第8話 最終日…その4(僕が走る理由)
【早朝・高台にて】
・・・・・・・・
「冬弥、調子はどうだ?」
トレーニングを終えた俺の前に現れた人物——―—
——―中里晃弘はフランクに話かけてきた。
…コイツは俺の同級生、そして部活のチームメイトだ。
一年の時から一緒にトップを目指してきたダチ。
二人で特訓と称してここで練習をしていたこともあった。
「・・・別に。大会に向けている訳じゃねぇ」
バツの悪さに視線をそらして、そのまま片付けを再開する。
だけど、中里はそんな俺をよそに、あっけらかんと言って歩み寄る。
「おいおい、俺は部活に戻れとも、大会に出ろとも言ってねーだろ?単純に調子を聞いただけだっつーの。ひねくれもんめ♪」
「・・・・・・」
…コイツが言うなら、それは本当の事だろう。
中里の性格を考えれば、すぐに察しがつくハズなのに、確かに随分とひねくれていたのかもしれない。
「ま、わりぃな。少し見させてもらってたんだ。」
中里は飄々とした様子で笑う。・・・コイツはいつもそうだ。人の領域に気にせず踏み込んでくるが、不思議と嫌な気持ちにならない。
…踏み込んでくる、というより気持ちの【核】の部分をうまく理解して話をくれる、という感じだ。
その独特の雰囲気のおかげか、さっきまで感じていた重たい気持ちも少し軽くなった気がした。
「・・・身体は重たいよ。とてもじゃないがグランドで走るにゃ力不足だよ」
思わず自嘲気味に笑う。
…そんな自分がおかしく思える。
かおりと一緒に走る時は、あんなに素直に笑えているのにな。
「まぁ確かに。全盛期には程遠いわな。部活もきてねーしよ。」
中里はあったりまえだな、と遠慮のなく笑いながら言う。
…相変わらずズバズバとした言い方。
まぁそれも、俺がそれほど気にしちゃいないことを見抜いているからなんだろうけど。
…確かに、今の俺が走る理由は、失われた過去を取り戻すことじゃあない。
その『走る理由』こそが、さっき感じた『笑いの違い』だってことに、この時はまだ気づいていなかったんだ。
俺がそんな風に考えていると、中里は突然フッと鼻で笑い、大仰に髪をかき上げる。
「まぁ、この一ヶ月、冬弥が部活に来ないおかげで、女子の人気は俺に集まっているハズだ。…エースの不在を満喫させてもらうぜ?」
「…芝居のかかったイヤミだな。俺が人気だったこともお前さんがモテた話も聞いたことねぇよ。…お前こそ陸上から演劇にでも転向したらどうだ?案外いけるかもしれんぞ?」
「はは、いうねぇ。」
中里は笑う。思えばコイツと会話をするのも久しぶりだった。
…と、言うより俺に話をする余裕が無かっただけなのかもしれないけれど。
「まー、冬弥がここでトレーニングをしてた理由は知らねぇけどよ‥‥?」
…中里はそこで一旦言葉を区切る。そして少しだけ真面目で、だけど笑みを崩さずフラットに言葉を続ける。
「冬弥、練習してる時、スゲーいい顔してたぜ?」
「・・・・・」
…多分図星。練習している時に自分の顔なんて見やしないが、コイツが言うならきっとそうなんだろう、な。
「何かしら、そうなる理由があるんだろ?…なら、そのタメだけに走れよ。だから、部活の事をどーこーは言わねぇよ。」
「・・・わりぃ」
何故だか知らないが謝った。多分、助けられたからだ。この心遣いに。
…心のどこかで感じている自分の後ろめたさ。
部活の為には走れず、かおりと楽しむために練習している。
…そいつをそのまんま「それでいい」って肯定してもらえたってことが。
中里のヤツは俺の謝罪を笑い飛ばして答える。
「だから気にすんなっつーの。今が楽しいなら、いいんだからよ?」
コイツのからっとした、梅雨明けの天気みたいな感じにつられて、口角が上がる。さっきとは違い、前向きな笑いだ。
「・・・まぁ、ちょっとした目標ぐらいはある」
今、走る理由・・・思い浮かぶのはロングの髪をなびかせる、満面の笑顔。
‥‥緩みそうになる頬を引き締める。コイツに悟られるわけにゃいかねぇ。
「へぇ、ひょっとして、好きな女でもできたか?」
「‥‥ッ!?」
吹き出しそうになる。
・・・どれだけ勘がいいんだ!?っつーか!別に、かおりはそうじゃぁ・・!!
