第16話 竜とサンドイッチと、童

 ドラゴナーが棲む、とされる場所……。

「森が深いですね……。地上にいると夜のようです」

 タマがそういうのもムリはない。光がとどかず、見上げても木々の葉が重なり、ところどころから漏れてくる光が、まるで星のようだ。その分、下草がないのは助かるけれど、苔生したそこは、コロボックルやダイダラボッチがいそうな、諸にモ〇がいそうな森だった。

「こういう森って、湿気がこもって、ベトベトして気持ち悪いわ。居心地悪いったらありゃしない」

 こちらには祟り神ではなく、畳み掛け神がいて、先ほどから愚痴が止まらない。雨はすぐ地面に染みこむので、水たまりはほとんどないけれど、湿気の高さは地中から吸い上げた木々が、蒸散するためだ。

「ここまで来たことないッスけど、何度か話には聞いたことあるんスよねぇ……。何で、だろ?」

 アルドレイヤはそういって首を傾げる。かつて、ドワーフがここまで竜族の子を奪いに来たのなら、ドワーフはこの地を知っていることになる。そして、この湿気の高さにより、ドワーフが竜族を水属性だと思い込んでいたのだとしたら、何となく頷ける話でもあった。

「ピィ、ピィ」

「懐かしい風だ。さすらいの旅にでた、はぐれ者のオレでも、この懐かしい風に郷愁を憶えちまう……だそうです」

「ピイはメスだよね? はぐれ者とか、ふつうはつかわないからね、女の子は……。でも記憶があるのなら、やっぱりここがピイの生まれ故郷か……」

 大型のドラゴネストと、小型のドラゴニュートとはこれまでも出会ったが、中型とされるドラゴナーがどのぐらいのサイズか? どういう性質か? それが分からないだけに不安もあった。

 竜の巣……という言葉が正しいのかどうか分からないけれど、そう思わせるだけの緊張も高まる。祟り神がいなくても、この例え神については、当たって欲しくないと考えていた。


「竜の近くだと、魔獣もいないッスね……。竜刻峠でも感じたッスけど」

「生物として考えると、明らかに実力差もあるからね。ところで、ドラゴナーって何を食べているんだろ?」

「雑食ですよ。ピイもそうでしょ。この辺りにある木の実や、恐らく魔獣だって食べているはずです」

 それにしては、ドラゴナーの目撃情報が少なすぎるのが気になった。ドラゴネストのように、霧に隠れているのならともかく、ここでは獲物も少ないだろう。かなり狩猟の範囲を広げなければならず、そのとき、他の民族とも出くわす可能性があるはずで、タマでさえ竜族についてはあまり知識がない、というその不可知の部分が、気にもなっていた。

 それに、竜族が空を飛ぶ者なら、このくぼ地を上からみたときでさえ、飛ぶ竜をみなかったことが気になる……。

「ピィ、ピィ!」

 ピイが警戒する鳴き声を上げた。それをタマが通訳する前に、ボクらにも緊迫する気配が感じられた。

 高い木々の間を、滑空する大きな物体があった。それが複数、まるでムササビのように、あっという間に取り囲まれてしまう。

 それは竜族。全長は五メートルもないので、大きいことは大きいけれど、ドラゴネストほどではない。ただ背中にある、二枚の大きな翼は空を飛行するよりも、ムササビのように木々の間を滑空するためにあるようだ。

 そして木の幹に掴まり、ボクらを取り囲んで、こちらを観察してくる。

 姿は竜そのもので、ドラゴニュートのような鎧を身に着けるわけでもなく、また武器ももっていない。ただその長い爪が、しっかりと木の幹に食い込んで掴むところをみると、それだけでも攻撃力の高さがうかがい知れる。

 ここは怯まず、ボクの〝きょうゆう〟をつかって、会話を試みる。

「竜族の子をみつけたので、返しに来ました。この子のことを知っている、竜の方はいる?」

 竜たちにも、ピイの存在は確認できたようだ。ザワついていたが、そのうち一体の竜が降りてきた。

「行方不明になった子かもしれん。だが、我々では判断できん。とりあえず、ついてきてもらえるか?」

 慇懃な態度には好感ももてた。まだ警戒は解いていないようだけれど、その竜に案内されて、先にすすむこととなった。


 この森の深さが、ドラゴナーにとっては必須であることが分かる。ムササビもそうだけれど、滑空するためには高い場所からそれをする必要があるからだ。巨体を空に浮かすのに、背中にある翼だけでは頼りなく、否応なくそれはハングライダーのように風をうけて飛ぶものであり、それには高度が必須だった。

 しかも、木々の上に枝を利用して、葉を重ねて巣をつくり、その上には屋根をかけて住居とする。

 滑空するために衣服は邪魔だし、武器も必要ないため、全裸で野生の姿そのもののように見えるけれど、きちんと文化をもっていることがうかがい知れた。

 しかも家々が並ぶ下には、広場のようなところもあって、恐らく集会に利用しているのだろう。木でつくられたベンチもあった。ボクらはそこにすわり、しばらく待っていると、一体のドラゴナーが現れた。見るからに年老いて、腰も曲がってよぼよぼだけれど、長老であり、この竜の村の長だと紹介された。

