第8話 エルフは森で、守り人となる

 この広大な森で、道に迷わないのはタマのお陰だ。この辺りの森は、彼女にとっては庭みたいなものらしく、どこに何があるかを熟知していた。

「タマって物知りだね」

「何を今さら当たり前のことを……。スライム界では絶世の美女であり、かつ千年に一人の天才ですよ、私」

「肩書が一つ増えたな、おい……。スライムの知能レベルがよく分かっていないけれど、魔獣って頭がいいものなのか?」

 アルドレイヤに聞いたのだけれど、首を傾げるばかりだ。「魔獣とか、よく知らないッスよ」

「さすがドワーフ、そういうところに関心なし、か……。ところで、出会ったころは丁寧語だったのに、最近はその蓮っ葉な言葉遣いが多いね」

「当たり前ッスよ。初対面の人に、いきなりこんな言葉遣いができるわけないじゃないッスか」

 アルドレイヤは堂々と、胸を張っていう。

「ネコを被っていたのか……。でも、その言葉遣いだと背が低くて、男っぽい少女がすると似合うけれど、人族からみると背も高く、スタイルもいいんだから、そういう言葉遣いは似合わないんだけど……」

 一応、褒められているので複雑な表情だけれど「ドワーフ族の中では、こういう方が似合うんスけど……」

 アルドレイヤにとっては、その微妙な感じが残念だった。ドワーフ族の中では華奢で、虐げられていた。つまり、そうした蓮っ葉な言葉遣いが似合うポジションにあるのだが、人族の中では美少女でスタイルも抜群。なのにドワーフ族の中で培われた、その小者感が抜けないのだ。

「エルフの村まで後どれぐらい?」

 タマに尋ねると「このまま歩いていくと、明後日にはつきますよ。ただ、問題はここからは罠も増えますから、ふつうに歩いていくことができない点ですかね」

「え? 罠をはっているの?」

「エルフ族も魔法をつかえますが、いつもいつも、魔獣の襲来に魔法をつかっているはずないじゃないですか。ドワーフ族が城を築いて迎撃態勢を整えていたように、エルフ族は罠をはるのですよ」

 魔獣は魔族の眷属……、敵対する種族への攻撃をかけることもあるだろう。もしタマが回避してくれていなかったら、この辺りの魔獣はレベルが高いので、苦労していたところだ。

「でも、タマは魔族の眷属……という割に、結構自由だよね」

「魔獣は基本、すでに意志を失い、欲望のままに生きるものですが、稀にそうでない魔獣もいるのですよ。私もその一人です」

「意志があるから、魔族にも支配されない?」

「まぁ、そういうことです。支配というか、命令をうける上でも、自分の判断が一つ付け加わる……そういう感じですね」

「命令をきかない部下……みたいなものか。魔族の少女の苦労が偲ばれるよ」


 森の住人であるエルフは、森を熟知した罠を張って、村に近づく者を排除しているだけに、かなり厄介でもあった。

「あ、危なかったッス……」

「だから、そこは歩いちゃいけないって言っただろ」

 アルドレイヤは落とし穴に落ちたけれど、元々運動神経がいいので、下にあった竹槍に刺さる前に、体を反転させてその竹槍をつかみ、串刺しを免れていた。

 ずっとこんなペースで、トラップに引っかかっているのはアルドレイヤだ。

 注意散漫で、トラップにかかりまくるアルドレイヤのお陰で、どんな罠を張っているかも容易に知れた。原始的だけれど、確実にそれは殺傷を目的としたものであり、竹槍だったり、矢じりをつけた弓矢だったり、捕らえて射殺す、という形で常に命の危険が伴うものだ。

「もう……命がいくらあっても足りないッスよ」

「だったら注意してすすめよ。花とか、食べ物につられているから、そうやって罠にかかるんだろ」

「ピィ、ピィ」

「ピイも『死にたい奴は足手まといだ。置いていくぞ!』と言っていますよ」

「かわいい顔をして、ハードボイルドだな、おい……」

 ちなみに竜の子であるピイは、短い手足を補うように、背中には二枚の翼をもっていて、軽くなら浮いて飛ぶこともできた。タマも軽い体重もあって、この二人は罠にかかる心配もなく、ボクとアルドレイヤの二人だけが、罠を回避しつつすすまなければならない。

「そろそろ見えてきましたよ」

 タマがそういうと、森に隠れるようにして、むしろ森と一体化したような、グリーンモンスターとでも称すべき壁がみえてきた。


「門番はいないね」

 そのグリーンモンスターは木や蔦が絡んだものであり、迷路のような、抜け道のようなところを通り抜けると、中へと入れるようになっている。門番がいらないのは、ある程度の知能があるものしか、通り抜けることができないためだろう。つまり欲望のままに生きる魔獣では、通り抜けることさえ難しい。

