第6話 魔族と竜の戦い、それにボウカン者

 ボクとタマ、それにアルドレイヤが、地下の牢獄から地上までやってくると、多くのドワーフが空を見上げ、口々に怒号のような、斧をふり上げて、唾を飛ばしながら雄叫びを上げる。それはまるで野生の姿そのものであり、怒りで理性を忘れているようでもあった。

 その見上げる先、そこには人の姿があった。ただそれはフライングヒューマノイドではなく、宙に浮かぶことができる者、つまり魔族だ。

 しかも凧のように、ひらひらとするのはフリルの多い、魔法少女のような衣装だった。深紅の髪、ステッキはもたないものの、肌の露出の多さからも魔法少女を意識している、と思わせた。

「魔族って、空を飛べるんだ……」

「反重力の魔法ですよ。魔族がつかう基本です。ただあの魔法は、かなり魔力量を消費するので、もう戦闘モードのようですね」

 タマがそう説明してくれた。魔力量を消費する……ばかりか、羞恥心をよりけずられそうで、見上げるボクらからはパンツが丸見えだ。

 もっとも、この異世界の文化程度で見せパンが普及しているとも思えないし、そもそも日本だって昭和の初期は、女性の下着が珍しかったのだ。

 当時はまだ珍しかった高層ビルの百貨店で、大規模な火災が起きた。そのとき窓から逃げようとした女性が、和服の裾が乱れるのを気にして、つかんでいたロープを離し、落下して死亡するケースが相次いだことから、和服でも下着をつける、そんな風習が広まった、ともされる。

 それに、サ〇エさんのワ〇メちゃんや、トト〇の〇ツキやメ〇がパンツを丸出しにするのだってそうだ。

 さらにいえば、魔族がドワーフや人族にパンツをみられて、恥ずかしがるか? 人間が飼っているペットの前で全裸でも平気なように、恥ずかしいというのは相手を性的な対象とみなすからそうなのであって、どうでもいい相手なら、それこそどうでもいいはずだった。


「ドワーフどもッ! 我と戦うため、準備していたそうじゃないか。せっかくだから待っておいてやったぞ。思う存分かかってくるがいい!」

 魔族の少女は可愛らしい声で、そう威嚇してみせた。口の前で、親指と人差し指で丸い形をつくり、それを通して喋ると拡声器になるようだ。

 ドワーフたちはさらに興奮し、いきり立ち、胸を叩くゴリラのドラミングのようなものを始める。やがて怒声がまとまりだし、斧をふりあげ「殺せ! 殺せ!」というシュプレヒコールとなった。

 ボクとタマ、それにアルドレイヤは注意すら向けられていないので、こそこそと物陰に隠れて、様子を見守ることとした。

 ドワーフたちは興奮の坩堝となり、足を踏み鳴らし、胸を叩くドラミングが太鼓のように響き渡ると、それと呼応するように大地すら鳴動し、足元がぐらぐらと揺れだすほどだ。

 すると中腹より上にあるこの砦の下、山裾に近いところで大地が盛り上がってくると、そのままばりばりと裂け、そこから巨大なものがヌーッと現れた。

 首長竜――? これが、タマの言っていた水竜か……。全長は優に百メートルを超えるほどで、大地から這いだしてくると、広いところにでてきた歓喜からか、大きく嘶いてみせた。

 ただその体はぶよぶよとして、嘶きの振動ですら、肉がぶるぶると震えるゼリーのようだ。

「は、早すぎたんだ……。腐ってやがる!」

 ボクの呟きに、タマは「風の谷で生まれた巨神兵ですか? あれは腐っているのではなく、水を与え過ぎているのです」

「どういうこと?」

「ドワーフが大量の水をつかい、あの竜に水を飲ませ、体内に蓄えさせたのです。水竜をつくるために……」


 魔族の少女は、そんな水竜を上空から眺めつつ、笑みを浮かべた。

「私が火属性の魔族だから、対抗策を練ってきた……ね」

 そう呟くと、魔族の少女は右手を前にさしだす。すると、その右腕にまとわりつくように火炎の渦が沸き起こった。

 水竜は口を大きく開け、魔族の少女にむけて、体内に蓄えた水を高速の弾丸にして撃ち放った。その威力はすさまじく、高圧にされた弾丸が、ばりばりと空を引き裂いて飛んでいく。

 ただ、魔族の少女がまとう炎にぶつかると、その弾丸は一瞬にして気化し、消滅してしまった。

「ナゼ通用しないんだッ⁈」

「ちくしょーッ! やはり筋肉こそ最強! 筋肉で戦うんだッ!」

 ドワーフたちは切り札がそうならなかったことに、さらに興奮のボルテージを上げたようだ。火属性には水属性――。そんな安直な考えで、三年もかけて水竜を育ててきた。それが無用の長物となり下がったのだ。失望を覆い隠すのは、怒りの炎に点火することだったろう。

