第14話 雨宿りは、ヌルヌルとともに

 竜刻峠を離れたボクたちは、ふたたび森をすすむ。

「土魔法、竈づくり!」

「火魔法、着火!」

 ドワーフのアルドレイヤと、エルフのルミナの二人のコンビプレイで、竈がすぐにでき、煮炊きが楽になった点はありがたい。ただ魔法の使い方として、これでいいのか? と素朴に思う……。

 しかし煮炊きをするにも、時おり水がないこともある。この森は水が豊富で、至るところで湧水もあるのだけれど、泉がないケースも勿論あった。普段は飲み水としても竹のような、節のある植物を水筒代わりにして持ち運んでいる。それでも大量の水を運搬するのは難しいので、それだけで煮炊きまで……と考えると、不足することもあるのだ。

「水なら出せますよ。ただ、この付近の湿気、空気にふくまれる水を集めるだけなので、量は限られますし、何より空気がカラッカラになりますから、乙女のお肌はカッサカサになります」

「乾燥肌の乙女に厳しい魔法か……。でも、スライムも乾燥するの?」

「私を何だと思っています? 乙女ですよ。一億年に一人の美少女ですよ。ただ昔のアイドルでもあるまいし、いつもキラキラで、お肌もぷるんぷるん……なんてことを喧伝する気もありませんから。乾燥もするし、だすものも出しますし、それこそ恋もすれば、不倫もしますよ」

「最後の二つ……特に不倫なんてしたら、アイドルどころか、メジャーな媒体から消えるレベルだからね。もうファンの心がカッサカサになるから」

「私だったら、ファンの心を、いつもドッロドロの粘液で潤しますよ」

「ドッロドロじゃなく、ふつうに潤してあげなさい。というか、スライムのファンって確かにいるけど……」

 モンスターの中でも、スライムは特異な地位といえるだろう。

「そして、ファン向けに大量の課金コンテンツをつくり、ファンのお財布をカラッカラにします」

「極悪ッ! そこは優しくしないと……」

「そして私は、身も心もさらけだして課金を煽った挙句、ファンから見放され、何もかもなくしてスッカラカンになります」

「たまにそんなアイドルいるけど……。何を目指しているんだよ」

「アイドルの星ですよ。干しアイドルです」

「干からびちゃったよ……。浜辺に打ち上げられたクラゲだって、そんな干からび方しないからね」

 ちなみに、こういう会話を楽しめるのも、ボクとタマの間では記憶、知識が〝きょうゆう〟されているからだ。それまで会話に入れなかったルミナが「ちなみに、いますよ、クラゲ」と、口をはさんできた。

「え? この世界にもいるの、クラゲ?」

「雲の中にいますわ。竜刻峠の、あの霧の中にも多分いたでしょうね。時おり、雨と一緒に降ってきます」

「ちなみに、美味ッスよ」これはアルドレイヤの付け足し。

「え? 飛ぶの? 食べられるの?」

「新鮮な奴なら、そのままつるッといけるッス」

「生なんだ……」

「湯がいても食べられるッスけど、九十%以上は空気ッスから、水で洗ったり、調理したりすると、薄味で美味しくないッス」

 ドワーフのアルドレイヤだけかと思いきや、ルミナも「一度干して乾燥したものをもどして食べると、味が濃縮されて美味しいですよ」

 干しクラゲ……。干しアイドルよりも、使い勝手はよさそうだけれど、調理方法はキクラゲのそれと同じに見えて……。ただキクラゲは元々、キノコであって、しかも木に生えているところをみたら、よく食べようと思ったな……と感心するレベルだ。もっとも、空から降ってくるクラゲだって、食べたくなるようなものなのか……微妙なはずだった。


 そんな話をすると雨が降るのはお約束。ここは雨が多い、といっても、まとまって降る傾向もあって、熱帯雨林のスコールと近いかもしれない。

 雨がしのげるところで雨宿りするけれど、そういう場所がないと、アルドレイヤが大きな木の下で、木の葉や枝をつかって屋根をつくり、簡易的な小屋をつくって過ごすことになる。彼女はドワーフの村からはみだし、外で生活していたため、こういう時の生活力は大したものだ。

 ドワーフとして腕力もあるし、オレンジ色の髪をした美女でもあって。ドMとガサツをなくせば絶対にモテ系なのだけれど、惜しいところではある。

 もっとも、筋肉至上主義のドワーフの中ではモテず、唯一「かわいい」と言ってくれたボクにつき従って、こうして冒険をしてきたけれど、今回ドワーフの村の近くを通る……。そのとき、彼女が村にもどりたい……といったら、止める権利はボクたちにもなかった。

