第2話 スライムと変態、町に入る
「私がいると、町に入れないのですけれど、いいのですか?」
人が魔獣に怯えて暮らす世界で、魔獣であるスライムを連れているのだ。それは町どころか、人に会うことすら憚られるレベルだろう。
「タマは形状を変化させることができるんだろ? だったらアクセサリとか、帽子にする……とか?」
「何を目指していますか? 『ご』を必ず『ぎょ』に読み替える人にでもなりたいのですか? すらいむクン、とか呼ばれても、親近感はでませんよ」
「呼ばれたくないし、親近感で門を開けてくれるなら、世話ないんだけど……」
「形状を変化させられても、体積は変えられません。多少空気を含んで大きくなったり、吐きだして小さくなったり……。アクセサリはムリですよ。アクセサリみたいな可愛らしさはもち合わせていますが……」
時おり殴りたくなるほど、タマは自信過剰の面をもつ。ただ、オシャレで小粋な、かわいらしいハンドバッグに変化されても、それ以外がボロボロなので困ってしまうのだけれど……。
「だから、バッグに入ってくれよ」
「嫌ですよ」
ここが頑なで、なのでさっきからもめていた。リュックタイプのバックで、かなり容量のあるものだ。狭苦しいということはないはずで、それなのにタマは入ることを拒んでいた。「何で、だよ?」
「だって下着とか、下着とか、下着とかが入っているのでしょう?」
「…………。ボクの下着に嫌悪感が半端ない、ということは理解したよ。でも、見て知っていると思うけど、ちゃんと洗っているからね」
「アナタの着替えなんて覗きませんし、自分のパンツを洗う、哀愁ただよう背中なんて、あえて目を背けるぐらいです。それに、どれだけアナタがパンツを脱ぎ穿きしようと、前後、裏表をひっくり返していようと、そんなことに興味はありません。ただ手もみ洗いでは、そこから放たれる悪臭、蔓延る雑菌、そうしたものはすべて落としきれない、と……」
「…………」
しばらく、ボクは洗濯済みパンツをつかみ、タマとの格闘がはじまった……。
「ハァ……、ハァ……。よく分かりました。アナタが男物のパンツと、美少女を一緒に狭い空間へと押しこめようとする、そんな変態で、犯罪的なプレイが大好きだということが……」
「むしろ自分のパンツをくんか、くんかされるのは羞恥プレイであって、ボクが望むところではないが、他に選択肢がないだろ。それが嫌なら、ボクの肌着となって体に巻きつくか……」
「美少女を体に巻き付けて喜ぶ……、ド変態さんですか?」
「その美少女を巻きつける……という酒池肉林のシチュエーション自体があり得ないし、ボクは君のことを美少女、と認めたことはないけれどね」
「それは、こんな近くに美少女がいて何もしない……なんて、男の沽券にかかわる、とでも思っているのでしょうけれど、大丈夫ですよ。みなまで言わなくとも、ちゃんと分かっていますから」
「ちょっと物分かりがいいお姉さん、みたいな空気感をだすな! スライム界の美少女だってことは、百歩譲ってみとめたとしても、人間目線ではただのスライムだって言っているんだよ」
「素直じゃない男の人も、かわいいですよ❤」
「物分かりのいいお姉さん感!」
それでも、未だにボクの下着が入ったバッグに、一緒に入ることに理解は得られていない。物分かりがよくとも、モノとの理解が得られていないのだ。
「その物分かりのよさで、素直にバッグに入ってくれよ
「ハァ……。仕方ありませんね。できるだけ息を止め、目を開けず、そして肌触りなんて確認しないようにしましょう」
「それもう、フリにしか聞こえないからね」
タマをバッグに入れると、やっと城門へ近づく。門は木製で、かなり大きい。土壁となっている周りに埋まるよう、あまり目立たないように造られていた。そして門番といっても、門の前に立っているのではなく、覗き窓から外を監視する感じで顔だけのぞかせている。
「どうしよう、言葉が通じなかったら……」
「〝きょうゆう〟を使ってみたら?」
バッグの中から、そう声が返ってきた。なるほど〝きょうゆう〟によってスライムとも話ができるのだから、人間なら簡単かもしれない。加減が分からず、記憶なども共有してしまったタマとの失敗もあり、これまでしっかり練習してきた。言語情報だけ〝きょうゆう〟をつかってみることにする。
「何だ、オマエは! どこから来た?」
話は通じる。それに意を強くして「旅の途中で魔獣に襲われて、荷物も失い……。町に入れてもらえないでしょうか?」
