第5話 筋肉と禁断の、緊縛願望
「アルドレイヤ……。じゃあ、ボクはレイヤと呼ぼう」
ドワーフの娘――。オレンジ色の髪をした、背が高く、アスリートのようなボディをもつ美少女なのだけれど、筋肉至上主義のドワーフからみれば華奢な体形で、そのせいで女性とみなされていない。
それで村にもいられず、親しい者から名前にある『ドレイ』と呼ばれるなど、そんな悲しき境遇をもつ少女である。
ボクは気をつかったつもりだけれど、アルドレイヤはしばらく考えた後「……イヤです」
「何で? レイヤって響きもいいし、愛称にふさわしいと思うけど……」
「〇ターウォーズみたいだからでは?」
これはタマからのヨコヤリ。
「それはボクと記憶を〝きょうゆう〟する、タマしか分からないネタだからね」
「そのウォーターボー〇ズ……というのはよく分かりませんが……」
映画が変わっている……。壮大な宇宙戦争叙事詩から、アーティスティックスイミングに挑戦する少年たちの物語になっているけれど、ボクと同じ世界の知識がないアルドレイヤだから、他意はないはずだ。
「可愛すぎる名前は私に過ぎる、と思います。できれば少し下にみるぐらいのドロとでも……」
これはドワーフの娘、アルドレイヤのヨコシマ――。
「少し……どころか、大分下にみないとつかえないからね、その愛称。じゃあ、間をとってルドリーにしよう」
それには即座にタマが反論してきた。
「何の間をとっているのです? レイヤ姫とドレイの間は、男性名ルドルフの女性形であるルドルフィーネの愛称になるのですか?」
「間をとるって、こういう場合によく使う慣用句だろ……。せっかく場を収めようとしているのに……」
「分かりました。そうまで言われ、私もドワーフとしての矜持があります。私のことはドを残してドMと呼んで下さい」
「間をとるんじゃなくて、間が抜けたよ、それ!」
ドワーフの村――。
岩で組まれた高い壁の中に、山城のような建物が一つあるだけ……と思っていたけれど、それはごく一部だと分かった。山城というのは入り口であって、村全体は地下に収まっているのだ。
地上にいるドワーフは見張り、といった位置づけであり、そのため見張りを交替するときの掛け声があった。
「大胸筋マッソーッ!」
「広背筋マッスルッ‼」
掛け声と同時に、自分のアピールする筋肉を誇示するポーズを決める。それはまるでボディビルダーの大会のようであり、しばらくポージングをして、互いが互いの筋肉で恍惚とした表情を浮かべると、やっと見張りを交替する。
アルドレイヤに連れられ、ボクたちは石で組まれた城壁をくぐった。門番などはおらず、地上の見張り役が門番も兼ねるようだ。
ちなみに、タマはまたバッグに入ってもらった。魔獣であるスライムは魔族と近いので、もしドワーフが魔族との戦争を画策しているなら、魔獣も敵視するだろう。いずれにしろ、タマは今回、隠れているに限るのだ。またバッグに入ることをぐちぐち言っていたけれど、下着への耐性もついているようで、最近では素直に入ってくれるようになった。
ただ、見張り役のドワーフが近づくと、別の問題が発生することとなった。
「上腕二頭筋マッソーッ!」
アルドレイヤに向け、ポーズを決めたのだ。彼女も慌てて「ふ、腹筋マッスル!」
「大腿四頭筋マッソーッ!」
「さ、サイドチェスト・マッスル!」
「バカ野郎! それはポージング名だ! それに、大腿四頭筋をアピールした私に対する返しとして、サイドから太ももを強調してどうするッ! そんなことだから貴様はまだドレイなのだッ!」
何のやりとりを見せられているのだろう……? 二メートルを超える、口ひげを蓄えたドワーフと、筋肉質ではあっても細身な少女が、筋肉アピールにより対決する、というナゾの行動と、何が良くて何が悪いのかも分からないまま、美少女が怒られている図だった。
口髭のドワーフが、ボクの方を向いた。
「何でこんな貧相な人族を連れてきた。筋肉がまるでないじゃないか!」
ドワーフは人族を下にみる……とされているけれど、それは筋肉量の話? この異世界で、人間はたんぱく質が不足する。それは人間が最弱で、時おり魔獣をとらえてその肉を食べるぐらいなのだから、仕方ないのかもしれないけれど、それがドワーフのお気に召さないようだ。
「こちらの人族の方が、話をしたいと……」
