第13話 竜刻峠の出会いと、新たな目標

 魔族の少女、リディアの襲来をうけて、ボクらはこの泉を離れることとした。タマと一緒にいることにお墨付きは得た形だけれど、死にそうな目に遭い、とりあえずここから離れようと決めたのだ。

「気になったのは、ピイのことだよ」

 ボクがそう切り出した。「竜族は、小さいころは親と一緒に暮らすんだろ? ボクたちと一緒にいてもいいのかな?」

「竜族に返す、ということですか?」

「返せるなら……。竜族のいるところを知っているの?」

「正確には分かりませんが、噂なら聞いたことがあります」

「それなら私も聞いたことがあるッスよ。東の山の、そのまた向こうに、竜の暮らす街があって……」

「あぁ、それはただの噂ですね。そもそも東の山って、どこなの? って話です」

 タマから即座にそう否定され、アルドレイヤも腐ったように唇を尖らす。確かに、こういう噂話にある東の山とか、あっちのそのまた向こう、というのは場所を特定していない証拠でもあって。トモダチのトモダチ……という実は本人の話と、あそこのそのまた向こう、という曖昧な話には注意した方がいい。

 ただ、ドMのアルドレイヤはそんな否定プレイを気に入ったようで、ニヤニヤしているので、それを無視して話をすすめる。

「北に竜刻峠という場所があるのですが、その峠の近くだと……」

「それっぽい名前だけど、逆にそれでも竜族の棲み処と確認されていないんだ?」

「竜刻……というのは数千年前の、竜戦争(ドラゴニック・ウォーズ)のときの爪痕、のことです。谷が深すぎて、この森を世界と分断した……とされ、調査も難しいのですよ」

 竜戦争……? 何だか凄い話になりそうなので、詳しくは聞かないことにする。

「そこに竜がいるの?」

「その峡谷の近くで、目撃情報があった……という程度の拙い情報ですが、行ってみますか?」

「竜族が、小さいころには親と過ごすのがふつうであれば、ボクはピイにもそういう生活を送らせてあげたい。例え拙くとも、可能性があるなら行ってみよう……と思うんだけど」

「ピィ、ピィ」

「そんな重荷を背負わせちまって、すまねぇなぁ。だが、その気持ちはあり難くうけとっておくぜ、と言っています」

「そのいい兄貴っぽい台詞……、もう突っこまないからね。じゃあ、決まりだ。その竜刻峠に行ってみよう」


 竜刻峠までは、長い道のりだ。何しろ森は広大で、その端にあたるのだから。それに人族なども近づかないため、魔獣もおらず、いつしか行く手を遮るほどの深い森が広がるばかりとなった。

「もうッ! 森って嫌!」

 森の住人であるエルフのルミナが、そういってうんざり顔をする。

「お森はしないッスよ」

 これはアルドレイヤの言葉だけれど、森に丁寧語の『お』をつけているが、これが最近のボクらの流行り。言語情報を〝きょうゆう〟することで、ボクらは会話するのだけれど、日本語の微妙な表現が面白いらしく、タマのよくやる言葉遊びが周りにも遷ったのだ。

「アナタにお守りなんてして欲しくないわよ。アナタこそ、そのムダ筋肉が『重り』になっているんじゃなくて?」

「お失礼ッスよ!」

 こんな感じでつかう。メンバーが増えて、賑やかになったけれど、そんなボクらが息を呑む事態となった。森がいきなり途切れて、視界が開けたと思ったら、そこは見事にスパッと切り落とされた、断崖だったのだ。

 そこから下を覗くと、霧のようなものが立ちこめた雲海だった。崖の途中からは地下水が、いくつも噴水やスプリンクラーとなって噴きだし、滝とはならずにそのまま霧となってただよう。

 対岸すら煙ってみえず、ここから先にすすもう……とは思えない。

 まさに、世界を断絶する、究極の絶壁――。

「絶景ねぇ~」

 ルミナは呑気にそういって辺りを見回すけれど、アルドレイヤはちがった。

「わ、私……高所恐怖症なんスよ」

 アルドレイヤは崖に近づかず、木にしがみついて立つことすらままならない。土属性のドワーフには、土から離れることが何より嫌なのだろう。

 ボクとてあまり得意でないけれど、逆にこれだけの高さと景色には、見惚れるばかりだ。これが竜戦争の爪痕かどうかは分からないけれど、そんな昔話を語りたくなるほど、そこは神秘的で、幻想的な雰囲気に充ち溢れ、竜がいるかも……と思わせるに十分だった。


「タマは高いところ、大丈夫?」

「私の場合、身を軽くすれば空気抵抗の方が大きく、墜ちたところでどうってことありませんからね。もっとも、この高さを上るのはウンザリなので、これは落として下さい、というフリではないですよ。そんな怪しい顔で近づいてこないで下さい。噛みますよ」

