第9話 エルフから逃げるも、逃げ切れず?
ボクとタマは、慌ててアルドレイヤのいる場所までもどってきた。
「何を慌てているッスか?」
「ピイが喰われるんだよ。すぐに脱出しよう!」
「え? ピイがエルフを食べるのではなく?」
「竜を食べることで、エルフは大人になるんだ。そのために竜を生贄にする。今こうして歓待するのも、竜をこの村にとどめ、トドメを刺すためだ」
なるほど、竜の甘やかし方を知っているはずだ。竜が暴れださないよう、逃げないよう、捕縛するのではなく、食べ物を与えてその場に留まらせ、儀式により命を奪うまで甘やかし続けるつもりなのだ。
そこから広場の方をみると、キャンプファイヤーのように巨大な炎が灯され、その前に高く設えられた塔で、ピイは未だに豪勢な食事をとっている。これから、その炎で焼かれるとも知らず……。
火の回りでは、エルフたちが踊っており、まったく隙がない。
「あれは……ムリッスね」
アルドレイヤはすぐにそう諦めるが、そういうわけにもいかない。特にその意識が強いのが、タマだった。
「私がエルフ族のところに行こう、などといったのが間違いだったのです。どうにかして助けます!」
「それにはボクも同意だよ。ただ、どうするか……。エルフだって、魔法をつかえるんだろ? すでに出涸らしとなったエルフでは、変態プレイをして気をひくのも難しそうだし……」
「気をひくのに、何も変態プレイでなくともよいのです。少しエルフの気を逸らしてくれれば、こっそりと私が近づいて、ピイを連れだします」
そういうことで、話がまとまった。ボクとアルドレイヤでエルフたちを誘いだし、タマがピイを連れて、エルフの村をでる。そして村の外で合流しよう、と……。
儀式は始まっていた。村の奥で、囲いの中にいたエルフ族の若者、まだ百歳にも満たない者たちが四人、連れ立ってでてきた。
若者たちはまだ頭が小さく、人間をそのまま半分にした姿で、背中には透明な四枚の羽根を生やす。耳も尖っておらず、無垢な姿をさらすよう薄い布地で胸と腰を覆うだけの、セクシーな衣装をまとっている。
「彼らは今、我々の戦士として、新たな生まれ変わりを得ん!」
それを見守る年老いたエルフたちは、その言葉に歓喜の声を上げる。両性具有でもあるので、高齢になると男女の区別がなくなっており、若々しいエルフたちとは対照的だ。若々しい、奥からでてきたばかりのエルフは、美青年と美少女であって、自らが近いと思われる性の姿をとる。つまり、まだその段階では多少の性差はあり、それが見た目を分けるようだ。
ボクはその背後からそっと近づく。その四人の中でも一番華奢で、軽そうな相手を狙って、そのまま体を抱えて走り去った。
「きゃーッ‼」
そんな悲鳴に気づき、エルフ族たちは騒然となり、頭の大きな、皺くちゃなエルフたちが弓矢や槍をもって、ほぼ全員がボクを追いかけてくる。
ボクは「ごめんね、ごめんね」と呟きながら、必死で森を走る。追いかけだしたエルフはすぐに地面がぐらぐらと動き、多くの者が転んだ。そのアドバンテージの分、ボクは逃げ切り態勢をとる。
勿論それはアルドレイヤの土魔法だ。アルドレイヤは陰に隠れて妨害すると「幸運を祈るッス」と言いながら、すぐにその場から逃げる。
そのころ、タマはこっそりとピイのいる塔を上っていた。タマはスライムであり、体を小さくすることもできるので、こうした隠密行動も得意だ。
「ピイ、逃げますよ」
「ピィ、ピィ!」
「食べ過ぎて……飛べない⁉」
ボクは必死で走っていた。いくら最初にアルドレイヤによって多少のアドバンテージを得られたところで、森の民であるエルフ族に追いかけられて、またいくら軽いとは言っても、エルフの子どもを抱えて、逃げ切れるはずもなかった。
でも、そんなことは初めから分かっている。ある程度までくると、抱えていた美少女? 美少年? を降ろす。
「ごめん、怖い想いをさせて。君はもうもどってくれ」
「お兄さん、人族なんでしょ?」
「え? うん、そうだけれど……」
「人間って、性別があるんでしょ? お兄さんは男なんだよね? みせて❤」
美少女の容姿で、しかも背が低くてあどけなく、薄っすらと胸の辺りの布が膨らみをみせるぐらいのエルフから、そんなお願いをされたら、思わずパンツに手をかけたくなる。でも、腰の辺りに巻かれた布がかすかに膨らんでいるのをみて、自分を保つことができた。
