第11話 モヤモヤとニヤニヤ。

『佐々木ぃーー!!気がたるんどるぞ!!!限界までギアを上げんかぁッ!!』

「はいっ!!!」

『自分を越えるんだろうが!!叫んでみせろっ!!!!』

「うおおおおおおおお!!!」

 晴天の空の元、響き渡る向井先生の声と、それに答える彼の声。

 ・・・若干おかしな熱量だけど、見ていて面白い。陸上のことは詳しくないけど、地獄と言うだけのことはあるなぁ、とは思う。


 ・・・そのキツい練習も、私のために走ってくれているんだもんなぁ♪


 そう思うと、にやけずにはいられない。


 ・・・私の方と言えば、相変わらず図書室でそんな彼の様子を見守っていた。窓際の席は私の特等席。・・・生徒の出入りもそんなに無いから気楽なもの。


 真剣な表情で何度も走りこむ彼。この2週間ぐらいで、かなり動きがよくなったんじゃないかな?ヘバる回数も減ってきているし。


 …ドリンクを渡すのが楽しみだな…

  

 …美味しそうに飲んでくれる彼の姿が目に浮かぶ。・・・毎日うきうきして作ってるんだ♪

 ・・・私、冬弥といるだけで毎日が楽しくして仕方がない。


 ・・・・・・・・・

 ・・・・・でも。


 ・・・最近、少しモヤっとすることもあるんだよね。

 何て言うか、痒い所にギリギリ手が届かないって言うか・・。


 私達の特別な関係。『運命の友達』・・・。


 彼といるとすごく嬉しくて楽しいんだけど・・・この私の想いって、本当に『友達』で済ましていいのかな・・・って、そう思うんだ。

 

 ・・・この間、冬弥がマネージャの島村さんと話をしているのを見たんだ。・・・何を話しているのかは聞こえなかったけど、グラウンドの端の方で、二人とも笑っているようだった。・・・それを見たらさ?気持ちがズーンって沈んだんだよね。・・・一気に視界が薄暗くなった、っていうかさ・・。


 ・・・それで、私といる時と、どっちが楽しいのかな・・・?なんて、下らないこと思ってみたり。


 ・・・たしかに島村さん、冬弥と話すことが多い気がする。


「・・・そりゃマネージャーだもん、話ぐらいするって、ねぇ?」

 独り言をボソッっと呟く。・・・どこか自分を納得させるように。

 

「分かってる、わかってますとも。私はマネージャーじゃないもん」

 ・・・もう一度呟く。 


 何って言うか・・・私のどうしようもない所で、彼のタメに何かをしてあげられる女の子の存在に、ムカムしたり、ちょっと凹んだりしてる。

 ・・・でも、そんな自分の気持ちが、ワガママで理不尽なことも、分かってる。


 ・・・分かっているのに、心の、自分で操作できない部分が言うことを聞いてくれないんだ・・・


「佐々木君、頑張っているわねぇ?」

「た、武田先生!?」

 後ろから声を掛けられて、パッと振り向く。ボーっとしていたものだから、一瞬慌てる。声の主は、私の担任、武田先生だった。


「いいわぁ~!彼氏の様子をじっと見守るなんて青春ねぇ♪」

 武田先生は目をキラキラさせて私のほうを見てくる。


「か、彼氏じゃないですよっ!!!」

「ここは図書室。誰もいないと言ってもお静かに」

 ・・・~~!!思わず周りを見る。

 ・・・・だ、誰もいなくて良かった・・・。


「・・・た、武田先生が、からかってきたからじゃないですか!」

「・・・そりゃ失礼♪・・・その様子だと、まだ片想いなわけだ??」

 武田先生はそう言いながら私の隣に座ると、手に持っていたバインダーを裏返しで机に置いた。


 ・・・片想い・・・か。


 自分の気持ちの正体が、それなのか正直わからない。どこまでいけば、そう思えばいいのか、完璧な自信がない。


「・・・自分でもちょっと分からないです」

 正直に呟く。窓の外からは相変わらずの向井先生の厳しい声と、それに答える彼の姿が見える。

「じゃあ、やっぱり両想いかもしれないってこと?」


 武田先生はにやにやして聞いてくる。

 ・・・もう、なんなのさ・・・。


「・・・先生、生徒のことに首突っ込みすぎじゃありません?」

「あら、生徒のことだからよ♪で、どうなのよ??佐々木くんとの関係は♪」

 ・・・この先生をはぐらかすことは出来なさそうだ。

 

 ・・・そう言えば聞いたことがある。武田先生に恋の悩みを打ち明けたら、上手くいったって話。よく女の子たちが相談に来るとか、なんとか・・・。


「・・・だから、分からないです」

「・・・分からない??」

 武田先生は興味深々な目で私の方を見てくる。なんだろう、何かを話してしまいたい、そんなスイッチが入った気がした。

 

 ・・・こうなると、吐き出さないと余計にモヤモヤしそう。

 

「・・・最近、楽しいんだけど、少しモヤモヤしてしまうことがあるんですよね。」

「へぇ・・?」

「別に、私と冬弥って付き合っているわけじゃないんです。」

「ふむ・・・」

 武田先生は頷くと私と同じように窓の外を眺める。

 ・・・グラウンドでは、丁度ダッシュを終えた冬弥がへばっていた。

 彼を見て、それから今の自分の気持ちを少し考えてから言葉にする。


「・・・でも、ただの友達じゃあ無くって・・・その、ちょっと・・・」

 ・・・何故だか口ごもる。【運命の友達】のワードは、二人だけの秘密にしておきたい気がしたんだと思う。

 武田先生はそんな私の様子を見て、フランクに言葉を続ける。


「言わなくてもいいわよ♪名称はともかく『特別な関係』なんでしょう?付き合ってるとか、デキてる、なんて簡単なものじゃない!って言いたくなるような♪自分達だけのとびっきりの関係ってヤツよね?」


 武田先生が私たちの関係をズバりと言い当ててる。


 ・・思わず、先生の方を見る。・・・なんでわかるの!?


