Episode4
25 準備
スクバンの全国大会が終わって程なく、選抜メンバーが発表された。
弘前第一・神崎アリス〈ギター〉
秋田学院・東ルカ〈バイオリン〉
茅ヶ崎商業・楠かれん〈ギターボーカル〉
鳳翔女学院・清家カンナ〈ギター〉
姫路第一・神崎せつ菜〈キーボードボーカル〉
八重垣・星野真凛〈サックス〉
浦戸ヶ崎・白澤翼〈ドラムボーカル〉
弘道館・江藤ひなた〈ベース〉
このうち1年生は神崎アリス、2年生は星野真凛の1名ずつのみで、あとはすべて3年生である。
おおよそ話し合ったとおりに決まり、人気投票の1位であった茅ヶ崎商業の1年生ドラマー・児玉可奈子が投票枠で決まったので、
「まぁこれで、ワタワタせんで済むかも」
3年生で引退の貴子は、次期のバンドリーダーとなった江梨加に胸の内を明かした。
ベースの貴子が抜ける穴は、千沙都がベーシストに転向することで難なく解決し、同じく3年生のカンナが抜けるギターは、新入生から探す方針となった。
が。
問題はマネージャーでもある宥の後を継ぐマネージャーがいないことにある。
宥はみずからが音痴であること、それでもバンドや音楽が好きで、サポートに回ることで部長兼マネージャーとして、そのマネジメント能力を伸ばしてここまで来た。
そのためスキルは高く、
──篠藤マネージャーに来てもらわないと困る。
と決勝進出を果たした、鳳翔女学院以外の他の7校すべてから声が上がり、事態を重く見た全日本高等学校スクールバンド連盟、通称全スク連の松浦代表が最終的には職権で決めたのである。
インターネットのリモート会議システムを使った初会合が始まると、早速問題が起きた。
文科省からの担当はユズ先生が非常勤扱いで、札幌外国語大学から出向となって窓口となることが決まり、ノンタン先生もヘルプに入ることとなったので、そこはなんの心配もなかったのであるが、外務省から担当となった官僚が問題児であった。
「外務省広報室の
人当たりはやわらかいが、明らかに高校生を下に睥睨している態度が画面から分かるほど、傲岸なところのある人物であったからである。
「えーと、篠藤さんでしたっけ? 何で正規のメンバーでもないあなたがここに参加しているのですか?」
これにはバンドリーダーとなった神崎せつ菜が、
「その話は私たち選抜メンバーから、篠藤さんに学校経由でマネジメントをお願いしました」
「しかしマネージャーをつけるとは、外務省では聞いておりません」
どうやら御船さおりは、自分に話を通してないことに腹を立てているようであった。
宥は内心、
──こんな大人が国家を回してるのか。
などと半ば呆れたような顔をした。
それでも、
「しかし全スク連からは篠藤マネージャーの件は認可もおりていますし、文科省でもマネジメント担当は必要と判断して彼女の参加を認めています」
ユズ先生は縷々と述べた。
「それでも、どうしてもと外務省で言われるなら、この場で外務大臣に文科省側から確認を致しますが、いかがされますか?」
ユズ先生はその場で電話を手に大臣官房へとつなごうとしたので、
「…分かりました。マネージャーの件は承知しました」
不機嫌そのものといった顔で、御船さおりはようやく認めたのであった。
神崎せつ菜は小さく、
「何か先が思いやられます」
溜息をつくよりほかなかった。
会議後に怒りのおさまらないグループチャットを送ってきたのは、白澤翼である。
「何やあの御船だかってオバハン、何ちゅう悪態ゾネ!」
バリバリの土佐弁で怒りに任せて打ったのか、「ぞね」が「ゾネ」とカタカナに誤変換されたままである。
「まぁまぁそないに怒らんでも…」
宥は普段から、江梨加のたまに出る口の悪さに慣れているからか、どこ吹く風といったような調子で、
「今度の会議であの悪態の動画撮って、Twitterあたりに流せば、態度の悪さぐらいは少しは改まるやろ」
宥は宥で冷静に返信した。
「たまたませっつーがいたからええようなものの…次に何かあったらうちが許さんぜよ!」
「何か坂本龍馬とかみたい」
「そげなとこで
あまりに早打ちで返ってくるので、もしかしたら翼のスマートフォンは土佐弁で書ける機能があるのかも知れない──宥はそんなことをふと考えたりもした。
練習は、リモート会議の機能をそのまま使ってメンバーが全身映るように、カメラを固定して合わせる…という手法を取った。
「集まって練習するのが2回しかないってのはね…」
弘道館大学高校の江藤ひなた曰く、感覚を掴むまでが大変であったらしい。
それまでは互いにスマートフォンやパソコンに送った動画をもとに動画に合わせつつ、だいたい楽譜も参考にしながら音を合わせていくのであるが、
「タイムラグあるから難しくて」
合同練習で予想はされていたが、それぞれのインターネット環境が違うので、どうしても差が出る。
茅ヶ崎商業のように授業で使うための最新の設備がある場合や、秋田学院のように私学でも資金があって整っていれば問題はないが、難関は古いインターネット環境のままだという姫路第一であった。
「ほら、うちの高校古いから」
神崎せつ菜によると、およそ15年ぐらい前のシステムのインターネットなので、最新のシステムに対応し切れないらしいのである。
その点、鳳翔女学院は情報研究部というオタクのような部活動があって、生徒会長の葉月からの連絡で情報研究部からサポートを得られたので何とかなっていた。
それでもどうにか音合わせをして、何とか形になりそうになってきたので安堵したのであるが、
「何かさぁ、大人の思いつきってニオイしなくない?」
思わずボヤいたのは、茅ヶ崎商業の楠かれんであった。
楠かれんは関西出身ながら、親の転勤で神奈川に引っ越して茅ヶ崎商業に入学した経緯を持つ。
「こうなることって、ちょっと想像したら気づきそうなもんなんとちゃうの?」
おそらく大して深く考えもしない大人が、机の上の思いつきで決めたのかもしれない──かれんの指摘を耳にしただけで、宥は頭がくらくらになりそうであった。
この選抜メンバーのユニークなところは、揃いも揃って言いたいことをハッキリ言うメンバーが多数を占めていたことである。
土佐弁でズケズケ言う翼、バンドリーダーらしく真面目で積極的に発言するせつ菜、関西育ちで物怖じしないかれん…これだけクセの強いメンバーが揃うと、通常はまとまること自体が不可能に近い。
それが、である。
「宥ちゃんが言うならいいよ」
なぜか宥の意見だけは、みな素直に聞いて受け入れるのである。
とりわけ翼などは、
──ありゃ下手な男なんか泣かされよる。
共学である浦戸ヶ崎高校にあって、男子からも恐れられるほど強気で容赦がないところがある。
その翼ですら、
「宥ちゃんはほら、間違ったこと言わんし」
常に客観的で、的確な解決方法をともに探そうとする宥の姿勢に、翼は信頼を寄せていた。
「うちのマネージャーが宥ちゃんやったら、優勝しとったかも知れん」
のちに冗談めかして言ったが、実際は翼の偽らざる本音であったのかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます