第15話 ドワーフに一言、言いたい
ボクたちは、竜族に囲まれていた。
ただし、その竜族とは竜刻峠でみたときのような巨大な竜ではなく、人間よりやや大きいぐらいで、手足のつき方をみても、人のそれにより近い。ただし首は太くて長く、その先に乗った頭も竜……トカゲのそれで、全身を固い鱗のようなもので覆われる。胸や腰には鎧のようなものを着て、兜をかぶり、手には剣や槍をにぎり、大きな細長い目と、大きく裂けた口をこちらに向け、緊張を高めた様子の三十体ぐらいに、ボクらはとり囲まれていた。
これがドラゴナー……? 爬虫類系であることは間違いないし、敵意を向けられる事情もあった。何しろボクらは竜の子を連れているのだ。
竜が幼いころは親と一緒に暮らすものなら、ボクらと一緒にいるのは明らかに不自然であり、ボクらにその怒りの矛先が向くのも当然であった。
ドラゴネストのリュウとも会話できたので、ボクの〝きょうゆう〟をつかい、話しかけてみることにする。
「ボクたちは竜の子をみつけ、竜族に返そうとここまで来ました。アナタたちはこの子を知りませんか?」
ボクの呼びかけにも、相手の竜たちは互いに顔を見合わすばかりで、答えを返してこない。
「ピィ、ピィ!」
ピイのその鳴き方が警戒を伝えるものであることぐらい、会話が成立せずとも気づくぐらいに、付き合いも長くなった。
竜たちが互いに囁き合う、その会話をこっそり盗み聞きする。
「おい、あれって人族か? 随分とマヌケ面だな……」
「あれはドワーフか? それにしては貧弱だ。筋肉がまるでないじゃないか」
「エルフ族もいるぞ。幼女なら、大したこともなさそうだな」
「あれはドラゴナーの子……? 何でこんなところにいるんだ?」
「魔獣のスライムもいるぞ。手をだすのはマズイ……。魔族との衝突は避けたい」
「だが、ここでこいつらを見逃すと、ドワーフに告げ口されるかもしれんぞ。作戦を遂行する上で、それは出来ん」
「とりあえず拘束しておくか……」
「そうだな。こいつら、大して強くなさそうだし……」
結構ひどいことを言われているけれど、それ以上によくない方向でまとまった話の方が問題だ。ピイの親族でもなく、また敵意すらもって、こちらを拘束しようとしているのが分かったのだから……。
ボクと言語情報を〝きょうゆう〟するみんなにも、そのヤバさが伝わった。
戦ったところで敵うはずもない。何しろ、こちらは最弱の、はみだし者が集まったチームなのだから。ただ、このままでは拘束され、何をされるかも分からない。ナゼかちょっと嬉しそうな、ドMのアルドレイヤは置いておいて、今この場をどう逃れるか? それを考えないと……。
「燃えちゃって……」
そのとき、ふと声を漏らしたのはルミナだ。すると竜たちの足元、履いていたブーツにポッと火がついて、みるみる燃え広がった。
慌てる彼らをみて「逃げるッス!」とアルドレイヤが一番に駆けだす。ボクらもその声につづいて走りだし、近くにあった地面がバリバリに割れた、そのすき間へと飛びこんでいった。
そこはピイが大きくなって、地面から這い出てきたところであり、奥までずっと洞窟がつづく。
追いかけてきた竜族たちも、中までは追ってこなかった。
「あれはドラゴナーじゃないッス。私たちはあれをドラゴニュートと呼び、よく戦っていたッスよ」
アルドレイヤがそう説明するけれど……「知っていたのなら、先に言っておいてくれよ……」
「さっきまで忘れていたッス。……てへッ❤」
「かわい子ぶってもダメだから。もしかして、あのとき竜族は三つのタイプに分かれている……と言っていたけれど、それがドラゴネスト、ドラゴナー、それにドラゴニュートの三つなんだね」
大型、中型、小型……。竜族の分類方法でいうと、明らかにドラゴニュートが小型のタイプであり、背中の翼ももっていない。陸上に特化して高速で移動する竜が、ドラゴニュートなのだ。
「足は超速いッスけど、鳥目だから、暗いところは苦手なんスよ。ドラゴニュートと出くわしたら、穴にこもってやり過ごせ、が箴言ッス」
それでこの洞窟に入ったようだ。今は暗くて、ボクがカチカチの木でつけた火を松明に、みんなで話をしている。
「恐竜の子孫が鳥であるように、ドラゴニュートも夜目が利かないんだ……」
「でも、鳥でも夜鷹やフクロウは夜、目が見えるッスよね?」
「瞳孔を大きくして、多くの光をとりこむようにしているんだよ。ドラゴニュートの目は細く、横長だから、夜目が利くようなタイプじゃない。地上を走り、水平方向の動きをよく見るように進化した。だから追ってこなかったんだろう」
「この辺りに多いの、あれ? 私、生理的に受け付けないんだけど……」