一瞬、慌てた俺の様子を見て、中里は思いきり声を出して笑う。
「おいおい、マジか!わっかりやすいやつだなぁ。」
「・・・別に好きとかじゃ…!‥‥つーか、わりぃかよ!?」
「いーや♪・・・理由なんて、個人のモノだろ?気にする方がおかしい。俺だってかわいい子にモテたい。それも走る理由の一つだ。」
「…俺はお前さんみたいに不純だらけじゃねーよ」
「一緒だ、一緒。なんだっていいぜ。自分の思うままに、楽しいままに走ってみろよ。それで充分じゃんか。」
中里はそう言って肘でつついてくる。
「・・・・ったく!」
少し、心が軽くなったのを実感する。照れを隠すため思わず悪態をついた。
「ハハ!冬弥を惚れさせた女子が誰だかしらねぇが、感謝だな。冬弥を事故前まで戻してくれたんだからな!タイムはともかく気持ちはよ?」
ニヤニヤしてからっているし、口も悪いが、こいつが心配してくれているのは伝わってくる。
・・・ありがたい話だな、って素直に思った。
・・・ただ、一つ訂正は必要だ。
「‥‥俺はまだ、惚れてねぇ。」
「アホ、十分すぎるぜ♪」
「…ま、もしも今後、冬弥の走る理由に部活の存在が必要になったら、そん時は休んでいた事なんて気にせずに利用すりゃいいよ」
あっけらかんと言う中里。正直、嬉しかった。
…全く、この気遣いを女子にも出来れば多少はモテるだろうにな。
「・・・・覚えとく」
「おう!そん時は変な気をつかうなよ?俺もみんなも今まで通りだからよ!」
・・・・・
「・・・んじゃな♪」
中里はそう言って立ち上がると、飄々と身軽に階段を下りていった。
…俺が走る理由・・・か。
もう一度自分の胸に聞いてみると、頭一杯にかおりの笑顔が浮かんだ。
…そのままゆっくり顔を上げる。
見上げた空は、どこまでも高く青く澄んでいた――――――。
・・・・・・・・・・・・
―――――‥‥そして、時間は進み、連休最終日・夕暮れ。——―—
…かおりと過ごす最終日。
やっぱり天気は良くて、めちゃくちゃ楽しかった。
何をしていても心が弾んで、心地よくて…。
‥‥本当に夢のようで、あっという間に過ぎていった。
・・・もちろん、ただ楽しいだけじゃ、ない――――。
薄々感じている、俺の心にあるいろんな思いの正体。
……心の中から聞こえる声は次第に大きくなってきていて、もうそろそろ誤魔化しきれなくなってきていた。
・・・・・・・・
…この運命の休みが終わり、明日からまた始まる日常。
「…明日からのことを決めようよ、冬弥!」
かおりは頬を少し赤くしてそう言ってきた。
「明日からも一緒にいられるようにさ!」
・・・初日と同じような夕日が俺たちを照らしている。
……いつからだろう?
