第10話 泉湧く森で、君と語らう
野草を探しに出ていたタマと、ピイももどって、エルフの美少女? 美少年? を囲んでいる。
「えっと……、君の名は?」
「私はルミナ モロワと言います」
「エルフの村から逃げてきたの?」
「私はアナタの演説を聞いて、感銘をうけました。確かに、私たちは大人になる、その一時期のみ、子づくりするのですが、竜を食べる理由が、私の中でストンと落ちたからです」
「ピィ、ピィ!」
「オレを食べても上手くねぇぞ。もっと上手いことを言ったら、喰われてやってもいいがな、と言っています」
「タマのその訳って、本当に正しいのか……? でも、竜を食べに来たわけじゃないんだ?」
「滅相もない。私はこの美しい体を棄てて、あんな醜い姿になるなんて嫌です!」
まるで老いる自分に、必死で抗う女王様……といった口ぶりだけれど、確かに竜を食べる儀式が、老いを引き起こす一助になる、というなら、それを拒否したくもなるだろう。
「私はこの姿のまま、性的興味が湧いているので、きっと竜を食べなくても、大人になれます!」
「大人になれるって……」
身長は成人男性の半分ぐらい。それでも五体のバランスは大人のそれで、そこに美しい顔が乗っている。今は折り畳まれているけれど、背中には四枚の透き通った羽根をもち、大人になるとその羽根が落ちるのだ。それは女王アリと同じ、羽根を落として地面に降りたつと、子づくりのみに専念するようになる。エルフは子づくりを一定期間終えた後で、老化の始まりとともに、村を守る働きアリへと変わるのが異なる点だけど……。
それを拒否する美少女? 美少年? は村をでて、自らの生き方をはじめようとしている。
ただそれを、他のエルフが赦すのかどうか……?
「私と子づくり、しましょ❤」
ルミナはボクに向かって、そう迫ってくる。
「ちょっと待って。エルフと人族って、そういうこと、できるの?」
「試してみたいでしょ?」
「いやいや、待って欲しいッス! エルフは両世具有ッスよね」
これはアルドレイヤの横やり。
「両性具有ですよ。でも私、男性性は少なくて、単一生殖ができないんです。だけど仲間のエルフって、ちょっと頼りないっていうか、子どもっぽくて……今ひとつ魅力がないんですよね。そんなとき、私のことを力強く抱きしめて、さらっていく人がいて……。私、この人だって思ったんですよ」
何のフラグだろう……? ピイを助けるために、エルフを引き付ける必要があって誘拐みたいな真似をしたけれど、それで恋に落ちてしまうなんて……。
「だから、子づくりしましょ❤」
「ダメッス! ダメッス!」
アルドレイヤも慌てるけれど、彼女にとっては自分のことを唯一「かわいい」と言ってくれたボクに、エルフの恋人ができてもらっては困るのだ。
ただ、それ以上にタマからじとっとした目で……実際、目がどこにあるかも分からないけれど、そんな粘着質で湿り気のある雰囲気と、言い方で「モテモテですね」と言われたのが恐怖でもある。
でも、五歳でナイスバディ、がさつなところもあるドワーフのアルドレイヤと、恐らく年齢的には百歳近くなのに、むしろ美少女の容姿をもつ両性具有の、エルフのルミナである。
モテていることを喜ぶべきか……。むしろ道徳心とか、諸々と自縄自縛の問題もあって、戸惑いの方が大きかった。
「とりあえず、どこへ向かいますか?」
タマからそう尋ねられ、ボクも首を傾げた。
「この森には、他に村はないのかな?」
「人族の村、ドワーフの村、エルフの村……。他にはないですね。村ではありませんけれど、流浪の民……といったものはいますが」
「流浪の民? 何それ?」
「私も会ったことはないのですが、かなり強く、居住を決めずに森を徘徊している、とされる謎の民です」
「会ったことないのに、強いって分かるんだ?」
「魔獣の噂ですよ。一瞬にして数体の魔獣を切り刻む……とか、またたく間に炎で焼かれる……とか、コミックスの単行本が十巻同時に発売される……とか」
「最後に変なのが雑じったよ? それは、そんな仕事をする漫画家、最強かもしれないけれど……。そんな強いのに、ただ流浪するだけなの?」
「そうみたいですよ。数名という話もありますが、どれぐらいの人数がいて、どんな魔法をつかうか? も分かっていません。でも、強さは魔族と比する、という魔獣もいるぐらいです」
