第5話 最終日…その1(早朝)
【連休最終日・早朝】
「…ハッ!…ハッ!」
手と足のリズムを連動させ、まだ人通りの少ない町内を走る。早朝の少し冷たくて新鮮な空気が脳を覚醒させる。
今日も相変わらずいい天気だ。予報では、気温がこの連休で一番高くなるそうだ。
時刻はAM5:30。俺は家の近くの高台に向かってランニングをしていた。
辺りはまだ少し薄暗い。でも雲一つ無くて濃いブルーの空が広がっている。
早起きのツバメが、そんな空をヒュッと飛び回っていた。
・・・自主的に走るなんて、どれくらいぶりだろう。
息を弾ませ、カーブのかかる坂道を駆け上がっていく。荷物のリュックも身体にフィットさせているから邪魔にはならない。
ここ数日で簡単なトレーニングやストレッチはしてきたけど、本格的にランをするのは久しぶりだ。
…イヤホンを通して流れてくる曲に、足のテンポを合わせる。
今、聴いているのはドリームカムトゥルーの
「うれしい・たのしい・大好き!」
アップテンポで明るい歌詞に、息だけじゃなくて心も弾む。
…かおりのおかげで、すっかりドリカムに詳しくなった思う。
別に最初はそんなに興味なかったのになぁ…。
かおりと仲良くなりたかったのか、かおりの好きなものが何なのか知りたかったのか…。
気がつけば彼女からCDを借りていて、こうして自分からも聴くようになっていた。
…早朝特有の新鮮な空気と草花の匂いが混じり合って鼻腔を訪れる。五感が心地よく刺激されている。…これを感じるのも久しぶりだ。
大会とか、自分の記録とかじゃなくて
『かおりに勝ちたい』
…なんて理由で朝からこんなことをしている自分が少し、おかしかった。
…ふと、昨日のラインのやり取りが頭に浮かぶ。
『あ、キスから先の妄想はまだダメだからねー♪(笑)』
…見た瞬間、思わずスマホから視線を反らしてしまった。
なにも言われきゃ考えないのに、一瞬だけ、想像しちまっただろうが!
『あ~、やっぱり考えてたんだ~!エッチ~!』
…ってかおりなら、そう言うんだろうな。
その表情を思い浮かべると、何故だかテンポが上がる。
だから、一瞬だってって言ってんだろ~!
目の前にいないかおりに返事を返す自分。
…おかしいよなぁ。
…なんって言うかな…かおりにこんな風に言われることが…、嬉しい、っつーか…いや、自分でもよく分からない。
そうしている内に歌は一番の盛り上がりを迎える。転調して歌詞が強調される。リズムよく、力強く、耳に入ってくる。
『ホントはあなたも知ってたハズ。最初から私を好きだったくせに!』
…んなワケっ…!!
歌詞にドキっとする。にやけそうな顔に跳ねあがる鼓動。一瞬、かおりに言われているような気がしてしまった。いろいろと振り切るように思いきり速度を上げる。林道の坂道をさらに走り、階段を駆け上がっていった。
長く急な階段を上りきると、住み慣れた町が一面に広がっているのが目に入る。
…ここが、目的地だ。
適当なところに荷物を下ろして一息つく。
ふと景色を眺める。…小さなこの町は今日ものどかそうだ。
ここに来るまでがアップみたいなもんだ。
…ここ、よく自主トレーニングで来ていたんだ。
特に、復帰直後には。
来るのは久しぶりだったけど、ここの様子は変わっていなかった。見える景色も、咲き誇る草花も。
…変わっちまったのは、俺だけ、か…。
・・・思い出す、あの時のガムシャラさ。あんな風に追求はできないだろうし、あの時の加速度を取り戻せるとは思わない。それでも・・・
なんだっていい、なんか走りたくなった。それだけで十分だ。
……ぐっと身体を伸ばして酸素を胸いっぱいに入れる。よしやろう!
まずは階段ダッシュからだ!
決意と共に階段へと向かう。
…またふと、かおりの笑顔が頭によぎった――――――。
・・・・・・・・・・・・
「ハァっ…!」
大きい息を吐き出す!ヒュっと短く呼吸を入れる。
今上ってきた階段を小刻みに降りては、高速でまた駆け上がる。距離にして20m程。ほぼ無呼吸、全速だ。
エンジンとギアを最大限のまま、とにかく速く!足を前へ!!!
