22 熱唱
鳳翔女学院のカーテンコールは、スクバン公式サイトでも取り上げられた。
ちなみにスクバン公式サイトによるとカーテンコールが起きたのは第7回大会の岡山代表・宇野商業高校〈音楽少女団〉の準決勝で、このときも奇しくも演奏順は4番である。
話を戻す。
パワフルにキーボードを弾くメインボーカル・江梨加、セクシーにギターを弾くリードギター・カンナ、確実な演奏で定評のあるベーシスト・貴子、変幻自在にスティックさばきをしてみせるドラム・桜花、力強いストリングスで華を添えるビオラ・薫子、ときにはコーラスにも参加する器用なトランペット・美織、そしてボーカルもこなすサブギター・千沙都──。
この段階でWest Campは唯一無二のバンドとして、固定ファンを持つ存在となりつつあった。
決勝進出の8校は、北から次の通りである。
弘前第一高校【青森】〈YOUNGAPPLE〉
秋田学院高等部【秋田】〈小町娘〉
茅ヶ崎商業高校【神奈川】〈Mercurius〉
鳳翔女学院高等部【京都】〈West Camp〉
姫路第一高校【兵庫】〈WHITEHERON〉
八重垣高校【島根】〈つまごみ〉
浦戸ヶ崎高校【高知】〈浦戸ヶ崎高校軽音楽部〉
弘道館大学高校【佐賀】〈HAGAKURE〉
このうち決勝初進出は弘前第一、茅ヶ崎商業、鳳翔女学院、姫路第一、八重垣、浦戸ヶ崎、弘道館大学高校の7校。
県勢初優勝がかかるのは青森、島根、高知、佐賀の4県。
初出場初優勝がかかるのは弘前第一、茅ヶ崎商業、鳳翔女学院、姫路第一、八重垣、浦戸ヶ崎の6校。
優勝経験校は秋田学院のみ。
結果として初優勝校が出る可能性の高い決勝の顔ぶれとなり、つまりどこのチームにも優勝の可能性がある──ということを意味していた。
決勝戦を前にした最後のリハーサルの日、開会式以来の横浜スタジアムに入ったWest Campのメンバーは、意外とステージが狭いことに気づいた。
「普通ならバンドは4人か5人やからね」
宥によると今回の決勝に残ったバンドの中では、鳳翔女学院の7人が最多なのだというのである。
が。
裏を返せばそれは、使い方次第ではステージを華やかに魅せることができる──という意味でもある。
「あのさ…ちょっとアイデアひらめいたんやけど」
宥はメンバーを集めるとプランを明かし、その案に乗った。
リハーサルを終えると、メンバー全員で向かったのはなぜか蒲田である。
「宥先輩のプランを実現するなら、ここか馬喰横山町か日暮里なんだよね」
という千沙都の意見である。
手芸屋を手分けして周り、LINEで連絡を取り合いながら見つけたのは、髪飾りの材料であった。
「泣いても笑っても最後なんやし、今まで応援してくれたみんなのために」
というのがその理由である。
江梨加は路上ライブ時代からつけているカサブランカ、カンナはみずからの父親のルーツにちなんだプルメリア、桜花は桃花から受け継がれたタッセルのついたつまみ細工の桜、貴子はシンプルなスターフラワー、千沙都は
当日の朝。
一足早くハマスタに来た宥は、演奏順をジャンケンで引く順で決め、最初に宥が8番をいちばん始めに引き当てて、その後は主なところでは浦戸ヶ崎6番、姫路第一5番、弘前第一4番…という順序となっていった。
順序が決まって書類に手続きを書いているところにメンバーが到着。
宥が到着したときには小雨であったが、メンバーが着く頃には雨は止んで、うっすらとであったが虹がかかっていた。
「さっき虹出てたよね」
虹を見つけた美織が言った。
奇遇にも歌うタイトルは『なないろのメロディ』という曲で、美織と薫子の作詞に江梨加が曲をつけた。
アレンジは千沙都が初挑戦し、ブラスとストリングスを要所に効かせたナンバーに仕上げたもので、
「これなら私たちが抜けても大丈夫そうね」
貴子が言うと「それは卒業してから言ってください」と千沙都に突っ込まれる一幕もあった。
決勝戦が始まり、1番の八重垣高校から始まった演奏は、2番の茅ヶ崎商業の後半から小雨の中でのパフォーマンスとなった。
神経質になるほどの降りではなかったものの、雨具がないと濡れてしまう強さになるときもあって、度々演奏の合い間に中断が起きたので、
「あんまり強くならなきゃいいけど」
