第3話 冒険っぽいこと、始めました
ロングの赤毛に、そばかすの女性は「冒険者……なれるわよ」と告げた。
「どういうことですか? 冒険者がいるの?」
「この村をでて、旅立つ人たちのことを、私たちはそう呼ぶ。この村を見限った人もいるし、新天地をみつけたらもどってくる、といって出て行った人も……。でも、もどってきた奴なんて、誰もいないんだけどね。アンタもそうやって、他の村をでてきた類の人間では?」
異世界から来ました……とも言えず「そんな感じです」と応じる。
「この村も、もう終わり……。いずれ滅びるんだ。アンタも元気なうちに出ていった方がいいよ」
「終わり? どうして……」
「地下水の流れが変わって、井戸から水がでなくなった。雨水を貯めて、凌げるレベルの人間しか養えなくなったのさ。だから動ける者は、冒険者になってこの村をでていく。ここに冒険者はいない」
森は水が豊富だった。この村が川を引き入れていないのも、恐らく水路をたどって魔獣が入るのを防ぐためだろう。井戸を掘って、それで水が確保できていたので、それでも構わなかったのだろうが、その地下水を汲めなくなったら、すべての前提が台無しだ。
魔獣と戦うための冒険者ではなく、村をでていくから冒険者……。魔獣とたたかう力もない女性や、高齢者は取り残され、ここで細々と糊口をしのぐ程度の生活を営むしかない。どうやらはじまりの村にきたつもりが、終わりの村に辿りついてしまったようだった。
「この村を救うんだよ。それがボクの使命だ!」
「やる気になっているところ申し訳ありませんが、冒険者ですらないアナタが、どうやって救うと?」
「経験値を上げて、魔獣と戦えるぐらいにならないと、箸にも棒にも……」
「棒をふり回しても、魔獣は倒せませんしね」
「分かっているよ。それと、水不足を解消するために、水源を探索しないといけないけれど、器材も能力もないんだよな……」
「水源なら、私分かりますよ」
「そうなの?」
「私が火属性に見えます? どうみても水属性でしょ。水がある場所は、たとえ地下でも分かります。ただ、飲み水に適するかどうかは知りませんが……」
「それでもいいよ。地下水は基本、ろ過されていてキレイだから」
村中を歩いてみたけれど、タマは地下水を発見できなかった。「流れていた形跡はありますが、枯れてしばらく経つようです。村の外にでるしかなさそうですね」
「簡単にいうけど……」
「水属性の私からすると、水の調達なんて昼飯前なんですけれどね」
「朝ごはんは食べるんだね……。地下水の流れを変えることはできる?」
「魔法で変えることはできても、切れれば元通りなので、意味ないですよ。それともこの村に骨をうずめちゃいますか?」
「スライムの場合、骨も残りそうにないけれど……。川はどう? 一度流れを変えたら、すぐにもどらないだろ?」
「止めた方がいいですよ。ここは結構、洪水も起きますから。別の意味で大損害を与えます。それともトラブルメーカーにでもなるつもりですか?」
「トラブルメーカーというか、物語的にはトリックスターという感じだな。でも残念ながら、主人公であるボクにはふさわしくない役さ。感情移入しにくいから、あくまでサブキャラ、物語に彩を添える者が果たすべき役回りだよ」
「変態が主人公ですから、元々この物語に感情移入はしにくいと思いますよ」
ふたたび、タマと格闘の予感がしていた……。
その日の夜は、アズサの家にご厚意で泊めてもらうこととなった。
「風呂もなく、飲み水も一日、コップ一杯だよ。もっとも私の場合、採集のために村の外にでたとき、水を汲んでくるから多少の余裕はあるけれどね」
水不足の村では、それが精いっぱいだ。赤毛の女性からも感じたけれど「みんな、お風呂に入っていないのですか?」
「雨がふると、外にでて流すぐらいだね。どうせ着飾ったところで、若い男もいないしね。こんな私でも興奮するなら、セックスしてもいいぞ」
「…………え?」
「冗談だよ。どうせ子供をつくっても育てられないんだ。若い男たちが出て行ったのも、口減らしだったんだよ。今いる女性や高齢者を、少しでも生かすためにね」
しかしそれでは、どの道この村は終わりだ……。
「ここをつかってくれ。夜這いなんてしないから、安心しな」
冗談っぽくそういうと、アズサは六畳よりも大きな、ベッドのある部屋を宛がってくれた。
部屋で一人になると、ダマもバッグから出てきて、伸びならぬ、ぷるんぷるんの体を震わせて、久しぶりの新鮮な空気を堪能する。ボクも久しぶりのベッドに倒れこんで、ぐったりした。
「せっかくのお誘いでしたから、童貞をすてればよかったのでは? 見ないふりぐらいはしてあげますよ」