「もし自分が興味あるからといって、相手が嫌がることを無理強いすることは、果たして正しいのかな? 君たちはそうして、ほとんど裸でいることに抵抗がないのかもしれないけれど、人族は肌をさらすのが恥ずかしいんだよ。そういう恥ずかしいプレイが好きな人もいるけど、ごく一般的には恥ずかしいことで、特にボクの股間は恥ずかしい限りだ」
「プレイ……? 恥ずかしい……の?」
美少女? 美少年? はちょっと不満そうに頬をふくらます。でも、こんなことをしているヒマもない。
「お兄さんたちは、あの竜を飼っているの?」
「飼っているのではなく、友達だよ。だから、友達を助けるためにこんなことをしているんだ。君に迷惑をかけたのは申し訳なかったけれど、この穴埋めは何時かさせてもらうから……」
ボクはそう言って、すぐに走りだした。そこにエルフたちが集まってくる、そんな足音に急き立てられて……。
一人になり、身軽になったけれど、森を走るという行為に慣れているわけでもないボクは、すぐに追いつかれた。
矢が顔のすれすれを通り抜けていく。強い風が襲ってきて、地面に二度、三度と転がされる。でもすぐに起き上がって、走りだす。諦めたら、そこで終わりだから。ここで諦めるわけにもいかない。
ちなみに、風魔法は火属性に分類されるそうだ。局所的に強風を巻き起こすような作用は、翼をつかう以外では熱エネルギーに依拠するからで、ピンポイントで熱エネルギーを上げて風を起こすのだそうだ。
風魔法をつかってくるエルフ族は、火属性か……。そんなことが分かっても、何の足しにもならない。とにかく、走るのは止めず、ひたすら逃げ走る。
そのうち、森が開けた。そして水音がはっきり聞こえてきた。むしろ、その水音を目指して走ってきたのだ。
ただそこはエルフ族が守りに利用する境界であり、川幅が広くて飛び越すこともできず、また流れも急で、泳いで渡ることはほぼ不可能――。当然、橋なんてあるはずもない。万事休す……、追いこまれていた。
背後からはエルフたちが迫ってくる。まさに決断を迫られる。
ただ、エルフ族もボクに川に飛びこまれたら、死に顔を見られない、と思っているのか、すぐに決めにくる気はないようだ。
逃げ道をふさがれ、退路を断たれ、逆に覚悟が決まった。
「エルフが竜を喰うのは……」ボクは一縷の望みをかけ、演説によって切り抜ける策をとる。
「大人になるため……ではなく、大人にするため、だろ? エルフ族はいつまでも無垢で、純粋なままでいると、それこそいつまでも子づくりしないんだ。何しろ、性的な欲求が生まれないんだから……。
だから竜を食わせ、その生命力を授けることで、子づくりさせる。ただそれをするには代償があるんだろう? 一時的に引き上げられた生命力によるものか、それとも子づくりしたことによるものか……。その瞬間から、エルフ族は老化がはじまってしまう。美しさが消えていき、老いへと転じてしまう。翼が落ちて、俗物と化してしまうんだ」
それが事実かどうか……。そんなことはどうでもいい。でも、エルフたちが怒りに打ち震え、興奮する様をみると、もしかしたら……という気になる。
すべては憶測……、悪く言えば邪推。でもそれが事実であったのなら、さらに悪いことに、怒りを増長させたのであって、このままだと虐殺だ。
覚悟はすでに決まっている。決まっていないのは、死に方だけ。
興奮したエルフたちは矢を番え、こちらを狙ってくる。もう時間稼ぎも通じない。逃げ道も、方法も残されていなかった。
そのとき、ボクの背後から目も眩むほどの目映い光が放たれて、エルフたちの目を奪った。それでも、エルフたちは怯まず、何本もの矢を放ってきた。ただ、ボクにはそれに対処する術はなく、何本もの矢が襲ってくるが、それと同時に背後から襲ってきた、津波のような水の流れでボクは川へと流されていった。
「大丈夫ッスか?」
目を覚ますと、アルドレイヤの心配そうな顔で覗きこんでくるのが見えた。どうやらボクは、彼女の膝枕で眠っていたようだ。
「ここは……」
起き上がろうとして、太ももの激痛に、思わず足を抱える。まだ水音は聞こえるので、どうやら川の近くのようだし、服も完全には乾ききっていない。葦を倒してベッドとし、その葦原の中で横たえられていた。
そこにはタマとアルドレイヤ、それにピイもそろっていた。
「ピイ! よかった、無事だったんだね……」
「ピィ、ピィ」
「オレがこの程度でどうにかなるわけ、ないだろ? 寝言は寝て言え、この野郎、と言っています」
「ハードボイルド感! でも、よかったよ、無事で……。さっきのあれ、タマが助けてくれたんだろ?」
「いいえ。これは私の責任でもありますから、むしろ体を張っていただき、ありがとうございます」
