

「ノコギリ?」

 ここから、しばらく鋸の説明をすることとなった。薄くて錆びにくい加工をした鋳鉄をつかって、その両側にギザギザの刃をつけた、木を切る道具なのだけれど、それを知らない人に説明するのは、かなり大変だと分かった。

 リディアも面白がって、彼女がもっていた鉄をつかって鍛え、何度も試作を重ねた結果、鋸が完成した。

「へぇ~……。こんなもので木を切れるのね。斧とか、武器にするなら分かるけど、鉄で木を切るなんて思わなかったわ」

 それは岩で城をつくるドワーフや、植物を操って住まいをつくるエルフしか知らないからだ。簡単なものなら人族もつかっていた。しかし切れ味も抜群、これは魔族印の特級品といえた。

 これで家づくりがすすむ……。布一反と、鋸一本。互いに納得した取引により、魔族とボクらは、切っても切れない関係となったのだった。

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