第12話 露見
「さて、っと」
練習後の水を浴び終えた俺は、手早く荷物を片付ける。
今日もいつも通りにかおりと待ち合わせだ。
…浮かれて忘れ物、しないようにしないとなぁ。
・・・そんな風に荷物の整理をしていると、後ろから声を掛けられた。
「・・・佐々木くん、今帰り?」
「・・・島村!・・・まぁな♪」
振り向くと島村が立っていた。相変わらずキュっと、まとめたポニーテール姿がどこか凛々しく見える。・・・どうやら彼女は用具の片付けを終えたところのようだ。
「練習再開から一ヶ月たったね?調子はどう?」
「お陰さまで、やっと少しは様になってきたよ」
島村のフランクな言葉に俺は笑顔で答える。
・・最近、タイムの伸びはいい。
ちょっとずつ前に進んでいる自信もある。
「佐々木君、よくあのメニューについていけるよね?見てるこっちまで吐きそうになるよ」
「ま、自分でも驚いている。根性だけなら以前よりついたかもしれない」
「それはそうかも!」
島村は『なるほど、同感!』と頷く。
「おいおい、そこはタイムも速くなったっと言ってくれよなぁ!」
「そりゃ、本当に昔のタイムに追い付いたらね♪」
・・・島村のごもっともな言葉。思わず笑う。お互いに。
・・・そりゃあ・・そうだよなぁ。
「ま、確かに復帰後よりもタイムは伸びているし、スゴいよ、佐々木くんは」
島村が笑いながら一応のフォローを入れてくれる。
「・・・俺一人の力じゃあ無いけどな」
島村の言葉にそう返す。周囲の協力があってこそのことだから。
・・・先生や部員のみんなに、中里や島村。
・・・・そして・・・。
頭の中に浮かぶ、大きな瞳とロングの髪の毛。
「ふふ、何かあったら言ってよね。マネージャーとして手伝えることはするよ♪」
「・・・おう♪そん時は頼むよ」
・・・頼もしい限りだなぁ。
・・・ふと時計を見る。・・・そろそろ行かないとな。今日はかおりと他に行くところもあるし。
「んじゃ、そろそろ行くよ。またな島村」
「・・えぇ?もう行っちゃうの?」
リュックを担ぐ俺に、島村は残念そうな声をあげた。
「・・・佐々木くん、復帰してからさ、帰りは足早だよね?」
「・・え、そ、そうかな・・?」
・・・一瞬、どきっとする。
島村はじっ、と俺の方を見てくる。
「そうだよ。昔なら私や中里と遅くまでバカなことしてたのにさぁ?」
・・・少し不満そうな島村の表情。
・・・俺とかおりのことは、島村や中里にも内緒にしていた。だから俺が練習後に何をしているかは、島村は知らない。
・・・どう言えばいいのか、言葉を探していると、タイミングよく中里がひょっこりと姿を現した。
「そう、がっつくなよ島村?冬弥だって復帰して、まだ一ヶ月。加えてこの練習量・・これ以上負荷をかけさせる訳にはいかねぇだろ?」
中里がなだめるように島村に言葉をかけた。
・・・こいつ、いつも本当にいいタイミングだよな・・・。
「そりゃ、そうだけど・・・ってか、私、別にがっついているワケじゃ・・」
「なら、行かせてやれって。それに冬弥、確か今日は整体院にも行くんだろ?」
「あ、ああ・・・まぁな」
中里の促しに頷く。
「・・・え!そうだったんだ・・ごめん・・佐々木君・・・」
「あ、いや・・・島村が謝る事じゃないって。俺の方こそ悪いな」
俺は、申し訳なさそうな表情をする島村に思わずフォローを入れた。
そしたら、中里が一瞬、意味ありげな目線を俺に送ってきた。
「・・ま、そういうこった。冬弥、家に帰ってからも『いろいろ』やることあるんだろ?」
・・・中里の言葉に含みを感じる。
「そりゃ、まぁ、な。」
俺は言葉を濁して答えた。
「・・・そっか・・・悔しいけど中里の言うことも一理あるね・・・」
島村は少し残念そうだけど、納得してくれたようだ。
薄々感づいている中里とは違い、島村は多分「いろいろ」の部分をトレーニングとか、ストレッチだと思ってる。
・・・かおりと一緒にいることが、俺にとって、最大の原動力であることは間違いない。
・・・ただ、島村に全てを話さないことに、少しだけ後ろめたさを感じた。
「・・・わりぃな、島村・・・」
「ううん、佐々木くんが戻ってきてくれただけでも嬉しいからさ。・・・走り続けることが一番だもんね!」
島村は肩をすくめて笑ってくれた。俺も笑って返した。
・・・硬い笑顔になっていたかもしれない。
そんな俺たちの様子を見て、中里が茶々を入れる。
「ま、そういうこった。…島村が冬弥にご執心なのもわかるけどな♪」
・・・中里め、また島村に冷たくあしらわれたいのか。マゾかよ?