それはおどおど……なのか? もじもじ……なのか? アルドレイヤはそう紹介してくれるも、彼女の立場からすればそれは照会であって、まともに取り合ってもらえそうもなかった。
ただ、それで十分だった。ボクのもつ特技〝きょうゆう〟は、距離が近くないと発動できない。逆に言えば、距離が近くなると、面と向かっていなくても、ごく軽いものなら発動することが可能だった。
記憶の〝きょうゆう〟――。相手からすれば、単に覗き見されているだけなので気づきにくいけれど、彼の記憶をみれば、地下で何をしていたかも分かるはずだ。
地下に広がる、この村の居住圏をぬけると、暗い坑道を下りていく。階段や縄梯子もあって、かなり地下深くまでもぐっていく。やがて大鍾乳洞とでも呼ぶべき、かなり広い空間へとでてきた。そこで長いアゴヒゲをもつドワーフと、しばらく筋肉挨拶をかわした後、何やら会話をかわす。
記憶の〝きょうゆう〟が厄介なのは、映像情報として残っているわけではなく、感じた印象や気持ち、といった点が強くイメージ化されている点だ。つまりその映像の中で、音声情報は断片的であり、必ずしもすべての情報が得られるわけではない。むしろ事実を曲解しているようなケースだと、それが正しい会話かどうか、分からなくなる点だった。
水……、化け物……、恐怖……。
この口髭のドワーフが抱くそうした印象から、何が読み解けるのか……?
「……おい! おい! 聞いているのか⁉」
口髭のドワーフが、怖い顔をしてこちらを睨みつけてくる。
「あぁ、ごめんなさい。でも、地下に大きな空洞がありますよね? あの先に何があるのですか?」
少し驚いたように、口髭のドワーフは言葉を止めている。いきなり確信をついた質問はさすがにまずかったか……。
ただ、マズイなんてレベルの話ではなかった。そこからの記憶が曖昧だけれど、恐らく頭を殴られ、気を失ってしまったのだから……。
目を覚ますと、そこは暗い、洞窟にある檻の中だった。ただ、窓があり、そこから外が覗ける。恐らくそこは山の中腹、地上に近い位置にある檻であって、きっとこの砦のようになった山城からみれば、敵から攻撃されたときの人柱として配置されたもので、どうやらドワーフに捕まって牢に入れられてしまったようだ。
そういえば、タマは⁈
「ここにいますよ」
バッグから出て、タマは天井にいた。
「どうしてそこに?」
「バッグの中を検められない、とでも思いました? そう思って、一旦バッグから出て逃げていたのですよ。そして、どこにいるかを確認した後、そこの窓から入ってきたのです」
「タマ……。それほどまでに、ボクのことを……」
「感動しているところ、申し訳ありませんが、私はその窓の格子から、いつでも逃げられますからね。天井にいるのも、ドワーフに見つからないためですよ」
「二重に保険をかけているのかよ……」
「保険もかけたくなりますよ。アナタが眠っている間、色々とこの村のことを調べたのですが……」
形状を柔軟に変化できるスライムだから、隠密行動には適している。
「実は地下で、とんでもない……」
そのとき、誰かが近づくのを感じて、タマは隠れてしまった。
「目を覚ましたようだな、筋肉のない人間」
一々、筋肉のあり、なしを語らないと気が済まないのか……。ただそこに現れたのは、口髭のドワーフが地下で会っていた、あの顎鬚のドワーフだった。
「キサマ、魔族の手先か?」
「手先は器用ですが、魔族の手先になったつもりはありません。というか、魔族とは会ったこともありませんよ」
それは事実であるけれど、タマのことも見られていないのに、魔族の手先と疑われたのは意外だった。むしろここでは、人族が魔族と結託することが多いのか? とすら思えた。
「間者として送りこんだのも、筋肉のない相手を油断するとでも思ったか……。ふふふッ、笑止ッ! この筋肉にかけて……否、この筋肉にオイルをかけることはあっても、油断することなどない!」
うざい……。わざわざ話の途中で筋肉ポーズを決めてくるのも、話を筋肉に例えてくるのも……。
「油断をしないドワーフが、大量の水を必要としたのはナゼですか?」
ボクがそう尋ねると、顎鬚のドワーフは驚愕したように、ボクを睨みつけた。
「どこでそれを……?」
「この辺りの地下水がなくなり、アナタたちが地下を掘っている。しかも明らかに水脈を狙って……。もう、アナタたちが地下水を求め、集めていたってことはバレバレですよ」