 考えていることを先読みされた……。

「ピイは? 高いところは平気?」

「ピィ、ピィ」

「オレたちは竜だぜ。空を支配する竜に怖いものなんてないぜ。ただ、オレはまだ支配者にふさわしくないがな、と言っています」

「竜は空の支配者なんだ……。翼がある種だから、そうなんだろうけど……」

「私も翼がありますよ」

 そう名乗り出たのはルミナだ。確かに、彼女の背中には四枚の、透明の羽根がついている。

「それでどれぐらい飛べるの?」

「自分の体重をもち上げるのが精いっぱいですけど、十メートルぐらいまでなら高く飛べます。むしろ、ダーリンと一緒なら天国まで飛べます❤」

「それって、墜落して辿りつく場所だからね。死んだ後に行くところだから。なら、この崖を調査するのは難しいか……」

 風は穏やかで、フライトには最高だけれど、霧の下がどうなっているか……それを調査するのは難しそうだ。ルミナは蜂のような羽だけれど、いくら蜂が自分より重いものを抱えて飛べる、といったところで、ボクの半分ぐらいの大きさで人の形をしているのだから、しっかりと肉もついているのであって……。

 ピイはコウモリ風の翼だけれど、食べ過ぎると浮くにも苦労する。最初に出会ったときも、水を飲んで膨れていたように、体重の増減が激しい点も、飛ぶにはネックといえるだろう。

 竜の調査にきたけれど、これでは調べることもできそうにない。

「呼びかけてみたらどうです?」

 タマの提案で、ピイが崖の上に立って「ピィ~ッ‼」と叫ぶ

 それは世界の中心で叫ぶより、よほど響いただろう。何しろ、ここは世界の端っこであり、その先に遮るものさえないのだから。ただ、何も起こらない……そう思ったのも束の間だった。


 崖にただよっていた霧が、ふわっと持ち上がったかと思いきや、まるで潜水艦が浮上するときのように、そこを切り裂いて巨大な、黒ずんだ何かが飛びだしてきた。

 りゅ、竜ッ⁈ しかも超巨大――。頭から足まで十メートル以上あるが、体高よりも長いシッポをふくめると、優に二十メートルを超える。

 背中には二枚の翼をもつけれど、それで羽ばたくこともなく、その巨体を浮かせている。もっとも、その巨大な翼ではばたくなら、ボクらなど塵芥のごとくに吹き飛ばされているはずだ。その巨体を魔力だけで浮かす……その魔力量は考えるまでもなく甚大だろう。

 魔族の少女、リディアの威圧感も半端なかったけれど、竜のそれはまったく異なるものだ。焼け爛れたような皮膚、ムキムキの筋肉質と巨体、顔には大きな傷……その残った左の隻眼でこちらを見すえる眼光の鋭さは、まさに空の支配者――。

 ピイと一緒にいるボクたちを値踏みするのか……? 敵、味方、それを見極めようとしている……?

 すぐに攻撃しないなら、話し合う余地もありそうだ。ボクも一歩前にでた。

 竜とも、言語情報を〝きょうゆう〟すれば、会話することも可能なはずだ。もっとも、ピイとは会話が成立しておらず、確実とはいえない。それでも今は、やるしかないのだ。

「ボクたちは竜の子をみつけ、返そうと思って、ここまで来ました」

「…………」

「この子は、アナタの子どもではありませんか?」

「…………」

 やはり通じないのだろうか……? でもここまで来て、何でもありません、お騒がせしました、アディオス……では済むまい。どういう形であれ、相手を呼びだしてしまった以上は、納得する形でお帰り願わないと、こちらも無事に帰ることができそうになかった。

 やりたくなかったけれど、やるしかない。

 ピイと出会ってから、これまでのこと……。記憶、記録、そうした情報を竜と〝きょうゆう〟するのだ。それをこの竜が受容してくれたら、理解してくれたら、きっと言葉で伝えるよりも確実だ。

 ただしそれは、誤魔化しの利かない一発勝負――。失敗すれば……。だからこれまで躊躇ってきた。でも、会話が通じない以上やるしかない。このまま座して死を待つわけにはいかない。〝きょうゆう〟発動!


 竜の重たく、分厚い瞼がぐっと持ち上がって、こちらを大きな瞳で睨んできた。どうやら〝きょうゆう〟できたようだけれど、これは地雷を踏んだか……?

