ボクは異世界で戦わない
まさか☆
第1話 最弱の冒険者と、相棒
「異世界にきて早一週間……。森を歩くばかりで町もない……。何より、どうして誰にも会わないんだ⁈」
「それは人類が最弱で、まとまって暮らしているからですよ。魔獣が蔓延る森にいるはず、ないじゃないですか。バカですか? くり返し言って聞かせないと分からない子供ですか? 毛、生えていますか?」
「生えているよ! 君とちがってね……。だけど、異世界モノといったら魔獣に襲われている少女を助けるのが、定番だろ?」
「そこで少女に限定しているのが、気持ち悪い……」
「ボクだって少年だから! 別に歳の離れた女性でも、男性だっていいんだよ。ノーイベントで、一週間もただ森を歩いているのが嫌なんだ」
「色々あったじゃないですか。毒草を食べて下痢を起こしたり、干していた服が風に飛ばされて、追いかけたり……」
「地味~ッ! そのラノベでは絶対に省かれる生活臭満載のイベントなんて要らないんだよ。お蔭で、お尻をふくのに優しい葉っぱを覚えました……なんて読んで、誰が喜ぶんだ?」
「あぁ、勇者は切れ痔を回避できたんだな……と、読者も納得できるのでは?」
「切れ痔……という個人情報は、勇者とかの前に隠すところだからね。冒険で、魔獣に襲われてケガ……なら立派なイベントだけど、草でお尻を拭いて切った……なんて日記にも書かないよ」
「カルテには書きますよ、ふつう……」
「だから、切れ痔にもなっていないから、カルテは要らないんだよ。というか、医者どころか誰とも会っていないんだって!」
話がお尻をまわって、一周した。
「誰とも会っていないって……。目の前に、こんな見目麗しい美女がいるじゃないですか。私じゃ、ふ・ま・ん❤」
「…………美女って、何目線だよ」
「スライム界では、絶世の美女と専らですよ、私」
「人間目線だと、ただのスライムだから。のっぺりとした外観だけで、違いが分からないからね」
そう、彼女……? 性別すら不明であるけれど、隣にいるのはスライムだった。スカイブルーの体は半分透き通っており、丸まって眠るネコぐらいの大きさで、跳ねながら歩いている。
「ただの、とは失礼ですね。人間なんて、スライムに毛の生えたようなものじゃないですか」
「…………もしかして、ボクの毛が生えているか、疑ったのも、ボクをスライム以下だと思っている?」
「察しがいいですね。その点だけは、スライム並みと認めてあげましょう」
「人間…………最弱!」
がっくりくるけれど、それがこの異世界の現実だった。
「でも、この世界でも、文化をつくっているのは人間だけだろ?」
「そんなことありませんよ。エルフやドワーフ、魔族も街を築き、それぞれが独自の文化をもっています。彼らは魔法も、パワーも段違いに強いですよ。人間なんてゴミ以下です」
「そこは異世界モノの定番なんだ……。ちょっと待って。コマンドには〝まほう〟の項目があるぞ。ボクにも使えるのでは?」
「人間も魔法をつかえますよ。ただしそれは魔石を手に入れ、所定の武器に装備すると……ですね。もっとも、Lv.1の冒険者だと、一回つかうだけで卒倒するぐらいのMPをもっていかれます」
事実上、使えないのと同じじゃないか……。
「そもそも、この初期装備って……ないだろ、これ」
麻で織られた服。イラカバという魔獣の革をなめしてつくられた靴、カバン、そして腰には〝硬い棒〟――。これが初期装備だった。剣ではなく、ただの棒……。それはカチカチの木の枝で、刃で研ぐこともできない硬度で、木刀ではなく、本当にただの棒だった。
「子供の戦争ごっこだって、もう少ししっかりとした装備をするだろ?」
「魔獣と戦える装備じゃないですね」
「みとめちゃったよ……。もっとも、魔獣とも会っていないけれど……」
「それはここだと食べ物がありませんから、魔獣も少ないんですよ」
「食べ物って……人間?」
「当たり前じゃないですか。そうでないと、魔獣も人間なんて襲いませんよ」
動物は合理的に行動するから、襲うのはそういうことなのだろうけど、そうなるとRPGでゲームオーバーになると……。考えないようにしよう。
「君は人間を食べないのか?」
「ビーガンなんです、私」
「かっこよく言っているけれど、草食ってことだよね」
「草食ではないです。人間もドロドロに溶かせば、食べますから」
「た……食べないでね」