「体を張るっていっても、最後に水をかぶるのはダチョウ倶楽部みたいだな……。水をつかって逃げることは当初から考えていたから、こうなる結果は分かっていたんだけど……」
村の奥にいる、というエルフの若者をさがしていたとき、川の水音は聞いていた。エルフを出し抜くためには、水魔法をつかえるタマが要であり、ピイを脱出させた後で合流しよう、と作戦を立てたのだ。
「ピイがお腹いっぱいに食べ過ぎて、空を飛べずにだいぶ遅れてしまいました」
「まぁ、ギリギリだったけど、間に合ってよかったよ。そういえば、あのときの光って何? まぶしい光だったけど……」
「光魔法ですよ。水の中に入ってきた光を、屈折することによって閉じこめ、それをまとめて放つのです」
「簡単にいえば、フラッシュみたいなもの? でも、水魔法と光魔法って……?」
「アナタの知る世界でいうと、フラッシュを焚く露光機ってところですね。火属性は光と、土属性は闇と親和性がある、という話はしましたが、水魔法は光と闇、どちらとも親和性があるのです」
「確かに、水は光を通しもすれ、深海は闇に包まれるから、どちらとも親和性があるのは理解するけれど……」
チートっぽい匂いもするけれど、この異世界の魔法の仕組み……何となく分かってきた気もする。要するに、より自然界の法則、原理に近いのだ。見た目の現象としてではなく、その事象を引き起こす要因として、物理法則をしっかりと踏まえている、ということだ。ただ、それが分かったところで、魔法をつかえない人族としてはどうしようもないのだけれど……。
すぐにでも旅立ちたいけれど、ボクは足を怪我していた。エルフの矢が太ももを貫通したのだ。
タマは体内で薬草を煎じて、薬とする能力があった。スライムとして一般的な能力らしいけれど、すぐに体力を回復してくれる、ポーション系のアイテムはムリで、魔力を篭めない一般薬として、傷薬をつくってくれた。それを塗って、アルドレイヤが長い葉を巻いてくれる。
膝枕もそうだったけれど、アルドレイヤがこうしてあれこれと面倒をみてくれるのは、不思議な感じもしていた。
「どうして、アルドレイヤは世話をしてくれるの?」
少しキョトンとしていたけれど、すぐにアルドレイヤはもじもじしながら「だって私のことを『かわいい』と言ってくれましたから……」
あぁ、なるほど……。筋肉至上主義のドワーフ族の中では、華奢でひ弱。女性にも逞しさが求められるため、モテた試しがなかった。人族に近い容姿なので、人族からは人気がでる……と思っていたら、地下で出会った人族からも、周りが暗くて芳しい評価がえられなかった。
彼女にとって、唯一自分を高く評価してくれた男性が、ボクだったのだ。
そんな美少女に見初められ、願ったり叶ったり……といわれると、そんなこともなかった。何より外見は似るけれど、生物種としての違いはかなり大きい。三歳で子づくりをはじめられ、三十歳で寿命を迎えるほどの早熟なドワーフである彼女は、まだ五歳なのだ。
人族からすれば大人だし、実際に大人かもしれないけれど、五歳の少女とムフフな関係……って、コンプライアンス的に大丈夫か?
それに、もし結婚して子供ができたとしても、ドワーフの血を強く引いていたら、三歳ですでに筋肉ムキムキで、親を見下ろすレベルになっているのだ。息子、娘どちらでも……。
まず人族とドワーフ族と、子どもができるのか? という根本的な話もあるし、だからといって、身体だけの関係として火遊びを楽しむ、というほど都合よく考えられ るのなら、元の世界でも、こじらせ童貞なんてやっていなかった。
ただ、アルドレイヤが頬を紅色に染め、こちらににじり寄ってくるのは貞操の危機かもしれない。
元々、革バンドのような筋肉美アピール用の、露出の多い服であることもあって、セクシーさはもっていた。普段は蓮っ葉な、小者感のただよう口調なのでそう感じることもないのだけれど、こうして二人きりになって、無口になると、そのエロい体が殊更そう感じられた。
「人族さん!」
そのとき急に大きな声がして、ボクとアルドレイヤも飛びあがった。驚いてふり返ると、そこに立っていたのはエルフの村で、ボクが誘拐を試みた、あの美少女? 美少年? がいた。
「私、エルフの村から逃げてきたので、一緒に連れて行ってください」
トラブルの匂いしかしなかったけれど、美少女? 美少年? その瞳はキラキラと輝いていた。
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