第15話 認めた気持ち

「・・・アッハッハッ!」

 図書館で私の話を聞いた弥生ちゃんは大きな声で笑った。

「笑い事じゃないよ!!弥生ちゃんッ!!」

 思わず声が大きくなる。


「・・・二人とも、図書室ではお静かに」

 そう声を掛けるのは、一緒に話を聞いている武田先生。


 少し、声のトーンに気を付ける。


 ・・・二限目が終わり、私は急遽、弥生ちゃんと武田先生に話を聞いてもらっていた。

 ・・・朝の一件から、ズッとイライラしてた。

 …ホームルームの時から、なんとなく冬弥の視線を感じてたけど、どうにも気持ちが収まらなくて、返事は返さなかった。


 ・・・だけど、少し落ち着いてきたら、今度はどうやって元に戻ればいいかわからなくて・・今度はズーンって落ち込んでしまっていた。


 ・・・授業は上の空、だったと思う。


 二限目は武田先生の授業だったんだけど、余程目に余る状態に見えたのか、授業後に図書室に呼び出されたと言うわけ。弥生ちゃんも私の様子に気付いていたみたいで、一緒に同伴してくれた。


 ・・・そして、私は今朝の出来事を二人に話していたんだ。


「・・・まぁ、かおりの気持ちもわかるケド、それじゃあ佐々木君も可愛そうじゃない?」

「弥生ちゃん、冬弥の肩を持つわけっ!?」


「和泉さん、声、声。…冷静にね?一応、三限目サボってるワケだから。」

「・・・すいません…」

 武田先生に言われてもう一度、声のトーンを落とす。


 弥生ちゃんが『あのねぇ…』と言いながら続ける。

「佐々木君だって、ワザとってわけじゃないんでしょ?」

「・・・そりゃ、そうだけど・・・」

 思わず口ごもる。

 ・・・そう、それはわかってる。冬弥が何かをしたわけじゃないもん。


 ・・・だけど、なに?このモヤモヤは?

 

 今朝のやり取りを思い浮かべなら、自分の胸に目を落とす。…申し訳程度の膨らみが視界に入る。


…そりゃ島村さんに比べればエベレストと小学校のスキー山ぐらいの差はあるでしょうよ…!


 島村さんに胸を押し付けられて、驚きながらもニヤっとしている冬弥の顔が思い浮かんでくる。


 ・・・冬弥のスケベ!…おまけに私の胸を見て何を思ったわけっ!!?何比べてんのさ!!


 …思い出すと、また『悲しい』より『イライラ』の割合の方が大きく膨らんでくる。


 ・・・今日のドリンク、何か混入してやろうかな・・・。


「・・・・先生、唐辛子かワサビ、持ってます??」

「一体、何に入れるつもりか知らないけど・・・残念ならが持っていないわよ?」

 私の言葉に武田先生はいつも通り飄々と答える。


 ・・・武田先生は全部お見通しといった感じだ。


 ・・・はぁ・・・。

 

 ぐでっ、と一度机に突っ伏してから顔を横に向ける。…弥生ちゃんのそこそこ大きい胸が視界に飛び込んできた。


「弥生ちゃんはいいよね?結構大きいし・・・」

「はいはい」

 弥生ちゃんは私の言葉をタンブラーに口をつけながら軽く受け流す。それから『あっ!』と何かを閃いたような声を上げて私の胸を指さしてきた。


 …何さ…?


「そ~んなに胸の大きさが気になるなら、佐々木君に揉んでもらったら?」

「なっ!?!?」

 弥生ちゃんの突拍子の無いアイディアに思わず声が裏返る。


 突然…な、何言って・・っ!?


 慌てる私と正反対に、弥生ちゃんは余裕で続ける。

「好きな人に揉んでもらうと、大きくなるって言うじゃん?」

「あ、あのねぇっ・・・!」


 思わず、飛び起きる。…想像しちゃったじゃない・・・!


「ハイハイ、二人とも、それは完全に都市伝説よ」

 武田先生が割って入る。

「それに、仮にその理論が本当だとしたら、島村さんも好きな人に揉んでもらったってことになるんじゃない?」

 …武田先生は笑ってそう続けた。冗談だとわかっているのに、その言葉に思わず先生の方を向いてフリーズする私。


 ・・・島村さんが、好きな人・・・


 思わず浮かぶ冬弥の姿。

 頭が勝手に冬弥と島村さんのそんなシーンを想像してしまう。

 

 冬弥が・・・島村さんと・・・?


 …視界が一気に狭くなって、世界が文字通り暗くなる。

 ・・・奈落の底にドーンって落ちて、心の芯に濡れた氷を詰め込まれる気分。そこに真冬の冷たい風がキュッって吹き抜けるような・・・・。

 心って、こんな風に冷たくなるんだ…。


 ・・・・何も考えられなくて、心が無になっていく―――――。


「おーい、かおり~大丈夫~?」

 弥生ちゃんが声をかけてくる。ハッとはしたけれど、気持ちの落ち込みは戻らない。…心の芯の部分はひんやりしたままだ。


「大丈夫よ和泉さん。佐々木君が島村さんとそんな関係なら、和泉さんとこんな風に仲良くしてないわよ」

 先生がフォローを入れてくれる。そこに弥生ちゃんも賛同して言葉を続ける。

「そうそう。それに、どう考えても二人の会話からじゃあ、触っているようには聞こえないでしょ?」

「・・・・・・・」


 …朝のやり取りを思い出す限りは・・・そうだと思う。ってか、そう信じたい。


「・・・多分・・・」

 ボソっとつぶやく私。不安とかいろんなものが混ざってる。違うと信じたいけど、さっきの妄想は私の想像以上に破壊力があったみたいだ。…ずーん、って感じ…

「あー、もう!かおり、大丈夫だから!」

 …まだ落ち込む私を見た弥生ちゃんが私の背中を撫でてくる。

 その様子を見ている武田先生は微笑みながら言う。

「まぁ、気持ちはわからないでもないけどね。好きな人と他の女子との、そーゆーシーン、考えちゃったらね?」

 

「・・・別に・・・私は・・・」


 少しむくれて答える。ただ、その先の言葉…『好きじゃない』が言えなくて口ごもる。・・・だって、好きじゃないわけじゃないから。


 そんな私のモヤモヤした様子を見た弥生ちゃんがヤレヤレと肩をすくめる。

「かおりぃ、まーだそんなこと言ってんの?素直になりなさいよねぇ。もう」

「・・・・」

 弥生ちゃんの言葉に押し黙る。


「本当は自分の気持ち、もうわかってるんでしょ?どうでもいい人なら、そんな風に落ち込んだり、怒ったりしないでしょうに?」

「・・・・わかってるよ・・・」

 弥生ちゃんの正論に小さく返事をする。そう、わかってる・・・わかってるよ。

・・・でもさ?正しいからってちゃんと言葉にして、向き合えるかっていうと・・・違うんだもん。


 ・・・気持ちの上では、もうかなり認めちゃっているけど、でも、言葉にするのはまだ怖いんだ。【言葉】にしてしまうと、もう逃げることはできないから。

 

