第7話 戦い終わって、日が暮れて

 魔族の少女と、ドワーフとの戦いが終わった、その日の夕刻――。ボクとスライムのタマ、それにドワーフ族の少女アルドレイヤに、魔族と戦って、今や柴犬ぐらいの大きさとなった竜――。

 奇妙な四人が、火を囲んで集まっていた。

「竜って何を食べるの?」

 ボクが心配になって尋ねると、タマが応じた。

「雑食ですよ。ちなみに、肉食とされる動物でも、草食動物の内臓を食べて、その中にある半分ぐらい消化された草をとるものです。草食動物だって、昆虫や小動物ぐらいなら捕まえて食べますから、大抵の動物は雑食といえます」

「生々しい蘊蓄だな……。肉と言っても、この辺りでは魔獣ぐらいしかいないし、野草を食べてくれると有難いんだけど……」

 村をでるとき、狩人のアズサから魔獣の肉を分けてもらったけれど、もうとっくに使い果たしていた。

「なら、そこに生えている豆がいいですよ」

 アルドレイヤがそういって指し示したのは、莢が野ウサギの耳ほどもありそうな、ツルを伸ばすマメ科の植物だった。

「このマメンタムは、たんぱく質が豊富で、昔から代用肉と呼ばれているッス」

「大豆みたいなものか……」

 ボクが摘み取ろうと手を伸ばすと、その莢が開いてバチンと、まるで食べようとするかのように閉じた。

「ちなみにマメンタムは肉食です。こう退治するッスよ」

 アルドレイヤが棍棒で殴りつけると、マメンタムは気を失ったように、がっくりと項垂れる。そこを急いで摘み取った。

 軽く火であぶると、香ばしい匂いを漂わせ、皮を剥くとホクホクとした、栗を焼いたときのような甘さのある、おいしい食べ物となった。

 この辺りにはマメンタムが豊富で、また竜もよく食べるので、一頻り豆パーティーとなった。


「竜とは、言語情報が共有できないのか?」

 何度も試みたものの、ボクが竜と話をすることはできないようだ。というより、竜は「ピィ、ピィ」としか鳴かないので、そもそも言語があるのかどうか……すら不明である。

「意志疎通ができませんか? おかしいですねぇ」

「タマはできるの?」

「できますよ。愛が足りないのでは?」

「愛って……。まぁ、確かに今は可愛いけれど、あの巨大な姿をみた後だからね。その残滓があるうちは……」

「ピィ、ピィ!」

「私の外見ばかりをみないで。内面をみて。このクソ野郎、そんなことも分からないヘタレなの! といっていますよ」

「そんな情報量の多いことは言ってないだろ? タマを通じて話ができるのなら困らないけれど……。あの地下では、どうやって生活していたの?」

「ピィ、ピィ」

「こういう豆や、魔獣の肉を与えられていたそうですよ。ただ、一番は水を多く飲まされていたって」

「水竜にするためか……。辛くなかった?」

「ピィ、ピィ」

「世話をしてくれる人族がいたので、暮らし自体は悪くなかったようですね」

「え? 世話をする人族って……、もしかして村をでた男の人?」

 なるほど、ドワーフは人族を世話係として、捕らえていたのかもしれない。

「私たち、世話とか苦手ですからね。大体、子どもを産んでも乳を与えるとき以外は母親も無関心ですし、植物を栽培して、食べ物を確保しようとしてもすぐに枯らしてしまいます」

 これはアルドレイヤが言った。確かに、三歳でもう赤ん坊を産むことができるぐらいに成長が早く、手がかからないのなら問題ないのかもしれないけれど、子育ても苦手か……。粗野な感じは、何となくアルドレイヤからも伝わり、それがドワーフの性質に由来するのかもしれない。

「もしかして、助けに行くつもりですか?」

 タマの問に、ボクも頭をかきながら「アズサさんのあんな顔をみたら、助けないわけにはいかないだろ? それに文句を言っておいて……と言われているし……」

「ドワーフの村に行くのですか? じゃあ、また捕まって、あんなこととか、こんなことをされたい……とか?」

「また……じゃないし。何かをされる前に、大騒ぎになって逃げだしているからね。でも、ドワーフの村には行かないよ。この子が地下からでてきた大穴がある。あそこから侵入する」

