第17話 居場所づくりは、パンツから
ボクらは夕刻、早めの夕食をとっていた。ドラゴナーの村を離れてから一日が経過しており、ボクとタマ、それにアルドレイヤ、ルミナ、ピイがそろっていた。
「ドワーフとドラゴナーは、その革製品の取引もあった。それなのに、ピイを魔族との戦いの切り札とするように、育成した……。ドワーフは無理やり、卵を奪おうとしたのかな?」
「分からないッスけど、やりかねない、とは思うッス。でも、わざわざそんなことをするとも思えない……ッスけどね」
同じドワーフを擁護する気持ちはあるだろうが、アルドレイヤも首を傾げつつ、そう応じた。
「ボクもドワーフのガサツさからみて、そこまで計画立てて、物事をおしすすめられるタイプじゃない、と思っている。何しろ、水属性だと勘違いしていたにしろ、三年も育成にかかっているし、人族に手伝わせないと、その育成すらままならないレベルだったんだから……」
「軽くディスられたッスか?」
「ディスってはいないよ。ただ、ドワーフの手口とするには、あまりにもおかしな点が多すぎる……ということさ。ドラゴナーの長、エイドリアンの話によると、村をでてすぐに両親は襲われた……と考えている。それまでに卵を産み、両親ともども、何者かと戦った……? 何かを見落としている気がする……」
「見落とすというか、オチがついていませんね」
そう、ピイの両親がどうして殺され、ドワーフに育てられたのか? 分からないことだらけだった。
「ドワーフみたいながさつ者の考えることなんて、理解するのが難しいわ」
「言ったッスね? ルミナだって、何の役にも立っていないッスよ」
「私はマスコットキャラだもの。存在自体が価値なのよ」
「マスコットはピイッスよ」
「ピィ、ピィ」
「生憎と、オレにはマスコットなんて似合わないが、スコットとはいいライバル関係だった……だそうです」
「誰だよ、スコット……。無残に殺された……というピイの両親のこともあるし、ドラゴナーを狙う何者かがいるのかも知れない。油断はできないかもね」
はぐれドラゴナーを狙う連中がいるのだろうか? そうなると、ピイも狙われる可能性があって、分からないのはその目的だった。
「ピィ、ピィ」
「両親のことは残念だったが、オマエたちが気に病むな。オレは明日を向いて生きていく、だそうです」
「カッコいい台詞だけど、明日か……」
そのとき、ボクはみんなのことを眺めて、ふとある決意をもっていた。
「村をつくろうと思う」
「それはムラムラする、という意味の村ですか?」
「村にいる奴は、いつも欲求不満です……じゃねぇよ。色々な種族が集まったボクらは、結局のところ居場所がない。どこかに居場所をつくらないと、落ち着いてもいられないだろ?」
「子づくりもできませんしね」
これはルミナのチャチャ。
「エッチのために巣をつくるって……、動物なら多いパターンだけど、いつも発情しているから、人間は定住しているわけじゃないからね」
「巣をもつ動物の子は、未熟な状態で生まれてくるって、知っていました?」
タマの言葉に「どういうこと?」
「人間の子どもは目も開きません。犬、ネコも生まれたときは未熟ですが、人間と暮らすことで、そこを巣と考えている可能性はあるでしょう。野生ではトラなど、巣の中で子どもを産むケースではそうですね。鳥も同じで、巣をしっかりつくるものほどヒナはひ弱です。一方でセキレイのように、河原の石にまぎれて卵を産むような鳥になると、孵化してすぐに歩ける。鶏のヒヨコがすぐ歩けるのは、人間に飼われている感覚ではないからかもしれませんね」
「巣をつくりたがるのは、子どもを守るため?」
「常に親が一緒にいられない……生まれてすぐに歩ける子なら、一緒に連れ回すこともできますが、そうでない場合、やっぱり巣を丈夫にしたり、分かりにくくしたりすることで、やはり守ろうとするのですよ。だから村をつくるのは、ムラムラするのと同義です」
「同義じゃねぇよ。というか、それが動機でもねぇ。おばあちゃん仮説っていうのがあって、子どもを産まなくなってからでも、しばらく寿命が設定されている人族は、おばあちゃんが子育ての代理、代行をすることで、種として繁栄してきた。自分以外の、他人の子どもであってもね。だから村のような集合が必要だった、という説もあるんだよ」
「また変態なことを……もとい、変なことを考えています?」
「変態なことも、変なことも考えていない。でも、ここで生きていくのに、流浪するだけでは厳しいことは間違いない。特に魔獣すら倒せないボクらだ。畑をつくって、食糧を調達して……」
「いきなりスローライフ展開に、設定チェンジですか?」
「そういうつもりはないけど……。大体、ここでは野草も何も、元の世界とまったくちがい過ぎて、育てられるかどうかも不明だし……」
人族の村では育てている姿をみたけれど、みたこともない野菜だった。土質、その他のことを考えても、育てて収穫できるまでに、数年以上はかかるだろう。スローのつもりが、苦労のライフになりそうだった。
「それで、どこに村をつくろうと?」
「あの、泉の辺りがいいと思う。他の種族の村とも離れているし、魔獣たちもあそこでは大人しいし……」
「でも、定住するということは、居場所を周りにさらす、ということです。狙われることもあるでしょう。その覚悟はお有りですか?」
「戦う……。分かっているよ。そうしたくはないけれど、守るためなら戦う……そうする装備もととのったし……」
ドラゴナーにもらった鎧。そしてアズサからもらった短剣しかないけれど、いざとなれば戦おう、と……。
「覚悟を決めた、みたいな風をかもしていますけど、錯誤が決まった、というレベルですよ。魔獣一匹倒せない、人族ですから」
「台無しッ! ここはかっこよく決めさせてくれよ。でも、戦って勝てるパーティーじゃないからこそ、あの泉にしようかと思っているんだ」
「ハァ……。仕方ありませんね。なら、泉に向かいましょうか」
話はそうしてまとまったけれど、タマが何となく……というか、むしろ渋々と同意した感じが、ボクには気になっていた。
その日の晩――。
ちなみに、ボクら人族やドワーフ、エルフなどの人型の生物は夜、暗くなったら眠るけれど、スライムであるタマや、竜族のピイはそうではない。
タマは自ら「夜行性です」というように、昼間はマグロのように、動きながらでも脳を休めるそうだ。竜族のピイは、時おり誰かの腕や背中につかまって、すやすや眠るが、すぐ起きるショートスリーパーだ。眠る時間は決まっておらず、それは赤ん坊だから……というのもあるのかもしれないけれど、竜族としての少し変わった能力ととらえられている。
そんなタマとピイが、一斉に「危険です、起きて下さい!」「ピィ、ピィッ‼」
だが、ボクらが目覚めたときには、すでに遅かった。何者かによって確実に取り囲まれている気配が、ひしひしと感じられるほどだったからだ。
夜の闇に紛れているので、姿形もみえず、殺気だけが高濃度に辺りを満たす。ただその殺気を発しても、すぐに襲ってくるわけでもなく、等距離を保ちつつ、こちらを観察するように、気配だけがゆらゆらと蠢いているのが感じられた。数人かもしれないし、数十人かもしれない。様子見をするだけの、ただその様子が余計に不気味だと感じさせた。
「何があった?」
小声でタマに尋ねるも、タマも緊張した様子で「……分かりません。ただ、音もなく近づき、突然その気配を表したと思ったら……、これです」
自らその存在をさらす……殺気を放つとはそういうことだ。垂れ流すほどの殺気を放つのは三流……。気配を殺して、目標とする相手にこっそりと近づいて、その寝首をかく。シンプルだけれど、これが一番確実な、一流のやり方だ。そして間違いなく今、ボクらはその相手と対している。一流の、敵を仕留めることに特化した、戦闘員だった。
魔族ともちがう。ドラゴニュートでもない。しかも、何で観察する? 簡単に踏みつぶせるだけの実力差は、考えるまでもなく明らかだ。
とにかく、何者かも分からないけれど、ボクにできるのはこれしかない。
〝きょうゆう〟――。
「……誰だ?」
「…………転生者か?」
意外な答えが返ってきた。転生者というフレーズは、この世界ではあまり浸透していない。だから、ボクしかいないと思っていたけれど……。
「どうしてそれを?」
「キサマ、転生者なのに、こんなところで何をしている?」
「何を……って、転生者には使命があるのか?」
「……何も知らない?」
「何も……オマエたちは、何を知っている?」
急に辺りから気配が消えた……。無数にあったはずのそれが、すべて消え去っていたのだった。
「何だったんスか? 昨晩のアレ?」
翌朝――。アルドレイヤはそういって首を傾げる。
「アンタが最後まで起きなかったから、状況が分からないんでしょうが!」
「そういうルミナだって、起きてないッスよね?」
「わ、私は起きたわよ。でも、レディは低血圧って決まっているのよ!」
ちなみに、低血圧だから朝が弱い……というのは単なる思いこみだ。寝起きが悪いのは、眠りの質だったり、覚醒のタイミングだったり、色々と問題があってそうなるのだ。