 ・・・正論って、すごくズキズキする。


「・・・ま、怖いわよね?その【認める瞬間】ってのは。いつだって」

 そう言うのは武田先生。相変わらず、人の心を読んでいるかと思うような言葉。


「ま、もう少し悩んで、考えて…気持ちと向き合うことね。・・・本当に好きなら、なりふり構っていられない瞬間ってあるものよ。その時に、しっかりと踏み込めばいいのよ」

「・・・はい」

 ・・・武田先生の言葉に返事をする。安堵しながらも、少し不安は残る。


 この気持ちを認めたとして、楽しいだけじゃなくて、ところどころにある、この「ズキズキ」みたいなもの、乗り越えられるんだろうか、って。


「ま、たしかに佐々木君も佐々木君よねぇ?キスまでしようとして、そのままほったらかしでさ。おまけに今朝のこと。かおりみたいな純情な子をかき乱すなんてさぁ?」

「弥生ちゃん!冬弥は悪くないよ!あれはタイミングが悪かったの。それに、今朝のことだって…っ!」

 弥生ちゃんの言葉に思わず声が大きくなる。


 …なんか冬弥のことは悪く言ってほしくなかったから。


「ハイハイ、お天気雨ね。かおりの心は」

 弥生ちゃんが、なだめているか呆れているのかわからない言葉をかけてくる。


 ・・・でも、言葉にしてハッとした。

 ・・・・そう、そうなんだよね。今朝のことだって、冬弥は悪くない。

 ・・・私が勝手に怒っただけ。


「・・・そう、冬弥は悪くないんだ。私、冬弥と島村さんにやきもち焼いていた。それで・・・冬弥に当たり散らしたんだ・・」

 …思わずしゅん、っとする。弥生ちゃんの言う通りだね。…上がったり、下がったりだ・・・


 そんな私を見た弥生ちゃんは、また「ああ、もう!」と言いながら私の肩に手を置く。

「はいはい、もう凹まないの!かわいい顔が台無しだよ?」

「・・・・うん・・・」

 力なく、返事を返す。


 …そんな私たちを見た武田先生がクスっと笑った。

 ・・・そりゃ、そうだ。私だって他の人がこんな風になってるのを見たら、おかしいな、って思うもん。

「・・・どうしよう、私?」

 ・・・ため息とともに出た言葉。つまるところ、それが知りたいのかも。

「今朝のケンカのこと?それは簡単でしょ?素直に謝ればいいんだから」

「・・・素直にって・・・」

「他の女子に胸を当てられてるのを見てイラっときた。ごめんね、でいいんだって」

 弥生ちゃんが簡単に言う。それが出来れば苦労はいらない。


「大丈夫。佐々木くんが怒ってる、なんてことは無いから。自分が怒ったことも、ショックを受けたことも、ちゃんと伝えるのが一番近道だよ?」

 弥生ちゃんの言葉に納得しつつ『できるかなぁ』って不安も感じる。

 ・・・でも、自分の他に自分のことにケリをつけてくれる人がいないこともわかってる。

「・・・うん・・・そう・・・だよね」

 ネガティブな思いが膨らむ中、そう返事を返した――――。


 ・・・そうしている内に三限目の終了を告げるチャイムが響いた。

 もう少しこうしていたかったけど、流石に二時間連続で授業をサボるのはまずい・・。すると、武田先生がフム・・・と何か思いついたような顔をした。


「確か、4限目は社会だったわね?岩本先生の授業はボーっと聞いていても平気よ。授業、聞いているフリしながら、のんびり考えてみなさいよ」


 ・・・先生の言葉とは思えないけど…少しありがたかった。

 弥生ちゃんも同じこと考えてたみたいで、笑いながら武田先生に言う。


「相変わらず、先生ってハチャメチャだよね。授業サボるのを容認したり、とかさ?」

「…何も学業を学ぶだけが『学校』の役割でもなければ、授業をちゃんと受けることだけが『勉強』でもないからね。・・・いいのよ♪」

 ・・・武田先生はそう答えてウィンクをした。


 ・・・その様子を見て、少し気持ちが落ち着いた気がした。私は武田先生に礼を述べ、弥生ちゃんと一緒に教室へと戻ることにした。


 ・・・・・・・

 ・・・そして、四限目。


 社会の岩本先生には失礼だと思ったけど、私はずっと冬弥のことを考えていた。

 

 そこで思ったのは、弥生ちゃんの言う通り、やっぱり朝のことをしっかり謝ろうってことだった。

 弥生ちゃんの言うことは最もだったし、このまま冬弥と話ができないのは・・辛かったから。

 ただ、周りの目もあるから、授業の後にいきなり冬弥の元に行って話をするのも気が引けた。


 …そこで思いついたのは文明の利器、スマホ。

 私は授業終了と同時に、冬弥にLINEを送ることにした――――


――――――—―・・・・

「・・・はぁ・・・・」

 ・・・俺はため息をつきながら四限目の授業を受けていた。

 今朝の一件の後、何度もかおりの方をちらちらと見ていたけど、向こうからは何の反応も無かった。


 ・・・いつもなら、目配せの一つぐらいはあるんだけど。


 やっぱり、怒っているのかな・・・?

 いや、傷つけたんじゃないか・・・?


 そう思うと気が気じゃなくて、一限目の途中辺りから物凄くソワソワして落ち着けなかった。


 ・・・休み時間、思い切って声を掛けにいこうとも思ったけど、どう声を掛けたらいいのか分からず、謝るのもおかしいような気がして二の足を踏んでいた。


 三限目になると、体調不良ってことでかおりは授業にいなかった。

 そいつが余計に俺の胸と胃をギュッと締め付けていた。


 幸い四限目には戻ってきたみたいだけど…。


 結局、今日の授業は全部どこか上の空だった。

 授業中、ずっとかおりのことを考えていたんだと思う。


 その結果…思い付いたのは単純なことで・・・

 『ちゃんと謝ろう』ってことだった。

 かおりと、ちゃんと仲直りをしたかった。もう一度、あの笑顔が見たかった。


 授業が終了すると、俺はスマホを取り出そうとする。・・・いきなりクラス中の前でかおりに謝りにいくわけにもいかないから。


 ・・・そんな時だ。

「!!」

 ポケットに入れておいたスマホが振動する。まさか、と思って確認してみる。

 …かおりからLINEだった。

【朝はゴメン・・・冬弥、怒ってる?】

 ディスプレイを見て飛び跳ねそうになる。怒ってなんかいるもんか!

