第18話 囲い地の虫と、過去一の無視

「これがカコイコです」

 タマがそういって連れてきたのは、立ち上がると人の大きさほどもある、白っぽくて毛のない芋虫だった。

「カコイコ……蚕みたいなもの?」

 芋虫だけど、妙に人懐っこく、ボクに体をすりよせ、まとわりついてくる。ぷにぷにした体で、虫嫌いの人でなければ、中々に愛くるしい奴だ。

「アナタの世界の、蚕みたいなものですね。繭をつくるのですが、その糸をつかって服をつくれないかな……、と。アナタの記憶を元にして、このカコイコがつかえるのでは? と考えました」

「繭をつくるって……これだけ大きいと、繭も大きいんだろ? どれだけ糸をとれるんだろ?」

「パンツ百枚はいけるでしょうね」

「もうパンツに限る必要、なくない? 糸が調達できるのなら、普通の服だってつくれるだろ? むしろ、そんな肌触りのいい布がつくれるとしたら、服だと高く売れそうだ……。でも、そうなるとこれから糸をつむいで布にするための道具をつくらないといけないし、縫うための針もつくらないと……って、何でこの子はこんなになついてくるの?」

 体が大きく、もたれかかってくるので、大型犬にじゃれつかれているような、そんな感覚もある。動きは緩慢で、重いことを除くと大して厄介ではないので、先ほどから放置していたけれど……。

「大きな繭をつくるのですが、そのとき繭の中に、色々と織り込むことで知られています。例えば木の枝、石、それに昆虫や動物まで……。そうやって所々を補強することで、繭をつくりますから、もしかしたら、ちょうどいい硬さだと思っているのかもしれません」

「先に言って!」

 その名前の由来は、囲い込む……か? 繭に織り込まれて身動きが取れなくなった自分を想像し、このぷよぷよな、生暖かい芋虫にまとわりつかれていることが、薄ら寒く感じられた。


 カコイコが繭をつくりだす。ここは四季が分かりにくいこともあって、エサが豊富で、早く大きくなったものから繭をつくるのだそうだ。

 頭を八の字に振って、繭をつくるのは本物の蚕のようだ。そうして広い範囲を織り込んでいくことで、硬い繭をつくる、蚕の数万倍の大きさの繭をつくるため、近くにある木の枝なども一緒にとりこんでいく。

「でも、蚕だと繭を煮て糸をとるけれど、カコイコはどうやって糸をほぐすの?」

「私なら、溶解液をだせますよ」

 水属性の魔法をつかえるタマは、他の成分を一緒にとりこんで、配合、調合することで、薬品のようなものをつくれるのだ。

「タマのそれって……おしっこ?」

「アナタはそうやって、私が液体を生成するとき、すぐにおしっこと疑いますね。そんなに美少女のおしっこをかけられたいのですか? そういうプレイが好きな変態さんですか?」

「美少女ってみとめていないし、そういうプレイを好む変態でもない! でも、そういう成分をとりこんで、体からだすっていうと、どうしても排泄物のように感じるだけだよ」

「そう想像するだけでも、もう変態さんですよ。私の感覚的にいえば、調理するのと同じです。複数の食材をお鍋に入れて、コトコト煮ていくと、ポトフができちゃいました、というのを体内でしているだけです。むしろ、おしっこをかけられたい願望があって、どうしても生成物をおしっこと妄想したいのであれば、そう称しても構いませんが……」

「そんな妄想したくないし、むしろその液体をかけるのは繭の方だから」

 おしっこでも何でも、繭をほぐして糸をとれるのなら、正直どちらでもいい。今はしっかりとのり付けされたように、互いが絡み合って硬くなっているけれど、それは蚕と同じで、いずれ蚕自身がその繭を溶かし、中からでてくることになる。

「これは成虫になるんだよね? 飛んで行ったりしないの?」

「飛びますよ。むしろ、ピイよりよく飛びます。長期間飛行して、大陸をわたったとも言われていますね。でも、クサイワという植物があるところの近くにいて、クサイワの葉に卵を産みつけます。なので、養殖と同じことができます」

「この近くに、クサイワが生えているの?」

「私たちもよく黒っぽい実を食べている、あの木ですよ。ちなみに名前の由来は、害虫がいると強烈な臭いを発するからです」

「なんで、ツッコミ形式の名前なんだよ……。木瓜があったら、クサイワ、ボケで、会話が成立するじゃないか」

「よくご存じですね。ありますよ、ボケ。よくクサイワの近くに生えています」

「あるんかいッ!」

「ありますよ、アルンカイ。ボケの近くに生えていて、枝がふれるような近さに生えています」

 これ以上ツッコむと、別の植物が出てきそうで、またツッコまれそうなので、やめておくことにした。次にでてきそうなのは「ありますよ、ナニシトンネン……」


 カコイコの生育と並行して、ボクらは家づくりをはじめていた。泉の近くに、大きな岩がごろごろするところがあった。そこにある岩を組み替えて、三方を囲うようにするのは、土属性の魔法をつかえるアルドレイヤの仕事だ。