そう思って、俺は呆れた目線を中里に向ける・・・が・・。
「・・・中里!アンタねぇっ!!」
島村はとっさに声を荒げ、キッっと中里の方を睨む。
結構な声の強さに思わず驚いてしまった。
・・・島村?あれ・・・いつもと反応が違うような・・・。
「オイオイ、そんな風に声を荒げたら、肯定だと思われるぞ?」
「~~~ッ!!」
中里は相変わらず余裕そうな表情で答え、島村は苦虫を噛み潰したような表情で顔を中里から背けた。
・・・珍しいな、中里の方が一本を取る形なんて。それに、島村の様子もちょっといつもとは違う気がする。
「さて、冬弥。のんびりもしてられないんだろ??はよ行け、また明日な!」
「あ、ああ・・・」
戸惑いが残る中を、俺は半ば促されるまま玄関に向かう。
「あ・・!またね、佐々木君!」
慌てて島村が手を振ってきた。
俺は少し距離が開いた状態で「ああ、またな!」と言って二人に手を振る。
・・・そして、待ち合わせの玄関へと向かった。
・・・俺はかおりに夢中で、いろいろと気付かなかったみたいなんだ。
そのちょっとした変化に気づいたのはもう少し後になってからのことだった。
・・・・—————――――
・・・・・
・・・俺が玄関に来ると、それに気付いたかおりは大きく手を振ってくれた。
「おかえり♪冬弥♪♪」
「ああ、サンキュ♪」
笑顔で迎えてくれるかおり。お互いに手を掲げてハイタッチをする。
・・・最近の俺たちの挨拶だ。
「今日、中々動きよかったんじゃない?」
「・・・ああ!本当によく身体が動いたよ」
「ふふ、誰のお陰かなぁ~??」
かおりがにぃ~っと笑ってくる。
「かおりのドリンク・・それからかおりの親父さんの整体の力だよ」
「よろしい♪ハイ、ドリンク」
かおりはそう言うと、いつもの赤い魔法瓶を差し出してくれた。俺は笑顔でそれを受けとる。
「感謝♪頂きます!」
早速喉を潤す。あの爽やかな甘酸っぱさが炭酸と共に喉を通り抜ける。・・全身にエネルギーが回っていく。栄養が満ち足りていくのがわかる。
味わいながら、飲み干して魔法瓶の蓋を閉じる。
「サンキュ、ごちそうさん!うまかった!」
「お粗末様♪・・・本当にいい飲みっぷりだよねぇ?」
「この一杯の為に生きてる~!!って感じだな!」
「ちょっと、オジサンっぽいよ~その言い方?」
かおりが魔法瓶を受け取って片付ける。少し呆れたような言い方だったけど、嬉しそうだった。
「さ、いこっか?」
「ああ!」
彼女の声にしっかりと返事をする。そして、やっぱりいつもみたいに歩調を合わせて歩きだす。
ただし、今日向かうのは公園じゃなくて、さっきも話していた整体院。
・・・それも、少し特別な。
「しかし・・かおりの親父さん、本当にスゲェよなぁ・・」
思わず呟く。
「ふふ♪でしょ?冬弥の問題点もすぐに見つけちゃったもんね?」
かおりが少し鼻高々に笑う。
・・・どう言うことかというと、俺が通っている整体院は、かおりの親父さんが院長を務めているのである。
…実はかおりの親父さんは結構有名らしく、俺の不調を知ったかおりが親父さんに話を付けてくれた、というワケだ。
最初、整体って馴染みが無くて眉唾に思っていたんだけど、かおりの親父さんの腕は確かだった。身体の歪みを直す、ということらしいんだけど・・・確かに施術を受ける前と後で、随分と身体の調子は違っていた。
「・・ふふ、もしも冬弥が今度の大会で優勝した時には、ちゃんと、うちの整体院の名前を出すんだよ?・・・私の小遣いにも影響があるから♪」
かおりが笑う。
「・・・ハイハイ♪わかりましたとも♪」
「フフ・・その時はよろしくね♪」
なんて、二人して笑いあって歩みを進める。
・・・着実にいろいろと進んでいる感覚。
走ることも・・・その、かおりとのことも。
