第11話 今そこにある危機と、そこの危機

 泉のある地――。

 そこは食糧、水もあり、生きていくには何の不自由もない、快適な場所だった。ただし一つ難点をいえば、魔獣たちが水浴びでよく訪れる、ということ。だから人族もここを居住地としなかったのだろう。

 ただボクは、魔獣からは見向きもされないほどの弱き者、かつ獲物としても食べる肉もほとんどない。お蔭で……というと何だか悲しくなるけれど、ここで安寧な時間を過ごすことができていた。


 魔獣といっても、主に肉食と、草食に分類できた。草食といっても、人族を襲う点に変わりないのだけれど、むしろ人族が狩猟の対象としてきたから、敵として認識されている、という感じかもしれない。普段は温厚で、植物といっても肉食も多いこの森でも、穏やかに暮らす。ボクとも〝きょうゆう〟によって会話でき、仲良くすることができる相手だ。

 一方で、肉食の魔獣には2パターンあることも分かった。好戦的なタイプは、獲物となるものなら見境なく襲ってくる。それはもう意識がなくなり、本能のままに生きる……魔獣なので、生きるという言葉が正しいかどうかは分からないけれど、本能に従って動くタイプだ。

 穏健なタイプは、肉食であっても攻撃性が低く、すぐには襲ってこない。それは圧倒的な強者として生きてきたためであり、人族だろうと、何者であろうと恐れることなく、堂々と対峙できるから、だ。お腹が空いたら獲物とすることもあるかもしれないけれど、そもそもそれほど獲物に困っておらず、目の前にいても襲われる可能性は低い。その余裕、むしろ強者のゆとりによって、弱者であるボクとも話ができるタイプである。

 今まさに目の前にいる白い、ゴリラのような巨漢をもった、ネコのような愛らしい顔をもつ魔獣は、後者だ。

 本人はそれを誇ることもないけれど、森の主のような風格、圧倒的存在感、それはそう訴えている、

「魔獣はどうやって生まれるの?」

 二人きりになったとき、すき間を埋めるためにそう尋ねてみた。間がもたなかったので、魔について尋ねた形だ。

「野生動物が、魔族の力、魔性を借りてなるパターンもある。むしろ今はそれが主流といってよい」

「今は? ということは、昔はちがったの?」

「少なくとも、昔は魔族などいなかった」

「じゃあ、シルバリスタもそう?」

 シルバリスタ、とはこの魔獣の種別名だ、シルバリというネコ猿の魔獣の、最上位種がシルバリスタとされる。

「そうだ。シバニャという野生動物が、魔の力を借りてシルバリとなり、それが経験を積むことで、シルバリスタとして成長する。元はそれほど大きくない、ふつうの野生動物だよ」

 危うくどこかのウォッチにでてきそうな名前だけれど、ふつうの野生動物をあまり見る機会はなく、それがどういうものかは分からない。野生動物は森で隠れて暮らすので、ごく一般的に目にする機会はないのだ。

「ふつうって、そのころから肉食?」

「雑食だよ。もうあまり記憶にも残っていないが、虫を食べ、木の実を食べ、栄養になりそうなものなら何でも食べた」

 食性はタヌキやサルに近いのか……。もっとも、ネコっぽいのは顔だけだし、野生のネコは虫も食べるし、甘い木の実だって舐めるのだから、そこに違和感をもってはいけないのかもしれない。

「野生動物はエルフ、ドワーフ、人族からも襲われるから、いつも怯えて暮らす。魔獣になろうとは思わないが、強き者への憧憬は常にあり、自分の弱さを嘆く心が魔獣へと変貌させる」

「シルバリからシルバリスタへと進化するのは、やっぱりバトルの経験値?」

「戦い、強くなると上位種へと変化する。進化とは言わない。どちらかといえば、不完全変態のようなものだからな」

 トンボやバッタのように、身体を完全には変化させず、成長するものを不完全変態とよぶ。魔獣の種別の変化は、確かに元の形状をのこす形であり、しかも単一個体からみれば進化ではなく、変化といった方が正しいようだ。


「エルフやドワーフの村を襲うのも、経験値を稼ぐため?」

「魔族から、そうするように暗示される面もあるが、我にとっては力を試す場として捉えている」

 RPGや物語でもよく出てくる、相手の勇気を尊ぶ……といった気質がシルバリスタにもあるのかもしれない。

「魔獣といっても、かの者のようにまったく戦おうとしない者もいる」

 シルバリスタが『かの者』と呼ぶのは、スライムのタマのことだ。

「ボクと最初に出会ったとき、バトルになりかけたけれど……」

「偶然に他種族と遭遇すると、自動的にバトルとなるからだろう。かの者は魔獣と出遭ってもバトルになることもある中で、それを回避しつづけている。よほど力試しが嫌いなのか……」