「・・・それで?」

 先生は外を見たままチラリと横目で促す。


 ・・・・・


「冬弥といると嬉しくって・・うきうきして・・なんかもう、毎日最高、って感じがしてます。ドキドキして飛び跳ねたくて・・・正直、冬弥のことばっか考えてます。」


 ・・・恥ずかしいけど正直に。全部言葉にしよう。少しはスッキリする気がする。


「でも、これをどこから・・その『好き』って判断したらいいのか、分かんないんです。・・・こんな風になるの、初めてだし・・。そうなのかなぁ?って思う時もあるんだけど、確証なんてないし・・・。多分、友達が同じことを言ってたら「それ、好きなんでしょ?」って言っちゃいそうなんですけど・・。」


 ・・・うまく、言葉にできているだろうか。


「よく分からないけど、きっとそこには、私たちの・・・その、【特別な関係】が関わってきているような気もしてます・・」

 

 ・・・・全部、出しきったと思う。少しはスッキリした気がした。


 私の想いを聞いた武田先生はゆっくりと口を開いた。


「・・・成る程。気持ちを判断する『決め手』が見えないのね。おまけに、もしも認めちゃうと【特別な関係】ではいられなくなっちゃうから、それもブレーキになってるわけだ」


・・・先生の言葉に思わず目を丸くする。

・・・何かすとん、って腑に落ちた気がした。・・・どうしてわかるんだろう・・。

 

「わかるわよ~♪と、言うより和泉さんが今、自分でぜーんぶ話したことでしょう?」

 武田先生は私の顔を見てケラケラと笑う。


「・・・丁度ゴールデン・ウィークの辺り、からよね?二人が急接近し始めたのは」

「・・・本当によく見てますね?」

「私、あなたたちの担任。クラスの様子ぐらい把握してるわ。・・二人とも様子が全く違うもの。そりゃわかるわよ♪」


 ・・・そんなモノなのか・・先生ってすごいんだな・・。


「ま、今はそのまま毎日を楽しんで、そのまま悩みなさい。その蓄積がいずれちゃんと決断を生む時を用意してくれるわ」

「そんなもの・・ですかね?」


「そりゃそうよ、仮に私が『それは恋なのよ、だから認めなさい』って言ったところで、自分で経験を重ねて納得しないと意味はないわ」


 そこまで言うと武田先生はスッと立ち上がる。


「ただ・・・・・」

 先生は私の顔を見て、にやっと笑った。

「・・・その想いや悩みはけっして間違いじゃないと思うわ。本当に人を好きになる瞬間って、いつもその悩みの先にあるものだったから」

 

「・・・それ、先生の体験談ですか??」

「さぁ、どうかしら?長く生きていると、どこまでが自分の体験談がだったのかわからなくなるモノよ♪」

「・・・つまり、他の人もみんなそう、ってこと?」

「そこまで言いきれないわ。それに、だとしても鵜呑みは厳禁。いつだって、自分のことは自分で感じて、自分で決めないとね?」


 ・・・・先生の言葉が、心に響いた。

 ・・その『瞬間』私にもちゃんと、くるのかな?


 その時を考えると、嬉しさと、不安と、ワクワクとドキドキが混ざって、心が膨張した。


「さ、そろそろ彼の練習が終わるところじゃない?」

 ・・・そう言われて外の様子を見る。・・・本当だ。やり切ったのか、冬弥は天を仰いで寝そべっている。


『佐々木ぃ!!最後までダラダラするな!!すぐ整列するぞ!!』

『ハイっ!』

・・・向井先生の声に冬弥はすぐに立ち上がる。そんな彼を見て少し笑みがこぼれた。


「今日も彼のところに行くんでしょ?なら、今を十分に楽しんでらっしゃいな♪その積み重ねの先に、きっとが答えがあるわよ♪」


「・・・・はい!」

 返事をする。さっきの冬弥みたいに。武田先生の言葉をどれだけ理解できたのかは分からないけど、自分でもごちゃごちゃしている気持ちは少し、整理された気がした。


「先生、またモヤモヤしたら話を聞いてもらってもいいですか?」

「もちろん。生徒の相談を受けるのも教員の役目だからね♪いつでもいらっしゃいな」

 武田先生はそう言うとウィンクをひとつして図書室を出ていった。

 ・・・・・

 再び一人になった私はもう一度グラウンドの方を見る。

 その瞬間、ちょうど冬弥がチラっとこちらを見てくれた。


 それだけで、心がジンジンしてくるのを実感する。


 ・・・まるで山の天気みたいだね・・・?


 自分のことを現金なヤツだなぁって思う。すっかりニヤニヤしてるもの。

 ・・・でも、隠しようない事実だもんね。


 武田先生の言う通り、今を楽しもう。・・・その先に、この気持ちの答えがあると信じて。


「さて、ドリンク・・渡さないとね?」


 そう呟いて、私はゆっくり立ち上がり、待ち合わせの玄関へと向かった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る