 返信より先に彼女の方に視線を移す。そこには、かおりが少し気まずそうにこちらを見ていた。

 安堵感が胸いっぱいに訪れて、足元から緊張がアースされていく。彼女の方とスマホを交互に見ながら返信する。

【怒ってなんかないって。むしろ、俺の方こそ・・なんかゴメン】

 …直ぐに付く既読と、返ってくる返信。

【よかった。私も、もう怒ってないよ】

 お互いに顔を見合う。少し、照れくさそうに。

 ・・・不思議な感覚。教室の端と端。お互いに行こうと思えば、すぐに話に行ける距離なのにな。

 そして、もう一度LINEが届く。

【ねぇ?ちゃんと仲直りしても・・いい?昼休憩の時、図書室でお話ししようよ】

 ・・・かおりの方を見る。…今度は、ちょっと気恥ずかしそうにしている。

 スマホではなく、彼女の方を見て頷いて答えた。口パクで『もちろん』と付け加えて。

 …そんな俺に、彼女は笑顔で頷き返して、

【・・ありがと。んじゃあ、後で♪】

 とLINEを送ってくれた。

 数時間振りのかおりの笑顔に心が一気に明るくなった。


・・・嬉しさで胸が跳ねる。

・・・早く、給食を食べ終わりたい。


 まだ食べてもいない内から、弾む心でそんなことを考えていた—―—―—―。


 ――――――—―—―—―——―

 ・・・・・・—―—―—―

「・・・ふー・・・」

 私はトイレの手洗い場で大きく息を吐いて鏡を見つめた。まだ少し頬が赤い気がする。幸い、トイレには誰もいない。だから、緊張をほぐす為の大息をついても、心配されたり、変に思われたりすることはない。


 ・・・冬弥と仲直り、できそう、かな?

 

 最初、文章を作ってから送信を押すまで、ものすごくドキドキした。

 彼とのジェスチャーとLINEのやり取り…本当にホっとした。


 ・・・多分、冬弥も安心していたと思う・・・。そんな表情だった。

 ・・彼のそんな顔を見れて、私も嬉しかった。


 この後、給食を食べ終わったら、図書室に直行だ。もっと、もっと彼の声を近くで聞きたいから。


 ・・・昼休みが楽しみだ。

  

 …そう思って思わず吹き出す。さっきまで、食欲なんて感じなかったクセに、今はペロリと平らげてしまえそうなんだから、本当に現金な性格だよね。


 ・・・彼といると、些細なことで上がったり下がったりの繰り返し。私の心は彼を中心に動いているといってもいいぐらい。


 ・・・気持ちを認めるのも、本当にもうそろそろなって、そんな気がしてる。

 弥生ちゃんの言うとおりだもん。何でもないならこんな風になったりしないから。


「・・・さて、行こうかな」

 鏡をもう一度見る。


 ・・・うん。朝よりズッといい顔してるよ、かおり。


 自分に言い聞かす。さて・・・

 

 トイレを出ようとしたタイミングで扉が開く。・・・誰かが入ってくる。

 …その人を見て、思わず心が身構える。


 …その『誰か』は—―——―。


「あ、和泉さん!」

「・・・島村さん」

 入ってきたのは今朝のトラブルの原因の人。島村さんは私の方を見るとフランクに声をかけてきた。

「朝はゴメンね?後から考えたら、ヤバかったかななって思ってさ」

 島村さんはへへ、っと舌をペロっと出して謝ってくる。・・・相変わらず元気いっぱいで、竹を割ったような感じだ。


 ・・・少しムカっとくる。白々しいなぁ・・・。


 だけど、私はあえて満面の笑顔を浮かべる。…にっこりと。

「ううん♪ちゃんと仲直りできたからね!問題ないよ♪」


 …そう、意地を張って答えた。…ちゃんと面と向かって仲直りをするのは、給食の後だけど。


「・・・へぇ・・なら、よかった♪」

 島村さんの言葉。

 ・・・なんだろう、少し胸がスッとした。一杯食わせてやった気分。

「んじゃ・・♪」

 気分よくトイレを出ようとする。…さ、給食、給食…っと。


「ねぇ、和泉さん?」

 …島村さんに呼び止められる。…正直、早いところ離れたいのに。

「・・・なぁに?」

「・・・・」

 私が返事をして振り返ると、島村さんは笑っていなかった。

 その凛とした顔に思わず、ドキっとする。


 …そして、彼女はゆっくりと口を開く。

 それは、核心をついた言葉。


「あのさ、和泉さんと佐々木くん、って付き合ってんの?」


「・・・・・・・」

 一番クリティカルな質問だった。

 

「この間もキスしようといていたじゃん?」

 ・・・島村さんはいつものおちゃらけた感じがなくて、でも怒っているわけでもなくて・・・真剣な表情だった。


 ・・・やっぱり、見ていたんだ。

 …そんな思いが沸き上がってくる。


 私はあえて、少し大げさに、照れた笑顔を作って、島村さんに答える。

「・・・ま♪ちょっと【特別な関係】ってヤツかな?」

 へへ、っと笑って。

 …余裕・・・と、いうより私なりの強がり。

「ふーん・・・」

 島村さんは人差し指を顎に当て、少し考えるように上の方を見つめる。


「・・・佐々木君とは、乳繰り合う(ちちくりあう)関係ってこと?」

「なっ!!?」

 思わぬ不意打ち!思わず声が大きくなる。

「ち、ちちくり合うって・・・ッ!」

「ま、取り敢えず、付き合ってはないんだよね?」

 島村さんは少し微笑んで聞いてきた。

 ・・・そうだよ、付き合ってなんかないよ、ただの【運命の友達】だもん…。


「・・・それが、島村さんに何か関係あるの?」

 思わず、語気が強くなる。…でも、島村さんは私の強めの声にも至って冷静で…

「大ありだよ」

 ・・・と、答えた。


「・・・・」

「・・・・」


 少しの間。お互いに無言。そして、なんとなく感づいていたけど、その『大あり』の理由を島村さんが明かす。

 

「私は、佐々木くんのことが好きだからね?」

「・・・・!」


 ・・・ヤッパリ、とわかっいても衝撃を受ける。

 ・・・なるべく冷静に振舞おうとする私。うまくできているだろうか…?

 島村さんは続ける。少しだけおどけて…でも、やっぱり真剣に。

「流石に、横恋慕はマズいと思ったけど、付き合っていないならセーフじゃん?」

 すっきりと纏められたポニーテールと、凛々しい顔立ち。そこに決意が加わって、島村さんからはある種のすごみが感じられる。


 いわゆる『自分の気持ちを認めている』ってやつなのかな…って、そう思った。


「和泉さんは?」 

「え・・・」

 このオーラに少し圧倒される私。質問の意味は理解できているけど、反応が出来なかった。

「和泉さんは、佐々木君のこと好きなんじゃないの?」

 突きつけられる『覚悟の言葉』

「・・・・私は・・」

 言葉は喉のすぐそこまでこみ上げてきてるけど、あと一つ、あと一歩が声になってくれなかった。

 それを見た島村さんは笑った。

 ・・朝のように、竹を割ったような明るさで。

「なるほど・・認めきれてないんだ、まだ?」

 言葉が刺さる、とはこういうことだろうか。


「・・・なら、リードは互角…むしろ和泉さんより私の方が有利かもね?」

「・・・・」

 ・・・何も、言い返せない。わかってる。今「運命の友達」は何のアドバンテージにもならない。


「んじゃね?」

 ・・・そういうと、島村さんは少し余裕気な笑みを見せて、トイレを出て行った。


 ・・・何しにトイレに来たのさ??