「私もレディッスよ!」
女性であるかどうかはともかくとして、二人が昨晩、寝ぼけ眼だったことは間違いない。あれだけの殺気でも寝ていられるのは、不幸なのか、幸福なのか……。気づいたときには……気づく前には死んでいるのだから、下手に恐れ戦かずに済む程度には幸福といえるのかもしれない。
「ピィ、ピィ」
「あれはかつて感じたことがある……。死へと誘う、危険な空気……。オレはあれを知っている、だそうです」
「ピイが知っている? あの殺気は、確かに特殊だけれど……」
ドワーフに捕まってから会った、とは考えにくい。ナゼならずっと洞窟の中にいたし、人族に育てられていたので、周りには人族がいた。あれだけの濃い濃度をはなつ殺気を感じたら、人族など簡単にパニックへと陥ったはずだ。
つまり……「ピイをさらったのは奴らか?」
「どういうことです?」
「この辺りにいることもそうだけれど、ドラゴナーである両親を、ボロボロにするだけの実力も感じた。この森にいる、最強の者が彼らであり、ピイを奪って、ドワーフとの取引に利用したのかもしれない」
この森の、最強の戦闘集団――。しかも、転生者についても知っていた。不穏な空気がひたひたと忍び寄ってくるような、そんなことも感じさせた。
ボクらは泉にもどってきた。ここは豊富な湧水が泉となって溜まった場所だ。アルドレイヤもルミナも、長い旅でゆっくりとする時間もなかったことから、すぐに服を脱ぎ捨てて、泉へと飛びこんでいく。ピイもそれにつづき、三人で水遊びをはじめている。
ボクとタマは、そんな二人とは離れて岸に腰を下ろした。
「問題は、魔獣も利用する泉ですから、近くに村みたいなものをつくると、余計なトラブルを招きます。遠からず、近からず、そういう場所を見極めて、生活の拠点をつくることです」
「水の調達のしやすさを考えていたけれど、それを利用する側は多岐にわたるし、彼らにとっては邪魔になるんだね」
「邪魔な変態です」
「そこに変態は関係ないから。変態要素をふくめると、余計に厄介になるだろ? 変態の部分が邪魔をしているようになるからね」
「変態だから、こんな場所に村をつくろうとしているのでは?」
「別に、水辺で遊ぶ少女たちを眺めたいから、湖畔にコテージをつくろうとする大金持ち、じゃないから。むしろ、この世界では羞恥心が低いから、アルドレイヤたちが全裸で泳いでいても、こうしてすんッとしていられる自分に、びっくりするぐらいだから」
「変態がすんッとしてようと、変態は変態ですからね。でも、この世界で服を着る、というのはあくまで魔獣などと戦う際の防具、もしくは作業をするときにケガをしないようにするため、という実用的な位置づけです。人族ぐらいですよ、恥ずかしいから服を着るのは」
「ドラゴナーが服をつくる技術をもった職能集団で、それ以外の種族には服をつくる技術に乏しいのなら、そうなるしかないのかもね。でも、人族の服といっても麻や木綿でつくった簡素なものだったし、服をオシャレとして楽しむまで、文化として成熟していないんだろう。それを羞恥心ゆえに肌を隠すもの……とするのは、まだまだ先だろうね」
「なら、まだまだ脱げますね」
「ボクは脱ぎたがる変態じゃない! この世界だと、ちょっと常識が異なったタイプの人族、という意味での変態だから」
「変態は置いておいて、ここに村をつくるとなると、住居ばかりでなく、安定的な食糧調達と、産業も必要でしょう。その計画はあるんですか?」
「計画は……ない!」
「そんなことだと思いました。私に一つ、考えがあります。パンツをつくって売るのはどうでしょう?」
「……何で、パンツ?」
「パンツに拘っているじゃないですか? 匂いといい、臭さといい、鼻孔への刺激といい……」
「そこは肌触りとか、着け心地とかにしてよ。何でずっと嗅いでいる感じになっているのさ。でも、パンツをつくって売りにだせば、羞恥心を身に着けさせて、チラッと見えた方がエロティシズム、というチラリストたちにとっても、あり難い世界となるか……」
「チラリストが喜ぶ世界って何ですか……? 変態を増やしてどうします? むしろむっつりスケベを増産して、世界を混沌に陥れたいわけではないです。ただ、私にも考えがあります」
考え? そこは何も語らなかったけれど、タマは計画があるようだ。ボクらは一先ずここにいたって、街づくりをはじめることになったのだった。
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