「竜の子が行きたくないのでは?」

 アルドレイヤの疑問に、タマは「大丈夫そうですよ。ふつうに食っちゃ寝、していただけだから……と」

「ピィ、ピィ」

「じゃあ決まった。竜に名前がないのは不便だな。じゃあ……」

「待って下さい。アナタの名づけのセンスがないのは、私のタマでも証明済みですから、私がつけます。ピイで」

「オレがつけても同じレベル! でもいいのか? 魔獣に名前をつけると、パスが通って、色々と面倒なこともあるって……?」

「竜族は、魔獣ではありませんよ。ドワーフ、エルフ、人族、元々名をもつ種族ですから、私たちが呼ぶのは、あくまで便宜上だけです」

 なるほど、そういうものか……。魔獣というのは名もなきもの。それに名を与えるので、所有という形でパスが通ってしまうけれど、元々名をもっていれば、それは単なる通称というだけだ。

 アルドレイヤも「私も行くッス」と応じ、これでボクたちはドワーフの村の山裾にある、洞穴へと向かった。


 大地は大きく割けてガタガタとなり、ピイが抜けでた後、ほとんどは埋まっているけれど、人間が通り抜けられるぐらいのすき間も開いていた。侵入するのは比較的、簡単なようだ。

 人間ならぎりぎり、立って通り抜けられるぐらいのスペースもあり、松明に火を灯して、くぐりながらすすんでいく。狭い空間を抜けると、その先には松明などではまったく全体が見渡せないほどの、広い空間があった。

 ピイが通り抜けたのだから、ある程度の広さはあると想像できたけれど、全体を見ることができないと、逆に心細くも感じるものだ。

「道案内をピイはできるか?」

「ピィ!」

 元気なピイを先頭に、松明をもったボクがつづき、タマとアルドレイヤがその後につづく。

「でも、ピイがいなくなったら、人族もお払い箱では?」

 タマの言葉に、ボクもうなずく。「だから行くんだよ。もしかしたら地下に閉じこめられているかもしれない」

「それ、あり得るかもしれませんね。何しろ鈍感、空気を読めないのがドワーフですから。閉じこめるっていうより、忘れているだけかもしれないッス」

 アルドレイヤにそれを言われると、何だか複雑だけれど、本人たちですら自覚があるのなら、それはもう確定情報といってよいのかもしれない。


 松明でも、足元ぐらいしか照らせないのは、実際にそうした人なら分かる。映画やドラマだと妙に明るいけれど、あれはライトで照らしているからであり、近づかないと相手の顔すら分からないレベルだ。それに、洞窟ぐらいの狭さだと煙による煙幕効果により視界を閉ざされる恐れがあるので、素早く移動する必要があるし、とどまっていると二酸化炭素中毒の恐れもあった。

 ただ、ここではそんな窒息といった不安はなさそうだけれど……。

「タマは暗闇でも見えているのか?」

「見えますよ。大体、人族とは基本構造がちがいますから」

 人間は可視光線をとらえることしかできないけれど、赤外線や紫外線をみることができる動物もいる。

「アルドレイヤは?」

「見ることはできませんが、匂いによって感覚的に、距離感とか、何があるかは大体把握できますよ」

「さすが鉱夫……という感じか。ピイにも見えているのかな?」

「ピィ、ピィ」

「道案内できるぐらいだから、見えるに決まっているだろ。バカじゃないか? むしろバカなのか? 帰ってクソして寝てろ、と言っています」

「そんな長くは喋ってない!」

 やっぱり人間が最弱……。もっとも、暗い洞窟をすすんでいても、魔獣にも遭遇しないのは、この辺りから魔獣を追い払った魔族のお陰と、ここに巨大な竜がいたことが影響するのだろう。何しろ、百メートル超えの巨大な竜だったのだから、敵う魔獣もいなかったはずだった。

 洞窟を真っ直ぐすすんでいくと、岩が大きく崩れた場所があった。恐らく初めからこれほど巨大な通路をつくってはいないだろうから、そこがピイを閉じこめておいた場所だろう。ここからピイが巨大な体を引きずり、穴を拡大しながらすすんでいったのだ。


 そんな一角に、木で組んだ小さな小屋があった。岩が覆いかぶさり、建物は危うい状態であるけれど、中からは仄かに灯りが漏れてくる、

「大丈夫ですか?」

 ボクが声をかけると、中から覗いたのは人族の顔だけれど、閉じこめられているというのに「何だ、オマエは? あっち行け。しッ、しッ!」と、まるで追い払わんばかりであった。

 人族と会話できるのがボクだけなので、ボクしか近づいていないし、スライムや竜は見えていないはずだけれど、取りつく島もない。

「助けに来たつもりですけど……」

「オマエみたいな筋肉のない奴が、ドワーフに敵うもんか。帰れ、帰れ」

 それはボクを気遣ってくれたものだろうか? それともドワーフの筋肉賛美に中てられたものか……?