…かおりのことを素直に「かわいい」と思うようになっていたのは。
ロングで綺麗になびく髪とか、モチっとしている肌。瑞々しくて少し小さい唇。心ごと吸い込まれてしまいそうな瞳・・・。
……っつーか、天真爛漫な彼女の全てがそう思えてしまっている。
…一緒に撮った写真。かおりの笑顔はシャクヤクよりもずっと綺麗だった。
…送られてきた画像を見た時に、思わずそう言葉にしかけて慌てて口ごもった。
そして今。まさしく今までの人生で一番楽しかったであろう連休が終わりを迎えようとしている。
―――――明日からのこと、か…———―—
そう、これ以上先延ばしにはできない。
―――――俺はどうしたいんだ?———――――
その答え、もうとっくに決まっているじゃないか。珍しく、心の声と自分の意見が一致している。俺は…
――――これからも、かおりと一緒にいたい。
「明日、か…そうだよな。ちゃんと決めないとな。」
一言つぶやく。少しの決意。高鳴る鼓動を深呼吸で落ち着けてから、その先の思いをつづる。かおりに向けて。
「…一緒にいたい、もんな」
「・・・・!」
素直に、思うままに。
なんか、嘘は付けない、付いちゃいけない気がしたんだ。
かおりの口角が上がり、目元が緩んだ。
「…へ、へへ!…そっか!!」
「ああ」
恥ずかしくて少しぶっきらぼうな俺に対して、彼女は顔をくしゃっとして、笑みをこぼす。
「…うん!私もっ!!」
飛びっきり、とはこういうことを言うんだろう。
かおりは赤い顔で思い切りうなずいた。
…連休初日と同じようなシチュエーション。周囲に人はほとんどいない。
…俺と彼女だけだ。
・・・・・・・・
少し、無言の時間。
なんか気持ちが通じてる。言葉ではなく、お互いの雰囲気で。
心が細かく震えてびりびりとする感覚が気持ちいい。
本当に今日の、この一瞬が終わらなければいいのに、なんてそう思った。
「ねぇ、かけっこしようか!」
「へ?」
突然のかおりの言葉。このタイミングで??
「ほら、今日は勝つ予定なんでしょ?」
「そりゃ…まぁ…」
「じゃ、いいじゃん♪よーいどんっ!」
「へっ、おい!」
駆け出すかおり。さっと、手に持っていたペットボトルを俺にパスして。
「ちょ、ちょっ!」
ちょっとまて、ルールも、勝敗で何をするのかもまだ決めていないだろ!?
相変わらずの不意打ち戦法。
慌てて追いかける。ペットボトルは適当にそこに置いて。
一気に加速してかおりのすぐ真後ろまで迫る。
思えばハンデもない。いくらスタートダッシュがあったって、あっという間だ。
―――――追い抜かせる。今日なら―――――。
念願の初勝利は目前。かおりの横に並ぶ。…そっと横目で彼女の様子を伺う。
――――――・・・・・——――――
…かおりは…笑っていた。
「‥‥!」
次の瞬間、彼女の吸い込まれそうな瞳と目が合った。
…何だろう。多分、本当に一瞬の事なのに、時間が止まったように感じた。
あの心地よい感覚。それが大きなエネルギーとなって、心を震源地に大きく震えている。
…もう、かけっこの勝敗よりも、彼女とずっとこうしていたいって思った。
そして、次の瞬間にはピッチを落として彼女の速さに合わせていた。
かおりは、にぃ、っと柔らかい微笑みを見せてくれた。
…それから二人でまた正面を向いて走る。
――――心地のいい瞬間だった。
…言葉はいらない。リズム、呼吸、そして心を合わせて一緒に運命の木を目指す。
速度はもうそんなに出ちゃいない。駆け足に近い。
かおりはもう一度俺の方を向くと、その細くてきれいな手をスッと俺の方に伸ばしてきた。
陸上競技ではありえない動きだけど、意味は分かった。
・・・・。
かおりの手を握る。そっと、できるだけ大切に。