「記憶まで〝きょうゆう〟したタマに童貞がバレているのは諦めるけれど、そういうなし崩し的なエッチは、ボクの主義、主張に反するから」
「そんな硬くもない信念で、頑なに童貞をつづけてきたのでしょう?」
「放っといてくれ! どう贔屓目にみても、アズサさんは一回り以上、ボクより年上だからね。この歳だと、母親ぐらいの歳の差だから」
「やれやれ。ヤクルトで活躍したペタジーニや、フランスのマクロン首相も歳の差婚ですよ。年上にやさしくご教授される方が、こじらせ童貞には合っているのでは?」
「こじらせていないから! いつか角を曲がると、パンを咥えた少女とドカッとぶつかって……」
「面倒くさいですね。童貞って、面も、胴もくさいですね」
「嫌な言い方をするな! 童貞は臭くないから。この歳なら童貞はふつうだよ。童貞が匂うと、若者はみんな臭いことになるからね」
この世界に転生して若返っていたけれど、元の世界では仙人にジョブチェンジできるぐらいだった。だから転生した……と勝手に思っていたけれど……。
そういえばタマは何歳? 見た目からはまったく分からないし、どうやったら繁殖するのだろう……とみていたら「私で性欲を満たそうとしないで下さいね」
「誤解だよ!」
「弾力的には女性の胸ぐらいの硬さだろうし、表面はぬるぬるで、触り心地がよさそうだな……❤ って!」
「心の声を代弁した……みたいな感じにするな! 思春期男子が肉まんで喜ぶレベルだからね、それ。ペットのもふもふの毛をさわって気持ちいい、と感じても、性的興奮じゃないんだよ」
「私のことをペット、と思っているんですか? 汚らわしい!」
「こんな口答えするペットはいらないよ。君は相談相手であり、友だち。だからこうして口喧嘩もできるし、それが楽しいんじゃないか」
「…………。さ、早く寝ますよ。明日も早いですからね」
タマはそういって、蝋燭の火を吹き消した。
翌日、アズサについて村の外にでた。狩猟と採集をお手伝いする、それが一宿一飯の代償でもあるからだ。
ボクとしても魔獣との戦いを経験できるチャンスだ。ただアズサもやたらと魔獣と戦うことはせず、隠れてやり過ごすことが多い。魔獣を倒すと、すぐに腐敗が始まるので、持ち帰る必要があって、戦うとしても帰り際になるのだそうだ。
そしてもう一つ、ここで気づきがあった。お昼にアズサから「火を熾してくれ」と命じられた。道具がないからムリと応じると、怪訝そうな表情で「腰から下げているじゃないか」
「…………え?」
「それはカチカチの木だろ? 火を熾す道具だよ」
そういうと、アズサは表面がざらざらの石をみつけ、大根おろしをつくるようにこすりつけ、やがて煙が上がり、灰を枯れ葉にふりかけると火がついた。
「これって火をつける道具だったんだ……」
「何だと思っていたんだ?」
「堅いから、てっきり武器だと……」
「あはは! 殴れば痛いけれど、これで魔獣と戦っても勝てるはずないよ」
タマも人間の文化を知らないので、火を熾す道具だとは知らなかったし、ボクも初期装備だから戦う道具だと、疑うこともなかった。
それを剣のように腰に差していたのだから、どれだけ恥ずかしいことをしていたのか……。それにしても、〝きょうゆう〟という特技といい、戦うような装備はまるでないじゃないか……。
「これをあげるよ。もっとも、一回つかうとキレなくなるぐらいの、ボロボロの刃だけれどね。昔、私の旦那がつかっていたものさ」
「え? アズサさん、結婚していたんですか?」
「過去形じゃない。でも、もう三年以上帰ってこないからね。みんなが暮らせる場所をさがす、といって出ていった一人なのさ。採集者、狩人も旦那とはじめた商売なんだよ」
「いいんですか? そんな大事なものをもらって……」
「三年……諦めるには十分な時間さ。どうせ私には重くて扱いにくい。錆びつかせるぐらいなら、つかってもらった方がいいんだよ」
アズサにとって、ボクは初めての弟子のようなものだ。その機会に、思い出とも決別するように見えた。
アズサの戦い方は不意打ちで急所をつく、合理的なものだ。あのウォーウルフにも背後から近づき、一気に喉を掻き切った。
「魔獣はふつうのケモノと比べ、五感が衰えている。倒すのはそれほど難しくない。ただウォーウルフは肉が臭く、毛皮にするほどでもない。こうして倒すのは、すぐに人を襲うからだよ」
もしかしたら、アズサはまだもどってきて欲しいのかもしれない。旦那が遭遇しないよう、こうして魔獣を退治しているようにも思えた。
