21 仲間

 準決勝は4グループで行なわれる。


 それぞれに別れた16校から各グループ上位2校がハマスタでの決勝戦に進めるのであるが、スクバンの歴史を紐解くと数々の名勝負が繰り広げられ、過去には決勝戦より一般開放席が取りにくい大会もあったほどである。


 このときのグループBは、



  弘前第一高校【青森】〈YOUNGAPPLE〉

  西ヶ原学園高校【奈良】〈西学軽音部〉

  鳳翔女学院高等部【京都】〈West Camp〉

  糸島女子高校【福岡】〈AQUARIUM〉



 という4校である。


 他にもグループAでは白澤翼の浦戸ヶ崎と神崎せつ菜の姫路第一、グループCではドラマー世界大会5位の注目のドラム・児玉可奈子を擁する茅ヶ崎商業と、小さな公立高校ながら勝ち上がってきた厳島いつくしま高校──などといった、好カードが比較的バラけた準決勝となっていた。


 とはいえ。


 ここまで来ると弱小バンドなるものは存在せず、それなりに場数も踏んでいるだけに、僅かなミスが命取りとなるのも自覚があったようで、


「ここで勝負張らなあかんのよねぇ」


 エントリー用の楽曲をどうするか、バンドリーダーの貴子と作曲担当の江梨加、作詞担当の桜花、そして部長の宥は、宿舎のミーティング用の部屋で選曲に頭を悩ませていた。





 最終的に選んだのは『僕たちのハーモニー』というミディアムテンポのナンバーであった。


「路上ライブ用に作ったけど、何となく弾いてなかった」


 という曲で、何度か部室では聴いたことがある。


「まだ使ってなかったっけ?」


 カンナはてっきり、予選で歌ったものだと勘違いをしていたらしい。


「まだコレは歌ってなかった」


 内容も仲間への応援歌のような歌詞なので、案外いいかも知れない──全員一致で異論は出なかった。


 選曲が決まり、ようやくミーティング部屋から出ると、


「みんなにお客さんだよ」


 ノンタン先生に呼ばれたのでロビーへ降りると、そこにはなぜかユズ先生がいた。


「ユズ先生…?」


「元気そうで何よりです」


 あのいつものやわらかい声をひさびさに、上級生メンバーは聞いた。





 それにしても、である。


 ここのタイミングでなぜ、ユズ先生がわざわざ上京を果たしたのか、メンバーは皆目わからない。


 まずは再会を喜び、千沙都や薫子、美織の1年生組に紹介を済ませ、そこからユズ先生はメンバーが驚くべきことを口にした。


「京都に戻ることになってね」


 とはいうものの、籍はまだ札幌外国語大学にある。


「実は、ノンタン先生の恩師の松浦先生から話があって」


 それでまだ中身を明かすことは出来ないものの、省庁を跨いだ重要なプロジェクトがあって、京大出身で官僚の同期もいるユズ先生に、指名がかかったらしかった。


「でもどんなプロジェクトなんですか?」


「何でもみんなに協力して欲しいらしいのだけど、実のところ僕も詳しく教えてもらえてなくてね」


 それでも決勝が終われば分かるらしい──ユズ先生は言った。


「そっかぁ…じゃあ、取り敢えず決勝には行かなアカンってことやんね」


 江梨加が言うと、


「能勢は相変わらずだね」


 教え子の様子に、ユズ先生はホッとした相好をした。





 さて、準決勝である。


 すでに午前中のグループAでは姫路第一と浦戸ヶ崎が決勝進出を決めていた。


 宥は演奏順のくじ引きでまたしても4番を引いた。


「まぁ、最後やからやりやすいんやけど」


 カンナが珍しく地口を言ったので、


「大丈夫?」


 宥に心配される始末であった。


 注目の弘前一高は3番で、舞台袖で初めて宥は神崎アリスを見たのであるが、透き通るような白い肌と、少し薄い茶色をしたクリクリした目をした美少女ぶりに、


「あれはメディアも騒ぐわ」


 千沙都はフラットに言った。





 他方であまり芳しくない顔をしたのはカンナで、


「やっぱり、日本では女の子は色白でないとダメなのかな」


 とだけ言うと、少しふさぎ込むようなところがあった。


「あのさカンナ」


 貴子はカンナの猫背にバックハグをすると、


「カンナはカンナでセクシーやんか」


 背が高く、スタイルが良くてクールな雰囲気のカンナは、West Campで最も人気のあるメンバーとして、スクバン期間中に開催されている人気投票では神崎アリスに次いで2位につけている。


「どうしてカンナは、自分の見た目を気にするの?」


「…多分、ハーフじゃないと分からないのかも知れないけど、いつもイジられたり、からかわれたりするし」


 貴子はハグの手を強め、


「うちらは仲間やん、カンナは水臭いわホンマ」


 スタッフからスタンバイの声がかかる。


「はら…カンナ、行こ!」


 貴子はカンナの手を引いてステージに伴っていく。





 ステージに立つと、いつもすぐ曲紹介をするボーカルの江梨加が、マイクを手に語り始めた。


「今日は皆さんに聞いてほしいことがあります」


 カンナちゃん、ちょっといい?──江梨加はカンナを呼んだ。


「うちのバンドには、清家カンナという素晴らしいギタリストがいます。ギターが上手くて、とてもメンバー思いで、どんなアクシデントがあっても動じない、いつも私たちの支えになってくれている大切なメンバーです」


 今日は彼女のためにこの曲を選びました──と江梨加は言い、


「それでは聴いてください、『僕たちのハーモニー』」


 江梨加のキーボードと桜花のドラムから始まる明るいナンバーが始まると、オーディエンスは徐々に立ち上がり始め、やがて総立ちとなった。





 パフォーマンスが終わると、しばらく拍手は鳴り止まなかった。


 変わったところは、カンナが泣いているところであった。


「いつもありがとうって思っとるから、今日ぐらいは感謝をいわせてや」


 メインボーカルを張る江梨加の面目躍如であろう。


 ここで、珍事があった。


 West Campがステージ袖に引っ込んでも拍手が止まず、ほとんどないことであったが、カーテンコールに応える形で再びステージに立ったのである。


「みんな、おおきにありがとなーっ!」


 江梨加は叫んだ。


 再び万雷の拍手が鳴る。





 この様子を関係者席で観ていた弘前一高の神崎アリスは、


 ──もしかしたら彼女たちには勝てないかも知れない。


 と直感し、事実、結果としては鳳翔女学院より下の順位でこのときの大会を終えている。


 ついでながら順位は、



  1位 鳳翔女学院高等部【京都】〈West Camp〉

  2位 弘前第一高校【青森】〈YOUNGAPPLE〉

  3位 西ヶ原学園高校【奈良】〈西学軽音部〉

  4位 糸島女子高校【福岡】〈AQUARIUM〉



 というもので、僅差ながら初出場の鳳翔女学院が、弘前第一と共に決勝進出というベスト8入りを果たしたのであるが、それまで県予選から一度も首位通過を譲らなかった弘前第一にすれば、ショックはあったらしい。


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