ノンタン先生はみずからが体験した決勝戦のことを思い出したらしかった。
ちなみにノンタン先生のときにはちょうど出番のときに停電をしてしまい、ボーカルが拡声器を片手にアカペラで歌い、まるでドラマのような展開であったのもあって初優勝をさらっていた。
が。
今回は違う。
あまりひどくなったときには決勝は中止となり、決勝進出の段階で最も点数の高かったバンドが優勝となる。
それでいくと鳳翔女学院は7位で、5位までの入賞すら厳しい。
「せめて入賞までには入りたいよね…」
ノンタン先生は宥に、ボソッと本音をもらした。
神崎アリスの弘前第一高校の出番が終わって一時的に雨脚が強くなると暫時の休憩に入ったが、すぐに雨が止むと姫路第一の登場となり、メインボーカルの神崎せつ菜があらわれると、スタジアムは雨を吹き飛ばさんばかりに盛り上がり始めた。
浦戸ヶ崎高校の白澤翼が登場する頃には、雨も止み始めていた。
「ほいじゃあ行くきに、盛り上がろうや!」
バリバリの土佐弁で煽ると、観客席のボルテージは上がり始めた。
「あの煽り方はかなり慣れとるね」
遠巻きに眺めていた宥は、白澤翼が路上ライブに長けた手練れであるという江梨加の指摘が、間違いのないものであることを確信していた。
浦戸ヶ崎のあとは秋田学院。
優勝経験校らしく落ち着いた雰囲気で、どんよりしていた重苦しさを爽やかに払い除けるような透き通ったボーカル・斎藤
「やっぱり常連は違うね」
貴子と江梨加はそんな話をした。
さて。
いよいよ鳳翔女学院の出番となり、ステージに7人それぞれ位置について、おもむろに江梨加はマイクを手にした。
「えーとみなさん、今日は雨の中ライブに参加していただいてありがとうございます。私たちWest Campのライブが、今年のスクバン最後のライブとなります。泣いても笑っても最後なので、最後はみんなでこのナンバーで笑顔で締めたいと思います。──それでは聴いてください、『なないろのメロディ』」
江梨加のキーボードと薫子のビオラから始まり、イントロの途中でさらに千沙都のアコースティックギターが加わる、荘厳ながらアップテンポで明るいナンバーを選んだ。
曲の途中、奇跡があった。
虹が出たのである。
♪僕たちのメロディは虹になって
君に架かる橋になる
というフレーズのところで虹が出始めたので、
──虹を呼ぶボーカリスト。
として、のちのちまで語り継がれたのであるが、当の江梨加は虹を見ることが出来なかったらしい。
無事に歌い終わるとカーテンコールが起きたので、準決勝のときのように再び7人でステージに並んで手を繋いで謝意を示し、スクバンの全日程のライブは終わったのであった。
控室に戻ると白澤翼がいた。
「あんた虹まで操れるんやね…知らんかったわ」
真顔で言ったので少し驚いたが、
「まぁホンマに虹操れたらバンドやらんでもメシ食えるけどな」
江梨加が返すと、翼は初めて笑顔になった。
気づくと神崎せつ菜は、ひさびさに妹のアリスと再会したにも関わらず、なぜか離れた席にいた。
それに気がついたのか、
「せっつー、アリスちゃんこっちやき」
打ち解けていたのか、翼がせつ菜の手を掴むと、アリスの隣に移動させて座らせる──という場面もあった。
みな、ライブがハネてリラックスしていたのか、
あとは結果発表だけとなり、ステージに8グループ全員が並んだ。
毎回のことながらこの光景はなかなか壮観なものであったらしく、開会式と最後の結果発表だけを楽しみに観に来るファンもいたほどで、中には未来のアーティストの原石を探しにやってくる芸能事務所のスカウトらしき人の姿もあった。
優勝すれば芸能界への道が開ける確率が高いだけに、それを目指しているグループのメンバーもある。
が。
中には優勝しても、誰も芸能界に行かなかったといった例もあって、そこはどうも単純なものではないらしい。
現にノンタン先生も、芸能界には行かなかったタイプである。
「まぁスクールバンドとして出るには出たけど、あくまでも部活動の一環だったし」
というのが、ノンタン先生の言い分であった。
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