「嫌だなぁ。生きた人間は食べないですよ。死んで、腐りかけていないと……」
「腐りかけると、人間も食べるのかよ……」
「その点ではゴミよりマシですね」
「もう少し立場を上にしてくれる!」
ボクがこのスライムと旅をしている理由は、後で語ることにしよう。そしてスライムなのに、こうして話をできることも、またボクの世界の知識をもつことも……。
ボクは死んだ……らしい。その辺りの記憶は曖昧だ。ただ、そのとき女神らしき相手から転生を打診され、異世界へやってくることになった。
ただ転生の目的は曖昧なまま。人間が最弱で、魔獣に脅かされて暮らすのだから、それを救えばいいのか? それとも異世界ものの定番、魔王を倒すのか? この異世界の事情も分からない。前世での行いを評価され、ここでスローライフをしていれば事足りるのなら、これほど気楽なことはないけれど……。
それら諸々のことを確認するため、人の暮らす町へ行こうと、この森にきて初めて出会ったスライムに、道案内をお願いしているのだ。
最初、スライムに出会ったときは〝まじゅうがあらわれた〟だった。
そのときは勿論、話をすることもできないし、戦うつもりだったのだが……。
そう黄昏れていると、不意に不気味な音楽が流れると同時に、目の前に〝まじゅうがあらわれた〟のモニタが表示された。
目を凝らすと、そこに二体の魔獣がいる。一体はオオカミっぽい容姿と、全身が毛むくじゃらで、鋭い牙と爪をもつ。もう一体は翼が生えており、飛び回りながら足を向けて攻撃してくる、コウモリのような魔獣だ。
「二体の魔獣か……。こっちも二体……って、どうして木の上に?」
スライムは木の上にいた。「か弱いスライムですよ、私。一人で頑張ってください。おいしく煮られるも、焼かれるも、アナタ次第!」
「何で料理される前提だよ! 分かったよ、一人で戦うよ。敵のステイタスをみられるのかな?」
「みられますよ。焦点を合わせ、見えろ~、見えろ~と念じれば」
「露出の多い服をきた女の子をみつけたときの、思春期男子みたいだな……」
とにかくやってみる。すると、魔獣にかぶるように別のモニタが現れた。
〝ウォーウルフ LV.1 HP118 MP0〟
〝モンバット Lv.1 HP87 MP10〟
「意外と高いな……。こちらのバトルコマンドは……」
〝たたかう〟〝まほう〟〝とくぎ〟〝にげる〟〝なにもしない〟
平仮名だと何だか頼りなく感じるけれど、それ以上に問題なのは、まだ魔法ももたなければ、特技も一つだけで、戦うのは厳しいということだった。
「君と戦ったときのように、特技をつかうのはどうかな?」
「アナタを喰おう、という魔獣につかうのですか? ドMですか? そういうプレイがお好みですか?」
「仮にマゾ気質だとしても、ソフトぐらいだよ。分かった、とにかくHPの低い敵を先に集中攻撃して倒すのがセオリーだな」
モンバットに狙いを定めて、攻撃開始だ!
「に、逃げた⁉」
モンバットはバトル開始早々、そこからいなくなっていた。
「そりゃあ、魔獣だって逃げますよ。特に、異なる種の魔獣が同時にあらわれたときは、よく逃げますね」
「先に説明しておいてくれよ……」
恨みがましくそういうけれど、これは八つ当たり。ウォーウルフの爪攻撃が右腕に当たって、11のダメージを受けていた。
「イタタ……。こっちのHPは128しかないのに……。仕方ない。今度はウォーウルフに攻撃だ」
次のターンでは12のダメージをうけ、こちらが与えたダメージは8だった。
簡単な算数だ。このまま戦いつづけると、先にHPがなくなるのは……。
「に、逃げよう……」
いくらソフトMでも、命にかかわるとなれば、別問題だ。四つ足のオオカミ型の魔獣に、逃げ切れる自信はなかったけれど、脱兎のごとく走りだす。途中、背中に攻撃をうけたけれど、痛みには強いソフトMだけに、その激痛を堪えて、何とか逃げ切ることができた。
「ハァ……、ハァ……。半分ぐらい、HPをもっていかれたけれど……。それにしても痛ッ!」
HPもそうだけれど、右腕や背中のケガが、ひりひりと傷む。これがゲームではなく、リアルと感じさせた。
「何でこっちのダメージは8なんだ⁉」
「そりゃ、こん棒で毛がふさふさの相手を殴ったら、そんなものでしょう」
鋭く研いだ爪と、ただの木の棒での攻撃は比べるまでもない。初期装備の脆弱さはそのまま、不利へと直結する。
「ポーションみたいな薬はないのかな?」