「ダーリンとの愛の巣づくりッスから、頑張るッス!」という、頼もしいのか、下心丸出しなのか、よく分からないやる気もあって、煉瓦づくりよりも強固な壁で囲まれた空間をつくることができた。

 それでもすきま風をふせぐため、そこに粘土状にした土を塗って塞ぐ。屋根は木の枝を重ねたその上に、土をかぶせた。それで少しは雨風もしのげるだろうし、多少なら耐久性もでるはずだ。

 問題は扉、三方は石で囲んでも、石で扉をつくることはできないし、ドアの構造をつくるには木を加工する技術が必要で、そこをしっかりとつくるためには、製材する必要があった。

 そのためにはまず、石を加工して、斧をつくらないといけない。さすがに土属性の魔法でも、岩を削って斧に加工するのは大変で、鉄や黒曜石のような加工しやすい素材を見つけるのも大変だ。

 一先ず洞穴のようになった、そこを拠点にするけれど、これは床も同じだった。枯草を積んでクッション性をもたせると、必ず虫が湧いてきて、体が痒くなるものだ。なので、板葺きにしたいのだけれど、それも板を加工できるようになるまで、できずにいる。今は素材を見極め、こつこつと削って岩を鋭くすることを目指していた。

 ちなみに、ルミナとピイは食材集めだ。森の民でもあるエルフのルミナは、食材に詳しいし、ピイは少しずつ拠点にはこんでくる役目だ。そしてタマは、カコイコの世話につきっきりである。

 スローライフなんて簡単に言うけれど、道具だったり、その間の生活のための食糧を調達したり、異世界でのそれなんて、そう簡単ではないのだ。

 ただ、さらに厄介な事態がボクらには起きていた。


「何をしているのよ?」

 そこに現れたのは、魔族の少女リディアだった。

「家づくりだよ。そっちこそ、よく歩いているけれど、ヒマなの? それとも健康志向なの?」

「どっちでもないわよッ! 何で私が高齢者の体力づくり、みたいなことをしないといけないのよ。ここは私の領地だから、見回っているだけよ」

「領地? ここを支配しているの?」

「支配っていうか、魔族は自分の領地をさだめて、そこを管理するのよ」

「もしかして、ちょっかいをかけるのは、支配地だから?」

「ちょっかいじゃない! 治安を維持したり、おかしなことをしていたら懲らしめたり、管理をしているだけよ。ちょっかいって言ったら、私がイタズラっ子で、かまってちゃんみたいじゃない」

「てっきりそうなのか、と……」

「……はぁ。アンタって、ホント失礼よね。ずっとタメ口だし……」

 魔族と言っても、年齢的にはボクと同じぐらいだし、最初の出遭いからこんな感じだから、もうそれに慣れている、というところだ。

「タメ口はもう直らないよ。今から敬語も変だろ? パンツを見せびらかし合った仲じゃないか」

「みせびらかし合ってないわよ! アンタが勝手にみただけでしょ!」

「そういえば、空を飛べるのに、何で飛んで見回らないの? パンツをみられたくないから?」

「何でそんなことで飛ぶのを止めているのよ……。もう見せパンにしたから、飛んでもいいけど、魔力の消費が大きいし、ふだんは体づくりのためにも、歩くようにしているだけよ」

「やっぱり高齢者の健康志向じゃないか……」

「ダイエットよ!」


「ピィ、ピィ!」

 ちょうど食糧調達からもどってきた、ルミナとピイの姿をみて、リディアは驚いたような顔をする。

「まだ竜族を養っているの?」

「あれから、竜のところを訪ねてみたんだけど、結局、両親は殺されていてね。そろそろ独り立ちする時期だから、本人の意向もあって、ボクらと一緒にいることになったんだ」

「ふ~ん……。竜族に許可をとったのなら、いいんじゃない。でも、アンタってホントに命知らずよね。竜族に、ほいほい会いに行っちゃうなんて」

「そうなの? 知らぬが仏というか……、仏になっていたんだ。竜と会って圧倒されたり、驚かされたりもしたけれど、でもピイのことが解決できてすっきりしたよ。会ってよかったと思っている」

「変なヤツね……。こんなところに定住するつもり?」

「いつまでも、うろうろとしているわけにはいかないからね。定住というか、居場所をつくりたいんだよ。……もしかして、支配地である君の了解がいるの?」

「関係ないわよ。野生動物が、勝手に縄張りをつくっていたって、咎め立てするのは変でしょ? 周りに迷惑をかけない限りは、放っておくわ」

 どうやらその放置精神で、エルフやドワーフ、それに人族がこの森で暮らしていられるようだ。圧倒的な力量差もある相手でもあって、温情により無賃で居座る、長屋の大家と店子を想像する。