彼女の体温がほのかに伝わってくる。
‥‥二人で速度を落として、合わせて進む。
歩調も呼吸も・・・多分、考えていることも。
・・・嬉しくて、楽しくて・・・
まるでドリカムの曲名みたいだなって、そう思った。
あの曲名、最後に続く4文字はまだ、言えないけれど。
このままずっと、どこまでも走っていたい感覚。
一緒に風を切る感覚が気持ちいい。
髪をなびかせる姿がきれいだった。シャクヤクよりもずっと、ずっと。
・・・気付けば、運命の木の根元までやってきていた。
そして―――――
…俺たちは、一緒に手を伸ばして木に触れた。…同じタイミングで。
・・・風が吹いて、心地よい葉の音と夕日が俺たちを包む。
…二人でゆっくりと顔を見合わせ合う。
「へへ、同着、だね?」
かおりが笑う。俺も笑って返す。
「だな。…こういう時、どうしようか?」
勝敗も、何を賭けるのかも決めずに走り出したんだもんな。
「…そうだねぇ、んじゃ、お互いの願い事を言うのはどう、かな?」
「なるほど、いいな」
「あ!ヤラシーのは無し、だからねぇ?」
にやっと、はにかむかおり。からかいに来ている。
…なるほど、なら、やられてばかりもいられないよな。
「…じゃあ、キスならいいのか?」
「…なっ!!」
面を食らった顔。…それも可愛かった。
「冗談♪」
「もう!」
今度は少し拗ねたような、一本取られたと言いたそうな顔。
でも、すぐに顔を見合わせて笑いあった。
・・・・・・・・・
・・・・・また、無言の時間。
・・・
そして…どちらともなく【お互いのお願い事】を声をそろえて伝えあう。
…お互いに分かっていたけど、ハッキリと言葉にして。
『『明日からも一緒にいよう!』』
重なる声。お互いに瞳を見つめ合い、繋いだ手にキュっと力を入れる。
「・・・へへ、一緒だね♪」
「ああ、だな♪」
お互いになんか照れくさい。…通じ合ってるけど、言わない何か。
かおりの安堵したような表情。
「でも、どうしようか?冬弥、部活とかあるんだよね?」
・・・・一瞬、胸にチクりとしたものが刺さる。
部活、それは俺にとってのキーワードだったから。
「朝練がないなら、一緒に登校もできるかなぁ?」
彼女は変わらず笑顔で続ける。【明日】に希望を持って。
そう、俺は本当なら陸上をしているハズなんだ。
「それか、冬弥の走るところ図書室から見てようかな?グランドの隣だし?」
…彼女の言葉が俺の胸の中を震わせる。
…彼女に嘘をついている、その事実に。
…俺は今、部活なんて、していない。
「・・・それでさ、練習が終わったら一緒に下校して、ほんの少しでも毎日ここで過ごすってのもよくない?」
「・・・・」
「・・・冬弥?」
かおりが俺の方を覗きこむ。…一つの決意が生まれる。
…かおりに情けないと思われるかもしれない。幻滅されるかもしれない…。
でも、これ以上かおりに嘘をつくことはしたくなかったんだ。だから…
————――正直に、話そう。———――――
「かおり」
「??」
決意を口にする。
「俺さ―――――」
――――――――――――
・・・・そして俺は正直に、かおりに全てを話したんだ。
リハビリなんてしていないこと、一ヶ月前からすっかり陸上をしなくなって、投げやりで過ごしていたこと…。
…もちろん、辛かったことだけじゃない。
・・・かおりと出会って救われたこと。
かおりと一緒にいると毎日楽しくて仕方がなかったことも。
…そう、走ることですら…かおりといれば…。
かおりは静かに俺の話を全て聞いてくれた。
…変わらず、優しい目で。
「・・・・そっか」
…俺の話を聞き終えたかおりは、そう、つぶやいた。
・・・どう、思われているんだろう・・?
