第12話 魔族襲来、そのときボクは……

「レッドアラートです!」

 アルドレイヤとルミナから迫られているボクの元へ、タマがそう声をかけてきた。

「それはボクの貞操が……」

「ちがいます! 魔族が来ます!」

 それは驚天動地の話であった。「え! ここに来るの?」

「まっすぐここに向かってきます。油断していました。狙いはここです」

 どうして……? そんなことを議論している暇も、斟酌する時間もない。ただ、時すでに遅かった。

 ボクらがそこを逃げだす前に、月明かりの下、大地に仁王立ちする、魔族の少女の姿があった。

「じゃ、じゃ~ん! 灼炎のリディアちゃん、登場!」

 赤い髪をした、魔法少女のようなフリフリで、色鮮やかで、露出過多の衣装をきた少女が、そこにいた。

 ただ前回とは、少しちがった点もある。

「アンタにパンツを見られないように、こうして対策をしてきたんだからね!」

 よくみると、魔法少女の衣装の、そのフリフリのスカートの下には、提灯ブルマのような、ふんわりとしたパンツを穿いており、まさに〇カメちゃんスタイル。パンツ丸見えだけど、恥ずかしくないもん! 状態だった。

「もしかして……。そのブルマを縫っていたから、最近姿をみせなかった?」

 リディアの指には、絆創膏のようなものが貼られており、どうやら提灯ブルマも自作したようだ。

「うるさいわねぇ。どうでもいいでしょ、そんなこと!」

 この世界の魔法は、作用に対して働きかけるものであって、ステッキを振ると可愛らしい、ひらひらの衣装になる……といった魔法少女ものではお約束だけど、ナゾの作用はない。

 勿論、彼女の衣装とて自作だろうし、それにしては随分と露出も多いけれど、そんなことも彼女の性質を知る一助とはなっていた。

「こうやって空を飛ばず、歩いてくればパンツも見られない。どう、完璧、万全の変態対策でしょ⁉」

 そういって、魔族はそう高くもない胸を張った。


 ここは〝きょうゆう〟をつかって、切り抜けるべきだろうか……。ただし、これは秘密兵器でもあって、つかったら最後、すべてをひっくり返すといった効果がないと意味がない。

 歴然とした力の差のある魔族と対抗する術は、逆に言えばそれしかないのだ。

 ただリディアも、そこにいるボクたちをみて、別の意味で驚いていた。

 何しろ、ボクを誘惑しようとしていたルミナは全裸だし、それを妨げようとしたアルドレイヤとて、革でつくられた簡素な衣装であり、そんな二人が、ボクの寝床から出てきたのだ。

「ちょ、ちょっと! 何をしていたのよ、アンタたち⁉」

 何もしていませんでした……といったところで、通用しないだろう。何しろ、ボクは魔族の少女の下着をみて喜ぶ変態男であり、エルフの少女と、ドワーフの少女と床をともにするような好色男であり、もはやリディアにとってボクの印象は最悪であるはずだからだ。

 ただ、そこで気づくこともあった。もし殺す気だったら、すぐにでも……むしろ考える暇すらなく、そうなっているだろう。この見ることすら忌避されるような変態男を、生かしておく必要もないのだから……。

 だとすれば、会話によってこの場を切り抜けられるのでは? それこそ唯一の武器になり得るのではないか……。

「ピ……、ピイと戯れていただけですよ」

 それはつい口からついてでた、他愛もないイイワケだったけれど、言った瞬間に後悔するほど、たわけたイイワケだった。

「ピィ、ピィ!」

 タマが沈黙するので、通訳すらできないけれど、ピイの抗議の意志だけは十分に伝わってきた。しかし、でてきた竜族をみて、意外な反応をみせたのは魔族の少女、リディアの方だった。

「何で、あのときの竜族がここにいるのよ……?」

「事情は色々とあって……。あのまま置いておいたら、悪いことが起こると思って連れてきたんだよ」

「竜族の……しかも子どもを連れているなんて、バカなんじゃないの?」

「……え? 竜族って危ないの? 大変なの?」

「竜族は小さいころ、親によって育てられる。それぐらいの大きさなら、まだ一緒に暮らすレベルよ」

 鳥のような生態か……? 確かにピイは自らエサをとるタイプではなく、親が運んできたものを食べる、といった印象だけれど……。

「もしかして、親がさがしている?」

「そんなこと知らないけれど、もしアンタたちが攫った……なんて分かったら、消し炭にされるでしょうね。私だって、成長した竜と戦うときは腹をくくる。人族なんて風前の灯にすらならないわよ」