 そんな感慨にふけっていたとき、ボトッという音と屋根にしていた葉っぱが揺れたのと同時に、何かがボクの頭にべちょっと墜ちてきた。

「何だ、これ⁈」

 持ち上げると、ドロドロの、ゼリー状のものが手にある。本体はヘルメットぐらいの大きさで、半透明の本体からは、ひらひらしたレースのようなものが、何本も垂れ下がっている。

「さっき話していた、クラゲッスよ。それはヤネウラクラゲッスね」

 ボクが知るクラゲよりも、糸のようなひらひらが多い気もするけれど、それはきっと表面積を増やして、浮力を増すためだろう。大きさはあるけれど、重たさはなく、ふわふわという感じではないけれど、乾き始めた雑巾をもっているような気分だ。

「これを食べるの?」

「食べるッスよ」

 そういうと、アルドレイヤは触手の部分を千切って口にすると、ボクにも差しだしてきた。

「干した方がおいしい、と言いましたよね? ホント、ガサツなんだから……」

 ルミナもそういって呆れるけれど、差しだされたボクは、アルドレイヤのご機嫌という意味でも、食べるしか道が残されていない。空から降ってきたぐちゃぐちゃのものを食べるのは、かなりの勇気と根性もいるけれど、思い切って口に入れた。

 噛んだ瞬間、ジュッと飛びでた液体には、微妙な炭酸感もあった。恐らく体液の中にも空気を含んで、浮き易くしているのだろう。若干の甘味もあるけれど、生ぬるくて逆に気持ち悪さを増す。例えていうなら、やや生臭さのある、味もほとんどしないグミを噛みしめているような感じだ。

「ヤネウラクラゲはあまり美味しくないですよ」

「タマも食べるの?」

「食べませんよ。ヌルッとして気持ち悪いですし、味も悪いし」

「タマだって、見た目のヌルヌルは変わらないだろ?」

 それは雨の降る、湿気の多いときに、水属性の相手に対して、踏むべき地雷ではなかった。ボクがヌルヌルにされた……。


 一度、雨が降ると数日はつづく。恐らく、竜刻峠のようなところで溜まった、霧となった湿気があふれ出てきて降らせるのだろう。霧として溜めこんだそれを、一気に吐きだすのだ。

 雨の中では動くこともできないし、何より濡れた体を乾かすこともできない。

「できますよ。服、乾かすぐらい」

「……え? できるの?」

「水を集めるのと同じ理屈ですよ。アナタの周りから水を集めれば、自然とその一帯は乾きます」

「え? じゃあ、すぐにやってよ」

「え? いいんですか?」

「え? 何か問題あるの?」

「全裸になって下さい」

「OK! 全裸なんてちょろい……。え? 何で全裸?」

「最初、変態要素が迸りそうになりましたね……。服は服で、エリアを限定することで乾燥します。人体に同じやり方をすると、細胞内にある水分までごっそり抜き取りますから、別にしないといけないのですよ」

「全裸……。じゃあ、パンツを残して、他の服を……」

「どんなプレイですか? パンツが一番、湿っているじゃないですか。特にアナタのパンツは、カラッとして爽やかな日に、みんなで公園に出かけたくなる日でも、ぐっちょぐちょじゃないですか。そんな公園で、パンツ一枚になって『日焼けだ』と言いだす、そんなお父さんをみる周りの家族の目と同じぐらい、湿り気たっぷりじゃないですか」

「やめてあげて。ちょっとはしゃいじゃったお父さんを、そんな目で見るのはやめてあげて! それと、ボクのパンツはそんなに湿ってないからッ! お父さんがその日の夜に涙で濡らす枕……ほどの湿り気はないからね。

 それに、ここで全裸になったら、女の子もいるんだよ。ボクの……貞操の危機じゃないか!」

 実際、未だにルミナは迫ってくるし、アルドレイヤだって狙っているのだ。また、タマとは人族の村に入るとき、散々にパンツ問題でもめたこともあって……。

「ま、私はお湿りパンツを穿き続けたい、というなら構いませんけれどね。なら、他の服を脱いでください」

 まるで、病院で看護師から言われたときのようだ……。せまいところで、おずおずと服を脱ぐと、そっと服をさしだす。そもそも、タマにヌルヌルにされただけに、何だか複雑な気分だ。