「魔獣のコミュニティーもありそうだな……。でも、その流浪の民って言うのも気になる。もっとも、会うことも叶わないだろうけれど……」
「探して会えるのなら苦労はしませんね。向こうから会いにきてくれるのなら、別ですけれど……」
「そんな最強の民、会いに来られたら困りそうだ」
まぁ大体、こういう話をするとフラグになるもので、物語的には次のイベントになるものだけれど、この話はもう少し先。
ボクたちはタマから「なら、ちょっといいところがあるので、そこを隠れ家にしましょう」との提案をうけ、そこに向かうことにした。
「おんぶしますッス」
「いや、大丈夫だから……」
「私はお兄さんにおんぶされます。えいッ❤」
「うわッ! ダメッス!」
こんな会話がつづき、アルドレイヤとルミナの間で、ボクの綱引きがつづく。しかもそれは恋のさや当て、というより、どちらの鞘に刀を収めるか? というアテなので、困っているのだが……。
ボクとしては右足の太ももが、未だに矢が貫通した状態であり、タマのつくってくれた薬草のおかげで化膿はしていないけれど、まだ痛みは残っており、早く歩くこともできずにゆっくりとすすむ。
「でも、最近は魔獣と遭遇しないね」
「恐らく、変態男にパンツを見られた魔族が、一先ず引きこもっているからですよ。魔獣の動きも、それに伴って低調になっていますね」
「そういうものなんだ……。キッカケはどうあれ、魔族と魔獣は一体感が強いってことか」
「それはそうですよ。魔族の魔性を得ているのが、魔獣ですからね。パスが通っている、という言い方もします」
あれ……? 何か引っかかりを感じたけれど、そのときはすぐにピンとくるものがなかった。
「この足では逃げることも難しいから、魔獣と遭遇しないのは有り難い。大所帯になってきたから、隠れることもできないしね」
いつの間にか、パーティーのようなものができている。しかも魔獣に竜族、ドワーフにエルフ、と何だかバランスもいい。それぞれ、その種族の中では能力的に大したことないメンバーだし、どちらかといえば最弱のパーティーであるけれど、ここまで戦うこともなく、冒険を重ねてきたのは幸運といえた。
ただし、レベルという点ではまったく上昇していない。それは当然で、経験値が上がっていないのだから、レベルは低いままだ。
ちなみに、相手のステイタスをみる行為は、相手にも筒抜けとなるので、魔獣相手にしかつかえない。悪い例えをすると、盗撮がバレて、相手の怒りに火をつけるようなもので、滅多につかうこともできない。
だからタマのステイタスも、ピイのステイタスも、アルドレイヤのステイタスも知らない。タマの場合、ステイタスがみられる、といったことも知らないうちに〝きょうゆう〟によって仲間になったからだ。むしろ、タマに「ステイタス? みられますよ」と教えてもらった。それから、タマのステイタスを見ようとして怒られたぐらいで、それ以来、ステイタスをみるのは封印している。隠れてやり過ごすにしろ、ステイタスをみれば相手に気づかれるのだから、中々つかえる力でもなかった。
「ここです」
タマにそう教えてもらい、思わず「おぉ……」と声が漏れた。
そこは美しい泉の湧く場所だった。木漏れ日がそこにさしこみ、あふれだす水をきらきらと輝かす。
「きれいな場所ッスね……」
がさつなアルドレイヤも、思わず見惚れるほどだ。
「ピィ、ピィ!」
「わ~い❤」
ピイとルミナは、その水の流れだすところで、さっそく水浴びをはじめた。
「この水、きれいなの?」
「大丈夫です。飲めるぐらい、キレイですよ」
タマはそう太鼓判を押す。水属性のタマのお墨付きなので、泉の下の少し水がたまったところで、みんなで休憩することにした。
「こんな場所があるんだね」
「元々、この辺りは雨の多いところですが、すぐに地面に染みこんでしまい、使える水は少ないのですよ。でも中には、こうしてキレイな水の湧く場所もあるのです。腐海にある植物も、ここでは毒をださない……汚れているのは土なんです!」
「それ、風の谷でいう台詞! 確かに、村でも井戸を掘って水を確保していたな。川を引きこむと、魔獣を呼び寄せる、という面があるとしても、地下には水が豊富なんだろうな」
ピイをあそこまでの巨大な竜にするまで、水を飲ませ続けられたのだ。