 人族であるボクと、元々小さいし、知能もあるタマもピイも簡単に通り抜けられるのだけれど、アルドレイヤだけが「痛い、痛い」と、至るところで引っかかっているのが、哀れだ……。

 とにかく、先にすすむ。絡みあって先が見えなかったけれど、蔦を避けると急に視界が開けた。ただ、そこは未だ森であって、少しだけ異なるのは木々の間に、通路のようなものが張り巡らされ、その先にはログハウスのような、木で組まれた小屋のようなものがあり、暮らしが見える点だった。

「エルフ族の姿が見えないね」

「多分、この壁を何者かが抜けてくるのを察知して、隠れたのでしょうね」

「エルフは耳がいい……というのが定番だから、音を察知……」

 ボクの言葉が終わらないうちに、耳元を風きり音が通り抜けていく。それが弓矢によるものと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 攻撃された、と驚くよりも先に、そこに多くのエルフが現れたことに驚く。しかも矢を番え、今にも攻撃せんばかりだ。

「や、ヤバいッス! ヤバいッス!」

 アルドレイヤも慌てるけれど、それとは別に、ここに来ることを奨めたタマが、妙に落ち着いているのが気になる。

 そして、エルフの姿にも驚かされることとなる。耳が大きくて尖っているのは異世界の定番だけれど、人族よりも小柄で、痩せぎすで、その割に頭が大きいのでバランスが悪い。というより、二頭身、三頭身ぐらいの体はとてもアニメ的、二次元的にはふさわしくとも、リアルな容姿は微妙にひく要因でもあって……。

 しかも、弓を手に現れたのが、かなり高齢なエルフばかりというのも、少子高齢化という現実世界とのリンクが感じられ、ファンタジー世界なのに、まったくファンタジックな感じがしない……。ただ、そんなことを考えていられるうちが華だったのかもしれない。何しろ、弓矢を手にして殺気立つ彼らに、一瞬にして囲まれてしまっていたのだから……。


 言語情報を〝きょうゆう〟すると、エルフとも話をできるようになる。

「この人族! 何をしに来た⁈」

 そういえば、何をしに……? 単にエルフをみたかった、といっても通じないだろうし、魔族と対立したから保護して下さい、といっても逆に排除されるだけだろう。魔族との敵対ぶりが、どの程度か? まったく読めていないどころか、聞いていないことを後悔したけれど、後の祭りだ。

 そのときタマが前にすすみでた。

 タマも、ボクを通じるとエルフとも話ができるので、数十人以上のエルフに囲まれているにも関わらず、堂々と言った。

「私たちは、竜の子をお連れしました」

 ボクたちの後ろから現れたピイをみて、エルフたちの顔色が、雰囲気がさっと変わったのが分かった。

「ピィ、ピィ」

 何よりピイの前で、エルフ族はすべて跪き、ひれ伏してしまったのだった。


「何が起きているんスか?」

 アルドレイヤも唖然とするけれど、状況の急展開ぶりに、ボクも驚いていた。ピイが神として祀り上げられ、エルフの村の広場で、下にも置かない高い塔の上で歓待をうけているところだ。

 一応、ボクらもピイを連れてきた者、ということでそれなりに遇されているが、ピイに近づくことさえできない。

「エルフにとって、竜族は神に近いのですよ。何しろ自然の申し子、大いなる大地の生まれ変わりですからね」

「タマはそのことを知っていたの?」

「ここまでとは思いませんでしたが、エルフの竜信仰のことは知っていました。竜についてはよく知っているはずだ、と……」

 確かに、ピイの好物ばかりを並べ、ピイも嬉しそうに食べている。扱い方を知っている、というより、甘やかし方を知っているのかもしれない。

「しかし、エルフ族って人間からするとバランスが悪い、というか……」

「人間もバランスがいいと思えませんけれどね。生物としては頭が大き過ぎて、胎児が産道を抜けるのも苦労するような生物、長生きできるとも、繁栄するとも思えませんから」

「言っている意味は分かるけれど、これは美的感覚というか、人間を見慣れている者にとっては、エルフ族のバランスの悪さは……」

「人間とは異なる進化の過程をたどっていますから、それは仕方ありません。知識や知恵をもつ、という点では人族と同様で、そのとき脳を肥大化させる形態の変化も同じように起こったのですよ」