 そう思ってから、すぐにハッとする。きっと、私に今のを言うためだったんだ。

 ・・・・

 すぐに出るのが嫌で、意味も無くもう一度手を洗った。

 ・・・島村さんの凛とした表情が思い浮かんだ。…そして、心の声が忠告をしてくる。


 ―――強敵ね?そのままでもいいの?—――…と。


「・・・どうにかするってば!」

 一人、そう答えてから私はトイレを出ることにした―――――。


 ―――――――――――・・・・・・

 —―—―—―

 ・・・・・・

「しかし、これはすごい量ねぇ・・・?」

 武田先生が給食のおかわりの量を見て首をかしげる。

 今日の給食は麻婆豆腐に鶏肉のムニエル、キャベツのサラダ…決して美味しくないわけじゃない。

 ただ単純に、今日はなんの手違いか、いつもより全体的に量が多かった。

 みんなにいきわたっても、クラスの半分ぐらいはおかわりが出来そうな量だった。


「食べ盛りの男子諸君、よろしくねぇ?」

 武田先生が笑ってそう声をかけた。

 ・・・・・・・・

 男子たちは流石に食欲があるみたいで、ササっと食べてはおかわりをしていく。

 …素直に男子はすごいなぁ、と思う。


 ・・・男子、と思ったところで、そっと冬弥の方を見ると、丁度おかわりを取りに行こうとしていたところだった。

 …やっぱ冬弥も食べるんだなぁ…男の子だもんね。


 ・・・そんな風に思って彼を見ていた時だ。


「珍しいな島村?おかわりかよ!」

「まぁね、中里も食べなさいよね。これだけあんだから」

 ふと聞こえてくる島村さんと中里くんの会話。 

 二人は隣のグループ。私の背中側に位置している。


 ・・・それほど大きな声じゃなかったけど、つい意識してしまう。

 島村さんが席を立って歩いていく。丁度、鶏肉をよそっている冬弥の隣に。

 

 変に意識が働いてしまう。冬弥と島村さんの二人の様子をジッと見つめる。


「あ、佐々木くん、知ってた?」

「へ?」

 島村さんが冬弥に話しかける。

 ・・・耳を澄まさずにはいられない。

「今日のメニュー、胸にいいモノばっかみたいだよ?」

「へ・・!?」


 …二人の会話に思わずムキってなる。・・・何?また、その話!!?


「言われてみればそうよね、豆腐にはイソフラボン。肉はタンパク質だし、キャベツはボロン、だったかしら?」

 これは武田先生。・・・それは、私も初めて知った。


「・・そういうこと♪」

「・・・へ、へぇ・・」


 冬弥の声は少し戸惑っている。・・・朝のこともあるから?私に気を使ってるのかな・・・

 島村さんはそんなこと気にせずにぐいぐいといく。

「今度、測ってくれる?胸のサイズ♪」

「なっ!」

「冗談だって~♪さては本気にした??」


 ・・・プチっと来るものがあった。


「やっぱ大きいのが好きなのは本当なんだねぇ?」

「ちょ、やめろって」


 ・・・二人の会話。

 ・・・ダメ、これ以上我慢できない。


 次の瞬間、気づいたら私はかなり大きい音を立てて立ち上がっていた。


「・・・・へ」

 ・・・・・・一瞬、静まる教室内。

 知ったこっちゃあ無い。残りのおかずをぐっと口に押し込んでから、皿を持って二人の元まで歩いていく。


「い、和泉・・・?」

「あら、和泉さんもおかわり?」


 ・・・・島村さんの余裕そうな表情。上等じゃない。


「うん♪いい情報聞かせてもらったから」

 そう言うと、私は少し強引にぐっと、二人の間に割り込む。今朝、島村さんがしたみたいに。…それから麻婆豆腐を皿によそう。それもしこたま。これ以上はあふれるといわんばかりに。

「・・ま、胸『だけ』で引っ掛かるような彼じゃないんだけど・・・」

 そこまで言葉にしてから、私は島村さんの方を見てにっと笑う。…好戦的に。

「やれることは全部しておこうと思って♪」

 ・・・多分、そう言う私の目は笑っていなかったと思う。


 島村さんは、私の眼差しを正面から受け止めると、クスっと微笑んだ。

「・・・へぇ?認めたってこと?」

 島村さんの言葉。笑っているけど、その目からはやっぱり凛とした真剣なオーラが伝わってくる。


 ・・・大丈夫。自分からここにきたんだもん。飲まれてたまるか。


「・・・どうかな?ただ、島村さんを見てると燃えてきちゃったことは確か、かな?」

 そう言葉を放つと、私は給食台に余っていた皿を手に取る。そして、そのままキャベツと鶏肉を山盛りによそって、飛びっきりの笑みを島村さんにぶつけた。


 ・・・これで今日の給食、2回目だ。


「・・・へぇ、なかなかいいんじゃない?・・私も和泉さんにのっかろうかなぁ?」

 八重歯が見えるほどに島村さんは大きく笑う。そして、私と同じように皿を取り、キャベツと鶏肉を山盛りにする。

「・・・・・」

「・・・・・」

 お互いに、顔を見合う・・いや、半分は笑顔の睨み合い。

「・・・えっと?」

 そう、戸惑ったような声を上げたのは冬弥だ。

 でも、今は彼の事を気にしている場合じゃない。・・・それは島村さんも一緒みたいだ。


「ねぇ、和泉さん?ちょいと一緒に食べようよ?」

 島村さんはクイっと顎で自分の席の方を示す。 


 ・・・ちょうど、彼女の隣は欠席で場所が空いていた。


 その意味を瞬時に理解する。

「OK♪せっかくだもんね?」

 私は二つ返事で促されるままに島村さんの席に座る。

 ・・・・・・・・・

 ・・・そこからが、地獄の闘い・・・もとい、意地の張り合いの始まりだった。


 二人でガツガツと胃の中に給食を押し込んでいく。そして、皿を空にしては、おかわりを繰り返した。・・・さながらテレビの大食い対決のみたいに。

 気づけば、周囲もちの変な空気を察していたようだけど、それを気にする余裕はなかった。

 ・・・・・・・・

「おかわり、してくるかな」

 麻婆豆腐を駆け込んだ私は、席を立ちあがった。

 ・・・これで3回目のおかわり。もう、味を楽しむ感覚はない。


「私も・・・まだいけるかな」

 島村さんも鶏肉とキャベツを一気にさらえて立ち上がる。

 お互いに回数も一緒。お互いに給食の台までゆっくりと歩み寄る。

 

 目の前にある麻婆豆腐を見つめる。それだけもうお腹が拒否反応を示している。

 苦しくて仕方がない。・・・変な汗が噴き出てくる。

 

「無理しない方がいいんじゃない?小さいのも可愛いと思うよ?」

 島村さんが私の胸を見ながら声をかけてくる。

 ・・・まだ、ソレを言うか・・・


「…私、太らない体質で困ってるから♪島村さんこそ、これ以上は胸よりおなかの方が出ちゃんじゃない??」

 お互いに笑顔でにらみ合う。


 …お互い、余裕は無いけど・・・引くわけにはいかなかった。


 どっさりと麻婆豆腐をよそって席にいく。

 それは島村さんもだ。

 ・・・・・

 二人で黙々と胃袋に流し込んでいく。

 人生でこんなに食べているのは初めてかも…。おなかはパンパンで、いつ逆流してもおかしくない。

 正直、流れるのは汗から涙に代わりそう・・・。


 ・・・なんでこんなバカなことしてるんだろう・・?