「んだば、おめえさんたち、竜の子を守ってくれただか?」

 北の訛りッ⁈ 地雷ではなく、地元の韻を踏んできた……。ただ、この異世界ではイメージと異なる言葉遣いも散見されるけれど、元々それはボクが勝手に抱くイメージでもあって……。

 特にこの作品では、異世界なのに誰とも言葉が通じる……といった、便利なお約束機能はない。ボクの〝きょうゆう〟のスキルによって、会話が成立するのだ。それはスキルの方で、もっとも近いと思われる言語情報を選びとっているのであって、相手の責任ではない。竜語を翻訳するとき、北の方の訛りと近い……と勝手に判断し、言語情報としてそう処理しているのだ。

「え、ええ……そうです。それで、この子を返そうと……」

「んだども、その子はここの子でねぇ。悪いけんど、うけとれねぇな」

「え? ピイはアナタたちの子どもじゃない?」

「嫌だよぉ。こう見えても乙女よ、わだしぃ」

 乙女……? 見た目ではよく分からないけれど、ちょっと照れた雰囲気をかもしだすのは、乙女チックといえそうだ。

「この近くに、別の竜がいる?」

「竜族といっても、今や三つに分かれているんだぁ。わだすのように大きくて、単独で暮らす者もいれば、小っちぇ者もいる。その子は多分、ドラゴナーの子だぁ」

 竜族がそうした種の分化をはじめているのは、それだけ長いこと生きている証だから……なのか?

「なら、そのドラゴナーがいるところを教えてもらえる?」

「そいつは構わねぇけんど、大変だよぉ」

 このときの竜の言葉の意味を、もう少し考えておくべきだった……と後悔するのはもう少し先のこと。


 ピイが水を飲んで膨れていたときは、首長竜のような形状だった。しかし目の前にいる竜の姿は、人が怪獣の着ぐるみを被ったときのように、人の姿に近い。

 これは後で知ることだけれど、大きい竜はドラゴネスト、それより小さい竜をドラゴナーとするそうだ。

 形状も、性質も若干の差があるようで、ドラゴネストは温厚だけれど、他の竜族もそうとは限らない。ドラゴネストとて、ピイと過ごしてきた記憶を〝きょうゆう〟したことで、こちらを敵でないと認識してくれただけだ。もし敵だとしたら……考えるのは止めておこう。

 ドラゴナーがいそうな、大体の場所を教えてもらう。

「ありがとう。名前を聞いていいかな?」

「竜族は名乗らねぇんだ」

 種族ごとに習慣、常識だって異なるのだから、無理強いもできない。魔獣は名づけるとパスが通る……といったタマのように、ここでは名前にある程度力があり、竜は名を隠すようだ。

「じゃあ、ボクたちはアナタのことを……」

「リュウさんで」

「え?」「え?」「え?」「え?」「ピィ?」

 みんなが驚いてふり返った。正確にいうと、ドラゴネストだけはそのまま真っ直ぐ見つめただけだけれど、その先にいるのはタマだった。

「だって、任侠ものの映画の主役や、憧れの兄貴の名前といったら、リュウじゃないですか。それに、その顔の右にある傷跡……。もう、リュウと呼ぶしかない!」

「その常識は、ボク世界のそれだから。この世界に、そもそも任侠の世界なんてないし、それに女の子だから……」

「ま、わだすは構わねぇよ。勝手にそう呼べばええ」

 リュウはそういうと、一度ぐんと上空へと舞い上がり、そのまま勢いをつけて霧の中へとつっこみ、この場から消え去っていた。


「タマの名づけ方って、ピイのときも感じたけれど、やっぱり変だな……。それに、竜を相手に『リュウ』と呼ぶ、その度胸……」

「お言葉ですが、魔族や竜族を相手に、敬語すらつかわずに会話してしまうアナタの方が、よほどおクソ度胸がお座りになっていますよ」

 それにはルミナも、アルドレイヤも頷く。

「昔から相手とは対等でいよう、と考えているだけだよ。話せば分かるし、分からないのなら、もっと話せばいい。強くなかったボクが、自然と身に着けた護身術って奴さ。後、度胸に『クソ』をつけるのも、『座る』を丁寧語にするのも、ちがった意味になるからね。

 ちなみに『度胸がすわる』という言い方は誤りで、正確を期すと『肝が据わる』と『度胸がいい』だからね。『度胸』という実体のないものは、据えられないし、座りもしない」

 ボクが一生懸命説明するも、周りから『お』無視された。

「それより、遠いの? そのドラゴナーがいる場所」これはルミナが尋ねた。

「遠いですね。ここからだと、ドワーフの村の近くを通っていきます」

「凱旋っスね!」

 崖から離れたので、やっと安堵しているアルドレイヤがそう言った。

「何の成果を上げたんだよ……。散々な目に遭っているだけ、だからね」

「ピィ、ピィ」

「オレの生まれ故郷か……。アンタたちにもきっといい風が吹くぜ、だそうです」

 いい風……かは分からないけれど、ボクらは追い風をうけて、竜刻峠を離れることができた。ちなみに『慨然』は嘆き悲しむ様子と、心が奮い立つ様子、と正反対な意味をもつ言葉だ。ボクらがどちらだったかは、ご想像に『お』任せします。

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