「そういえば、エルフの村から逃げたとき、川で溺れてビショビショだったけれど、あのときはやってくれなかったよね?」

「晴れていましたから、すぐ乾いたじゃないですか。それに、私もレベルアップしていますから……」

「レベルアップしているの? ほとんど戦っていないのに?」

「ま、いいではないですか」

 タマはそう誤魔化すと、ボクが脱いだ服を円形に囲むよう、魔法をかけた。その中でぐるぐると回転させると、湯気として水分が抜けていくのが見える。どうやらレベルアップというより、ボクの記憶から乾燥機の知識を〝きょうゆう〟し、活用しているらしかった。


 雨が上がった。ただ、すぐに動くことはなく、そこら中に落っこちているクラゲを拾って、干すところから始まった。ルミナがいうように、干したら保存食としても優秀らしく、これからの長旅のことも考え、まずそれを片付けようということになったのだ。

 恐らく、ふだんはもっと軽くて、ふわふわなので飛んでいられるのだろう。湿気が高くなると、水を含んで重くなり、墜ちてくるものと思われた。

「クラゲって、何を食べているの?」

「植物による花粉、キノコの飛ばす胞子、童貞の匂い……空中には色々と、色モノが漂っていますからね」

「いや、最後のは食べちゃいけない奴! それを食糧にしていたら、こっちも食べたくなくなるだろ……」

「キノコの胞子を食べている時点で、童貞殺しと言えるのでは?」

「下ネタかよッ! クラゲに殺される童貞って、その前に昇天するレベルの弱さだからね。でも、あの甘さって、それだけで生成できるのかな……?」

「あぁ、後は竜のおしっこですね。糖尿気味の竜は、飛びながら霧のようにおしっこを撒くんですよ」

「竜が全員、糖尿なわけじゃないだろ。というか、竜が食事制限とか、インシュリンを注射したりしないからね。それ以上に、その甘い尿を摂取して甘くなったのなら、ヤバすぎだろ、クラゲ……」

 食糧にも、肥料にもなり、さらに糞尿すら処理できる、クラゲ最強……。最弱の人間とくらべて、雲泥の差かもしれない。


 森を歩いていくと、ちょっとした小高い山が見えてきた。その頂上付近には、山城のごとくに城塞があった。

「あれが、ドワーフの村ッス!」

 初めて訪れたルミナに、そういってアルドレイヤが紹介する。

「何だか不便そうね。高いところにあると……」

 ルミナのいたエルフの村は、近くに川もあったように、森の住人として、森を利用することが是であって、ドワーフの暮らし方は受け入れがたいようだ。

「ピィ、ピィ」

「オレがしばらく厄介になっていたところだ。懐かしいぜ、この風も、この匂いも。だそうです」

「ピイは地下にいて、あの山城は見てないはずだろ? もっとも、連れ去られたときにどうだったか、分からないけれど……」

 恐らく、ドワーフとしても最初から竜をつかまえて、魔族と対抗しよう……とは思わないはずだ。竜をみつけたことで、むしろ竜の子を拾って、そういった戦略を立てたものと思われた。

 人族が、井戸が枯れて水不足に陥ったのが三年前……というから、その三年前に何があったか? この近くにいるというドラゴナーたちと、ドワーフがどういった接点をもったか? それすら分かっていない。

「ところで、竜って何年ぐらい生きるの?」

「竜族については分かっていないことも多いですが、ドラゴネストだと、千年は下らない……と思いますよ」

 三歳程度と思われるピイが、未だに子どもでも、何の不思議もないわけだ。

「ピイは、攫われたときのことを憶えているかい?」

「ピィ、ピィ」

「オレは過去にこだわらない。いつも未来を見すえ、そこにある時間を大切にするだけだ……だそうです」

「かっこいい台詞だけど、憶えていないことのイイワケに、よく使う台詞だからね、それ……。もっとも、ものごころがつく前に攫われたのなら、記憶がなくても当然だけれど……」

 アルドレイヤはドワーフだけれど、村にいなかったこともあって、その辺りの事情について知らないことは、以前に確認済みだ。

「とにかく、この山を迂回して、向こうに行かないといけないのか……」

 ちらっとアルドレイヤを見ると「何ッスか?」

「いや……、村にもどりたいのかなって……」

「もどったところで、私の居場所なんてないですよ。このパーティーにいるのは楽しいですし、それにまだ抱かれてないですし……」

 もじもじしながら、アルドレイヤはボクのことを見てくる。彼女にとっては、唯一「かわいい」と言ってくれたボクに、こだわりをもっているのだ。嬉しいような、複雑な気分だけれど、まだしばらく一緒に旅をできそうだ。

「ピィ、ピィ!」

「しッ! 誰か来ますッ⁉」

 そのとき、タマが緊張した様子の声をだした。ボクも急速に高まった緊張感に、辺りを見回すと、そこにはあまりに意外な光景が広がっていた。

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