 味覚はとうに消え失せて、意識は朦朧としている。


「そ、そろそろ…限界なんじゃないの?」

 島村さんが聞いてくる。

「・・・まだまだ」

 そう言いながら、残り二口ほどの麻婆豆腐を見る。…こんなに二口分が嫌に思えるなんて初めてのことだ。・・・まだ食べなきゃいけないの…?弱い心が現れる。

 …島村さんの言う通りだった。


 ……涙がこぼれそうだ。


 ・・・だけど、心が折れそうになる一瞬。・・・その甘い誘惑に乗れない理由が生まれてしまった。

 ・・・ふらふらで顔を上げると、冬弥が見えて、そのまま目があったから。


 ・・・何かが吹っ切れた気がした。


 メラメラとした思いが湧いてくる。

 こんなバカなことをこれだけ苦しい思いをしてやっている理由は何?

 少しだけ、冬弥を恨めしそうに見る。


 ・・・・元はと言えば・・・

 そう思ってから、訂正する。違う全部、私が悪い。冬弥は悪くない。


 ――――なんで、そんなに意地を張ってるの?—―—―

 心の声。その問いの答えは視線の先にある。


 ―――・・・決まってんじゃん!!―――

 

 私は目線をお皿に戻し、残っていた麻婆豆腐を一気に飲み込んだ。

 おなかが破裂しようが知ったことか!!


 ・・・・【決意の瞬間】って、もっとロマンチックでドキドキしてときめくものだと思ってた。こんなことで認めるとか、バカじゃないの!?


 ・・・でも、決意は決意だ。彼の方を見て改めて確信する。


――――私は、冬弥のことが好きなんだ!――――


 …認めた瞬間。今まで抑えてきたものが一気に湧き上がってくる。いや、噴出といってもいい。私は彼のことが好きで好きで仕方がないんだ!!


「なぁに?気になる人に泣きついてみる?」

 …私と冬弥に気づいた島村さんが、残っている鶏肉を平らげて立ち上がった。

 ・・・

 私も視線を島村さんに向けて、立ち上がる。

「・・・島村さん」

 ひとつ、深呼吸。

「私、これで同じ土俵だよ?気持ち、認めたから」

 私の言葉を聞いて、島村さんの眉がピクっとあがる。


「島村さんには・・・」

 ・・・これをクラスの、それも彼のいる前で宣言していいの?そんな思いが一瞬脳裏をよぎる。


 ・・・いや、知るもんかっ!思いの丈をぶつけてやる!!


「島村さんには絶っっ対に負けない!!」

 

 声を張り上げる。そう、そうだ。胸はともかく、冬弥への思いだけは絶対に!

 教室がシンっと静まり返る。周囲から漂う不思議な空気。


 島村さんがにぃ、っと笑う。・・・好戦的な笑顔で。

「上等じゃない!!特別が何よ!こちとら、ずっと想い続けてきたんだ!和泉さんよりもずっと前からねっ!!」

 島村さんも吠える。

 …もう一度、睨み合う。

 それから、ふたりで給食台への前に立つ。・・・どこまでもやってやる!!

 ・・・そう決心した、その時—―—―


「ハイ、そこまで。二人とも他の人の分も考えてね?」


 ・・・そう声をかけてきたのは武田先生だった。


 私たちの前まで歩いてきて、残りの給食を見る。そこには、あと2,3杯分の麻婆豆腐と鶏肉が残っている。

「よくもまぁ、ここまで食べたわねぇ・・」

 若干あきれ顔の先生。・・・・穏やかな口調に少しずつ頭が冷えてくる。

「・・・す、すいません・・・」

 これは島村さん。・・・どうやら彼女も同じ思いのようだ。

「・・・二人の中の「何か」はよくわかったけど、給食の大食いで決着がつくの?」

 

「・・・・」

「・・・・」

 島村さんと二人で黙り込む。ぐぅの音も出ない。

「ま、お互いにけん制し合っていた思いもこれでスッキリしたんじゃない?」


 ・・・武田先生の言葉を受けて島村さんと顔を合わせる。彼女もどこか、憑物が落ちたような表情をしていた。


 ・・・さっきまでの熱狂が引いていき、お互いに恥ずかしさが残っている。


 島村さんは一瞬うつむいてから、頭を掻いてから、もう一度顔を上げる

「・・・ま、確かに根性はあるみたいね、ほっそりとした身体の割にさ」

 その表情はさっきまでの獰猛な顔とは違っていて、ごく自然な、どこか認めてくれるような雰囲気だった。…そして、それは私もだった。

「・・・島村さん、流石だね。追いつくのに必死だった」

 恥ずかしくて、そう、返事をした。


 ・・・なんだろう、この変な感覚。一体私達、何を競い合っていたんだろう。

 ・・・そう思うと、思わず吹き出してしまった。島村さんも同じ気持ちだったのか、つられて吹き出した。

「ハハ、何だかおかしいよね?」

 肩をすくめる島村さん

「全くだね・・・・」

 私も苦笑いで返事をする。

 

 ・・・・でも――――

 ・・・心に湧く、一つの思い。それを言葉にする。

「負けないからね」

 ・・・島村さんの目を見て、はっきりと口にする。


「私だって、そうよ」

 島村さんはゆっくりと頷いた。


「ふむ、何のことかサッパリだけど、世の中には非常~に贅沢な人間がいることだけは分かったわ」

 武田先生が言葉を発する。その時、視線を一瞬『彼』の方に向けていた。

「ぷ・・・」

「ふふ・・・」

 それを聞いて、私も島村さんも同時に吹き出した。


「・・・それは・・言えてるね、こんな美少女二人の気を引いてさ?」

 ・・・島村さんが私の目を見てくる。私も大きく頷く。

「本っっ当に、贅沢だよねぇ~?」

 二人でもう一度笑いながら彼の方向を意識する。


 私たちの後ろにいる冬弥は、このやり取りをどんなふうに見ているんだろうね?