次第に大腿四頭筋が過熱していく。
10本ほど行って足を止める。焼けそうな肺と、痺れて着火しそうな足。
…身体を止めることで、熱が内側から一気放出される。それに伴って一歩遅れの汗が噴き出してくる。
かなり息が上がっている。…昔はもっと軽々と駆け上がっていた気がするけど、まぁ仕方がない。…今の俺はこんなもんだ。
休んでばかりもいられない。
弾む息が整うより先に、器具を設置する。持ってきた荷物はコレだ。組立式のミニハードルとラダー。軽量で持ち運びがしやすいんだ。
間隔は短めに。準備が出来たらすぐに取りかかる。
大きい跳躍に、もも上げを意識したダッシュ、足のステップ・・・。
ひたすら自分の身体に負荷をかけていく。
次第に無心になる。動きの精密さと加速だけを求め、自分だけの世界が作られていく―――――。
・・・・・・・・
「…ハァ!……きっつ!!」
なんとか器具のメニューをやり遂げて、その場で座り込む。ジンジンする足に、バクバクと鳴り続ける心臓。相変わらず身体の芯の部分は煌々と発熱し、噴き出した汗が目に入ってくる。
…重たい身体、少しは動くようになった、かな…?
わからない。でも、思いの外爽快はあった。
…仕上げの平地ダッシュが残っているけど、少し休憩だ。
アスファルトの上に無造作に寝転がり、空を見上げる。胸はまだ呼吸を求め、大きく上下している。
空の色は、ここに向かう時よりも、少し明るいスカイブルーになっていた。
…昨日一緒に見た空を思い出す。突如、俺の上に重なってきた、彼女のことも。
迫ってくる唇が脳裏によぎり、恥ずかしくなって身体を起こす。…まだ休んでいたいのにも関わらず…。
想像する。あの唇を。
・・・・友達、だろーーーーー。
自分に言い聞かせているのに、脳が勝手に想像してしまう。あのまま頬ではなく、本当にキスをしていたら――――と。
心臓のドキドキの原因がトレーニングによるものなのか、想像によるものなのか、わからなくなる。
「…仕上げの平地ダッシュをしないと、な」
妄想を振り払うために身体を起こし、強引に気持ちを切り替える。
直線距離を十分に確保。スタートの姿勢をとる。
一旦ゴールの地点を見据える。心の中で静寂の状態を作り上げる。
On Your Marks…Set…(位置について用意)
エンジンをフル稼働、
その刹那の瞬間に全神経を集中。
ーーーーーGo!!!
脚のバネを爆発させ、一気に加速する。前に行きたがる身体に体重を乗せ、脚を腕を全速で連動させる。
身体の全てが最速を求めるマシンになる!
今の俺の最高速は、全盛期には及ばないだろう。
……でもーーーー。
…ゴール手前、ふと、ロングの髪の毛をなびかせて、べーっと舌を出している彼女の姿が思い浮かんで、少しだけ身体が加速した気がした――――。
・・・・・・・・
「……ふぅ…。」
全てのメニューをこなした後、持ってきたスポーツドリンクを一口飲む。
気付けば太陽はすっかり上がっていて、周囲の熱も暖かく感じるようになっていた。
・・・久しぶりにやり切った達成感。我慢比べ。
息をついて、町を眺める。来た時と同様、見晴らしは相変わらずいい。人の動きまでは見えないが、朝を迎え、活気づいてきているように感じた。
‥‥約束の公園が小さく視界に入った。
…今日もかおりと会うのが楽しみだ。
さて、片付けをして帰ろうか――――
ゆっくりと立ち上がり、器具を片付けている時だった。
「…冬弥。」
突如声をかけられてビクっと肩があがる。
しまった!という思い。『自分のしていたことを見られた!』と言うバツの悪さが胸を襲う。
…それは…聞きなれた声だった…。
…ゆっくりと振り向き、声の主の名前を呼ぶ。
「…中里…」
「よう!冬弥。」
…そこにいたのは、今は最も顔を合わせたくない人物、中里晃弘(なかさと あきひろ)だった。
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