交渉 2

 ラドミラ解放交渉の第2ラウンドが始まった。

 ここまでのあらすじは、店長は2人の感動的な説得を聞いても何とも思わない薄情者ってところかな。


 うん? 僕は何してるのかって?

 それはもちろん、カルラとアンジェの応援役だよ。2人共、頑張れ~。



「そ、それはどういう意味ですか?」


「言葉通りの意味ですよ。我々の商品はエルフではなく、ダークエルフの奴隷です。

 そして、エルフの国におけるダークエルフは虐げられる対象ではないですか。

 まさか我々がそんなことも把握していないと、そうお考えではありませんよね?」


「それは……そういうことも、あるかもしれません……」



 ふーん、そうなんだ。

 ダークエルフは種族的に差別されてるんだね。


 ああ、だから探しているのがエルフじゃなくてダークエルフだと僕が知った時、カルラが変に意識していたのか。



「ですがっ、それは一部の話です!

 ダークエルフだったとしても、誘拐されるようなことがあればわたし達の国も必ず動きますっ!」


「そうですかね? 実際、エルフの国が誘拐された民を探しているなどという話は聞きませんなぁ。

 我々の商会は、エルフの国その近郊まで支店を展開していますから、そのようなことがあれば直ぐにでも耳に入るのですが……私の情報不足なのでしょうか?」


「そ、それは……っ、でも…………」



 カルラに続いて、アンジェも黙ってしまった。


 この様子だと、今回の交渉は彼女達の負けみたいだね。

 まぁ、商人なら交渉は得意分野だろうし、相手の方が上手に決まってるんだけどさ。



「どうやら、あなた方のお話は終わりのようですね。

 では、お帰りを――というのも流石に酷な話ですから、お次は私から提案させていただきましょう。

 ……あなた方がくだんの奴隷を購入する、というのはどうでしょうか?」


「あたし達にラドミラを買えって言うのっ!! ……くっ、分かったわ。それで、いくらで売る気なのよ……」


「そうですねぇ。あれはかなりの上物ですから、レドニカ金貨で500……いえ、1000枚はいただかないとなりませんな」


「金貨1000枚!!? い、いくら何でも高すぎよっ!」


「実のところ、あの奴隷は既に売約済みなのです。それも、お相手はとある貴族の方でしてねぇ。

 あなた方にお売りするとなると、少なくない違約金を用意せねばなりません。

 ですので、これは決して不当な金額というわけではないのですよ」


「だとしても、そんな大金払えないわよっ! 一体どうすれば……っ」


「ええ、ええ。それは当然のことでしょう。ですが安心してください。

 そんな時のためのプランとして、あなた方が奴隷になれば良いのですよ」


「な、なにを言ってっ、奴隷になんてなるわけがないでしょ!?」


「まぁまぁ、落ち着いてください。

 ご存知ないかもしれませんが、奴隷というのは対価が高額な仕事として有名なのですよ?

 特に、お美しいエルフは引く手あまたですから、購入資金程度なら簡単に貯めることができるでしょうなぁ」


「ですが、エルフを奴隷にするのは死罪になるんじゃあ……」


「ご本人の同意さえあれば、エルフの奴隷化も合法なのです。

 抵抗があるようでしたら、体験コースに参加するのはどうでしょう?

 これでしたら、多少のペナルティで簡単に奴隷から戻ることも可能ですよ」



 店長は淀みなく商売文句を並べてくる。

 聞けば聞くほど怪しい、胡散臭さの塊みたいな話だ。


 なるほどね。

 こんな簡単に部屋まで案内するなんて、不思議だとは思ってたけど彼の目的はこれだったのかぁ。


 転生して数日、彼女達レベルの美少女といえば、初日に出会ったノラたち『黄金の盾』くらいだ。

 きっと、この豪華な商会の店長が、本気で手に入れたくなるくらいには魅力的な娘達なんだろうね。



「何でしたら、後ろの方もご一緒していただいても構いませんよ?

 お顔は、フードであまり拝見できませんが、特殊な技能もまた奴隷としては高い商品価値が――」


「お断りするわ。そんな怪しい話、いくら聞かされても頷くことはないわね」



 カルラは真剣な顔できっぱりと奴隷の話を断った。


 おお、断るんだ。

 てっきり彼女なら、やるって言っちゃうかと思ったんだけどなぁ。


 もし所持金の範囲だったら僕が買ってもいいかも、とかちょっと思ったのに……残念。



「うん、わたしも同じです。そんな話には乗れません!」


「……そうですか。

 私の提案も受け入れることができないのでしたら、仕方ないですね。

 本日の商談はここまでということで。どうぞ、お帰りください」


「そういうわけにもいかないわ。

 あたし達はあの子を返してもらうまで、帰る気はないの……」



 そういう彼女の手は、室内だからか弓ではなく腰のナイフに向かっている。


 交渉がダメなら暴力で、ってことだね。

 それはそれでどうなんだろう? と思わないでもないけど、チンピラ相手の時は初手から暴力だったし、今更といえば今更な話か。



「帰らないのでしたら、どうする……ああ、そういうことですか。

 ですが、それでしたらこちらも抵抗させていただきましょうか」



 店長はカルラの行動に気付いたみたいだが、その余裕の読みは崩れない。


 こちらは全員少女だけど、それでも3対1という状況なのに、何も問題ないって感じだ。

 まあ、そういう反応になるよね~。



 さて、店長戦に入る前に少し余談をしておこうかな。


 この商会に着いてからの対応は、まるで僕達がやって来ることが分かっていたかのようだったが、当然それには理由がある。

 僕達がこの4日間、派手に動き過ぎたというのもあるし、襲ったチンピラ達は全員捕まえたわけじゃないから、こちらの情報を流した人がいても何の不思議でもない。


 特に、ここを知った直接の原因である黒髪ロン毛の拠点では、視界外に入らなかった何人かは逃走してるんだよね。

 生命反応でそういう人がいることは分かってたんだけど……全員に魔法かけるのも面倒だから、しょうがないよねー。


 ああ、でも。

 その人達の反応をマップウィンドウで追うとここに逃げた人もいたから、この場所で確定だって確信できたんだよ?



 それでつまり何が言いたいのかというと、僕達の行動を知っていただろう店長側には十分過ぎる準備時間があった、ということだね。

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