第7話 最終日…その3(明日からも)

・・・・・・・

・・・

「おぉ、スゲェ!」

 冬弥がはしゃぎながら声をあげる。うん、私もそう思う。色鮮やかな桃色の花びらは大きく広がり、周囲の草花と比べても一際目を引いている。


「綺麗に咲いてくれたね~♪」

「ああ!かおりの予想、ドンピシャだ!」

「でしょ♪」

 興奮気味の冬弥と、ご機嫌に答える私。


 …予想通り、シャクヤクの花は美しく咲き誇っていた。

 そのキレイな花びらを見ていると、ふと昔、母さんから教えてもらったことを思い出す。


「この花の色には由来があってね?恥ずかしがり屋の妖精がシャクヤクに隠れてさ、想いが移って赤くなったんだって♪」

「へぇ!確かにそんな伝承が生まれるのも納得の鮮やかさだよなぁ・・・」

 冬弥は目を大きく広げ、まじまじとシャクヤクを見たまま答える。


 ・・・へへ、すごいでしょ?


 なんて、少し鼻高々の私。

 ・・・母さんからの受け売りだけれど、ね♪


「俺、花なんて詳しくなかったけど、こうしてみると中々いいもんだよな」

「・・うん♪心が癒されるよね!」

「ああ♪」

 彼の言葉に、私の機嫌はさらによくなる。


「・・・かおりと二人で見てるから、かな。」

「へ!?」

 突然の不意打ち。彼のボソッと呟いた言葉が、胸を一気に高鳴らさせる。


 …冬弥の方そっとを見る。


 …なぜか、恐る恐る


 …彼は少しだけ口角をあげて花を見つめている。  その表情からは、先程の言葉の真意はわからない。


 どう返せばいいのか分からず、鼓動だけが高まっていく。…そうしている内に冬弥はゆっくりと言葉を続けた。


「俺一人じゃ、きっとシャクヤクの蕾なんて見向きもしなかったし、気にすることもなかったハズなんだ。」

 何時もなら照れていそうな場面なのに、今はどこか真剣そうな彼。…そのせいで、どっちかって言うと私の方が恥ずかしい。

 

 ーーー…でも、嬉しいでしょう?ーーー


 心の声が聞こえてきた。


 …そんなこと、わかってる。黙ってて。今は冬弥の言葉を聞きたいの。


「多分、この花を綺麗だと思ったり、心が弾んだりするのは…。」

「・・・・」


「…かおりといるからだと、思う。」


 冬弥はそう言いながら私の方をゆっくりと見て、そっとはにかんだ。…少し、照れ臭そうに。


 いつもなら、からかい返すのに、今はそれができそうにない。

 嬉しさと一緒に頬がジンジンしてきて、この場で足をバタバタさせたくなる衝動。それを抑えるのに必死。

 …冬弥はそんな私を気にもしないで、さらに言葉を続ける。

「…花だけじゃあないんだよな。この連休が最高なのは。」

 風が吹く。さらさらと音がして草花を、そして、シャクヤクの花を揺らす。その間も、じっと冬弥の言葉を待つ私。

「…なんかワクワクして、楽しくて、嬉しくて仕方ないのは……かおりのおかげなんだと思ってる」 


 一つ間を置く冬弥。そして。


「だから……サンキュ、かおり」

 冬弥は恥ずかしいのか、そう言うと、スッと目線をシャクヤクに戻した。


 ・・・胸のドキドキは止まらない。

 どうしてかな??今日の冬弥、余裕がありそうに見えちゃうな。

  ーーーーー・・・・

「…へへ、私も…だよ♪」

 そうゆっくりと答える。


 嬉しさで自然と笑顔が溢れていく。


 …ああ、そうか。笑顔って作ったり、なったりするモノじゃなくて……


 溢れて、こぼれるモノ、なんだね…?


 そして、心から思う。


 —―冬弥と出会えて、本当によかったな、って。


「ねぇ、シャクヤクって私みたいじゃない?」

「はぁ??」


 …照れを隠すようにおどける。飛び跳ねたい想いを言葉に変えて。


「ほら!立てばシャクヤク、座れば牡丹って♪…美人の代名詞でしょ♪」

「・・・はいはい、言ってなさい」

「♪♪」


 おどける私に、ノリよく受け流す冬弥。

 変わらない私たちのやり取り、心地いい。

 揺れる。甘くて、嬉しくて。

 ・・・ーーーー

「・・・ねぇ?」

 その甘い感覚に揺られながら、冬弥に声を掛ける。

「・・・ああ、だな?」

 …冬弥がゆっくりと頷く。

 …お互い、何を考えているのか、わかってた。


「写真、撮ろうぜ♪」

「・・・うんっ♪」

 

 そう、二人で交わした約束。

 冬弥も覚えていてることは、わかっていたけど、やっぱり嬉しい。


 …シャクヤクの花に感謝をしながら、スマホの写真アプリを起動させる。

 また少し高鳴る心音。遠くから子ども達のはしゃぐ声が聞こえてくる。

 改めて一緒に肩を並べる。

 ・・・フレームに入るにはまだ、遠い。


「冬弥、もう少し寄って♪」

「いやいや、引っ付きすぎだって!!」

「見切れちゃうでしょ♪」

 慌てる冬弥の声が面白い。

 …やっと逆転できた気分♪気にせず一歩分、彼にあゆみ寄る。頬が触れそうな距離。


「ふふ、な~んか想像してる??」

「なにを、だよっ!」

 お互いに横目で話をする。振り向いたら触れてしまいそうだからさ。…唇が。

「へへ♪さ、撮るよ♪」

 スマホを持った手をぐっと伸ばしてみる。 

 が・・・。中々調整が難しい。手が震えてスマホが安定しない…。

 

 せっかくの一枚。うまく撮りたいのに…!


「…ほら、これならどうだよ。」

「…あ…」

 悪戦苦闘していると、冬弥がスッと手を伸ばして私のスマホを一緒に持ってくれた。一気に安定感が増して画面が固定される。

「これで、いけそうじゃないか?」

 冬弥が横目で私を見て聞いてくる。

 ちょん、っと軽く触れる小指。一緒にスマホを持つことで、さっきよりもさらに近くなる、彼との距離。

「そ、そうだね…♪…サンキュっ!」

 彼の温度が伝わってくる。なんだか熱く感じるのは、日差しのせいだけじゃないよね。

 

「…いくよ!」

 思いきってシャッターボタンを押す。

 …カシュ、っという音と共に、私たちとシャクヤクの花が画面に固定される。


「お、いい感じじゃん!」

 冬弥が画面を見ながら聞いてくる。


 ・・・その視線の先には笑顔の私たちと色鮮やかなシャクヤクの花が写っていた。


 確かにキレイに撮れてる。

 二人で力を合わせたおかげ、だね。


「今、送るね。」

 ニヤけるのを誤魔化すため、少し慌てて写真を送信する。

「ああ、サンキュ!」

 彼がスマホを取り出す。その様子を表情をジっと見る私。

「・・・」

 何を考えているのか、また読み取れない。

 すると、画面を見ていた冬弥は、そのまま視線を移さずに私の名前を呼んだ。


「…かおり。」

「ん??なんかあった??」

「・・・いや。」

「???」

 彼は少し押し黙って、

 それから空を見て髪をかき上げた。


  ・・・あ!


 その仕草にピンときた!

 ・・・これは照れてる時だ!!

 髪をかき上げる癖が決定的だもの!


 私の中のいたずらっ子が顔を出してくる。


 私の番!今日はやられっぱなしだもん!


「なぁに??このツーショットを一緒にホーム画面にしようって提案?」

「っんなこというかよ!!流石にモロバレだろうが!!」

「ふふ♪何がバレちゃうのさ??」

 ニヤニヤしながら、グッと近づいて冬弥の顔を覗き込んでみる。

「~~~!!」

 赤くなって視線を反らす冬弥。どこか可愛い。

 

「・・・それで、なぁに?」

「な、なんでもない!」

「えー、気になる~」

「忘れた!思い出したら言うよ!!」

 冬弥はそう言ってスマホをしまう。


 ・・・誤魔化されたかぁ。

 うーん、今日はからかい足りないから、もう少しだけ♪


「あ、写メに変なことしないでよね?寝る前とか」

「なにが!」

「スマホの画面ってけっこう汚れてるらしいよ?口とかつけない方がいいと思うよ~?」

「するかっ!」

 私は舌を出しておどけてみせる。自分への戒めも込めて。・・・くすぐったいね。


 辺りで賑やかしく子供たちがかけっこをしている。自主練のランナーやカップルたちの姿も。


 風がそっと吹いて私たちを包む。

 二人でふざけて笑い合う。

 そんな運命の連休、その最終日が過ぎていく・・・。

 