・・・次の瞬間、ふと、偶然に俺とかおりの手が触れた。指先をかすめるように。
それは俺の心にある種の想いをかき立てる。
―――何かのきっかけさえあれば、手を繋げてしまえそうな距離だ―――
・・・そう、思った。
・・・それは、俺と彼女の、もどかしくて、楽しくて、弾けるような距離間にも似ていた。
・・・なんだろう?むくむくと起き上がる、このじれったい気持ち。脳が、彼女と手を繋ぐ理由を探し始める。
「・・・なぁ、走ろっか?かおり??」
「・・へ?・・・えっ!!」
突拍子のない俺の言葉に驚くかおり。
俺はおかまいなしに彼女の手を握り、進む速度を駆け足にテンポアップする。
「ちょ、冬弥ぁっ!?」
「かおりの親父さんのところ、遅くなったら悪いだろ?」
俺は横目でかおりにそう言った。
・・・なんて言い訳だろう。と自分でも思った。
「・・・・・」
最初慌てたかおりも、何かを察したのか、直ぐにテンポを合わせてくれた。そして、二人で足早に道を駆けていく。
「・・・もぅ!いきなり驚くでしょ!」
「いいじゃんか!なんか、急に走りたくなったんだよ!」
わざと明るく、おどけてみせる俺。
かおりは『ふぅん?』と言って、にやりと笑う。
「二人で走りたく??突然~??」
「そう!突然、二人で!」
笑いながら走る。・・・手を繋いだまま。
「・・・他には?」
かおりがにやにやしながら聞いてくる。本当の理由を。
「・・・さぁ?想像に任せるよ!」
・・・そう答える。全て見抜かれてるのも承知の上で。
「ふふ、そっか♪」
「ああ!」
かおりが繋いでいる手にそっと力を入れてくる。・・・俺もそっとそれに応える。
「よし、このまま行こうぜ!」
「うん!!」
二人で顔を見合わせてから、俺と彼女は少し日が長くなった夕暮れの中を一緒に駆け抜けていった。
・・・繋いだ手に、お互いの言葉にならない何か、を伝えるようにして―――。
――――――・・・・・・
【整体院・診療室にて】
あれから、整体院についた俺たちは、そっと手を離して中に入った。その瞬間、改めて何かを意識した。…きっと、お互いに。
・・・・・・・・・
・・・・そして、今、俺は診察室で施術を受けていた。
かおりの口利きでいつも診察時間が終わってから特別に受けさせてもらっている。
その間、かおりは待合室で時間をつぶしている。
―――――‥
「・・・フム・・左右差はかなりなくなったようだね」
「そうですか・・」
先生・・・つまりかおりの親父さんの言葉に、俺は診察台の上で答える。
「ああ。最初の頃と比べると背骨、骨盤の歪みが消えているよ。最近、タイムも比較的伸びているんじゃないかね?」
「・・・そうですね・・身体も滑らかに動いてくれてる気がします」
おべっかではなく、本当のことだ。スゴくスムーズに動いてくれている。
先生…つまり、かおりの親父さんに診てもらい判明したことがいくつかある。
・・・まず、事故後の俺の身体は背骨やら骨盤やらが随分と歪んでいたらしい。
・・・とは言っても、事故の衝撃でそうなったのではなく、事故で怪我をした部位を、知らず知らずの内に庇っていたせいで、姿勢が随分と悪くなっていた、とのことだ。
・・・骨のバランスが崩れれば、身体の連動は上手く繋がらず、全身のパワーが走ることに活かされない。
更に、そんな姿勢のまま強引に行ったトレーニングは余計な筋力差を産み出してしまっていたようだ。そしてそれは、不要な筋力の強張りや力み、更なる全身の歪みに繋がって・・・という悪い連鎖が発生していたとのこと。
・・・そこで、身体の歪みを矯正することになったワケだ。
一度歪んだ身体は、その姿勢がデフォルトになりやすいらしく、日頃の姿勢改善やストレッチなんかも教えてもらい、取り組むようにもしていた。