 どちらかといえば、ボクの知っているファンタジーだと、エルフの姿はゴブリンに近い。ピイが現れたのを祝して、火の回りで踊るなど、原始的な行動をとる点もそう思わせる要因でもあった。金髪で、肌の色が白く、鼻と耳が尖って高い……と言った身体的特徴がなければ、すぐにエルフとは思わなかったかもしれない。

 そもそも、エルフ信仰はゲルマン人からみたケルト人、ケルト人からみたゲルマン人、といった他民族との遭遇に端を発する、という指摘もあるぐらいだ。つまり偶然に森で接触した相手を美化していったことで、人と似た別の種族を想定するに至ったというのである。

「エルフといったら、無垢で純粋で、美しい乙女という設定のはずだろ……」

「またそういう、ファンタジーに毒された意見を……。そもそも人族目線で美しい乙女なんて、エルフ族でそうとは限りませんよ。アルドレイヤをみても、よく分かるでしょう? ドワーフ族では美的感覚、評価は反対となる。それはエルフ族であっても同じですよ」

「何っスか? 今、けなされました? でも大丈夫ッス。そのぐらいの罵りなら、何とも思わない……というか、もっとやって欲しいッス」

「アルドレイヤのドMぶりは置いといて、確かに美的感覚なんて、その種族ごとにちがうだろうから、美少女の定義も異なるのだろうけれど、こういう設定では、その辺りはお約束だろ?」

「だから、アナタの世界のお約束は通用しませんから」


「それにしても、何でエルフ族は、老人しかいないんだろ?」

「むしろ老人になると、こうして表に出て来られるけれど、若いうちは森の奥で隠れている、という感じでしょうね」

「どういうこと?」

「ドワーフは長生きしても五十歳ぐらいですが、エルフ族は三百年ぐらい平気で生きるのですよ。もっとも、魔族との戦いもあって早死にするので、平均寿命だと百年と少しぐらいかもしれませんが、百歳ぐらいだとまだまだ若造です」

「もしかして、皺くちゃでよぼよぼに見えるけれど……」

「バリバリの働き盛りです」

 エルフ族で、三百歳まで生きた人をみたら、一体どうなるのだろう……? 怖いもの見たさはあるけれど……。

「じゃあ、エルフはどうやって子どもをつくるの?」

「すぐにそこが気になりますか……。相変わらずの変態さんですね。エルフは若いうちに、森の奥にいる間に、子どもをつくるのですよ。こうして表にでてくるようになるときには、すでに出涸らしです」

「出涸らし……。その森の奥って?」

「この村の奥ですね。もしかして、行きたいのですか?」

「行きたい……というか、若いエルフも見てみたいじゃないか」

「やっぱり変態ですね。若いエルフの下着姿でもみて、興奮するつもりですか?」

「何でそうなるんだよ! エルフ族だよ。美しい姿もみてみたいじゃないか」

「でも、あの体型ッスよ」

 そう、二頭身、三頭身のあの姿だと、若くても人族の美的感覚に合うかどうかは分からない。それでも見たいのだ。


 村の奥にいるというので、こっそりと見に行くことにする。アルドレイヤは食べる方が忙しく、タマとボクの二人きりだ。

 さすがにタマも、村の中のことまで知らないので道案内も利かない。とにかく奥へ向かってすすむ。村といっても巨大で、また上空からみるとただの森の中の一部としか見えないだろう。

 かなり歩いて、やっとそれらしい場所にくる。そこはグリーンモンスターと同様、蔦が絡まった場所であり、入り口らしきものはなく、くぐって入っていく形だ。

 人がいきなり訪ねていくのも問題があるので、こそこそと隠れて覗きこむ。

 そこにいたエルフは、ボクが想像した通りの姿で、人族のような姿で、かつ背中には透明の、蜂の羽根のようなものを生やしていた。

「小さいころのエルフって、かわいいね」

「鼻の下を伸ばしまくりですね」

「そんなつもりはないよ。でも小柄で人族みたいな姿で、羽根も生やしているなんて天使そのものじゃないか。緑のあの衣装も、お腹とか太ももとか出ていて、ちょっとエロティックだし……」

「やれやれ……。エルフは長命の一方で、若いときから子どもはつくれますが、単一生殖が可能なので、自分の意志でつくるケースと、そうでないケースがあるそうですよ」

「……単一生殖? それって……一人で子どもをつくれるの?」

「そうですよ。両性具有ですから」

「そう聞くと微妙だな……。今のところボクは異性にしか興味がないから、こうしてみている相手が男かもしれないと思うと……」

 そのとき、エルフたちの会話が聞こえてきた。

「竜が手に入ったらしいね」

「じゃあ、今晩は元服式だね。四、五人は竜の肉にありつけるかな? そうすれば一気にここを卒業だね」

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