 ・・・もしも、許されるなら島村さんと二人でからかうのも面白いのかもしれない。


 ・・・そんな風に笑っている次の瞬間だった。


「・・うっ・・・」

「和泉さん?」

 笑って横隔膜の振動が、胃に負担をかけたのか嫌な予感と気持ち悪さがこみあげてきた。

 ・・・緊張が解けたこともあるのかもしれない。

 これは、マズい・・。


「食べすぎね。えーっと、上本さん。和泉さんを保健室までつれていってくれる?ヤバい時にはそこの新聞入ってる袋使って頂戴」

「了解です♪いくよーかおり?」

 少し遠くから弥生ちゃんの返事する声。すぐに駆けつけてくれて、私を保健室までつれていこうとしてくれる。

 ・・・弥生ちゃんに支えられて教室を出る際に武田先生が耳打ちをしてきた。

「ここで佐々木くんを呼ぶのはフェアじゃないから許してね?」

 ・・・と。

 

 でも、それでよかった、と後で保健室のベットで寝転がりながら思った。


 ・・・結局、保健室までは持たなくて、途中トイレでリバースすることになったから・・・。

 保健室の天井を見ながら少し思い出す。自分の決意。


 認めた彼への想い。今になって顔が赤くなりそうだ・・・。じんじんして、フワフワして。

 今まで抑えてきたんだって実感する。一度認めると、もう止まらないんだもん。


 ・・・私、冬弥のことが好きなんだ―――


 もう、自分の気持ちを隠さなくていい。彼を想うだけで、ニヤニヤしてしまう。

 途端に、さっきの自分の言葉を思い出し、ボッと顔から火がでそうになる。

 島村さんには、絶対に負けないって・・・冬弥に聞かれていたかな・・・。

 そう考えると、今度は冬弥の気持ちが気になって仕方がなくなってきた。


 私のこと・・・どう思っているのかな・・って。

 

 後で、どんな顔して会えばいいのかな、とも。

 もんもんしていると、保健室の先生がやってきて、自前の胃薬を渡してくれた。

 

「念のため、もう少し横になってなさいね」

 そう言われて素直に横になる。


 気づけば、五限目が始まろうとしてた。


 そこで思い出す。冬弥と約束していたのに。


 ・・・あとでちゃんと謝らないと・・


 そう思いながら、私はそっと目を閉じた――――。


―――――――――――――――――――――――

 ・・・・・・・・・

 給食のドタバタをぽかんと見ていた俺はどうしたらいいのかわからなかった。

 最近、島村とかおりの間にあった妙な空気、その原因をなんとなく理解してしまっていた。

 給食中の二人のやり取り・・・。最後の方のかおりと島村の絶叫。

 うぬぼれかもしれないけど・・・そういうこと・・なのか??

 

 ・・・昼休み、クラスの連中に混ざると、からかわれそうだったから一人窓の外を眺めていた。そしたら、中里がやってきて話しかけてきた。

『モテる男は辛いな?どーすんだ?』・・・っと。


 少し話をしてみると、中里はずっと前から島村の気持ちに気づいていたみたいだった。

 中里は別に俺をおちょくることはなくて静かに一言

『どっちにしたって、決断するのは冬弥だからな。・・・でもあんまり長引かせると、よくねーぜ。かえって傷つけちまうからよ』

 とだけ言って去っていった。・・・相変わらず、気を利かせることができるやつだ。

 今日の二人のやり取りはみんなに聞こえていたし、なんとなくこの状態を察している奴らはクラスにもいると思う。


 ・・・そして、それは俺も一緒だった。


 あの時、叫ぶ前のかおりと目があった瞬間。

 あれが、俺はかおりをどう思っているのかを認めるきっかけだったように思う。


 —―—―俺は、かおりが好きなんだ―――


 ・・・恋と認めるには…あまりに可笑しな一幕だ。

 ・・・だけど、自分の気持ちを認めると、後は止まらなかった。


 五限目は、かおりのことで頭が一杯だった。…彼女のことをずっと考えていた。


 ・・・今日、まともに授業を受けてないなぁ、俺。


 ・・・・授業が終わると、俺はそっと教室から出た。

 ・・・かおりの様子が心配だったから。会いに行こうと思ったんだ。

 途中、クラスの女子達がこちらを見て、何かを話していた気がしたけど、気にしないふりをした。

 ・・・階段を下りて、体育館に向かう途中に保健室はある。

 ・・・突然訪れたらおかしいだろうか?

 俺たちの学校は教室は2階にあって、1階は特別教室しかない。だから一度階段を下りてしまえば、人気(ひとけ)もなくて静かなものだった。


 ・・・少し、気持ちを整理しながら静かな廊下を歩く。

 水に濡れた草花の匂いが、開いている窓から、校内に入ってくる。

 その匂いを満喫しながら俺はゆっくりと歩を進めていった。


 体育館へ続く道、ここを曲がれば保健室だ。


 ・・・かおりに会って、どんな言葉をかければいいんだろう?

 思えば、朝のこともまだしっかりと謝っていなかったな・・。


 いろいろと話せると・・いいな。


 ・・・そう思っていた時だ。


「佐々木君」

 ・・・静かな廊下に知っている声が響く。

 陸上部、マネージャー。島村美月。

 ・・・彼女は保健室に続く曲がり角に立っていた。


 ・・・まるで、俺を待っていたかのように。


「・・・和泉さんのお見舞い、ってところ?」

 彼女はいつも通り・・・に見えたけど、なんとも読み取れない表情をしていた。

「・・・まぁ、な」

 俺はゆったりと、どこか慎重に答える。

 なんだろう。しっかりと肚の決まった感じだ。


「・・・ふふ、そんな真剣な表情でお見舞い?まるで今から告白しにいくみたいに見えるよ?」

 島村は相変わらずケラケラと笑う。

「・・・一応、告白する日は決めているんだけどな」

 …島村の手前、少し躊躇ったけど、俺はそう答えた。


 島村の表情は変わらないけれど、一瞬、目の奥の色が変わったような気がした。

 ・・・シンっと廊下に静けさが訪れる。

「・・・なるほど・・・」

 島村がゆっくりと口を開く。何かを恐れ、ためらうように。

 ・・・雰囲気だけで伝わる「何か」

「・・・それは、和泉さんのことが、好きってことでいいワケ?」

「・・・・・・・」

 笑顔でからかってくる島村。その仕草は少し、ぎこちないようにも…見えた。


 ・・・俺の言葉は島村を傷つけるのかもしれない。


 —―—―それでも—―—―


「ああ。俺、かおりのことが好きだからさ。」

 ・・・ずっとためらっていた想いを、言葉にする。


 言葉って不思議た。心の奥から今まで防いでいた感情が一気に湧き上がってくるのを感じた。


「・・・そっか・・・」

 島村は静かに呟いて、俺の方を見る。

「・・・じゃあ、ここから先に行くためには、私を倒してからにしてもらおうかなぁ?」

 冗談を飛ばして笑う島村。なるべく湿っぽくしたくない、そんな気持ちを島村から感じる。

 ・・・なら、せめて、それには乗ろうって思う。自分にできるせめてものことだから。

「・・・そいつは困ったな。どうやって、倒せばいいんだ?」

 俺も笑って訪ねる。島村はにぃ、っと上目遣いで、口角を上げる。

「・・・簡単♪今から私の言葉を聞いて、佐々木君の思うまま『正直に』答えればいいんだよ?」

 島村はそう言うと、島村は一瞬うつむいてから、スッと顔を上げた。

 外にあるアジサイが風に触れて揺れる。

 