ここで身体の歪みを矯正してもらってから、確かに身体全体が連動して、ギアが噛み合ったような気がしている。・・・もちろん、気持ちだけじゃなくて、はっきりとタイムという形でも現れている。
「・・・ふむ、ちゃんと体操もしているようだね。筋肉の張りも抜けているよ」
先生が背骨に沿って身体のチェックをしていく。
確かに一カ月前よりも身体の柔らかさが均等になっているのがわかる。
・・・骨の次は筋肉。無駄や偏りのない身体作り。どうにも、かおりの親父さんは古武術なんかもやっているらしく、うまい脱力の仕方や、効率のよい力の連動の仕方もやたらと詳しかった。
これもまた、確かに実践するといくつかは自分の感覚にフィットするものもあった。・・・多分、身体に関係することを沢山勉強しているんだろうな、と思った。
・・・一通りの施術が終わり、俺は身体を起こす。
「・・いつもありがとうございます。それも診療の時間外に・・」
感謝の思いを込めて頭を下げる。
「なぁに、かおりから事情は聞いているからね。若人が決意も新たに復活しようとしているんだ。手助けするのは大人の役目だよ」
かおりの親父さんはそう言って笑う。
「わたしも、闘う娘を持つ親だからね。・・・君のおかげでうちの娘も頑張っているようだしな」
・・・と付け加えて。
「・・・ありがとうございます。頑張ります」
先生の言葉に恐縮してもう一度、頭を下げる。その恐縮の深い意味は考えずに。
「あ、お父さん、冬弥の治療、終わった??」
次の瞬間、タイミングを計ったかのように待合室からかおりがひょっこりと顔を出す。
「ああ、かおり。これで今日の診察は終わりだよ」
「OK!・・・じゃあ冬弥をそこまで送っていくね♪」
「あまり遅くまで冬弥くんをひっぱるんじゃないぞ、かおり?」
「ハイハイ、コンビニにちょっと寄るついでだよ♪」
先生はヤレヤレという感じでかおりに小言を言い、かおりはいつも通り笑って返す。
「うん、では冬弥君、またな。しっかりと練習の疲れも抜いておくんだよ」
「はい!」
しっかりと返事をする。立ち上がってみると、全身が油を差されたように滑らかに動いた。
「さ、いこ!冬弥♪」
かおりに促されるまま、診察室を後にする。もう一度、しっかりとかおりの親父さんに頭を下げた。
・・・それから、俺たちは整体院から歩いて5分程のところにあるコンビニまで歩いていった。
・・・身体は軽かったし、かおりと話すこともやっぱり楽しかった。
「そういえば、かおり今週末、また検診だっけ?」
コンビニに向かう道中、彼女の予定を思い出して訪ねる。辺りは暗くなっていたけど、街灯や周囲のお店の灯りでそれほど難儀はしない。
「うん!前回も調子がよかったから、このまま順調にいってくれたらいいな♪」
かおりがご機嫌で答える。連休後の検診ではいい方向に向かっていると聞いた。連休中に見たような発作も起きてはいないようだ。
「・・・よっかたな、本当に」
「・・・それは誰かさんのおかげだね♪なんか、一緒にいると調子がいいんだよねぇ?」
かおりがにぃ、と笑う。・・・思わず飛び跳ねそうになる。『誰かさん』の正体…もちろん俺のことだから。
「ねぇ、お父さんといつもどんなこと話してるの?」
「へ?」
かおりの突然の質問。彼女の表情を見てピンとくる。この笑顔・・・からかうつもりか。
「身体のストレッチとか、姿勢のこととか。たまに部活の内容とかかな?なんかあった?」
平常心を装って彼女に聞き返す。心の構えを取る。何でも来い。・・・受けて立つ!
「・・・ふぅん?」
「なんかあったか?」
そっと、慎重に話を続ける。かおりはあっけらかんとそれに応えてくる。
「・・いや、よかったなぁ、って」
「よかった???」
思わず聞き返す。・・・なんだ?
