23 終戦
結果発表は、バックスクリーンに表示される。
8位から6位までには、まず鳳翔女学院という名前は入っていなかった。
8位弘道館、7位茅ヶ崎商業、6位秋田学院──である。
「茅ヶ崎って、あの児玉可奈子のいる茅ヶ崎だよね?」
千沙都が言う児玉可奈子というのは、ドラムの世界大会で5位に入り、鳴り物入りで茅ヶ崎商業に入学した話題のドラマーのことを指している。
それが7位であった。
秋田学院も6位で、ここで2度目の優勝はなくなった。
淡々とランキングの発表が続く中、入賞枠である5位には姫路第一が入った。
背後で姫路第一のメンバーらしき悲鳴が聞こえたが、それは自分たちが思っていたより、下位に沈む結果となったからなのかも知れない。
「…取り敢えず入賞よりは上ってことよね」
カンナは平素と変わらない様子で言葉を発した。
4位は、弘前第一。
あの神崎アリスを擁する弘前第一が、ここで出てきた。
美織が振り返ると、神崎アリスは先輩らしきメンバーに肩を抱きかかえられられながら、人目を憚ることなく泣いている。
──それだけ賭けてたってことよね。
同じ1年生の美織は、物凄い世界に足を踏み入れたような気がしたのか、少し何かを考えるような顔をした。
この時点で残っていたのは八重垣、浦戸ヶ崎、鳳翔女学院の西日本勢の3校で、どこが勝っても初優勝ということだけは確定したのであるが、
「さすがにうちの優勝はないやろ」
という江梨加の冷徹なまでの発言が、West Campとしての一致した見識であった──とみていい。
存外、我が身のことは我が身が分かっているのと同じようなもので、このさながら俯瞰するが如き客観的な冷ややかさが、指導する側であったノンタン先生を安堵たらしめていたところはある。
「分かってるから、ずっと練習してきた訳やしね」
宥もこの隅々まで見渡せるメンバーたちがいたからこそ、ここまでマネジメントをしてきて、全国を目指し、そしてハマスタの舞台にまで来ることが出来たと信じて疑わなかった。
さてベスト3である。
3位はドラムロールのあと、暗転からピンスポットライトが照らされて発表される。
わずかばかりの闇と沈黙の後、急に明るくなった。
「3位は京都代表、鳳翔女学院高等部・West Campです!」
ここで名前が出てきたことで、
──やっと出よったか。
江梨加の本音が出た。
初出場で3位…すなわち銅メダルである。
「上出来やん」
悔しさはあるものの3位という結果に、これなら桃花も納得してくれるのでは──桜花は内心そんなことがよぎった。
あまり見たところ、はしゃいだりすることもなかったので、他校からはクールというか、感情を爆発させないので、よく分からないというより、何を見聞してとらまえているのか判じ難く映ったらしく、
──せやから何考えてるのか分からんって言われた。
このあとの控室で宥が、白澤翼から言われたのはそれであった。
ついでながら。
このとき宥のカフェにパソコンを持ち込んで生配信を見ていた堺雪菜と新島実穂子は、ともに拍手をして健闘をよろこび称え合ったあと、
「…私のぶんまで、こんなに頑張ってくれたんやね」
日頃は感情をもろ出しにしない実穂子が、涙目になりながら笑顔を見せていた。
いっぽう。
生徒会室のパソコンで同じ生配信を見ていたのは現職の西葉月で、
「…コレは忙しくなるかも知れへんわ」
全く違う感を懐いていたのであるから、ユニークなものであろう。
鳳翔女学院からすれば2位と1位は別に気になるほどでもなく、またこの物語の本題ですらないが、
「まぁ、ここまで来たら…どこが勝ったかも見たいよね」
新島実穂子の言葉が、第三者からの視観による、偽らざるところであったのはいうを俟たない。
2位と1位は、同時に発表される。
浦戸ヶ崎も八重垣も、ともに公立高校なだけに勝てば6年ぶりの公立勢の優勝となる。
しかもともに、県勢初優勝がかかる。
「それでは…発表します!」
再び暗転し、ドラムロールが鳴る。
静まった。
ピンスポットライトは──鳳翔女学院の隣を照らした。
「優勝は島根代表・八重垣高校〈つまごみ〉です!」
すぐ側にいたカンナが見ると3人いるメンバーは肩をはっしと抱え、歓喜の涙を流していた。
カンナは彼女たちの頭をそれぞれ軽く撫で、
「Congratulation!」
ネイティブな発音で優勝を讃えた。
このときの様子は生配信でも放映され、
「これがスクバンです! 健闘をたたえ合っています!」
生配信の実況中継のアナウンサーがあまりに感動し、このあと1分以上も言葉を発することが出来ず、危うく放送事故になるところであったほどであった。
他方で暗転の中、白澤翼は泣き崩れていた。
「まぁ勝負のならいでしゃーないっちゃあ、しゃーないねんけども…」
それでも初出場で準優勝である。
貴子が白澤翼に駆け寄ると、
「おめでとう」
耳もとで祝意をあらわすと、そこでようやく翼は我を取り戻したのか、
「…ありがと」
顔を上げた。
翼はまさか他校の生徒から祝福を受けるとは思ってもいなかったのか、少し驚いた様相もあったが、
「…これが、うちの実力」
とだけ言うと、立ち上がってスカートの埃を払い、貴子の背を軽く叩いて戻ることを促した。
表彰式が始まり、3位の鳳翔女学院はバンドリーダーの貴子が3位の盾を受け取り、メンバーは銅メダルをそれぞれ首にかけてもらい、スタジアムからの拍手と喝采を受けた。
2位の浦戸ヶ崎は、白澤翼が2位の盾を受け取った。
そして、史上3校目となる初出場初優勝となった八重垣高校のバンドリーダー・佐野ふみかに優勝旗が、サブリーダーの中田みなみに優勝盾がそれぞれ渡され、2位の銀メダルと1位の金メダルが授与されると、クラッカーが鳴って記念大会は最後の記念撮影を残すばかりとなった。
ところが。
ここで会場の司会者から、
「今回はここで、全日本高等学校スクールバンド連盟・松浦勲代表から発表があります」
これには舞台袖にいたノンタン先生が思わず、
「…えっ?!」
素っ頓狂な声を出した。
全く聞かされていなかったらしい。
舞台袖でノンタン先生は、かつての恩師であった松浦先生──今は代表であるが──とすれ違いざま、
「…3位か、やったな」
松浦勲は軽くウィンクをしてみせた。
ノンタン先生はこれだけで平静さを失いつつあったが、それでも何とか落ち着こうと、その場で深呼吸をした。
「みなさんライブお疲れ様でございます、全日本高等学校スクールバンド連盟代表の松浦でございます」
物腰のやわらかい、関西弁の語り口である。
「本日は雨の降る中お集まりいただき、まことにありがとうございます。今回は第15回記念大会ということでいつも以上に大変に盛り上がり、大盛況のうちにエンディングとなりますことを、まことにありがたく、また嬉しく存じます」
もともとが数年前まで教職にいただけあって、何も紙を見ずに話せる。
「さて、今回はこの場にいる8グループのみなさんに、実はお知らせがあります」
と松浦代表はおもむろに、スーツの胸ポケットから何やら封筒のようなものを取り出し、その場で封を開けた。
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