第13話 気づき始めた心

「・・・佐々木くん?」

「・・・島村」

 呼ばれて振り返った先にいたのは島村だった。


 どう反応したらいいのか、わからない。


 なんとも言えない気まずさというか、バツの悪さみたいなモノが胸を襲ってきた。


 ・・・多分、かおりも同じ気持ちだったんじゃないかと思う。

 そっと横目で彼女を見た時、珍しく困ったような表情をしていたから。

 

「偶然だね?こんなところで会うなんて!和泉さんも♪」

 島村は笑顔でこちらに歩み寄ってきた。

「・・・あ、ああ・・そうだな」

 ぎこちなく、言葉を返す。


 島村はあっけらかんとした様子で、それはまるで、何事も無かったかのようだ。


 ・・その様子を見て、少し気が抜けたというか・・・ホッっとしている自分に気づく。


 ・・・見られなかったのか・・・?


 そんな安直な思いが胸を走る。


 暗がりだし、島村の方からは、俺の背中がかおりを隠す形になる。・・ひょっとしたら、俺が何をしようとしていたのか、気づかなかったのかもしれない。


 ・・・自分でも都合のいい解釈だと思う。


 胸のドキドキはまだ止まらないけど、俺はなんとかいつも通りの表情を浮かべる。


「島村・・・買い物、か?」

 ・・・間抜けな質問。状況を考えれば至極当然なのに。


「まぁね♪佐々木くんと和泉さんは?・・・ひょっとしてデートぉ~?」

 

 島村が『面白いところ見ちゃった!』と、茶化すように聞いてくる。それは、いつも通りの口調。


 ・・・なのに、俺の心音は激しくなるばかりだ。

 

 一瞬、言葉に詰まる俺。すると、かおりが上手く島村の言葉に答えてくれた。

「佐々木くん、うちの整体院に通ってるんだよ。今はその帰り道ってところ。」

 そう答えるかおりも、いつも通りの表情になっている。


 なるほど・・・決して間違いじゃあない。


 最適解だ。今の俺とかおりの関係を島村に説明するには、少しややこしすぎるから。

 

 島村はそれを聞いて「そうなんだ!」と両手を合わせながら頷いた。

「へぇ!佐々木くんの通っている所が・・それで一緒に買い物??」

「うん♪佐々木くん、丁度帰るところだったし、私もコンビニまで用事があったからさ」


 かおりの言葉に嘘は無い。全てを語らないだけ。

 ・・・俺と言えば、いつも通りの表情を保つことしかできなかった。


「・・・なるほどぉ、佐々木くん、ナイト様をしていたわけだ?」

 ・・・笑って俺の方を見る島村。・・・彼女の素振りからは何を何処まで、どう思っているのかは読み取れない。

 

「うちの父さんの命令なの。『コンビニまでは送れ』って。万が一、私に何かあったら治療受けさせない、って佐々木くん、言われちゃってさ♪」


 かおりが笑う。これは事実とは少し違うけど、そんなことは些末な問題だった。


 俺はこの状況に言葉を発することができなかった。・・・なんだか、何もしない方がいいような気さえしていた。


「いいじゃな~い!私なんか、だーれも気にしてくれやしないんだから!・・・全く、和泉さんの真似でもしてみたらいいのかなぁ~?」


 大袈裟に残念がる島村。・・・思わず聞き返しそうになる。


 ・・・島村がかおりの真似?


 ・・・想像つかないな、って思ったけど、藪蛇な気がして黙っておいた。


「・・・そっかなぁ~?中里くんとか守ってくれそうな気がするよ?島村さん、仲いいじゃん?」


 かおりの言葉。それ聞いた島村は一旦、キョトンと目を丸くする。それから、ひときわ大げさに笑って手を横に振った。

「あっはは!ないない!あいつがナイトってのは無理がありすぎるよ!」

 

 その様子を見て、俺も思わず吹き出した。

 ・・・確かに。中里がナイトを名乗るとしたら騎士団の名誉に関わるぜ。


 島村と俺の様子を見たかおりは『中里くん、可哀そうだなぁ~』と続けて笑った。

 

 ・・・気づけば、なんとなく和やかな雰囲気が漂っていた。


 かおりと島村、女子同士でうまく事態を納めたのか、あるいは、男にはわからぬ機微なやり取りが生じていたのかは分からないけど。


 ・・・が、とりあえずの収拾はついたようだった。

 

「ま、佐々木くんも、あんまり和泉さんをいつまでも引き留めてたらダメだよ?私と違って、大切にされているんだからね?」

「あ、ああ・・・」

 思わず返事をする。・・・確かに、あんまり遅くなってもいけないのは、事実だった。


 ・・・最も、俺の本音は一刻も早く、この場をやり過ごしたかったんだと思うけど。


「心配ご無用♪こう見えても、お父さん私に甘いんだよ♪」

 へへっと笑うかおり。島村も笑って返す。

「はは、でも佐々木くんが困るかもよ?『うちの娘を遅くまでつれ回す男認定』されちゃってさ?」


 島村の冗談に、苦笑いしか返せない俺。かおりが肩をすくめて同調する。


「・・・なるほど確かに♪んじゃ、佐々木くんが困らない様に帰るとするかな?」

 かおりがにぃ、っとからかうように俺を見てくる。

 ・・・それは彼女からの合図だった。


 ・・・ここが逃げるチャンスであることが、かおりの瞳から発せられていた。


 そのメッセージをキャッチした俺は、直ぐに体勢を整える。


「・・・んじゃ、俺も行くよ。二人とも気をつけてな」

 かおりの作ってくれた雰囲気に便乗する。


「・・・あら、私にも『気を付けて』なんて言ってくれるの?」

 ・・・おどける島村。

「そりゃ・・そうだろ。うちのマネージャーになんかあったら困る」

 そう返す。それこそ嘘はない。


「・・・・へぇ?」

 島村がどこか静かに俺の方をじっと見る。


 ・・・な、なんだよ・・・


 俺が反応に困っていると、島村はぷっと吹き出して笑った。

「ま、たまには悪くないね!・・・佐々木くんも、ゆっくり休みなよ?・・遅くまでゲームなんかせずにね?」


「あ、それは言えてるね~!」

 ・・・島村の言葉にかおりも一緒になって笑う。


「わ、わかってるって!」


「ふふ・・ならいいけどね。・・・じゃ、佐々木くんも、和泉さんも明日ね!」

 島村はそう言って手をあげると、コンビニの中へと入っていく。

「おう、またな」

「うん、また明日♪」

 俺とかおりもその様子に手を振って答えた。


 ・・・・・・・・

 島村を見送ってから、かおりが俺の方を見る。

「んじゃ、私も帰るね。また明日♪」

「ああ、また明日な」

 お互いに小さく頷いた。・・・そう、小さく。

 それから、かおりは俺にウィンクをひとつして、来た道を歩いていった。


 ・・・・・・・・・・

 俺もそのまま足早に家に向かった。

 ・・・このコンビニ前のやり取り。時間にして5分程だったと思うけど、ものすごく長く感じた。


 気づけば喉は乾いていたし、緊張は解けたのに、心音は高く、手足の先がまだぴりぴりしていた。


 帰り道の途中、かおりからLINEが届く。


【家についたよ~!『遅くまで連れ回す男認定』はされてないみたいよ♪よかったね~?(*´艸`*)】


 ・・・画面を見て、思わずにやけそうになってしまった。


 ・・・ったく!


 足を止めて返事を送る。

【そいつは何より。俺はもう少しで家につくよ】

 すぐに既読が付いて、かおりから返事がきた。

【そっか♪気を付けてね】

【了解、ついたらまた連絡する】

【うん♪待ってる】

 ・・・・

 それから10分程して家に到着し、無事についたことをLINEでかおりに知らせた。

 その後、かおりも俺も勉強はしなきゃいけなかったし、俺は身体を整えるストレッチもあった。


 だから、お互いに寝る前に少しだけLINEでやり取りをした。


 ・・・LINEの中でも、今日島村に会ったことや・・・俺がしようとしたことには・・・触れなかった。・・・お互いに。


 ・・・全てのタスクを終えた後、俺はベットに倒れこんだ。

 やることはしたけど、集中できていたかは怪しい所だ。

 

 何かしていないと・・いや、仮に何かをしていてもひっきりなしに頭に思い浮かぶ光景・・・。もちっとした肌に吸い込まれそうな瞳、潤う唇・・・。


 ・・・今日あったことに思いを馳せながら、目を閉じる。

 ・・・やっぱり、目前まで迫ったかおりの唇が瞼の裏から浮かんできたのだった・・・。


―――――――――――――――


 ・・・・・・

 夢を・・・見ていた。

 彼の唇が私の唇と触れる夢。


 頭は何も考えられなくて・・・不思議な感覚だった。


 ・・・何って、言うのかな・・・


 『あ・・・今なんだ』って、どこか他人事のように、ありのままを受け入れてる感覚。

 それでいで、唇を合わせた瞬間(夢の中だけど)、心臓がキューっとなって、頭が真っ白になって…

 ・・それから、ぼーっと、ある思いが浮かんできた。


『これから私と冬弥の関係ってどうなるんだろう?』


 ・・・って―――――――――。


「・・・ん」 

 ふと目が覚めて外を眺める。外はまだ真っ暗で、田んぼからは、相変わらずかえるの鳴き声が聞こえてくる。

 スマホの光量を落として時間を確認する。

「1時か・・・」

 スマホを放り投げてふぅ、とため息をつく。


 変な時間に目が覚めちゃったな・・。

 

 ・・・原因はわかってる。・・・言葉にする必要すらないよ、もぅ。


 ・・夢にだって現れてるんだから。


 ・・・窓を開けて頭を冷やす。少し、ひんやりとした空気が身体を包んだ。


 ・・・家に帰ってきてきてからは、平常心を保つのに精一杯だった。時間が経つにつれ、ニヤニヤしたり、ハラハラしたり、ちょっと悔しかったり…。


 気持ちがあっちこっちにせわしなく動き回わってるんだもん。

 

 お父さんは気付かなかったと思うけど、お母さんはニヤニヤして意味深なこと聞いて来るしさぁ。


 ・・・・・・・・

 あの瞬間。彼の唇が目の前まできた時のことが頭に浮かぶ。


 ・・・思い出すだけで、心音が大きくなる。


 ・・・冬弥が何をしようとしていたのか。

 ・・・それが分からないほど子供じゃないよ。


 ・・・でも、それって・・つまり―――


 それから先、私達の関係はどう変化するんだろう?

 キスをしたら、それは恋人でいいの?

 付き合ってる、って言っていいの?

 私の想いは『好き』ってことでいいの?


 ・・・・・・・・

 ・・・いろんな思いがごちゃ混ぜになってオーバーヒートしそうになる。


 ・・・今日の武田先生との会話が脳裏に浮かぶ。

  

   『気持ちを認める決意の瞬間』・・・・

 

 あの瞬間、私はその決意が出来ていたんじゃないの?

 自分の気持ちが恋だって、しっかり認めたんじゃないの?

 だから、キスを受け入れようとしたんじゃないの??


 ・・・冬弥とそうなれたら・・・付き合えたら…きっとメチャクチャ嬉しいって思う。


 ・・・なのに、認められない。


 今の関係が変わることへの希望と怖さがごちゃ混ぜになって、気持ちの針が小刻みに進んだり、戻ったりしてるの・・・!


 そんな、私に心の声がささやいてくる。


『彼のこと『好き』なんでしょ?もう認めなさいよ?』

 ・・・って。

 それは、無視をするには、無理のある声。


 ・・・・・・・

 ・・・そりゃ、認めちゃえば、スッキリするんだと思う。


 でも、それを認めちゃうと、今までなんとか支えてきた理性とか、タガみたいなものが外れて、感情の土石流が一気に噴き出してしまうような気がする。

 ・・・そして、そうなったら、絶対に止められない。


 ・・・それも怖い。


 そのクセに、今日の島村さんとのやり取りじゃ、今の私たちはやっぱりまだ、運命の『友達』なんだって、モヤモヤしてる。

 

 ・・・そりゃそうだよ。だって、付き合ってないもん。それは事実だもん・・・。


 ・・・ここまで思っているのに、踏み出す勇気が無いことも情けない。


 ・・・・・・・・

 ・・・・全く、本当に上がったり、下がったり、だね?


 明日、どんな顔で冬弥に会おうかな・・・。

 

 次の瞬間、彼の顔が浮かんできた。・・・心がじんじんして、『んっ~~っ!』ってなる。

 思わず、そのままキュッと枕を握って小さく足をバタバタさせる。


 ・・・・・・

 

 ・・・どうやら私、もうそろそろ今の関係のままじゃいられないみたい。

 ・・・気持ちをちゃんと受け入れて自分から進まないと、いけないのかも。


「・・・冬弥」


 ・・・彼の名前を呼び、窓から空を見上げる。

夜空には丁度、夏の大三角が綺麗に輝いていた―――――。

 

 —————————―――――

 ・・・・・・・・・・

 ・・・・かおりに名前を呼ばれた気がして、俺はゆっくりと目を開けた。…枕元にあるアナログ時計にライトをつけてみると時刻は午前1時を過ぎたところだった。


 …妙な時間に目が覚めちまったな・・・。


 外を見ると白鳥座・こと座・わし座の夏を象徴する星座たちが大三角を描いている。


 ・・・寝ぼけた頭に今日の出来事が浮かぶ。


 目前まで迫ったかおりの唇のことを。

 

 ・・・俺はズルいのかもしれない。

 

 ・・・言葉では伝えず、キスをすることで先に進もうなんて!

 ・・・それをするなら、しっかりと認めろよ!伝えろよ!?自分の気持ちをッ!!


 この気持ちの正体なんて、もう明らかじゃないか!


 ・・・【運命の友達】・・・

 その特別で大切な関係が・・・

 前に進むことを拒んでいる??


 ・・・いや、違うッ!

 俺がその口あたりのいい関係に甘えているんだ。


 ・・・全く、意気地無しだよな。


 ・・・かおりはどうなることを望んでいるんだろう?

 ・・・俺の事をどう思っているんだろう?


 そんな風に考える俺に、心の声が棘を差してくる。そのズキズキする声は大きくなるばかりだ。


『お前はかおりとどうなりたいんだ?』

『・・・いつまで自分の気持ちを誤魔化すんだ?』

『今日の行動が全てだろう?』

 ・・・・っと。


 ・・・・わかってる!とっくに!!

 ・・・・自分の思いも、情けなさも、勇気のなさも!!

 

・・・『運命の友達』その特別な心地よさから、一歩を踏み出す勇気・・・。そいつがほしいと思った――――。


「・・・かおり・・」


 ・・・彼女の名を呼ぶと、自分がいつまでも甘えてちゃいけないような・・そんな気がしてきた。


 ・・・・・・・・・・・

 限界値一杯まで何かが貯まっている感覚。

 ・・・想いを堰き止めている、最後のタガも、あと少しで外れようとしていた――――――。


 ―――――――――――

 ・・・この時の俺はまだ知らない。今日の一件で、また事態が大きく動きだしていたことを―――――――――――。

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