「いやさぁ?父親って、娘が連れてきた男のことは一番つまらなく感じるって聞いたからさ?」
「ぶッ・・・!」
かおりの言葉に思わず吹き出しそうになる。
「あ~、やっぱり慌ててる~!」
「なっ!・・連れてきたって!!そう言うのじゃないだろうが!」
「え~!そういうのって、どういうの~??」
にやにやして顔を覗き込んでくるかおり。・・・やられた・・・。そりゃ最初、顔を合わせるって時、妙にソワソワした感じはあったけど!!
「か、かおりの親父さん、めっちゃ歓迎してくれただろ!」
「ふぅーん、じゃあやっぱり安心してたんだぁ~?」
「だぁ~かぁ~ら!!」
「♪♪」
声を大きくする俺にペロっと舌を出して身をひるがえすかおり。
・・・そんなやり取りをしている内、コンビニの明かりがもう目の前まで来ていた・・・。
それから、かおりの買い物に付き合って(と、言っても大したものじゃないけど。)店を出た。
今日、かおりと一緒にいられる時間、その終わりが近づいていた。
・・・いつも、この時間はやっぱりアンニュイな気持ちになる。明日また会えるとしても。
「・・・それじゃあ、な」
「・・・うん、また明日、ね」
二人で目を合わせる・・。名残惜しくて、中々動くことができない。
・・・それはかおりも一緒だったと思う。
「・・・ね、冬弥?」
「・・・ん?・・・」
かおりは俺の名前を呼ぶと、そのキレイな顔をそっと近づけてきた。
・・・その意味を直ぐに理解した。俺もそれに合わせた動きを取る。
「・・・・」
「・・・・」
・・・触れる頬と頬。俺と彼女の関係だから出来るチーク・キス。
かおりの柔らかさと、ぬくもりと、心の何かが伝わってくる。
「へへ・・・」
そっと離れたかおりは恥ずかしさを隠そうとして、いたずらな笑顔を浮かべていた。
「・・・ったく、いきなり驚くだろ?」
「だって、したくなったんだもん♪」
・・・赤い顔でそう言うかおり。
「冬弥だって突然手を繋いできたでしょ?私も一緒だよ♪」
へへ、っと舌を出して笑う。…その顔が最高に可愛くて、もうニヤけるのを止められない。
「・・・だ、誰かに見られたらどーすんだよ?」
思わずそっけない言い方になる。けど、それも全部見破られている。
「ふふ、例えばお父さんとか?」
「~~~!!」
「♪♪♪」
・・・心のフワフワが止まらない。最高に心がくすぐられる瞬間。かおりも一緒だと思う。俺たちを包む空気がそれを伝えてくるから。
もう、この世界は俺と彼女が主役で、他は全く何も見えない世界。
「———―—・・・」
ふと、心の内に膨れ上がれる強い思い。
それはさっき手を繋ごうとした時に出てきた感覚と同じだった。
心の内から強い願望にまみれた想いが生み出される。
―――チーク・キスじゃあ、もう満足できない——―
―――彼女と本当のキスがしたい——
「・・・冬弥・・?」
「・・・・」
・・・身体が言うことを聞かない。頭はぼーっとしていて、自分の行動を自分で見守っている感じだ。
気付けば、俺は彼女の両肩に手を添え、じっとその綺麗な顔を見つめていた。
――――かおりはどう思っているのかな?——―
分からない。ただ、かおりの顔が赤くなっていることだけは見えていた。
そして、その次の瞬間に、俺はその潤っている赤い唇を目指して動き出していた。
――――――――――・・・・
かおりが少し驚いたような、でもその僅かな時間に何かを決意して、ゆっくりと瞳を閉じていく。俺もそれにあわせて目を―――――。
「・・・佐々木くん?」
「!?ッ」
その時、背中から声を掛けられ、一瞬で意識が戻る。
心臓が跳ね上がり、身体が急ブレーキをかける。
さっきまで俺を支配していた強い想いも、気づけば何処かにいってしまっていた。
・・・突然の事態。その背中越しから聞こえる声の主を、俺は知っている。
かおりは事態に追い付けず、どこかポカンとしていた。
かおりの位置からはその人物が見えているだろうか。心に戸惑いと少しの気まずさを感じながら、俺は…ゆっくりと、後ろを振り向く。
・・・明朗快活のポニーテール姿が目に入る。
・・・そこには、島村が何とも言えない表情で俺たちを見つめていた――――。
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