 何しろ、こうして対峙していても、話をするのはボクだけで、アルドレイヤやルミナは、緊張した様子で言葉もでてこない。

「一つ気になっていることがあるんだけど、聞いていいかい?」

「な、何よ、あらたまって……」

 リディアは身構え、顔を赤らめるので、ボクも神妙な面持ちで尋ねた。

「魔族のパンツって、どうつくるの?」


「へぇ~……。カコイコを飼っているのね」

 あの後、ひと悶着があったことは置いといて、カコイコの繭があるところまで、リディアを連れてきた。

「アナタが協力しているの?」

 リディアはそこにいるタマに声をかけたけれど、タマは固まったように動かない。

「私たちもカコイコから糸をとっているわ。私たちの場合、魔法によって糸をほぐして紡ぎ、それを布にしているわ」

「その布で見せパンをつくったんだね」

「見せパンはどうでもいいでしょ!」

「でも、布はどこへ行けば手に入るの? 自作はしてないんだろ?」

「魔族には通販があるのよ。テレパスで品物が欲しいと送ると、とどけてくれる仕組みがあってね。布はそこで調達できるわ」

「どこかでカコイコを飼って、大量に生産しているのか……。でも、どうしてここでは飼わないの?」

「需要がないからよ。人族やエルフは、多少なりとも服をきる機会はあるけれど、ドワーフは革製の服だし、布ってやっぱり、体を隠す意味しかなく、防御には適さないからね」

 防具の意図もないといけない。要するに、まだオシャレを意識するほどに服の価値は上がっていない、ということだ。

「それに、繭をほぐすのも大変だし、カコイコって、大人しい虫だけれど、やっぱり気持ち悪いし……」

 そこは魔族も乙女だった。ちなみに、カコイコの世話についてはボクとタマしかしておらず、アルドレイヤもルミナも近づこうとすらしない。虫が苦手なら、その巨大さとともに近づきたくもないはずだった。

「蛹なら動かないけど、成虫になったら飛ぶし……。近づきたくないでしょ? 飼うより、買えるのだからそうするでしょ、みんな」

「みんなじゃないだろ。でも、それをつくって売ろうと思っている。つまり生産者になろうとしているんだ」

「まぁ、勝手にすれば。私は安ければ買うし、高ければ向こうから買うだけ」

「買うっていうけど、魔族の間ではお金……貨幣があるの?」

「ないわよ。物々交換ね」

「でも、ネットワークがあるのなら、交流するんだろ? 魔族って多いの?」

「魔族は七人だけ。誰か死ぬと、次の魔族が補充されるから、ずっと七人」

「え? 補充ってことは、魔族候補がいるってこと?」

「知らないけど、そうなんじゃない。ある日突然、代わっていてびっくり、みたいなこともあるわ」

「でも、物々交換をしているなら、会うこともあるんだろ? 情報交換もしているんじゃないの?」

「会わないわよ。運搬は竜族がやっているわ。飛べるから、領地を超えて移動できるしね。あ、無理やりやらせているわけじゃないわよ。ちゃんとお代を渡して、運んでもらっているんだからね」

 そこが気になったわけじゃないけれど、考えこむボクに、リディアがそうイイワケしてきた。魔族と、魔族未満がいる事実と、竜族との関係……。ここ最近、頭を悩ませてきたことが、一本の糸につながりそうで、それはカコイコの糸より頼りなかったけれど、確実にボクの中では太く、大きくなっていた。


「何か、気になることでもありました?」

 リディアが去った後、タマには気づかれていたようで、そう声をかけてきた。

「ドラゴナーの村の近くにいた奴らのことだよ。物凄い能力を感じたけれど、姿すらみせなかった。奴らが魔族の待機組だとしたら? そして、ピイの両親を殺したのも奴らだとしたら……」

「本気ですか?」

「簡単な推察だよ。魔族と竜族は、戦うこともあるけれど、運搬を依頼するぐらいの交流もある。魔族とて戦いには二の足をふむ竜族を、しかも二体も倒した……。そんな奴ら、魔族と同等の力があると思って、間違いないだろ」

 リディアを疑ったこともあるけれど、そんな子じゃないし、今の話からも竜へのリスペクトがうかがえた。だとすれば、竜を倒した奴らは別にいる。それが、魔族候補生だとすれば……。

「あ、出てきますよ」

 すでに繭をほぐしてあるので、蛹の姿を曝すカコイコの背中が裂けるのがみえ、そこからゆっくりと成虫が姿をみせた。想像通りのモスラ系だったけれど、虫とするには胸部と尾部はもふもふの毛で覆われた、不思議な容姿をしていた。

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