「な、何だと~! ナゼだ? どうしてバレたんだ~ッ‼」
「魔族はどうか知りませんが、地下水を利用していた人族だって、それぐらいのことは分かります。むしろ地下水を返してほしい、と思っています」
「それは出来ん! ……否、もう可能か。イヤイヤ、まだか……」
顎髭のドワーフは逡巡するけれど、素直に返すとは思っていなかったので、逆にその逡巡は意外でもあった。
そのとき、急に地鳴りのようなものが響く。地震とは異なる、微妙な振動がしばらく続いて、止んだ。
「何だろう……。何かの唸り声のような……」
ボクは先ほど記憶を〝きょうゆう〟したときの、あの感覚を思いだしていた。水と化け物、それに恐怖……。
「だが水を返すことと、キサマが魔族の使いであるかどうか、その疑惑は別だ。これは拷問をしてでも、吐かせるか……」
拷問……その響きは重く、また恐怖すら与えるものだ。そもそもドワーフは人族を虫けら並み、と思っているのだ。人が虫けらに対してする仕打ちを考えれば、それは大変なことが待っている、と予想された。
ただそのとき、顎鬚のドワーフの背後に現れた人物をみて、驚いた。
「ご……、拷問なら是非、私に!」
そこに現れたのは、アルドレイヤだった。
「その人族を連れてきたのは私ですし、私が責め、科を負うべきであって、その者に責め苦を与えるなら、まずは私に!」
「キサマ! 相変わらずそのドMが直っておらんようだな! 筋肉に恥ずかしくないのか! もっとも、キサマには称えるべき筋肉も、ほこるべき筋肉もない。だからそんな精神が軟弱なのだ!」
「はい! 鍛え直す意味でも、私に拷問を!」
…………何だろう、この不毛な……むしろ筋肉を美しくみせるため、剃毛した二人の筋肉漫談をみせられ、ボクに湧き上がってくる虚無感のようなものは? しかも一方は拷問を所望するなど、ボケとツッコミではなく、マゾとマッスルの漫才でもあるから余計に笑えない。
「さっき、アナタが捕まったときも、私も捕まえて下さい、拷問を受けさせてください、と彼女が駄々をこねて、周りの注意を引いてくれたので、私も逃げだすことができたのです」
天井から、小声でタマがそう教えてくれた。注意をひこうとしたのではなく、彼女は本気で拷問をうけたかったのだ。何となく、アルドレイヤの性格……否、性質が分かってきた。
彼女は貧弱で、貧相で、貧乳だから仲間外れ……と言っていたけれど、そのドMな性質のせいで周りから敬遠され、村から追いだされた……。そう考えると辻褄が合ってくる。筋肉至上主義のドワーフにとって、筋肉を鍛えることと、精神を鍛えることは同義だ。その意味で、ドMな彼女はドワーフにとって受け入れ難く、だから村にもいられない……。
ただそのとき、ふたたび地鳴りのような、振動が襲ってきた。そしてそれが止まるのと同時に、この牢獄のあるところまで声が響いてきた。
「魔族が襲ってきたぞーッ‼」
顎鬚のドワーフはその声に、慌てて走り去ってしまう。どうやらボクへの拷問もなかったことになりそうだ。
タマが天井から降りてきた。「早く逃げた方がよさそうです」
「魔族が来たなら、戦争か……」
「それだけではありません。魔族との戦闘にむけて、このドワーフの村が準備していたのは、もっとヤバイものです」
そのとき、残っていたアルドレイヤが「カギ、ありますよ」といって、牢の扉を開けてくれたので、牢からでることができた。
「私の迫真の演技、みてくれました?」
アルドレイヤはそういって胸を張るも、ボクは胡散臭そうに「演技というか、本気で拷問を望んでいなかった?」
「嫌ですよぉ。拷問なんてして欲しいわけ、ないじゃないですかぁ❤」
信じられないけれど、今はそれどころでもなかった。
「魔族とドワーフの戦いが、どれほど熾烈となるのか分からないけれど……」
「それが、魔族とドワーフの戦いではないのですよ。水を集めていた理由が判明したのですが、そこで実は……」
ふたたび振動がおこった。ただそれと同時に地鳴りが、こちらに近づいてくるように、連続して聞こえてくるようになった。まるで、重量のあるものが、体を引きずるようにして近づく地鳴りだ。
「ドワーフたちは、水竜を育成していたのです。なので、魔族とドワーフとの戦いではなく、これは魔族と竜の戦い、ウォーターウォーズです」
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