最初にルミナが魔法をつかったのは、そういう意図があるようだ。元々、エルフの村でも奥まったところで暮らしていたルミナは、世間知らずなところもあって……。爬虫類系が苦手な上、それが人のような姿で自分より大きくて、こちらを取り囲んでいたから、キレた……。
意外とルミナは、怖い子かもしれない……。
「気になったのは、ドラゴニュートたちが戦うつもりだったことだ。この辺りにあるのはドワーフの村だけ。そこを襲うのだとしたら……」
ボクの言葉に、タマがため息をつく。
「やれやれ……。またトラブルに首をつっこむのですか?」
「知らないふりを決めこむわけにもいかないし……」
そうは言っても、アルドレイヤがいなかったら、やっぱり関わりを避けていたかもしれない。ドワーフには捕まり、拷問されかけたのであり、見て見ぬふりを決めこんだところで、咎められる謂れもなかった。
だけど、ここで何もせずに通過することも、やっぱりできない。
「その主人公体質……、似合わないですよ」
「分かっているよ。でも、どうしてドラゴニュートは村を襲うんだろ?」
「仲が悪いからッス」
「だから、その仲が悪くなった原因だよ。もしくは利益か……」
さっきのドラゴニュート……、手には剣や槍をもち、体にも防具のような鎧を身に着けていた。
「……もしかして、狙いは鉱物資源?」
ドワーフは鉱物など、資源採掘に長けた種族だ。ドラゴニュートがもつ武器などもここの産なら、取引上のトラブルが原因と考えられた。
「ドワーフはよく取引するッスよ。山の上の砦は守りに適すッスけど、食糧がつくれないッスからね」
そのとき鉱物を売って、食糧を得る……。ドラゴニュートがそうした取引を厭い、強引に奪おうと考えたのなら……。
「とにかく、争いがあるなら止めようと思う」
「漁夫の利を得るでもあるまいし、何もメリットがないじゃないですか」
タマはずっと否定的な意見で、そう言って渋る。
「確かに、ドワーフとドラゴニュートの争いに首をつっこんだところで、ボクらには何のメリットもない。むしろケガをしたり、逆に恨まれたり、下手をすれば死ぬことだってある。でも、ボクらが混成チームでいられるのは、それぞれの種族とこうして関わりあってきたからだ。
そして、ドワーフのアルドレイヤのためにも、ここは見て見ぬふりをしてはいけないと思う」
「私は別に、構わないッスよ。見て見ぬふりをしても」
「せっかく格好よく決めたのに……台無し! いいのか? 仲間のドワーフが襲われても?」
「仲間意識なんてほとんどないッスから。ドワーフは個人主義ッスよ。生きようが、死のうがアナタ次第、のところがあるッスからね」
「でも、そこでドワーフたち仲間が死んだら、やっぱり嫌だろ? ボクは助けたいと思う」
「はぁ……。ホント、童貞の主人公って面倒くさいですね」これはタマのチャチャ。
「童貞に謝れ! すべての童貞の主人公に謝れッ! ヤリチンの主人公なんて、ほとんどいないからね。主人公が『もっこり』アピールをしていた、某ハンター系の漫画だって、意外なピュアさを売りにしていたぐらい、ヤリチンの主人公なんて、反感を買うだけだからね」
「童貞っていうと、すぐそう多い文字数で反論してくるのも、面倒くさいですね」
「反論ぐらい赦してよ。このメンバーの中では、ただでなくとも肩身がせまい男一人なんだから……」
男はボク一人で、周りは女性ばかりなのでハーレム系と思われがちだけれど、むしろイジられキャラでしかなくて……。
「男一人ではなく、童貞一人ですよ」
「童貞は性別じゃねぇよ!」
「恐らくドラゴニュートも、この洞窟が砦とつながるとは思っていないはずだ。だから先回りして、砦に上がって襲撃を教えようと思う。アルドレイヤ、案内して」
「そんな言い方じゃ、嫌っス」
「このメス豚ッ! とっとと砦まで案内しやがれッ!」
「合点承知っス!」
これはこれで面倒くさいけれど、ドMのアルドレイヤにお願いするときは、罵るぐらいでちょうどいい。
アルドレイヤを先頭に、真っ暗な洞窟をすすむ。ドワーフのアルドレイヤは暗いところでも感覚で歩けるし、夜目が利くタマとピイも問題ない。ボクは松明をもってつづくけれど、そんなボクの背中にしがみついたルミナが最後尾、という編成だ。
「そういえば最近、せまってこなくなったね?」
何の気なしに、ルミナにそう尋ねてみた。彼女はボクの半分の大きさだけれど、頭が大きい、体が寸胴といった幼児体型なわけではない。胸の小ささなど、未成熟にみえる部分は、むしろ両性具有で性分化が未発達、という点が大きい。女性っぽい見た目でも、股間には膨らみもあって……。