そのとき、水浴びをしていたルミナと、アルドレイヤが着ていた服を脱ぎだした。
本格的にお風呂にするようだ。ジトッとした……タマからにらまれ、ボクも泉から目を逸らすことにした。二人とも羞恥心は少ない方だし、今さら感はあるけれど、さすがに全裸の女の子二人を直視していたら、タマの目が怖かった。
そのとき、藪の中から魔獣が現れた。白い毛並みに、ゴリラのような筋肉質の体、顔はトラのような、かわいらしいネコ顔なので、そのアンバランス感がえぐい。ただ見上げるほどの大きさで、戦ったら厳しいことは一目で分かった。
「あら、久しぶり」
その時、場違いな声をだしたのは、タマだ。相手の魔獣も、タマのことをちらっとみただけで、こちらを攻撃しようとする素振りもない。
「久しぶり。どこか行ってたん? と言っています」
タマの説明に「え? 会話できるの?」
「もう意志を失っている魔獣とはムリですけど、魔獣同士は会話……というか、意思疎通はできますよ。そうじゃないと、魔獣同士で戦ったり、魔獣が一緒に現れたりできるはず、ないじゃないですか」
その通りである。魔獣が一緒にいて、冒険者を襲ってくるなんて互いのパートナー意識がないとできないことだ。
「戦わないの?」
「襲ってきたら戦いますよ。当然じゃないですか。でも、ここには水浴びに来ているだけなので、戦うつもりもないのですよ。きっと、私と一緒にいるアナタ方も、敵とはみなされていないのですね。どうせ弱い、雑魚レベルの相手なので、戦う必要すら感じていないかもしれません」
あり難いような……。
泉に入った魔獣に驚いて、裸のままアルドレイヤとルキナが走ってくる。あり難いような……。
タマの案内してくれたこの場所は、それこそ魔獣がやってきて、水浴びをしていく場所だったようだ。
しかし、現れる魔獣に戦うつもりもなく、かといって仲良くするわけでもなく、不思議な空間だった。互いが存在を意識するものの、だからといって無関心。喰う、喰われるの関係のはずなのに、何の争いも、そうした食物連鎖にともなヒリつく、殺気立ったものもなく、穏やかな時が流れている。
「何か不思議ッスね。この前まで、ふつうに命をかけてやりとりしていた相手と、何で一緒に水浴びするッスかね?」
アルドレイヤはドワーフの村、城塞にも入れてもらえず、魔獣と戦っていた、とは思えないけれど、戦っていた感をかもしだしながら、そう言った。
「でも、魔獣、かわいい~❤」
エルフのルミナは、逆に魔獣とは遭遇しないよう村の奥で守られていたのであり、初めてみる魔獣たちに、そういって近づこうとするぐらいだ。もしかしたら動物園と同じで、興味が先立っているらしい。
そして、ボクは言語情報を〝きょうゆう〟することで、そうした魔獣の一部と話ができるようになっていた。
最初に出会った白いネコ顔の、大きな魔獣はタマと顔見知りなこともあって、すぐに仲良くなった相手だ。
「オマエが人族などと仲良くするとは、思わなかった」
白猫はそうタマに声をかけた。
「仲良くしているつもりはありませんが、むしろ心配で、あれこれ面倒をみている感じですね」
「ひ、ひどくない……。反論もできないけれど……」
確かに、ここまで来られたのも、タマの助言が大きい。森のことを知り尽くしているばかりでなく、魔獣からの隠れ方など、色々と教えてもらった。
「魔族との繋がりはあるの?」これはボクの問。
「ない、といえば嘘になるが、魔族とて、我々一体ずつに目を配らせているわけではない。魔族の意向を感じて、それに従うこともあるけれど、基本は独立した存在でもある」
タマも同じようなことを言っていた。意志をもつ魔獣は、魔族からの指示があっても、判断が一つ加わるのだ、と。
「特に、この泉にくる魔獣は、独立心が強いのですよ。こんな人族の村とも、ドワーフ、エルフの村とも離れたところで、のんびりと水浴びをしようと考えるぐらいですからね。怠惰、ともいえます」
「魔族からの命令をうけてもバカンスを楽しむ……みたいな感じか。欧米のサラリーマンみたいだな」
リゾートではケンカせず……。それはそんな余裕のある態度であり、魔獣なりの余暇の過ごし方にみえた。
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