 お陰で魔獣から隠れるスキルが高く、ボクも大分助かっているけれど……。

「かの者は、魔力の集まる場所で自然に発生してきた、エレメント系の魔獣だ。野生動物として過ごしていない分、そうなのかもしれないが……」

 スライムはエレメント系……? 確かに、他の魔獣ともまったく似ていないのはその通りだけれど……。

「かの者が、なぜキサマごときをパートナーとするのか分からんが、戦わない者同士という意味では、いいコンビかもしれん」

 スライムは一目置かれる存在か……? こうして魔獣の王といった雰囲気をもつシルバリスタといい、魔獣を統べる魔族といい、スライムをみる目はちょっと特殊なようで、珍しい存在であることは確かなようだった。


 足が治るまでの逗留のつもりで泉を拠点とするけれど、アルドレイヤとルミナにとっても、初めて村から離れての生活で、よい経験となっているようだ。

 エルフであるルミナは、蝶よ、花よと育てられてきたので、わがままお嬢様の感じが抜けない、片やドワーフのアルドレイヤは、ドMでウケの面が強く、多少の魔法はつかえるけれど、まだまだバトルでは使いものにならない。

 そんな二人を指導するのが、スライムのタマだ。

「風をあやつるエルフは火属性、火もつかえるはずです」鬼教官はそう言った。

「火とか、つかったことないですぅ~」

「甘えた声をださない! 人族はそのまま野草を食べると、お腹を壊すケースが多いので、火をつかう魔法が必須なのです。私も、水魔法をつかってある程度の温度の高いお湯はつくれますし、頑張れば火をつけることもできますが、何倍も手間で、大変なのですよ」

「ふぇ~ん……」

 ルミナは泣きを入れるけれど、ボクのため……と言われると、断りにくいと知って押されている。

「ま、仕方ないッスね。私みたいに魔法をつかえるようにならないと、役に立つこともできないッスよ」

 そんな余裕をみせるアルドレイヤだったけれど、タマから「アルドレイヤさんは、もっと土魔法を磨いて下さい。土を動かすぐらいで魔法つかえます、アピールは恥ずかしいですよ」と釘を刺された。

「ピィ、ピィ」

「ピイも、二人を揶揄するヒマがあったら、魔法を憶えてください。水竜でないことは分かりましたが、竜族も魔法をつかえるはずですから」

「ピィ~ッ!」

 鬼教官の矛先は、竜族であるピイにも向かう。

「水竜ではないの?」

「水竜なら、水を吐いて小さくなるはずありませんから。他にも火竜、地竜などもいますが、ピイの場合、まだ小さいのでよく分かりません」

「ピィ、ピィ」

「いえいえ。影のある竜だからといって、何もハードボイルドというわけではありませんから」

「毎回思うけれど、その訳って正しいの?」

「ピィは小さいころに親とはぐれてから、ハードボイルドを目指しているのですよ」

「ピィ、ピィ」

 本人が納得しているようなので、それ以上は口をださない方がよさそうだ。


「土魔法、竈づくり!」

「火魔法、薪に火!」

「おぉ、見事な連携魔法ではないですか! これで日常の炊事全般が楽になります」

「……嫌、それでいいの? 魔法で竈をつくって、火をつけるって……。それが冒険者の、魔法をつかえる世界ですることか?」

「いいではないですか。移動先で、また竈をつくって、煮炊きをするのは面倒だったので、こうして便利になるのはよいことです」

「その竈をつくったり、煮炊きをしたり……って、ほとんどボクの仕事だよね。もっとも、そうして食事をするのはボクだけだったから、諦めて自分でやっていただけだけれど……」

 アルドレイヤとルミナの二人の場合、ボクに気に入られようとして、そうした魔法を鍛えたのかもしれない。

「この、ちょっと空気穴をあけておくのがミソなんスよ」

「私ぃ、火の魔法って苦手なんですけど、ダーリンのために憶えたの❤」

 ルミナのそのアピールに、慌てたのはアルドレイヤだ。「ダ、ダーリンッ⁈ 待って欲しいッス。ダーリンと呼んでいいのは、付き合いの長い私だけッス!」

「付き合いの長さは関係ないでしょ。ふさわしい二人が、身も心もむすばれるのが正しいんだから」

 二人の争いには極力口を挟まないようにしていた。何しろボクが当事者であり、ボクの塔をめぐる争いなのだから。

 ただ、二人の魔法レベルが上がっても、魔獣との戦いをボクは望んでいない。シルバリスタのように、魔獣とも話し合うこともできる以上、そうやって問題を解決すればいいのだから。それは襲ってくるなら対処できることが必須だけれど、それ以上の力をもつ意味を、今は感じていなかった。


