第4話 ドワーフの醜女、美少女?

 今日からアズサと別れて、一人で村の外にでた。まだ一人には早い、というアズサに「大丈夫です」と強気にでたけれど、それには理由があった。

「やっと私も解放ですね」

 タマは久しぶりにバッグから出て、自由に跳ね回っている。アズサと一緒だと、どうしてもタマは隠れていなければならず、駄々をこね……むしろ、ごね始めていたので、もう限界だったのだ。

「そして知り合いの、ハダカデッパさんです」

 さっそくタマが呼んでくれたのは、地面から上半身だけを覗かせる姿が、まるで温泉で子供たちに湯船から凄む、オッサンそのものの魔獣だった。

「おうおう、兄ちゃん! 何や、文句あんのか、われ!」

 言語情報を〝きょうゆう〟したけれど、なんちゃって関西弁なのはナゼ? いつも土の中にいるために真っ白い肌、体毛はまったくなく、かなりの面長に、ロックバンドのボーカルのような、濃くて端の尖ったサングラスをかけており、飛びでた細長い出っ歯……。コミカルバンドやお笑い芸人だったら、登場インパクトだけで三笑いはいけるだろう。

「地下でおかしな顔……否、おかしなことがなかった?」

 タメ口はタマからのアドバイスだ。下にみられがちな人族が卑屈になると、余計に舐められる、とのことだ。

「何やこいつ! 人間のくせに、舐めた口をきくやないか。いてこましたろか?」

 通用しない? と思ったけれど、タマが口をはさんだ。「人間なのに魔獣と話したいそうです。教えてあげて下さい」

「何でワシが人間ごときに教えな、あかんねん! 冗談ぽいや。大体……」

 そのとき、タマの視線に気づいたハダカデッパは、ギョッとした表情になったが、そのときに出っ歯がノドに突き刺さり、しばらく血をだらだら流しながら、悶絶する時間となった。


 ノドから血を垂らし、デスメタルのようになったハダカデッパだが、すぐにオッサン風スタイルにもどっていた。

「お話、聞けますよね?」タマからそう念を押され、素直に「はい」と従う。どうも縦の関係があるのかもしれない。

「大分前から、ドワーフの奴らがっぐちゃぐちゃ掘りまくっとったわ」

「何のため?」

「知らん! ワシらはそれほど深くないところしか掘らんからな」

「地下水のある深さまで?」

「むしろ、水脈を狙って掘っとったわ」

「水を大量につかう必要があった?」

「んなもん、ワシが知るか。せやけど、想像はできる。ドワーフの奴ら、この辺りで魔族と戦争でもおっぱじめる気かもしれん」

「戦争? ハダカデッパはそれに気づいても逃げないの?」

「この辺りは食糧事情もええからのう。ワシらにも縄張りがあって、よそのシマには行けんし、ホンマにヤバなったら逃げだすが、今は様子見や」

 切迫感がない? それとも他に情報をにぎっているのか? 地下にいるので影響が軽減できたとしても、魔族とドワーフの戦争……その影響ははかり知れなさそうだ。

「ただ兄ちゃん。最近、この辺りで地鳴りが増えた……いう話もある。何を調べとるんか知らんが、藪を突いたら何がでてくるか、分からんで」

 ハダカデッパはイジワルそうに、豪快に笑ったけれど、その勢いでふたたびノドに出っ歯を突き刺してしまい、悶絶していた。


「さっき、ハダカデッパを脅していなかった? もしかしてタマって……?」

 二人きりになって、タマにそう尋ねてみた。

「水属性の私と、土属性の彼らでは相性が悪いだけですよ」

「水属性は、火属性に強いのでは?」

「はぁ? 百度で気化してしまう水で、どうやって火属性に対抗しろ、と?」

 あまりに呆れたように言われ「悪かったよ。魔法の炎は超高温だよな……」

「そうやって、水は火につよい……的な勘違いをする人が多くて困ります。燃えさしについた火を消すレベルなら水でも大丈夫ですが、魔法の世界ではそんなもの、通用しませんからね」

 スライムがお冠で、キングスライム並みに厄介で、かつツンデレとなった。

 話題を変えるつもりで「三年以上かけて、ドワーフは何をしているんだろう?」

「直接、ドワーフに聞いてみたら?」

「それしかないか……」

 冗談のつもりだったのに、ボクがそう応じたことで、タマの方が驚いた。

「本気ですか? 人間なんて虫けら同然と思っているドワーフと、まともに話し合いができると思っているのですか?」

「思っていないよ。でもドワーフに話を聞かないと、何も動けないだろ? このままだと、どうせこの村はじり貧……。何とかしたいじゃないか」

「そのお節介、身を滅ぼす元凶ですよ。この村に何の思い入れもないでしょう?」

「そこは人間の、人間らしいところさ。仲間を大切にしたい、困っている人がいたら手を差し伸べたい、そう思うのが人間なんだよ」

 いいことを言った! つもりなのに、タマから「童貞ですもんね」と腐されて「ここは感動するところ!」


 その日、村にもどってからアズサに、出ていくことを告げると、存外あっさりと受け入れられた。

「今は雨が多い時期だから、村外の者でも受け入れてくれたが、村長からも君の扱いについては問われていたところだよ。一人で冒険ができるようになったのなら、もう大丈夫だろう」