アズサの家にきてから、一週間が経っていた。相変わらずボクは戦うことすらできなかったけれど、捌き方や利用できる部位など、色々と教えてもらい、多くの学びを得ていた。
今は夜、部屋でタマと話をしながら、古くて錆びついた刃を研いでいる。
「幸い、スライムとは遭遇しなかったから、同族の死を見なくてよかったね」
特に何ということもなく、思い付きでそんな話題をふってみた。すると、ベッドの上で寛いでいたタマは「嫌味ですか? 別に同族の死を見たって、何の感慨もありませんよ」
「そこは人間とちがう……?」
「群れをつくる動物は、群れの成員が亡くなる、少なくなることは群れの力を殺ぐことになるので、敏感なのです。人間はそうでしょうが、群れをつくらないスライムは関係ありません」
なるほど、そんなものか……。「スライムは群れをつくらないの?」
「一匹スライムです……あれ、変な言い方ですねぇ。一匹オオカミという言葉自体、本来はおかしいですけれどね」
ボクと言語情報を〝きょうゆう〟するため、時おりこうしたことが起こる。
「オオカミは群れをつくるからね。でも、この世界でもウォーウルフは一匹でいるよね? あれはオオカミじゃないの?」
「群れをでたばかりの、戦い慣れていないオオカミですよ。だから、一匹オオカミといったら、ここだと『未熟者』の意味になりますね」
群れていたら、どれだけの強さなのだろう……? むしろ、町の近くに出没するのは、一匹でも獲物をとれそうだから、ということだろうか……?
「そういえばスライムは基本的に、何を食べるの? 草とか、ご飯とか、あまりとりとめがないよね」
「ドロッとしているのが好みですが、硬くても溶かせるなら、何でも食べますよ」
「好みはあるの?」
「勿論ありますが、そのときの気分次第ですね。甘いものが欲しいときにしょっぱい食事はイラッとしますが、大人ですから、表情にだすこともありません」
「ボクが、気の利かない奴とでも言いたげだけれど、水がないこの町では、味が濃くなっても仕方ないからね」
そのとき、ふと気になって「町の外で、水脈はみつかった?」
「それがおかしいのです。この辺りから地下水がなくなっているのですよ」
「誰かが嫌がらせをして……?」
「人間なんて、嫌がらせをせずとも踏みつぶせますから、地下水を枯渇させるような面倒くさいことはしません。それとも、そう画策したのは童貞ですか?」
「面倒なことをする奴は、全員童貞じゃないからね! でもそれだと、ここから水を奪ったのは、何でだろう……?」
「そのものズバリ、仰っていますよ」
「……ん? そうか、人間に嫌がらせをするんじゃなくて、水をつかいたくて、ここから奪ったのか……。そんな魔獣、いるの?」
「魔獣が地下水を欲するわけ、ないじゃないですか。しかも地形まで変えて? あり得ないですよ」
「なら、魔族……?」
「いやいや……。魔族を何だと思っています? 魔法で水ぐらいだせますから。わざわざ地下水を汲み上げる、殊勝な魔族なんていませんよ」
嫌がらせ説が消えた以上、地下水を必要とするのは、つかう側に実用的な理由があるはずだった。
「他に水をつかうのは……他の種族?」
「ドワーフの村が、山向こうにありますよ」
「それだ! ドワーフが何かをして、地下水の流れを変えたんだ」
ドワーフは、異世界モノでは鉱夫としても知られる。神話の世界ではイタズラ好きな、ちょっと野蛮な異種といった形だけれど、ファンタジーでは力が強く、穴を掘ることが得意という性質をもつ。
「それが分かったところでどうします? ドワーフに文句をいったところで、門前払いは確実ですよ。人間なんて、文句を言われる筋合いもありませんから」
この異世界では、人間が最弱だ。人間が被害をうけたところで、彼らにとっては痛くも痒くもない。
「タマの知り合いで、地下にもぐる魔獣はいる?」
「いますけど、何をする気です?」
「ボクは気付いたんだ。魔獣を倒すのは、ボクにはムリだ」
「ほう、やっと気づきましたか」
「茶化すな。弱いから、だけじゃないよ。襲ってくる相手なら、戦うのは吝かでないけれど、人間に何もしてこない魔獣も、高値だからとか、利用できるから、といって命を奪うことが、ボクにはどうしてもできないんだ。戦うような装備も、特技も与えられなかったのは、そういうことじゃないかって……」
「魔獣と話し合うつもりですか?」
「タマとだって、こうして話し合えるんだ。他の魔獣とだって……」
「ハァ……。やっぱり面倒くさいですね、童貞は」
「童貞は関係ないからね!」
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