西瓜
額に巻きつけたタオルでは、僕の視界は覆いきれなかった。足元だけが鮮明に見える。右に進めばいいのか、それとも左か、いや前だ、違う後ろだ。誰の声を信じれば良いのだろうか。千鳥足で向かう先に西瓜はあるのか。
発端は一箱のダンボールだった。熊本からの突然の荷物に、僕ら家族一同度肝を抜かれた。じいちゃんの手紙と立派な西瓜を抱え海の日当日に泳ぎに行く事となった。
喧嘩しがちだった両親も遂に仲直りしたらしく珍しく姉も来ており、ケータイばかりいじっている姉の鼻歌だけが蒸し暑い車内で鳴り響いている。
国道は案の定詰まっており、遠くに見える水平線の揺らぎが「酷暑」の二文字を如実に表していた。
怒号にも似た声援だけを頼りに進む。
「右だ右ッ!!」
「いいや左左左!!!」
「もっと斜め!!!」
寄せて返す波だけが優しく囁いてくる。僕は改めてバットを握り直し一歩踏み出した。意識を声だけに集中させ、ズンズンと進む。
バラバラだった声が揃う。
「「「そこ!!!!!!」」」
一直線に金属バットを振り下ろしたが、砂塵だけが飛んだ。外れた。
再び声がばらつく。一歩進みもう一度。鈍い音とともに、腕とバット全体に痺れが襲ってくる。ここで間違いない。そして、西瓜は弾けた。
歓声が聞こえる。僕は飛び散った果肉を拾い、頬張った。塩っぱさが染みる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
冬の寒い或る日、警官の目に映ったのは、飛び散った血が凍ったつららだった。直後、目を見開いた青年が、彼に血まみれのバットを振り下ろす。間一髪で避けたものの、次の一撃は容赦なく襲ってくる。腰につけたトランシーバーで死物狂いで応援を要請し、説得を試みる。しかし、話が通じる気配は一切無い。警官は、側に横たわっている死体の脳が食いちぎられている事に気づいた。青年の口元の肉片の正体を悟った警官は軽く合掌し、一目散に逃げ出した。
盲目の青年は、父親を撲殺した容疑で逮捕された。彼の体中に散らばった痣と、近所の人々の証言から虐待が認められた。裁判中、青年はうわ言のように呟いていたそうだ。
「西瓜割り」。
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