 ドラゴナーの長は、鋭い眼光で一頻りボクらのことを見渡すと、不意に手を打ちながら二、三歩すすんでボクらの前に立った。

「は~い、どうも~、こんばんは~。リーダーのエイドリアンでぇ~す。ま、なんやかんやいうて、リーダーなんかやらせてもろうてますけど、上から順番いうか、歳をくっとるだけいうか……、誰が歳くっとるねん⁉ 歳は食えるんか? 食ったらどないな味すんねん? そやかて酸いも甘いもかみわけた……いうから、人生は酸っぱいんか? それとも甘いんか? どっちやねん! それとも酸っぱ甘いんか? 梅干しにはちみつ入れとる、あれか? どないやねん、いうてな」

 漫談だ……。漫談ね……。漫談じゃない……。漫談ッス……。ピィ、ピィ……。

 ボクらが呆気にとられていると、それを察したのか「いやぁ~、ワテらは歳とるとお喋りになる、いうか、歳の数だけ口数も増える、いうてな。そんな喋るんならリーダーいけるんちゃうか、いうて、祀り上げられて……祭りで上がるのは、神輿と父ちゃんのテンション! いうてな」

 見上げるばかりのドラゴナーが、身振り手振りもまじえつつ繰り広げる漫談に、さすがに言葉を失う。ただ、相手のしゃべる言葉は、あくまでボクの〝きょうゆう〟のスキルによって、翻訳されたものがこちらにとどくので、実際にどんな言葉遣いかは不明であり、訛りもボクの知る範囲で、近いものを選択しているだけだ。

 いつまでも喋りが止まらなそうになく、本題に向かわないと思って、その漫談に割って入ることにした。

「そのリーダーは、この子を知っている?」

「知っとる、ようでいて、そうでないんやな、これが」

「曖昧だな……」

「せやけと、それが限界なんや、これが。三年前、ワテらの仲間の、まだ若い二人が駆け落ちしたんやけど、その子に似とる気もするし、そうでない気もする。その子らの子かもしれんし、そうでないかもしれん」

 なるほど、会うのは初めてなのだ。

「ドラゴナーであることは間違いないんだ……。でも、何で駆け落ちを?」

「そいつは聞かんといて欲しいわぁ~。ワテらにとっても恥部、恥にあたることやからな。よそ者に立ち入って欲しくはないし、それ以上にそんなことを、ワテの一存でバラしよったら、ワテも立つ瀬がない……どころか、ワテはどうやってももう立ちませんがな! いうてな」

 全裸のドラゴナーだと、その下ネタはキツすぎて……。

「なら、理由は聞かないけど、その駆け落ちしたカップルは、村にはもどっていないのか?」

「もどってはいるんやな、これが。正確にいうと、遺体になっとった。何があったかは知らんけど、傷だらけになっとった……。

 いうても、ワテらもこの森では最強、思うとるし、そんじょそこらの魔獣には負けへんはずやけど……。二体とも傷だらけで、致命傷を負っとった……。それやけど、戦う前にその子を産んどった可能性もある、いうこっちゃ」


 ボクらは、ピイの両親かもしれないドラゴナーが眠る、お墓の前へとやってきた。ドラゴナーは、遺体を土に埋めると、その上に石をおく風習があるそうだ。もっともそこは岩場であり、苔生した岩がそこかしこにあって、運んだり、ドラゴナーが動いたりするため、苔のとれた岩が墓として判断できる材料だ。

「ピイは哀しくない?」

 墓の前で、じっと立つピイにそう声をかけると「ピィ、ピィ」

「瞼の裏で、ずっと思い描いていた親の顔をみられなくなったのは残念だが、これで前を向くことができそうだ、だそうです」

「タマのその翻訳……『だそうです』の部分が、リーダーの『いうてな』に聞こえてくるから、かなり微妙……。でも、ピイがそういうのなら、もう気持ちの整理がついたのかな」

「ピィ、ピィ」

 それにしても、ピイの両親はドワーフに殺されたのだろうか? ドワーフにそこまでの実力はないように思えた。ドラゴニュートの撃退でさえ、かなり苦労していたけれど、あの城塞があってこそ追い払うことができていた。もしピイの両親が、わざわざドワーフの城に攻めこむのでない限り、森で偶然に出遭ったとしてもまず殺されることはないだろう。

 もし別の何者かによって殺されたとしたら、その目的は何だ? 卵を奪う目的だとしたら、それをおいて立ち去ることは不自然だ。偶々、遭遇した相手を殺した? 相手はドラゴナーだ。そう簡単に目的を達するとは思えない。ドラゴナーが傷だらけで発見されたのなら、熾烈なバトルだったのか……。それとも圧倒的な実力差があったのか……。


 そしてボクは、両手両足を縛られている……。

「いや……何で?」

 両手、両足はそれぞれ台座の隅へと結ばれ、大の字にされて、身動きをとれなくされているのだ。

「ついに、そんな変態プレイまで至りましたか……」

「タマさん? ボクが望んで、氷の微笑みたいなプレイをしたい、と? シャロン・ストーンみたいな相手もいないのに?」

「私がいるではないですか? ご所望なら、ミニスカで足でも組み替えますよ」

「スライムの足って……どこ? 組み替えられても、何も感じないからね。パンツを穿いているのか、穿いてないのか、みたいな論争にはならないからね」

「さすが、パンツを穿いているかどうかについて、目ざとく指摘してくる、変態さんですね」

「パンツを気にしているわけじゃないよ。……否、そういうパンツが好きって変態もいるけれど、ボクはパンツを気にする変態じゃないからね」

「もう変態はみとめているんですね」

「変態はみとめるけれど、パンツが好きでも、縛られる趣味もない!」

「いいじゃないッスか。似合っているッスよ」

「縛られる姿が似合っているって、どういうことだよ。そんな趣味もなければ、それを褒められて喜ぶこともないからね。しかも、完全にこれはドMプレイじゃないか。されるがまま、なんてボクの趣味じゃないからね」

「私はその姿のままでも、罵ってくれれば十分ッスよ」

「ここにいたよ、真正のドMが……」

「どうせなら裸にひん剥いて、その格好で縛られていてくれたら……」

「ルミナさん? 全裸で、両手両足をひろげているって、それはもうウィトルウィウス人体模型図だからね。ボクは人間の標準的体型でもないし、ダヴィンチさんに描かれるほど、全裸に自信のあるタイプでもないからね」

「パンツ一丁に自信があるんですもんね」

「タマさん……別にボクは、全裸なら自信がないけれど、パンツ一丁なら無敵の力を発揮する、パンツを被ると力を発揮する仮面……じゃないから。変態秘奥義とかださないから」

 そのとき、グリーンモンスターとでもいうべき、大きな壁がボクに迫ってきた。このままでは台座と、その壁に挟まれてぺちゃんこにされる……。

「いや~、助けてぇ~」と叫ぶけれど、みんなが生温かい目で見つめる中、ボクはその迫ってきた壁の中に、うずもれる形でサンドイッチにされていた。


「もうお婿に行けない……」

「婿に来て欲しくはありませんが、仕方ないので、私がもらってあげますよ」

「タマにもらわれると、ボクはドレイにさせられそうだ……」

「呼んだッスか?」

「アルドレイヤのことじゃないよ。それにしても、見違えたな、その衣装……」

 アルドレイヤはこれまで、革製の結構大胆な服を着ていたけれど、それはドワーフの筋肉賛美で、筋肉をみせびらかすためのものだ。ただし、一般的なドワーフより華奢なアルドレイヤはサイズが合っておらず、ゆるゆるだったのだけれど、それが体にフィットするようになっていた。

「私の衣装も……ほら」

 ルミナも、これまではひらひらしたパジャマみたいな衣装だったのが、しっかりとした服になり、背中の羽をだすため、大胆にカットされた部分もあるけれど、目のやり場に困るといったこともなくなった。

 そう、ドラゴナーは服飾において、高い技術をもつ職能集団だったのだ。長い爪を器用につかい、服を縫い合わせる。勿論それは革製品もそうで、アルドレイヤの服も仕立て直してもらった。

 そしてボクも……。

「装備だけは、いっぱしね」

「カッコいいッスよ」

「馬子にも衣裳……むしろ真変態にも衣裳ですね」

「真変態って何だよ。馬子で一つの言葉であって、真変態は真正の変態って意味じゃないからね」

 これまでイラカバ、という魔獣から造られた装備で、初期装備としても甚だ頼りなかったけれど、シナサイという魔獣からつくられた防具に変わった。若干、重みも感じるけれど、それ以上に丈夫さはケタ違いだ。軽さと強度、でいったら段違いの優秀さともいえるだろう。

 勿論、こうしたこともピイを連れてきたボクらへの答礼だ。ボクがサンドイッチにされたのも、メジャーがないこことで、全身を覆う装備をつくるには型押しが一番として、嫌がるボクを無理やり縛り付けたから、そうなったのだ。

「この程度で恩返しできた、とは思うてへんけど、ワテらのできるこというたら、服をつくって、福来る、いうてな」

「お礼は有り難いんですが……。ピイはこれからどうする?」

「三歳、いうたら、ワテらでもそろそろ独立する時期やし、本人に任せるわ」

「ピイはどうしたい?」

「ピィ、ピィ」

「まだまだお前たち、ひよっこの面倒をみてやらないといけないだろ。仕方ない、ついていってやるぜ、だそうです」

 本当にそう言っているかどうか、それは分からないけれど、ボクらはこれまで通りに旅をつづけることとなった。

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