・・・緊張で心臓がバクバクと音を立てている。
かおりがじっと俺を見てくる。
・・・どんな言葉が紡がれるのか。
胸の高鳴りはますます膨れ上がって、破裂しそう。やけつく何かが胸と腹の間で暴れているような感覚。
——―そして、かおりはゆっくりと口を開いた。
「・・・ありがとう、話してくれて」
「…へ?」
そのみずみずしい唇から聞こえてきたのは感謝の言葉。・・・なんで??
「・・・え、なんで・・ありがとう??」
…素直にそのまま聞き返した。もっとキツイ言葉とか、慰められるのかって思っていたから。
…かおりは表情を変えずに、そのまま続ける。
「・・・だって、それって言いにくいことでしょ?」
彼女のあっけらかんとした口調。
…そりゃあ…言いにくかったけど。
「辛くて、黙っていたくて…触れてほしく無いこと。…冬弥はそれを私に話してくれたんだよ?…そりゃ、嬉しくなるよ♪♪」
無邪気なかおりの笑顔。見つめられて、目の奥が熱くなってくる。
…身体の内側から膨れ上がる何か。爆発してしまいそうだ。
「あ!でも、少し残念かなぁ~」
彼女は変わらず笑っている。
「…冬弥が大会で走るところ、ちょっと見てみたかったかも♪」
…その言葉に、先ほどから心の中で膨れ上がっている思いが一気に膨張する。
彼女の言葉と笑顔に俺の心臓は何度、急発進させられただろう?
「かおり・・・」
気付いたら、彼女の名前を呼んでいた。
…何かが、動き始める気がした。
それは多分、わずかに残っていたエンジンの鼓動、みたいなもの。
…かおりにそんな風に言われると…走ってやりたくなる。
今までいろんな人に、たくさんの言葉をかけられても動けなかったのに。
かおりにたった一言われただけで、彼女に見せてやりたいって思ってる。
「かおり、俺——―」
…決意の言葉が喉のすぐそこまで来ていた。
かおりと一緒に走っている時、すごく嬉しくて、楽しかった。
・・・もし、かおりが一緒にいてくれるなら。
・・・彼女が、俺の傍で応援してくれるなら。
・・・俺の走る姿を見たいって言ってくれるなら。
――――俺はもう一度走り出せるのかもしれない。———―
中里のヤツは言った。「理由はなんだっていい」って。
俺はかおりにカッコをつけたい。
彼女が「見たい」と言ってくれるなら見せてあげたい!
それが理由だ。十分すぎるじゃないか!!
心に決意の炎が灯る!それは一度火がつくと一気に燃え上がる。
そのまま言葉にしよう。この決意を。彼女に向けて!
「なぁ・・、かおり?」
「・・・ん?」
かおりが首をかしげて聞いてくる。
・・・そう、この笑顔と一緒なら、きっと。
「…最初、情けないところ、見せるかもしれねぇ。」
もちろん、不安がない訳じゃないけど。
「ひょっとしたら、昔を越えることはできないかもしれねぇ。」
――――――だけど!!
「それでも、俺がもう一度グランドで走るとしたら…」
彼女の望みを叶えたいから。その声が、笑顔が力になるからっ!
「・・・俺のこと、見てくれるか?」
「…冬弥……!」
・・・彼女は目を大きく見開いていた。
…なに驚いてんだよ?かおりが焚き付けたんだぜ!
驚いた表情から、ゆっくりと目元が緩む。
…そして、彼女は大きくうなずいてくれた。
「・・・もちろん!私たちは『運命の友達』だからねっ!…ずっと見てるよ、冬弥っ!!」
夕日の赤みはさらに増している。それと合わせるように俺の決意の炎はさらに大きくなっている。…彼女の言葉を聞くことで。
・・・嬉しくて、仕方ない!
今すぐに飛び跳ねて、走り出してしまいたいほどにっ!