「高いですよぉ~。魔力の籠った薬ですから、人間だと滅多につかえません」
「人間だと? じゃあ、誰がつかうのさ」
「人間以外の種族ですよ。魔法がつかえるエルフやドワーフ、魔族だったらそれほど単価は高くなりませんね。供給がしっかりしていますから」
「製造しやすいから、ということか……。他の薬はないのかな?」
「あの……、その……」
「何でモジモジしているのさ」
「私の唾液なら、すぐにでもだせますよ」
「唾つけておけば治るって、それはお婆ちゃんの発想だろ?」
「美少女の唾液ですよ! 希少価値ですよ!」
「アイドルの唾とか、髪の毛を集めて喜ぶタイプじゃないから。それに、人間目線では美少女でもないからね」
「失礼ですねぇ。でも、スライムは植物をとりこんで、成分を化学的に調合することができるんですよ」
「スライムの特殊能力ってところか……。でも、もしかしてそれ、おしっこじゃないだろうな?」
「失礼ッ!」
町が見えてきた。高い城壁にかこまれ、魔獣などの侵入を防ごう、という涙ぐましいまでの努力が透けてみえた。
「もしかして、魔獣に遭遇する確率が増えたのって、町に近づいたから?」
「今頃気づいたのですか? 燃料とするための薪を拾ったり、木の実をとったりするために、人間が町からでてくるので、それを喰うために魔獣がうろうろしているのですよ、町の周りは」
しかし、HPも完全回復していないし、初期装備では戦うこともままならず、ここまで逃げ回えることで生き残ってきた。
「町に駆けこみたいんだけど、あの門が邪魔だな……」
「門だけじゃなく、門番もいますよ」
「どうも話からすると、町同士の交流も少なそうだし、いきなり部外者が行っても入れてもらえそうもないな」
「ま、頑張って下さい。私は、ここで終わりですから」
「え? 何で……」
「約束だったじゃないですか。あのとき、いきなりでびっくりしましたが、私も人間とお話できて愉しかったですよ。でも町には入れませんから」
「ペットとか……」
「魔獣が人間を家畜化することもある世界で、それは通用しませんよ。私が一緒にいれば、間違いなくアナタは町に入れないでしょう」
その通りだろう……。人間が魔獣を警戒するのは、この城壁や門の高さでも一目瞭然だった。
でもここまで一週間以上、それなりに楽しくやって来られたのも、スライムがいたからだ。食べられる草を教えてもらったり、下痢のときにお尻を拭くのに優しい葉を教えてもらったり、とにかくこの世界で暮らすための、色々なことを教えてもらったのも彼女だ。
〝まじゅうがあらわれた〟とでて、彼女と遭遇した。そのとき、転生特典なのか、〝とくぎ〟に、元々入っていた〝きょうゆう〟を使ってみた。
効果は覿面だった。まさに意識の一部を〝きょうゆう〟したのだ。その結果、こうして人と魔獣が会話できるようになり、こちらの知識も〝きょうゆう〟し、現代用語も彼女はつかいこなせるようになったのだ。
そして、町まで案内してくれることをお願いし、ここまで一緒に来た。
「多分、離れると私たちの〝きょうゆう〟も消えるでしょうから、今度森で会うことがあったら、戦うことになるのでしょうね。それまでは生きていて下さい。オマエを倒すのは、この私だ! では」
スライムはライバルっぽくそう告げて、歩き……跳ね去っていく。ボクも遠ざかっていくスライムの後ろ姿に、意を決して呼びかけた。
「君は……タマだ!」
スライムも立ち止まって、ふり返ると「…………は?」
「タマ、君の名だよ。ボクは伊七木(いななき) 駿(しゅん)」
「名乗り合うのはダメ、と言ったではないですか……」
そのとき、ボクとスライムの二人にパスがつながったようで、二人は柔らかな光に包まれた。
「…………ん。あれ? もしかして、タマっていうのは……」
「昔、飼っていたネコの名前だよ。仕方ないだろ、急に思いつかなくて……。でも、これで名前を知り合って、互いに離れられなくなった」
「離れられないというか……。違う種族同士で名前を呼びあうのは……。結びつきが強くなって、離れられなくなる、と言っておきましたよね? これで一緒に居ざるを得なくなったではないですか」
怒っているはずなのに、タマの言葉には、ちょっと嬉しそうな感情もふくまれている……そう感じさせるものだった。
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