「荷物? あるじゃないか。危険なものが入っているかもしれん。中をみせろ」
ボクが背負っているバッグに目をやり、そう促してくる。そういう展開を予想しなかったわけではないが、腰に下げた木の棒も、身なりも危険性は感じない……と勝手に思っていた。それだけこの異世界では人的交流が少なく、警戒心が強いのかもしれない。
またタマが入ったことで、パンパンになったバッグに凶器を隠した……と思われたのかもしれない。ただ、ここでバッグを開けたら終わりだ。町には二度と入れてもらえなくなるだろう。
「何も入っていませんよ。小汚い、ボクの着替えが入っているだけで……」
「嫌、だから開けてみせろ」
「匂いもきついし、雑菌もついているし、何よりまだ染みが……」
話していて、あまりの自虐に涙がこぼれそうになるけれど、門番がバッグを見る気を失くすためには、とことん貶めないと……。
「分かった。ボクが美少年だから、そういう恥部をみて、辱めることで興奮する、変態さんなんですか? だったら、恥を忍んでお見せしても……」
「嫌々、変態でもないし、ただ中を改めたいだけだから……」
「変態さんなら見ても構いませんが、それ以外はお断りします! だって、羞恥プレイは互いに高め合うものですから」
もうボクが変態相手でないと興奮しない、変態の中の変態……みたいになっているけれど、それ以外の断りようを思いつかなかった。
門番も戸惑ったような表情を浮かべるが、そのとき口笛のようなものが響く。すると、門番の顔色がサッと変わった。ボクの背後を見つめる門番に、恐る恐るふり返ってみると、そこにはオオカミ型のあの魔獣が、こちらを発見してゆっくりと近づいてくる姿があった。
「うわッ! 助けて!」
しかし門番は、門を開けてくれそうにない。
「開けて! 魔獣に襲われる! ここで開けてくれないと……呪ってやる! 恨んでやる! 毎晩、夢にでて、臭くて雑菌まみれで、染みつきのパンツを被って追いかけてやる!」
魔獣が迫ってくるとの緊張が、ヒシヒシと伝わる。ふり返ると、数メートルという距離まで近づいていた。後少しで〝まじゅうがあらわれた〟の音と同時に、バトルが開始される。そうなると、ウォーウルフ相手ではボクが敵うはずもなく、ここでジ・エンド……。
そのとき手をついていた壁が急になくなり、ボクは転がった。木製の門が開いたのだ。二回転して目がまわったものの、すぐに起き上がってふり返ると、門番が急いで門を閉める姿があった。扉を開けて、中に入れてくれたのだ。
人の姿が消えると、ウォーウルフはすぐに興味をなくしたのか、そこから去っていく。ボクもホッとしたが、次の難問が待っていた。
「兄ちゃん。今は魔獣が迫っていたから仕方なく門を開けたが、バッグの中身は確認させてもらうぞ」
門番はそういって、タマの入ったバッグをひったくった。
もう遅かった。すでにバッグは奪われ、中を開けられていたのだ。
万事休す……。「何だ、本当に下着だけか……。ちゃんと洗濯しろよ。シモの病気は治療が大変だからな」
変なアドバイスと、憐みの表情とともに、バックを返してくれたのだった。
タマはどこへ……? 見渡すと、物陰から少し、スカイブルーの体が覗いていた。
「いつ逃げだした?」
「転がったときですよ。むしろバッグから押しだされたのです」
なるほどリュックタイプなので、背中で受け身をとろうとすれば、必然的にバックをつぶす形になったのだ。
「もしかして、先ほど口笛を吹いて、魔獣を呼び寄せたのは君か?」
「変態が、より変態を誇張してアピールする、といった変態的な構図に、活路を見いだせたでしょう?」
「ボクは変態じゃないからね。もっとも、今の会話だと、確実に変態がきた、と悪い噂が広がるレベルだったかもしれないけれど……」
後悔は先に立たず、変態の噂が先立つのでは、立つ瀬もないのかもしれない。今はとにかく町に入れたので、タマをバッグに入れて町をあるきだす。
町の中は日干し煉瓦で建てられた家々がならび、そこに畑などもあって、人の暮らしがあった。あまり人の姿は多くないけれど、それは今が昼間で、仕事中だからかもしれない。
「どこへ行くのですか?」
「ギルドだよ。異世界モノの定番。ギルドに行って、冒険者登録をして、そこで仲間を集めて……」
しかし、そんな期待はすぐに打ち砕かれることとなった。
「ギルドが……ない?」