 ―――シャクヤクがリズムよく揺れて、小気味良く笑っているようだった 

 ――――――。


 ・・・・・

 それから、アイスを食べたり、他の草花を見たり、運命の木で音楽を聞いたりして、私たちは最終日を満喫していた。


 さっきまではアスレチックで鬼ごっこみたいなこともしていたんだ。…いくら冬弥が速くても、私の方が有利だった♪


 …冬弥が必死で追いかけてきてくれることが、なんだか嬉しかった。


 その内に、周りにいた子供たちが集まってきて、気づいたら10人くらいでアスレチック鬼を楽しんでた。


 …そしたら、途中で一年生ぐらいの女の子が私に聞いてきたんだよね。


『おねぇちゃん、お兄ちゃんのこと好きなの?』


 ・・・ってね。


 …正直、ドキっとした。でも、その答え持ち合わせていないのも事実だったから、こっそり

 『さぁ、どうなのかな?』っとだけ答えた。


 …わからない、なんてことはないけど、

 本当に認めていいのかな??なんて思うの。


 薄々、そうなのかな?とは、思ってる。


 今日という日、連休の終わりが近づけば近づくほどに。…でも、わからないの。

 この状態を、どこまでいけば、アレだって認めていいのかが。


 …冬弥はどうなのかな…?


 …一瞬、胸にチクりと刺されたような、ギュっと息を押し出すような痛みが走る。


 ・・・全く、困ったものだね。


 突然高鳴ったり、締め付けたりと、コロコロと変わる心臓の状態。


 その原因が全て冬弥にあったらいいのに。…なんて思う。こんなにも楽しくて最高の連休なのに、私の身体は時折こうして反乱を起こそうとする。


 ――――――大人しくしてて――――――


 ・・・・・・

 ・・・・そうしている内に日は暮れていき、彼と過ごした連休は本当に終わりを迎えようとしていていた。

 今、私たちは池の傍にあるベンチに座って話し込んでいた。初日のジュースを飲んだ場所だ。今日はかえるもどこかに行ってるようで安心できる。


「全くズルしようとするから~」

「ズルじゃねぇさ。効率を求めた結果♪」


 …二人で笑いあう。冬弥が授業でズルしようとしたら痛い目にあったって話。

「はいはい♪ものは言い様だねぇ~?」

「へへ、だろ♪」


 …顔を見合わせて、肩をすくめて、また笑う。


 本当に、何度この連休に笑いあっただろうね。

 日中の強かった日差しも和らいで、夕焼けの色が公園を包んでいる。


「連休、終わるね…」

「…だなぁ。」


 あまり口にしたくはないけれど、でも認識せずにはいられない。


 池を眺めて、連休の初日を思い出す。

 あの時、冬弥と一緒にジュースを飲んで、それからかけっこで勝負をして『約束』をした。


 楽しくて、夢みたいだった大型連休。


    夢の中、まさしく夢中。


 ・・・その夢が覚めてしまう時が近づいている。


「…!」

 一瞬、ずきっと痛む胸。

 …これは身体の反乱の方。


 思わず、うずくまる。


 …すっこんでて。


 自分の身体に言い聞かす。

 ・・・今、大事なところなの。


「…かおり?」

 冬弥が私の動きを気にしてくれる。

「へへ、少し、むせちゃったみたい。」

 …何とか誤魔化して顔を上げる。

 薬は飲まなくても、まだ大丈夫。


「平気平気♪それよりさ?」

「?」

 …ぐっと顔を上げて、元気一杯の笑顔で彼を見る。胸の痛みを吹き飛ばすように。


 一番、決めておかなきゃいけないこと。


 私はこれからどうしたい?そして冬弥はこれからどうしたい?


 私はこのまま、夢で終わらしたく、ない。

 連休が終わっても、冬弥とやっぱり一緒にいたい。

 ーーーーだからーーーー


「…明日からのことを決めようよ、冬弥!」

 そう、冬弥に声を掛けた。初日のように…勇気を出して。


「明日からも一緒にいられるようにさ!」

「ーーーかおりーーー」


 彼と目が合う。赤い顔の彼。多分、私も。


 ・・・初日と同じような夕日が私たちを照らしていた―――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る