 攫ったのはボクたちではないけれど、そんなイイワケが通用するとは、到底思えなかった。恐らく見つかった瞬間、怒りに我を忘れた竜(親)に、消し炭どころか消しゴムのように消されてしまうはずだった。


 ただ、竜族の心配をする前に、ボクたちは目の前に仁王立ちする魔族の少女を何とかしなければいけない。

 そもそも、この魔族は何をしに来た? すぐに殺すつもりはなさそうだけれど、だからといって理由も分からない。

「竜族のことは、そっちで解決してちょうだい。私がここに来たのは……」

「おニューなパンツを見せびらかしに来た?」

「何でよッ‼ 見えてもいいパンツにしたけれど、見せびらかしたりしないわよ!」

「見せびらかしはしないけれど、せっかくだから、見て欲しかった?」

「それは……、ちょっとはそう思ったけど、そんなことのためにわざわざ来たりはしないわよ!」

 ちょっとはそう思っていたんだ……。ここまで話してみて感じるのは、リディアと名乗るこの魔族の少女は、それほど悪い子ではない、ということだ。こうして接していると物凄い圧力を感じるし、それは圧倒的な力量差もあって当然なのだけれど、威圧的というよりツンデレであって、嫌ではない。むしろ見た目とよく合い、好ましくさえあった。

「私がここに来たのは、その子を解放するためよ」

 自らの眷属、魔獣のスライムが、ボクたちのような他種族と一緒にいるのが気に喰わない……そう告げていた。

 そしてそれは、ボクでさえ納得できる理屈であり、その当たり前を覆すのは相当に難しいと、自覚せざるを得なかった。


 タマは魔族が現れてからずっと動くこともなく、沈黙している。

 ただ、ここでボクが何もしなければ、タマとは永遠にお別れしないといけないことだけは間違いない。

「解放……? ボクたちが一緒にいるのは、トモダチだからで……」

「トモダチ? そんなはずないじゃん。魔獣と人族なんて、喰うか喰われるか、の関係なんだから」

 そうだろうか……。ここで魔獣と知り合いとなり、色々と話をする中で思ったことは、魔獣とだって話をすれば、理解し合えるということだ。

「このパーティーを見てよ。人族、ドワーフ、エルフ、竜族……そして魔獣。これだけ多種多様なパーティー、他にないだろ? 互いに争うだけではなく、こうして一緒にいることもできるんだ」

 その言葉には、リディアもぐっとつまる。理由や事情はどうあれ、このパーティーがそうであることは、否定しようもないのだから。

「魔獣だって、人を喰うだけ……とは限らないだろ? 草食の魔獣もいる、と聞いたよ。ボクも魔獣と知り合いになって、分かったのは、彼らはもっとずっと色々なことを考えているってこと。逆に、彼らをこうだ、と縛り付けるのが間違いなんじゃないのかな?」

「…………」

 リディアは口を尖らしたけれど、言葉は返してこない。恐らくそれは正論、ただそれだけで納得させられるほど、この場に流れる空気は容易くない。

「眷属である魔獣が、ボクたちと一緒にいるのが嫌……という気持ちは何となく理解するけれど、もう少し一緒にいさせてくれないかな?」

「…………」

 ボクはこのとき、リディアのその沈黙について、もっと思慮遠望しておくべきだった。そこで、悩んでくれている……と好意的に考えていたことを、すぐに後悔することになるのだから。


「だから、スライムと一緒に……」

 そのとき、プチッという何か音が聞こえたような気がした。実際、そんな音なんて何もしていないだろう。でも、灼炎のリディアと面と向かっていたボクらは、はっきりとその音を聞きとった。

 そして、その音は警鐘……黙示録でいうところの終わりを告げる鐘、であることを思い知ることとなった。しかも、特大の緊急事態を告げる響きだ。

「うッさいわねぇッ‼」

 そう、リディアがキレた。魔族であり、圧倒的な魔法をつかえる、力ある存在が、いとも容易くキレたのだ。

 リディアの周りで、急速に魔力が高まっていく。それは魔力をもたないボクでさえ分かるほどで、魔力を少しでももつアルドレイヤや、ルミナには覿面に分かっただろう。あまりの恐怖で、二人とも動くことも、悲鳴を上げることさえできず、ただ立ち尽くすばかりだ。

「ピィ、ピィ!」

 ピイも慌てるばかりで、打つ手もなさそうに走り回る。タマは……諦観したように動くことはない。

 このままだと、ここにいる全員が死……。

 そう気づいたボクは、我知らずと動いていた。怒りに打ち震え、カタストロフを興そうとする相手に向けて、ボクは抱きついていった。それは爆発の威力を抑えるためのネットであり、彼女を封じ込めようとする糸……否、意図だったけれど、網戸にすらなりはしなかった……。