「何ですか、それ?」声をかけた村娘は、怪訝そうな表情でそう返してくる。
「冒険者はいないの?」
「いません!」
半ば怒ったようにそういうと、村娘は大股で立ち去ってしまった。
「……あれ? 冒険者はいないのか……。じゃあ、まずは宿をさがそう」
ギルドがあれば宿を紹介してくれる、と思っていたので、とりあえず拠点だけでも確保しようと考えたが……。「宿? そんなもんないぞ」
次に会った初老の男性は、言下に否定してみせた。それは人の往来もなく、冒険者もいないのだから、宿泊する客もいないはずだ。
町を歩くと、武器屋などもなく、商取引自体がまともに機能していないようだ。恐らく看板をかかげずとも、誰が何をつくるのがうまい、もつ、などと村人が知っているため、それで完結してしまうのだ。
「はじまりの村なのに、何も始まらない……」
「ここは〝はじまりの村〟とやらじゃないですよ。〝恥かきの村〟です」
「もう恥はかいたよ……。しかし魔獣と戦わず、引きこもっているだけの村にきてもやることが……」
「魔獣と戦う人はいますよ」
「え? 誰?」
「狩人です」
「狩人の、アズサさんですか?」
このギャグが通じる人は、昭和生まれか、昭和歌謡に精通した人。村はずれに住むアズサは、髪もぼさぼさでひょろ長く、小汚くてぼろぼろの服を着ているけれど、双子ではなかった。
「狩人……という職業はない。偶々、村の外で遭遇したモンスターを倒すことがあるから、そう呼ぶ人もいるけれどね。本来の職業は採集者、村の中では育たない木の実などを、外に出て集めてくる」
「モンスターを倒すと、経験値が上がったり、ゴールドを落としたり……」
「経験値? モンスターを倒すと皮を剥いで売る。食べられるなら肉と、内臓も薬になるなら、持ち帰って売る」
大概のRPGはその行程を省いているけれど、魔獣を倒すとゴールド……というのは、本来おかしな話だ。魔獣を利用する価値があって、それが売れるからお金になるのだ。ただし、そこがリスクとペイするかどうかであって、冒険者がいないのも、魔獣をどれだけ倒しても、この町の規模ではどうしても価値が上がらず、だから専門に魔獣を狩ろうとする人もいないのだろう。
失礼して、こっそりステイタスをみると〝アズサ Lv.3 HP256 MP27〟とあった。
初期ステイタスが分からないけれど、魔獣とたたかうことでレベルが上がっているのは間違いない。ただ、その上昇は緩やかだし、魔法や特技もなさそうだ。冒険者としての道のりは遠い……。
「どれぐらい儲かるんですか?」
「ピンキリだよ。倒すモンスター次第さ。襲ってくるから戦うが、低価な魔獣は倒しても、そこに放置する。運ぶのも一苦労だからね。その一方で、魔獣の血がつくと、刃の切れ味がすぐに悪くなるから、何度も戦うのは不可能。魔獣を狩るのが商売じゃなく片手間、というのはそういうことだ」
狩人……採集者のアズサの家からでてきた。
「何のために異世界に来たんだーッ‼」
「青春の叫びとしては、随分と屈折していますね。来たくて来たわけでもないでしょうに……」
「確かにそうだけれど、異世界モノって、やっぱり憧れじゃん? 来たからには爪痕をのこしたいだろ? 今のところ、爪も抜かれたような初期ステイタスと、使いものにならない特技しかなく、爪どころか、詰みになっているんだ。それは叫びたくなるだろ……」
タマに愚痴っても仕方ない。でも愚痴らずにはいられない。
「魔王もいない。人類は引きこもって、魔獣と戦う気すらない。これじゃあ、スローライフも営めないだろ……」
「魔王はいますよ」
「え、いるの?」
「いますけど、人類なんて眼中にないので、襲ったりもしませんが……」
「コバエ以下……かよ。じゃあ、何をしているの?」
「魔王はエルフとか、ドワーフとの戦いに明け暮れていますよ。領地とか、権益競争がありますからね」
「なら、人類がそこに雑じって、その価値を見直させる!」
「魔獣一体、倒せないのに?」
「だから冒険者になって、レベルを上げ……って、その冒険者がいないんだった! 宿も武器も、何もないんだったーッ!」
「何を叫んでいるの? 冒険者……なれるわよ」
急に声をかけられ、驚いてそちらを見た。すると、先ほどギルドについて尋ねた村娘が、怖い目をしてこちらを睨んでいた。
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