「・・・私、佐々木君のこと好きなんだ。付き合ってくれない?」

 

 島村はヤッパリと、どこまでも凛としていた。整った眉と、意思を感じる瞳。

 ・・・告白されることなんて初めてで、わかっていても思わずドキっとした。


 ・・・島村は言った。先に進むためには、かおりに会いに行くためには、彼女の言葉に『正直に』答えろと。

 …島村も俺の気持ちは分かっているんだ。それでも、告白したのは、決着をつけたいから、なんだと思う。

 ・・・島村だって、十分にきれいな顔をしているし、男勝りなところもあるけど、すごく気遣いができて、優しいやつだ。

 他の男子でも人気がある方なんじゃないかと思う。

 ・・・何かのタイミングが違っていれば、あるいはそういう世界もあったのかもしれない。


 —―—―けれど・・・。


 島村に返事を返そう。正直に。・・・自分の決意と共に。

「サンキュ。でも、俺…島村とは付き合えない」

「・・・・・・」

「俺、かおりのことが好きだからさ」

 自分の気持ちと向き合う。改めて自分の思いを正直に言葉にする。

 ・・・・・

 しばらくの沈黙と、静かな時間。

「・・・見事だ、勇者よ。姫の所に向かうがよい♪」

 島村はそう言うとスッと一歩、横にずれて、手で保健室の方へと促した。

 一歩前に出て、島村の横に並ぶ。

「・・・ごめん」

「謝る必要なし。私が勝手に立ちはだかったこと。自分の行動の責任を佐々木君に押し付ける気はないよ」

 ・・・変わらない表情、ではあったけど『やせ我慢』ってヤツは隠しきれていなかった。

 ・・・島村みたいなヤツでも泣いたりするんだろうか?…なんて失礼なことを思ったりした。

「・・・六限目をサボってもうまく取り繕ってあげるけど、学校でちちくりあったらダメだかんね?」

「な!?」

 島村が笑う。ケラケラと。顔が赤くなっていた。

「好きな人に触ってもらったら胸って大きくなるらしいから、和泉さんが大きくなってたら絶対に佐々木君を疑うからね?」

「あ、あのなぁっ!」

「ふふ、冗談よ。いいからさっさと行きなさい♪」


 ビシっとした刺激が背中に走る。島村が俺の背中を叩いたからだ。


「・・・サンキュ」

「ハイハイ、楽しんでらっしゃい」


 顔を見合わせることなく言葉を交わす。島村は背中を見せたまま手を挙げて、それから俺が来た道をそのまま歩いて行った。

・・・・・・

 少しだけその様子を見てから、俺は前を向いた。 

 そして、好きな子がいる保健室へと歩き始めた―――――。


 ・・・・・・・・

 —————―———―—


 ・・・・・・・

 ・・・少し、眠っていたみたいだ。少しお腹の具合も良くなってきたみたいだ。

「あら、目が覚めたみたいね?気分はどう?」

 保健の篠原先生に声を掛けられる。

「あ、結構楽になりました」

「・・・そう、よかったわ。好きな人の為っていっても、無理しちゃダメよ?」


 ・・・!?篠原先生の言葉に思わず起き上がる。


「っ!?それ、誰が言ってたんです!?」

「武田先生からよ。さっき少し様子を見に来てくれた時にね」

「・・・そう、だったんですか・・」

「ええ。あなたがこうなった経緯を聞くためにね?…ほら、寝てなさい」


 先生に促されながらもう一度身体を横にする。

 全く、もぅ・・・武田先生・・・。


「ふふ、よかったじゃない?武田先生に助けてもらえて」

「・・・それは・・・はい・・」

 素直に返事をする。確かに自分の気持ちに気付けたのは武田先生のおかげだし・・


 そう思っていると、戸が開く音がした。

「・・・・あら!」

 篠原先生が扉の方を見て声を上げる。私の方からはカーテンがあって、誰が来たのかは見えない。

 ・・・?怪人でも来たのかな?

 篠原先生はその人の所へ向かうと、何やら少し話をして、私のところへ戻ってきた。

「・・・さて、和泉さん、あなたはもう少しゆっくりしていきなさい。」

「・・・へ?」

「ついでに私、少し外に出るわ。表は外出中の看板をかけておくから安心しなさい」

 ・・・突然の篠原先生の言葉に理解が追い付かない。体育で動かせないような怪我人でも出たのだろうか?

「・・・武田先生にお願いされているの。この子が来たら気を利かせるように、ってね?」

 篠原先生はそう言うと、ウィンクをしてその場を後にする。

  腑に落ちずにしていると、部屋が閉まる音がした。・・・本当に出ていったみたいだ。

 ・・・どういうこと?

 少し混乱していると、先ほど保健室を訪れたであろう生徒の気配がこちらに近づいてきて私に声をかけた。

「・・・よ、かおり♪」

「・・・・!」

 その声に思わず驚く。知っている声だったから。

 ——―—シュッと開くカーテン。そこには・・・私が好きな人—―—―。

 ・・・・冬弥の姿があった。


「・・・冬弥・・」

「・・・心配で見に来た。授業はサボる予定♪」

 そう言う彼の、少し照れた笑顔。私が目を丸くしていると冬弥はもう一歩、前に歩み寄って、近くの椅子にそっと腰をおろした。


 ・・・こんなのズルい。胸がじんじんして弾けそう。

 ・・・嬉しくって、口元がニヤけるのを止められないよ。


「…具合はどう?」

「・・・あ、うん…大分楽になった、かな?」

「そっか、よかった」

 私の返事を聞いて、冬弥はそっとはにかんだ。

 ・・・・・・・・・・

 静かに流れる時間。彼が傍にいることが嬉しすぎる。

「・・・随分と無茶したな、かおり?」

 冬弥が笑いながら聞いてくる。

「・・・もぅ・・誰のせいだと思ってんのさ?」

 ・・・恥ずかしくて、シーツを顔の半分まで隠して答える。

 そんな私を見て、冬弥は笑っている。…余裕そうでちょっと悔しい。


 ・・・いつもなら私の方が余裕があるのに。

 ・・・これも、好きって認めたから、かな?