 むしろドワーフとの関係は雇用主と労働者であって、経営陣への信頼といった形で作用しているのかもしれない。

「もうドワーフは来ませんよ。竜が出て行ったばかりでなく、魔族との戦いも芳しくなく、ここのことなんて忘れていますから」

 その言葉は、雇用関係を終了する、という通告にも似ていた。男たちは肌の色ツヤもよく、汚れている以外で健康に問題もなさそうで、福利厚生も充実していたのだろう。ただ、それもドワーフが水竜に対する期待も高くて、ここに注目していた間だけだったのかもしれない。

「ドワーフが来ないと、ここから逃げだせない。助けてくれ」

「最初からそう言ってくれれば、余計なやりとりもしなくて済んだのに……」

 ただ岩が崩れかかり、人が這いだせるほどのすき間もなかった。ふとアルドレイヤをふり返って「もしかして、力持ち?」

「イヤな言い方ッスねぇ。か弱い乙女ですよ、私」

 そういうアルドレイヤは、まるで張りぼてを扱うように、次々に岩をどけていく。どうやらそれが、ドワーフ族のもつ土魔法の一つでもあって、これだけの巨大な穴を掘った力の源泉ともいえそうだ。

 全員がでてくると、そこには二十名ぐらいの人族がいた。恐らく、村をでた男たちがみんなここにいるのだろう。

「ここに引きこんでいた地下水の水路を閉じれば、村の井戸へ水がもどり、みんなも村へもどれますよ」

 ボクがそういうも、男たちは微妙な反応だ。

「奥さんが怖くて、水がないから出ていけ、金を稼いで帰ってこい、というのは渡りに船だったもので……」

 長期出張や、単身赴任で羽目を外してしまう夫……なのか? それは誰一人として村へは帰らないはずだった。


 アルドレイヤの協力で、地下水の水脈に通じていた穴を閉じる。これでまた井戸がつかえるようになるはずだった。

「村にもどるのか……」

 男たちからは嘆きとも、安堵ともつかない吐息が漏れる。ドワーフたちが竜を育てる事業から手をひけば、彼らがリストラされて当然だけれど、弱い労使関係の悲哀ともいえそうだ。

 中には赤髪の少女がいっていた、デニスもいたし、アズサの夫もいた。ナイフを返そうとすると「もしオレがもって帰ったら、殺される……」と、冗談ともつかない顔で言った。

「そっちの姉ちゃんは、人族か? だが、もっと筋肉をつけないと、女性としての魅力もないぞ」

 ドワーフ族の女性を見慣れたせいで、だいぶ筋肉脳がすすんだ男たちからそう言われ、アルドレイヤも半泣きだ。ただ、そのまま村にもどったら、どうなるか……想像するのは止めておこう。

 彼らは肩を落としながら、洞窟をでていく。もしこの洞窟がずっとあったのなら、とっくに村にもどれていたはずで、そういう意味でも、彼らにとってもどりたくない事情があった……といえた。

 ご愁傷様……その背中にそっと囁く。生憎と、前の世界でも結婚したことはないので、その心中を推し量ることは難しいけれど、その言葉で十分なはずだった。

「ぐすん……人族、怖いッス」

 アルドレイヤはトラウマになりそうな案件となり、こちらもご愁傷様……と呟いておく。

 タマとピイは隠れていたので、人族がいなくなって、物陰から出てきた。ずっと育ててきたピイをみても、多分怖がることはなかったろうが、ほぼ半日もたたずに何十万分の一となった姿をみたら、ショックをうけそうだと気をまわしたのだ。

 四人も洞窟からでてきた。すでに夜の帳も落ちていたけれど、ボクは伸びをしながら「これで一件落着だ!」

「村へもどって、称賛のシュプレヒコールでもうけるつもりかと思いました」

 タマの指摘に、ボクも「そんなクソ野郎じゃねぇよ。魔族から恨みを買っているだろうし、迷惑をかけられないだろ?」

「パンツをみられて、怒り心頭でしょうからね。なら、エルフの村にでも行ってみますか? 対立のもう一極ですが」

「そうだ、エルフの村にって……エルフ族も人を見下すんだろ?」

「当然じゃないですか。魔族の下着に興奮するような人族のことなんて……」

「興奮してないから! ちょっと瞼の裏に焼き付けただけだからね。でも、エルフとも会ってみたいな」

「パンツをみるため、ですか?」

「そんな変態じゃねぇよ。パンツをみるため会いに行くって、何目線だよ。会いに行けるアイドルだって、そんな目的で会いに行くことはないからね。エルフだよ。やっぱり会ってみたいじゃないか」

「過度な期待をもっているようですが、下着の前に、地獄をみますよ」

 タマのその指摘はよく分からなかったけれど、アルドレイヤとピイも一緒に、エルフの村へと旅立つこととなった。

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