 村長から圧力をかけられていた……ことは薄々気づいていた。直接、嫌味を言われることもあったし、陰口を聞こえるよう、日向で叩かれたこともあったからだ。

「若いうちは、色々と冒険してみるべきさ。夜中、一人でぶつぶつ呟いたり、ちょっと可愛らしい声をだして、二人称の会話にしてみたり……。そういうのも若いうちの特権だからね」

 どうやらタマと話しているのを聞かれていたらしい。かといって否定すると、では誰と話していたのか? となるし、タマのことを口外できない以上、ボクが独り言で声音を変えて会話し、淋しい夜を過ごす奴になるしかない。

 村を出ていこうとすると、冒険者のことを教えてくれた赤毛の女性が近づいてきて「もし、この村出身のデニスと村の外で会うことがあったら、一発殴っておいて」と不穏なお願いをしてきた。もしかしたら、最初に冒険者を毛嫌いする態度をとったのも、村を出て行った彼氏のことを未だに怒っているから……?

 門番からは「シモの病気、治ったか? ちゃんと薬はつけるんだぞ」と、やっぱり勘違いされたままで、ボクは村をでた。恥はかき捨て……。ただ、あまりに多すぎた恥部は、はじまりの村どころか、恥増しの村となっていた。


 ふたたび魔獣の跋扈する森へ――。だけど、以前のボクとはちがう。いざとなれば戦える……。そんな余裕がそうさせていた。

「余裕のある男、みたいな雰囲気をだしていますが、今でも魔獣から逃げまわるのに変わりないですからね」

「文章的にはかっこよく完結していたのに……。仕方ないだろ、魔獣と戦うと、刃に血のりがべっとりつくので、連続して戦うのは難しい。できるだけ戦わずに目的地まで行くのは、何も変わっていないんだから……」

 アズサにもらった刃を腰に下げ、カチカチの木はバッグに入れた。刃はアーミーナイフのようなもので、RPGなどではダガーと称される武器だ。これで二、三体の魔獣なら何とか倒せるだろう。

 森はタマが案内してくれるので、迷わずに済む。だいぶ魔獣から隠れるスキルも上達しているので、襲われることもなくすすんでいく。山向こうという言葉通り、それほど高くない山を、四日かけて超えると、山頂からやや下、中腹辺りに岩で築かれた砦があった。

「昔からこの森は、森の恵みを糧とするエルフ、魔獣を統べる魔族、鉱物資源を利用するドワーフ、の三すくみで、互いがけん制し合う中で、小競り合いぐらいで平穏が保たれてきました」

「それにしては物々しい警備だな……」

 ドワーフの村を山上から覗く形だけれど、早くも期待がしぼむのを感じた。ファンタジーの世界では、ドワーフは小柄でムキムキ、長い髭を生やして、気難しいけれど気のいいオッサン、というのが定番だ。

 しかし、この異世界のドワーフはちがった。二メートルを優に超える体躯、五体がそれぞれ筋肉質で、ごつくて太い。髭もたくわえているけれど、マストのオシャレアイテムではなく、伸ばす人もいる……ぐらいだった。

 魔獣の革でつくられたベストや腰バンド、露出の多い衣装でいるのは、やはり筋肉アピールか? 誰かと行き会うと、互いにポージングをし合うのが、挨拶の代わりとなっているらしい。

 中には女性のドワーフもいるけれど、こちらも逞しく、革でつくられたブーメランパンツや胸当ても、大事な部分をかくすぐらいで露出が多い。それでも色気はまったく感じられず、むしろアマゾネスのようだ。

「ドワーフって、知恵なし、魔法もほどほど、その筋肉バカぶりと繁殖力で戦うタイプですが、最近では随分と知恵をつけ……」

「ちょっと待って。気になる言葉があったよ。繁殖力?」

「ドワーフは三歳から子どもをつくり始め、三十歳までに平均四、五十人の子どもを生みますからね」

 計算が……。ただ人間に近い形状をしていても、動物のように双子、三つ子が当たり前で、毎年出産すると……。あの逞しい女性たちをみると、子どもを生んだその日でも戦っていそうだ。