「タマがスパルタだって、初めて知ったよ」

 久しぶりにタマと二人きりになったとき、そう声をかける。

「スパルタですよ、私。ただ箸にも棒にも掛からない相手なら、最初から諦めますけれど……」

「間接的にディスられたな……」

「嫌ですよぉ、直接ディスっています」

「ただの悪口!」

 タマは結構、ボケたがりなので、アルドレイヤやルミナに厳しく魔法をしこむ姿はある意味、新鮮だった。要するに、ふだんボケの人がツッコミをする、という感じをイメージすると分かり易い。

「二人の資質はどう?」

「元々、魔力をもつ種族ですから、見た目で忌避されていただけで、魔力に関しては何の問題もありませんからね。子どもに鉛筆のもち方を教えるようなもので、基本ができれば使えますよ」

「属性って、やっぱり重要なんだ?」

「当然ですね。この世界では複雑な魔術回路や、精霊に頼ったり、詠唱したり……といったことが必要ないことでもお分かりと思いますが、属性に働きかける行為でもあります。フランス人に『硬いパンを食べて、カッチカチやぞ、ってギャグをしないんですか?』と日本語で話しかけても通じないように、働きかけたとき、それが通じることが大切なのです」

「日本語の前に、話しかける内容で殴られるレベルだろ、それ。意志が通じたらマズイレベルだからね」

「ドワーフが火を使いたければ、電子ライターのように圧力をかけると電子の火花を飛ばす、そうした鉱物をつかわないといけません。同じように、エルフが土を動かしたいのなら、風を起こして砂を巻き上げる、熱で柔らかくする、といった作用を必要とします。属性とはそういうことで、通じる言語の差で動いてくれる相手も異なってくるのと同じです」

 例えが正しいのかどうか、よく分からないけれど、言わんとすることは分かる。

「でも、魔族は色々な魔法をつかっていたよね? 空を飛んだり、水流弾をはじきとばす防御魔法をもっていたり……」

「魔族はバイリンガルなのですよ」

「その説明でいいの?」

「私もあの灼炎のリディアぐらいしか知りませんが、得意な火属性以外でも、多くの魔法をつかえるのですよ」

「リディアというんだ、あの魔族……。でも、あれ以来、動きがないよね?」

「それがおかしいのですよね。魔力は生命力と同義ですから、一度減らすとへとへとになりますが、リディアは〝かまってちゃん〟ですから、頻繁にちょっかいをかけてくる方なのですが……」

「魔族のかまってちゃん……。色々と厄介そうだ」

「だからこの森にいる魔獣も、結構そうしたことに慣れている、というか……」

 ハダカデッパという地中で暮らす魔獣と話したときも、そういえば余裕そうにしていた。

「魔族はこの森をどうしたいの?」

「さぁ……? 個別方針は何となく理解できても、経営方針を理解できるほどに、魔獣も魔族との付き合いがあるわけではありませんから……」

 経営に不満はあっても、従業員では対処もできない。そんな縦割り社会の弊害を感じるけれど、このときの会話が、後にフリとなるなんて、このときのボクたちは知る由もなかった。


 太ももの傷も大分治ってきた。傷跡は残るだろうけれど、毒を塗られていなかった分、治りも早かった。何より、タマのつくってくれた薬が効いた。どうやってつくられたかは、思いだしたくもないけれど……。

 長逗留になるので、ボクたちは木の上に枝をくんで、そこをベッドにしていた。

 それはオランウータンが葉っぱでつくるのと同じであり、頑丈で一人だとびくともしないほどだ。力持ちのアルドレイヤと、植物にも造詣のふかいルミナとの共同作業で三人分が備えられている。形状がゆるいタマと、まだ小さいピイはふつうに枝でも眠れるからだ。

 うとうとしかけていたとき、ボクのベッドにもぐりこんできた人影があった。

「ねぇ、ダーリン……。出会って一週間……。そろそろ一線を超えても、いいころ合いじゃない? むしろ、遅いぐらいだぞ❤」

 暗くてよく見えないけれど、入ってきたのはルミナで、しかも全裸のようだ。

「ちょ、ちょっと待って!」

 ボクも慌てるけれど、そう簡単にルミナが手をだせないよう、隣にはアルドレイヤもいる。「ダメッス。私が先ッス!」

 最近はアルドレイヤも、占有よりも先行を優先しているようで、ますますボクの貞操は危ういものとなっているのだが、それ以上の危機が迫りつつあった。

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