 でも、なんとか、からかってやりたい。…そう思っていると、名案が思い付いた。…仲直りにも丁度いいかもしれない。

 

「ねぇ?一つ聞いてもいい?」

「・・・ん?」

「・・・やっぱり、冬弥は大きい方が好きなワケ??」

「!!あ、いや・・それは・・!」

 冬弥が途端に顔を赤くする。効果は抜群みたい。

「どうせ、島村さんと比べたら小さいですよ~私は」

 ・・・少し拗ねて膨れてみせる。…ワザと。


「その、ゴメン・・朝のこと・・いろいろ」

 冬弥が少しバツが悪そうに頭を掻きながら答える。ちょっと可愛いなって思った。


 ・・・意地悪はここまで、素直に私も謝ろう。


「・・・ううん、私こそ、ゴメン・・その、ちょっとムカってなったから」

 ・・・恥ずかしいけど正直に言おう。

「冬弥が、島村さんに・・・その、胸当てられてるの見て、嫉妬した。…ゴメン」

「・・・いや、俺の方こそ・・・」


「・・・・」

「・・・・」

 ・・・少しの沈黙が私たちを包む。少し照れくさくて。

 

「・・・なぁ?」

「ん?」

 

「二週間後の大会、見に来てくれないか?」

 冬弥はゆっくりと口を開いた。

「俺が走る理由はかおりだから。・・見ててほしいんだ。・・・今度の大会はかおりのために走るから」

 照れながら、でも真剣にそう言う冬弥。

 …その優しい瞳に見つめられて、吸い込まれる気がした。


 ・・・心がフワフワする。そんなの、絶対に観に行くにきまってんじゃん!!

 

「うん!応援しに行くよ!」

 私は、大きく頷く。冬弥は「サンキュ」っと笑顔を浮かべた。

「それと――――」

 それから彼はちょっと、照れた顔で言葉を続けた。

 ・・・それは、思わぬ予兆を含む言葉だった。


「大会が終わったら…俺、かおりに伝えたいことがあるんだ」


 ・・・・胸が跳ね上がった。・・・それって――――。


「そいつも・・聞いてほしい」

 真剣にそう言う冬弥。顔が赤くなっている。


 ・・・私は彼をしっかり見つめて、それからゆっくり頷いた。

「うん…約束するよ」

 ・・・・・・・

 ・・・お互いに見つめ合う。

 ・・・・保健室の窓から、ふわっと優しい風が吹き込んで、さぁっ、という音が鼓膜に入る。・・・今、ここに私と彼だけがいる。それをすごく実感する。


「・・・かおり」

「ん?」

 穏やかな午後の日差し。彼は私の名前を呼ぶと、そっと頬を寄せてきた。

 その意味は…

 ・・・・チーク・キス。私と彼と、親愛の証の――—―


 私もそれに応じる。・・・頬を彼の方に寄せる。

 ――――けど・・・・—―——―

 ・・・・・!

 ・・・次の瞬間、いつもとは違う感触が頬に触れた。

 頬よりも少し柔らかくて、弾力がある感覚。


 ・・・・彼の唇が、私の頬に触れていた。


「・・・少し、バージョンアップってことで」


 ぽかん、としている私を、赤い顔で見つめる冬弥。

 心臓の音が身体を通して鼓膜で響いているような気さえする。

 

  ・・・爆発しそう!

 

「・・・もぅ・・突然なんだから・・・!」

 恥ずかしくって、うつむきながら答える私。

「はは、ごめん・・」

 冬弥も謝りながら、上目遣いで恥ずかしそうにしている。そして…

「・・・で、できれば、かおりからもしてほしいんだけど…?」

 目線を逸らし、頭を掻いてそう言ってきた。


 ・・・もぅ!好きな人にそんなこと言われたら・・・止められないよ。


「・・・応援してるよ、冬弥」

 そう言って、私も彼の頬にそっとキスをする。

 彼との縮まる距離、どきどきする胸。浅くなる呼吸。

 ・・・今日は・・眠れないかもしれない。

「へへ・・・」

 冬弥が笑う。私もつられて笑う。写し鏡のように。


「・・・あ、そうだ・・・冬弥」

「・・・ん??」


 一つ思ったことがあるんだ。ちょっと・・恥ずかしいけど、勇気を出す。


「・・・朝の島村さんの感触、忘れて」

「へ!?かおり!?!?」

 戸惑う冬弥。私は思い切って彼の二の腕にぎゅっ、とくっついた。

 ・・・その、今朝の島村さんのように。胸を彼に当てて。


 ・・・恥ずかしくて火が出そう。でも、なんかあのままはイヤだから。

 彼の肩に額をつけて、顔を隠す。


「・・・ちゃんと上書きしておいて!・・・その…これから島村さんの胸、妄想したらダメだから!」

「・・・あ・・えっと・・!」

「わかった!?」

 思わず声が大きくなる。

「・・・わ、わかった!しないって!!」

 冬弥の返事。それを聞いて、すっと、しがみついた身体を離す。

 目は合わせられそうにない。

 ・・・・

「・・・そうだ、その島村なんだけどさ・・」

「・・・へ、何かあったの!?」

 冬弥の言葉に思わず反応する。別の意味で心がドキっとする。


「さっき、告白された。」

「!?」


 頭の中がパニックになる。何それ!!


「心配そうな顔すんなよ。断ったって。だからここにいるんだろ」


 冬弥の声に一気に冷静になる。

 ・・・そう、だったんだ・・・。

 ・・・島村さん・・・・。


 まさか、今日決着がつくとは思っていなかった・・な。


 ・・・そこまで思ってから自分の態度、そして冬弥の言葉にハッとする。

「・・・私、別に心配なんてしてないもん・・」

「嘘つけ」

 冬弥が笑う。・・・もぅ!

「…嘘じゃないもん。冬弥は私のところに来てくれるって思ってたから!」

 そっぽを向いてそう言った。…タコだって、こんなに赤い顔はしてないはずだ。

「・・・・そっか」

「・・そうだよ、バカ」

 冬弥が笑って、私も笑う。・・・お互いに赤い顔で、目を合わせて。


「・・・・大会、楽しみにしてるよ。カッコいいところ、見せてね?」

「ああ!」

 冬弥は力強くうなずいた。その姿は力強くて、かっこよくて・・・。

 ずっと、二人でここにいたい、ってそう思った。


「あ、かおり・・・」

「??」

 冬弥がにぃ、っと笑う。それを見て直感する。

 ・・・これ、私が冬弥をからかう時の表情と同じ・・・。


「さっきの話。上書きはされたんだけど、かおりのなら、妄想してもいいってこと?」

「~~!!!」

 今度こそ火がでる。・・・そう思った。

「もぅ!!バカ、エッチ!!!」

 軽く彼の背中を叩く。冬弥はへへ、っと笑っていた。


 ・・・最後に一本取られた。もぅ!


 ・・・・・・・・・・

 ・・・それから結局、六限目は二人して、ここでバカをして過ごした・・・


 ・・・この二人でいる空間が、嬉しくて、楽しくて・・どきどきして。

 私たちはからかい合って、笑い合った。朝のいざこざが嘘のように。


  放課後はいつも通り、彼を応援するために図書室に向かった。その時に、島村さんにも会った。・・・彼女からは「応援してる」とだけ言われた。


 ・・・図書室のいつもの場所に腰を下ろすと、窓のすぐ傍でアジサイの花が揺れているのが目についた。…大会まであと2週間。その日が待ち遠しくてたまらない。


 グラウンドで走る彼を見つめる。冬弥は相変わらず全力で走っていた。

 

 ――――私は、冬弥のことが好き—―—―

 

 私は彼を見ながら、もう一度、自分に向けてそうつぶやいた。

 ―――――――――――――・・・・・・

 

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