「以前も聞いたけれど、属性の有利、不利ってあるの?」

 これはボクがタマに尋ねた。

「ありますよ。当然じゃないですか」と、軽くあしらわれた後、タマは説明した。

「火に強いのは土。高温で熱しても、性質を変化させてさらに硬くなるだけですからね。土に強いのは水、水は土を脆くします。水に強いのは火、水を揮発させてしまいます。光属性と闇属性は対極。光属性は火属性と、闇属性と土属性は相性がいいことで知られます」

 ボクの知るRPGとは大分異なるのだけれど、魔法がある世界では、ただの化学反応や自然現象とは、異なる判断となっても当然だろう。むしろRPGの設定が正しいのか? とすら思えた。

「ドワーフは魔族に負けちゃうッスかね……? もしかして魔族に捕まり、あんな酷いことや、こんな酷いことをされて……」

 そういう割りに、若干嬉しそうなアルドレイヤを半ば無視して、改めて魔族を見上げる。水竜の放つ水流弾すら、まるで飛んでくる蠅を払うようであり、力量差は歴然だった。

 さらに、水竜は徐々にその体を小さくしていく。恐らく体内に蓄えた水を放出するので、それが切れたら攻撃は終わり……。むしろ水竜の命すら危険となるのかもしれなかった。


「ふははッ! 切り札とはこの程度かッ! 竜族の無駄遣い、この程度の攻撃で我を倒すなど笑止ッ!」

 魔族の少女にとって、水竜の攻撃が通じない以上、怖いものなど何もない。

 水流弾が止まると、炎をまとった右腕をドワーフの砦に向けた。そこから飛びだした火炎弾が、砦を襲う。

 ドワーフたちは隊列をくみ、全員が岩の盾をもって立ち並び、その攻撃を防ぐ。それと同時に、隊列の後ろではまるで野球のバッティング練習をするように、小さな石をこん棒のようなもので打ち返し、それで魔族の少女を攻撃する。恐らく宙に浮かぶ対魔族用に考えられた攻撃法だろうが、筋肉自慢のドワーフといえど、打った石を狙い通りに飛ばすのは、かなり至難のようだ。ただ、土属性の魔法をつかえるドワーフだけに、ふつうよりよほど命中精度も高いはずだった。

 でも魔族の少女にとっては、その程度の攻撃など、あまり切迫感もないのか、軽くひょい、ひょいっとかわす。

「早めに逃げた方がよさそうですね。どうやら箸や棒どころか、バットにもかからないようです」タマはあっさりとそう言った。

 ボクたちはドワーフの砦におり、今も近くに火炎弾が降り注ぐ。このままだと巻き添えは確実だった。

「どうして魔族はここを攻めているんだろう……?」

 そんなボクの疑問に、アルドレイヤが応じた。「魔族がドSだからでは?」

「生物を草食と肉食に分ける考え方はあるけれど、ドSとドMには分けないからね、ふつう。この森を支配したい……とか、ドワーフとは百年来の仇敵……とか、何か理由があるのでは?」

「私たちは鉱物をつかって、色々な道具をつくりますけど、それって森の力を落としているのですよ。それが気に食わないみたいッスね」

 そんなアルドレイヤの言葉を補うよう、タマがつづけた。

「私もそうですけど、魔獣にも肉食と草食がいて、草食といっても鉱物は別に摂取するパターンが多いのです。だから鉱物を浪費するドワーフと、魔獣を統べる魔族は、昔から仲が悪いのですよ」

「食物連鎖、生物バランス、そうしたものを何も考えない奴らの争い……ということか…………。納得いかないな」

 ボクの言葉に、驚いたのはタマとアルドレイヤだ「まさか、この戦いに介入するつもりですか?」

「介入なんてしないよ。ボクは最弱の人間の、さらに無力の異世界転生者だよ。介入する力なんて、もっているはずないじゃないか……。だから、闖入させてもらおうと思っている」


 ドワーフの土魔法は火属性には強いらしく、守りには硬いものの、空を飛ぶ相手への攻撃力はないに等しい。

 水竜の攻撃も、見る影もないほど、最初の威力が消えていた。それは竜の大きさ自体が縮んでいるのだから、威力もなくなって当然だ。もう水流弾がとどかないほど、半分以下に体を小さくしていた。すると、水竜が全身から水を噴きだし、断末魔の悲鳴のようなものを上げて激しく体をのたうたせ、苦しみながら急速に萎んでいってしまった。

 無理やり水をのまされて育てられた挙句、一気に吐きだしつづけたのだから、当然だろう。あの竜は哀れね……。

 魔族の少女も、その様子を見下ろしながらそんなことを考えた。恐らく、ドワーフも頼みの水竜がいなくなれば、山城に籠って、岩の壁を築き、徹底抗戦の構えをみせるだろう。

 そろそろ潮時かしら……。相手の攻撃力を奪い、戦い易くはなったけれど、何より宙に浮く魔法は、魔力の消費量が高く、長期戦を苦手としていた。それにドワーフが攻撃する意図をなくし、守りに徹する土中にもぐったら、火属性である彼女は不利であり、決定打を与えられずに苦戦するのが確実だ。

 辺りを見回したとき、水竜の萎んだ、その跡に一体の魔獣の姿がみえた。

 この辺りの魔獣には逃げるよう、指示していたのに……。目を凝らした魔族の少女は、思わず目を見開いた。

 か、かわいい~❤ 何あれ? 丸くぷよぷよした柔らかそうなボディ、つるんとしたゼリーみたいな表面もきれいだし、クッションぐらいの大きさも、思わず抱えたくなるほどだ。

 スライム? スライムだよね、あれ!

 スライムは魔獣の中でもかなりの希少種で、滅多に遭遇することなんてない。それがこの森にいたなんて~❤

 でも、こんな戦いの場にいたら、巻きこまれるじゃない。保護しないと……。

 魔族の少女は、すぐに降下していく。すると、その近くに人族が立っているのを見て取った。

 もっとも、人族がいたところで何の興味もない。魔獣が危ない目に遭っていたら蹴散らすのみ。二人で並んでいるのはナゼかしら……?

 そう思って近づいていくと、人族はこちらをみてニヤニヤと、気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

 殺そうかしら……。ふつうにそう思った。それは人間がハエやゴキブリをそうするのと同じ、忌避生物を目の前から排除しようとする、そんな心の動きと似る。

 ただゆっくりと降下し、近づいていったとき、急に別の感情が湧き上がってくるのを感じた。

 は、恥ずかしい……‼


「きゃ……、きゃーッ‼」

 魔族の少女は、思わずスカートを押さえようとしたことで、バランスを崩して墜落してしまった。

 地面に衝突する寸前、何とか持ちこたえて着地したけれど、それでもドキドキが止まらない。

「ちょ、ちょっと! 何見ているのよ!」

 そこに立っていた男は「それは心外だよ、君が空を飛んでいるから見ていた。そんなミニスカートだから、その中が見えただけで、ボクがわざわざ覗きこんだわけじゃない。オレンジ色のパンツとか、オシャレのワンポイントに黄色いリボンをむすんでいるとか、ふちを柔らかなレースで覆っているとか、そうしたこが見えたって、ボクのせいじゃない。すべてはスカートで、パンツを見せびらかしながら空を飛んでいる君のせいだろ?」

 魔族の少女は、顔中の血が沸騰したかのように、深紅の長い髪と同じぐらい、顔が真っ赤になっていた。

「な……、な……」

「大丈夫。君のパンツのことは、ちょっとボクの瞼の裏には焼きつけたけれど、それ以上のことをするつもりはありませんから」

「ひゃーッ!」

 魔族の少女はもう耐えられない、とばかりに空を飛んで一瞬で逃げて行った。


「逃げていきましたッスね……」

 隠れていたアルドレイヤが出てきて、そう呟く。

「変態、鬼畜男にパンツをみられたので、仕方ありませんね」タマの言葉に、ボクは胸を張ってみせた。

「人族にパンツをみられたって、魔族には痛くも痒くも、恥ずかしくもないだろ。だから、羞恥心を〝きょうゆう〟したのさ。魔族にどこまでこの特技が通じるか分からなかったけれど、どうやら効果があったようだ」

 そう、彼女はボクと羞恥心を〝きょうゆう〟したから、急にパンツをみられて恥ずかしい、という気持ちになったのだ。そして、あんなスカートで戦うと、また見られてしまう……と気づいた。これ以上、ボクにパンツを見られたくなかったから、逃げて行った。

「変態と羞恥心を〝きょうゆう〟させられるなんて、気の毒です」

「ボクと記憶まで〝きょうゆう〟した君がいうと、生々しいからやめて……」

 そのとき「ぴぃ……、ぴぃ……」と、哀しげな鳴き声が聞こえてきた。体内に溜まっていた水をすべて吐きだしてしまったため、柴犬ぐらいの大きさになった竜がそこにいた。

「この子はどうしよう……?」

「残しておくと、またドワーフたちに利用されるかもしれません。とりあえず、遠くに連れていきましょう」とタマは言った。

「君はどうする?」

 アルドレイヤに尋ねると「何か面白そうだから、アナタたちについてくッスよ。どうせ村にはいられませんので……」

 ボクとタマ、それにドワーフのアルドレイヤと、小さくなった竜は、ドワーフの村から離れる方へと歩きだしていた。

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