 そのとき、覗き見していたボクたちの上から「キャーッ」という悲鳴とともに、何かが落ちてきて、見事に下敷になっていた。


 角を曲がると、パンを咥えた美少女とぶつかって……。

 はッ! いかん、いかん。脳震盪をおこして、白昼夢をみていた……。

 ただ、曲がり角でドン、の次に憧れるシチュエーションが展開されていた。オレンジ色の長い髪、ドワーフらしく、化粧もしていないのに目鼻立ちがはっきりとした顔立ち、まぎれもなく本物の美少女が、ボクのお腹の上にすわっていた。

 ただ、伸縮性のあまりない革素材でつくられた衣装は明らかにサイズが合っておらず、それはアマゾネスとしては華奢すぎて、人間としては大柄な、その微妙なサイズ感が影響するようだ。

「鼻の下が伸びていますよ」耳元で、タマの棘のある言葉が痛い……。

「あの……どいてくれると有難いんだけど……」

 美少女は飛び上がった。細身だけれど筋肉質、アスリートのようなボディで、大人と子供が同居する、あどけない顔立ちが特徴だった。

「ごめんなさい! 山菜採りをしていたら足を滑らせて……。私をうけとめられず、クッションになってくれただけですが、ありがとうございました」

 何だかトゲのある言い方だけれど……。

 こちらの不興に気づいて、彼女も慌てて「あぁ、ごめんなさい。私、思ったことがつい口からでてしまうタイプで……」

 それは謝罪することにならず、むしろ本音です、といっているので質が悪いのだけれど、本人的には謝っているつもりのようだ。

「まぁ、ケガもなかったし、気にしていないから……」

「女性には甘いですね。これだから童貞は……」

 タマに嫌味を言われ、ボクも思わず閉口する。ただ、ボクを介して言語情報を〝きょうゆう〟するドワーフの少女にもその会話は聞こえたようで、目を丸くして驚いている。「人族は、魔獣とお話しできるのですか?」

「ボクの特殊能力だよ」そう応じつつ、ドワーフと人族も、話ができるはずはないのだけれど、今はそんな正論より、彼女が人族との会話に違和感をもたないうちに、確認したいことがあった。


「ドワーフの村で、大規模な工事をしていた?」

「そう……みたいですね。ごめんなさい、私はあまり詳しいことは知らなくて、何をしていたかは分からないです」

 どうやら記憶を〝きょうゆう〟しても、彼女から情報は得られそうもなかった。

「私、小柄で力もなく、村の中にいても役立たずなので、あまり村にも入れてもらえなくて……」

「村にいるんじゃないの?」

「ごく稀に、村に入らせてもらえますが、ふだんは山で暮らしています」

 タマに「ドワーフって、そうなの?」と小声で尋ねると「ドワーフは、仲間意識が強いので、仲間外れはないはずですけれどねぇ……」と、半信半疑だ。

 すると、それに気づいた少女が「ドワーフの中で私だけがこんな貧弱で、貧相で、貧乳なので、仲間外れにされているのです」

 人族に比べると、明らかに逞しいのだけれど……。ただ、貧弱で貧相はわかりそうだけれど、貧乳って……。「君は何歳なの?」

「五歳です」

 まだ子供か……と思ったけれど、そうではなかった。

「同い年の子は、もう子どもが何人もいるのに、私はまだ結婚もできず、処女のままなのです……。ぐすん」

 先に、タマから「ドワーフは三歳で子どもを産む」と聞かされていなかったら、腰を抜かしているところだ。しかも、本音をこぼしやすい性質のせいで、初対面のボクにも「処女」とか漏らしているし……。

「こんな筋肉も、胸もない女の子は、誰からも相手にされず、いなくなった方がマシなのです。だから村にもいられず……」

 価値観、美的感覚のちがいか……。人族から見れば美少女でも、ドワーフの中で彼女は醜女であり、だからドワーフの村にも入れてもらえない……。

「ボクは可愛いと思いますよ。人族にくれば、人気モデルになれそうです」

 落ち込んでいる彼女を慰めるつもりだったが「本当ですか⁈」と、意外なほどに食いつきがよかった。

「私はよく『人族みたい』とバカにされてきたので、人族には並々ならぬ興味と、親近感があったのです」

 その人族を前にして「バカにされる」とは、度胸があるのか、本音が駄々洩れなのか……。ただ、そうした境遇がドワーフなのに、こうして人族とふつうに話をする理由ともなっているはずだ。

「ドワーフの村で話を聞きたいんだけど、案内してもらえるかな?」

「村ですか……分かりました。案内しましょう!」

 可愛い、と言われて舞い上がっている彼女は、そう胸を張ってみせた。

「君の名前を聞いていいかな?」

「私はアルドレイヤ・パパス。ごく親しい人は、私をドレイと呼びます」

「それ親しくしちゃ、マズイ人だからね!」

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