ボクとの関係を望んでこのパーティーに加わっているが、最近では迫ってくることも少なくなっていた。
「私も考えまして……。一度でも性的関係をむすんでしまうと、この私の美貌はどうなってしまうのか、と……。エルフは年老いると、醜い姿に変わってしまう……それが嫌なのです!」
エルフでなくとも、年老いたら皺くちゃになるものだけれど、まるでゴブリンのような、種を超えた変化をするのが、ルミナは嫌で、嫌でたまらないのだ。
しかしその台詞、かなり敵を増やすものでもあって……。
「あぁ、この美しさが憎い! これほどの美をもち得ていなかったら、もっと自由に生きられるものを……」
「すべての女性の敵……の台詞だな、それ……。でも、竜を食べずにそういう関係を結んだら、老化しないと思っていたのでは?」
「そうだといいのですが、あくまで可能性の問題なので……。大人になるって罪深いのですね……」
大人になる前に、女性に対する罪を重ねてきたような気もする……。
そのとき、暗い足元でつまずいたルミナが、倒れそうになって、ボクにぎゅっと抱き着いてきた。
「でも、私は夜目が利きませんが、嫁になることはできましてよ❤」
小声でそう囁かれると、小柄で見目麗しく、まるで天使のようなその姿は、やっぱり罪深いのかもしれなかった。
洞窟は至るところで崩れ、ピイが抜けでていったとき以来、メンテナンスもされていないことが知れた。何より洞窟のサイズを超えるほど成長したピイが、周りを崩しながらすすんだのだ。
それをアルドレイヤが土魔法を駆使してどかしつつ、上へとすすむ。思ったより時間がかかり、砦の近くまできたときには、すでに戦いがはじまっていた。
砦を死守するドワーフと、鉱物資源の掠奪をねらうドラゴニュートの争いは熾烈をきわめ、ボクらは介入する余地すらなく、呆然と眺めるしかない。
山の中腹にあるドワーフの砦は、攻めるには難い要害だ。そこから上は崖となっているし、下から攻め上がるのは力押しとされ、城攻めではもっとも難しいパターンでもあった。
何よりドワーフは土属性の魔法をつかう。飛ぶことができる魔族なら、反撃を懼れず攻撃しつづけられるが、翼のないドラゴニュートでは、初めから不利でもあった。ただしドラゴニュートは一体、一体がそれぞれ固有の魔法を駆使する強者であり、三十体と数は少ないものの、その凄まじい移動速度とともに、難しい攻城戦でも中々に善戦する。
戦いは終わった……。その理由は簡単だ、夜になったから。
夜目の利かないドラゴニュートは、暗くなる前に撤退していった。
ボクとアルドレイヤの二人が、攻防戦を終えたばかりのドワーフたちがいる場所へと出ていく。今さら、ドラゴニュートの強襲を知らせる義理はないのだけれど、ここで聞いてみたいこともあった。
久しぶりに現れたアルドレイヤをみて、髭を生やしたドワーフが近づいてきた。
「広背筋マッソーッ!」
「だ、大腿四頭筋マッスル!」
筋肉アピールのポージングで、挨拶をかわすのがドワーフのしきたりである。アルドレイヤも拙い筋肉で、ポーズを決めてみせた。
ただ、そんな光景に嫌気がさした様子で「嫌、もういいよ、その挨拶……」とツッコミを入れたのは、ボクだ。
「あのときの人族! キサマ、まだ筋肉もつけないで……」
逃げたことより、筋肉がないことの方が罪深いようだ。
「聞きたいことがあってきたんだ。アナタたちは魔族と戦うため、子竜に水を呑ませて膨らませた。その子竜はどうやって、どこから捕まえてきた?」
「……ん? ドラゴナーの巣から奪ってきたのだが?」
「そのドラゴナーの巣って?」
「東の山の、そのまた向こう……だが?」
アルドレイヤも以前、そんなことを言っていたけれど、ドワーフの大雑把さはアルドレイヤに限ったことでもなさそうだ。
「自分のことしか考えず、周りに迷惑をまき散らし、挙句にこうして戦いを招く。それを自業自得というんだよ。ドラゴニュートと何で戦うのか知らないけど、竜の子を奪ったなんて知れたら、ドラゴナーだって攻めてくるぞ。筋肉をみせびらかす前に、誇れる生き方を見せつけろよ。筋肉を強調するんじゃなく、周りと協調しろよ。筋肉バカが通用しなくなったら、そのうちただのバカになるんだからな。憶えておけよ、このバカ!」
「バ~カ、バ~カ!」
恐らく初めて出会った、強気にでる人族に呆気にとられているうちに、ボクたちは逃げた。言いたいことを言ってせいせいしたのもあるし、何よりアルドレイヤも、いつもバカにされてきたので、初めて言い返すことができて、何だかとても楽しそうだった。
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