 死んだ……。

 まぁ、そうだろう。暴発する魔力を受け止めようとした。それは一人の人間では、とても耐えられるようなものではない。まさに竜と出会う前に、魔族によって消し炭にされたのだ。

 ……否、意識があるのだから、まだ消し炭……とするには早い。それは魂と精神が別で、人間は死ぬと21g分、少なくなるから、それが魂の重さだという研究もあるけれど、そんな魂がぬけだして、こうして漂っているとしたら、あまりにまだ実感があり過ぎる。

 そう、まだ最期じゃない。何しろ、ボクにはできることがある。唯一の秘密兵器があるではないか。

 〝きょうゆう〟――。

「きゃーッ‼」

 そのとき響いた悲鳴は魔族の少女、リディアのものだった。

「な、何でいきなり抱きしめてくるのよ!」

 ……あれ? ボクは何を〝きょうゆう〟したのだろう? でも、リディアがボクの腕の中で、真っ赤な顔でもじもじしている。

「この……変態ッ!」と突き飛ばされ、ボクも二転、三転しつつ、一先ず無事だったことに安堵していた。


「分かったわ。そこまで言うなら、魔獣と一緒にいることを赦します」

 リディアは腕をくみ、渋々と言った感じだったけれど、そう告げた。自分でも何をしたのか? どうしてこうなったか? よく分かっていないけれど、リディアは納得してくれたようだ。

「ただし! 人族だろうと、他の種族と一緒にいることが、どんな影響をもたらすか分かってないんだから、少しでもヤバイ動きがあったら、すぐにこの約束は解消だからね!」

 そういうと、まだ少し顔を赤らめながら、リディアはその場から歩き去っていく。

 みんな、緊張から解放されて、ほーっと息を吐く。

「いや~……。しかし、いきなりビックリしたッスよ。まさか、魔族にいきなり抱きつくなんて」

「しかも『ボクたちのこと、認めて下さい!』なんて、その台詞はダーリンと私の間でつかって欲しいわ」

 そんなことを言ったか……? 記憶がとんでいるのだろうか?

 夜が白々と明けてきて、長かった一夜が終わった。でも、今日は色々とあり過ぎて疲れ切って、みんなそのまま寝てしまった。


 何かに揺すられているような気がして、ふと目を覚ます。そこにはタマがいた。

「ちょっといいですか?」

 タマに誘われ、まだ午前中と思われるけれど、泉の近くまで歩く。

「私のせいで……ごめんなさい」

「いいよ、いいよ。実はボクにも記憶がなくて、何をしたのかもよく憶えていないぐらいだから……」

 タマはその言葉を予期していたのか、軽くため息をついてから言った。

「多分、そんなことだろうと思いました……。アナタと〝きょうゆう〟を続けている私だから、気づきました。アナタは一度、死んだのです」

 それは驚くことではない。何しろ自覚があるし、あれだけの魔力の高まりを、この体で受けたのだ。死んで当然、と自分でも思う。

「あれから……どうなったの? ボクは全然憶えていなくて……」

「私にもはっきりと、何が起きたのか分かりません。ただ、死んで一度ぶちッと切れたアナタとの糸が、また元通りになった……。まるで糸を結び直したように、私とアナタの間でパスが……、〝きょうゆう〟が繋ぎ直されたのです」

 そんなことができるのだろうか? ボクにもまだ理解できていないけれど、まるで時間を巻き戻すような効果が働いたのだろうか……?

 もっとも、異世界に来たのだって、どうやってそうなったのか? よく憶えていないぐらいなので、別のチートな力でももっているのか? 残念ながら、それを試すほどの度胸も、またあんな体験も御免なので、今は証明できずにいた。

「あの……、今なら私のこと、抱きしめてもいいですよ?」

 もじもじしながら、タマがそう言った。

「……え? タマを? 何で?」

 それはデリカシーという点で、落第だったろう。タマもかちんと来た様子で

「私、スライム界では一億年に一人の美少女ですよ。それを抱きしめられる特典を、自ら放棄するのですか?」

「桁が増えたな……。それは極限の危険を回避した、その瞬間にすることだし、もう時間も経ったから、次の機会にとっておくよ。もっとも、そんなことが度々起こったら困るけれど……」

「じゃあ、そのときまでのお楽しみにとっておきましょう」

 お楽しみ? なんて突っこむほど、ボクも野暮ではない。ただ、タマも感謝している様子は伝わってきて、お互い無事であったことを噛みしめる時間でもあった。

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