「・・・サンキュ。かおり!見ててくれよな!!」
俺の声に、彼女はもう一度、大きく頷いてくれる。
「うん!まかせて♪…もしも辛くて、立ち上がれなさそうな時にはさ、何度でも冬弥の名前を呼んであげるよ♪…1万回でもね!」
笑顔で彼女が口にしたのはドリカムの名曲【何度でも】のワンフレーズ。
「…かおりに呼ばれたら、できそうな気がするな、任せた!」
「へへ、うん!!」
・・・二人で笑いあう。
ああ、かおりに呼ばれたら何度でも立ち上がれるさ。
「ふふ・・・でも、大丈夫かなぁっ?」
「へっ・・・なにが??」
一瞬ドキっとする。や、やっぱり俺のこと心配なのかな・・?
そんな俺の不安を吹き飛ばすように、かおりはニヤっといたずらな笑顔を、ぐっと俺の顔に近づけてくる。
「だってさ?冬弥の走る姿、見てたらさ・・・?」
・・・気づいた。ああ、この笑顔は・・・
「好きになっちゃうかも♪」
「・・・!!?」
一気に心臓が最大で鳴り響く。制御不能。ニヤけたらダメだって!
・・・この笑顔は俺の心をくすぐりにくる時の顔だ。
こんなの、予期していたって止められるかよ!
「な、なに言って・・・」
「冗~談だよ♪」
「んなっ!?」
「慌てる冬弥が見たくって♪」
お腹を抱えながら、空を見上げて笑うかおり。
・・・どれが本当の言葉だよ!!?
口元が緩み、頬が甘いものを食べた時のようにジンジンしてくる。
…表情筋を使い過ぎだ。
「・・・それに、もうきっと・・・」
「へ?」
そんな悶えそうにしている俺に対して、彼女が小声で何かを呟く。うまく聞き取れない。今、なんて…?
「・・・空耳だよ、きっと」
かおりは意味ありげに横目で俺の方を見てから、視線を正面に向ける。
多分、今の言葉は、わざと聞こえぬように…だけど、おそらく…
……気付いてもらえるように言ったんだ―――。
さっきから、いや、もっと前から感じている、この感情の正体。…わかんないけど、分かるよ。
…でもさ!この想いをちっぽけな漢字一文字で表してたまるかよ!!
そんな爆発しそうな想い。
「へへへ、明日からの楽しみができたな・・・」
「それは俺もだよ、かおり!」
かおりが笑う。俺も。お互いの顔を見合わせて笑いあった。初日のように繋いだ手。最終日の今日は心まで繋がった気がしたーーーー。
「へへ、明日からもーーーー…っ!」
「かおり?」
笑顔できっと「よろしく」と言いかけたであろうかおりは、次の瞬間、顔をしかめ、身体を丸めて咳き込んだ。
さっきの『むせた』に近いけど、少し苦しそうだ。
「お、おい大丈夫か・・・?」
心配してのぞき込む。
「・・うん、ごめん。」
謝るかおり。なんだよ、どうしんたんだよ?
かおりの笑顔は眉をひそめて苦笑いになっている。そして、ゆっくりと小さな銀色の袋を取り出すと、口に含んだ。それが何かしらの薬であることはバカな俺でも一目瞭然だった。
・・・・・・・
「・・・ねえ、冬弥。」
かおりは少し落ち着いたようだった。
「私も話すよ。私の秘密。冬弥は【運命の友達】だもん」
一つ間をおくかおり。
「私も、冬弥となら頑張れそうな、そんな気がするから」
・・・・・・・・・
―――――そして、かおりは、ゆっくりと言葉をつむぐ。
それは、俺とかおりが【明日】に向けて支え合うために必要な事だったのかもしれない。
…こうして連休最終日の今日。俺とかおりは
【運命の友達】として秘密を共有したんだ。
運命の木はやっぱり堂々としていて、俺たちを優しく見守っているようだった――――――。
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