20 進出
2位通過ながら1回戦を突破した鳳翔女学院のWest Campは、2回戦ではグループAに入った。
鳳翔女学院高等部【京都】〈West Camp〉
姫路第一高校【兵庫】〈
能登島高校【石川】〈アイランズ〉
前年度優勝校の雄峰館は、優勝時のメンバーがほとんど残っており、連覇のかかる今年も危なげなく勝ち残っており、1位通過は雄峰館であろう──と誰からも目されている。
その一方で。
1回戦での戦いぶりから注目されていたのは兵庫代表・姫路第一高校のWHITEHERONで、もともとが東大の合格者数の多い県立の進学校であるところに来て、創部3年目でありながら強豪ひしめく兵庫予選を勝ち抜いて、全国大会に初出場し、1回戦で常連校の聖ヨハネ津島を撃破し勝ち上がる──というミラクルをやってのけていた。
それだけに。
2回戦ながら要チェックのグループとして、ファンの間で熱視線を送られていたのである。
「まぁどこも弱いところはないから」
宥は油断などできない、といった顔をした。
この2回戦からは上位2校が準決勝まで勝ち残り、8校で横浜スタジアムでの決勝戦を戦うのであるが、2回戦は番狂わせが起きやすいことで知られ、
──魔の2回戦。
と呼ばれることもあった。
2回戦は計4日間。
1回戦と違うのはアルファベットを逆にHから上がって、グループAがいちばん最後になることぐらいである。
2回戦最終日に鳳翔女学院は登場となり、それまで間があったのでWest Campのメンバーは視察も兼ねてそれぞれ別の予選も観覧した。
例の白澤翼のいる浦戸ヶ崎高校はグループFで、見事に首位通過を果たしていたが、他方でグループGの聖イエズス学院や沼津静陵、グループEの和歌山学院大学高校といった、かつての優勝校が軒並み敗退するなど、魔の2回戦という下馬評の通りの熾烈なリーグ戦となっていた。
そうした状況で迎えたグループBでも、2度目の優勝を目指していた北海道代表・
朝のくじ引きで鳳翔女学院は4番を引いていた。
雄峰館、能登島、姫路、鳳翔という順で歌うのであるが、全く分からないのが
固定したメインボーカルがおらず、曲目に合った声質でボーカルを決めて歌わせる…というスタイルで、なのでエントリー表を見ると全員にボーカルを示す「Vo.」というマークがついていた。
「そんなバンドは見たことがない」
スクバンに詳しい桜花や千沙都でさえ記憶にない──すなわちセオリー通りに来ないバンドを、相手にしなければならないのである。
「うちはもちろん、江梨加で行くよ」
リーダーの貴子はこんな時でもブレない。
メインは江梨加、サブは千沙都と最初から決めてあり、
「うちのエースは江梨加だものね」
そこは副部長のカンナも手堅いので変わらない。
美織は少しばかり不安げな顔をしたが、
「大丈夫やと思うよ。いつもと変わらんかったら平常心で行けるんやし」
薫子は泰然と構えていた。
2回戦グループAが始まると、早速波乱が起きた。
雄峰館のメインギターが機材トラブルで使えなくなり、急遽アコースティックギターで歌い直す──という珍事が
当然のことながら調子は本来のそれではない。
しかしこうしたトラブル対応も評価対象の一つで、中には停電している中アカペラで歌唱して優勝をさらった神居別のような例もあるのだから、分からないものであろう。
が。
このトラブルに完全に動揺したのが2番目の能登島で、本調子でなかったばかりか歌詞の1番と2番を間違えて飛ばしてしまうという大失態を犯した。
泣きながら戻って来る能登島のボーカル・
「これがスクバンの魔物ってやつか…」
江梨加は至って平静そのもので、深く息を吐くと瞑目して天を仰ぎ、呼吸を整えていた。
West Campが舞台袖で見た姫路第一のボーカルは、この日は登録上メインとなっている神崎せつ菜で、メインボーカルとされてあるだけに歌唱力は群を抜いている。
「すごいなあ」
千沙都は素直な感想を述べた。
あまりに素直に言うので逆に美織は笑ってしまい、
「千沙都にはかなわへんわ」
苦笑いを浮かべた。
鳳翔女学院の出番が来ると、アンプの調子が悪いのか、最初の音出しのカンナのエレキギターの音が出ない。
「アコースティック、ある?」
カンナは千沙都の予備のアコースティックギターを借り受けると、
「これでいくよ?」
江梨加に合図を送って、まるで何事もなかったような何食わぬ顔でスタンバイをしてみせた。
江梨加もそれを受けて、
「それでは聴いてください、『私のDarling』」
すぐに江梨加は、イントロのキーボードを弾き始めた。
江梨加が路上ライブのときに作ってあった、江梨加には珍しいポップな明るいラブナンバーである。
軽やかに歌い終わると、
「…どないなるか思ったわ」
小声で貴子と桜花は目配せした。
舞台袖に駆けつけていた宥も、
「…良かった」
「あれは私らでも出来なかったなぁ…あのぐらいステージ捌きが出来るなら、もしかして決勝あるかも」
後ろにいたノンタン先生は腕組みしながら静かに述べた。
結果は、会場を騒然とさせた。
1位 鳳翔女学院高等部【京都】〈West Camp〉
2位 姫路第一高校【兵庫】〈WHITEHERON〉
3位 雄峰館高校【熊本】〈カミカゼ〉
4位 能登島高校【石川】〈アイランズ〉
前年度優勝校の雄峰館が3位敗退…という結果になったからである。
またしても、魔の2回戦である。
「うちらは何で勝てたんやろ…?」
薫子の疑問は、
「いわゆる適応力ってヤツなんかなぁ」
貴子の涼やかな一言で解かれた。
「適応力…かぁ」
スクバンはアクシデントが起きやすく、そのためトラブルに動じない適応する能力が高くないと勝ち抜けない。
その点、毎回のベストを狙うという着眼では姫一の手法は理のある一手ではあるが、鳳翔女学院の即応力には及ばない──のちに語られた講評にはそのように記されてある。
ともあれ。
これでベスト16である。
最後の2枠が決まって、宥と姫路第一のリーダー・神崎せつ菜はともにくじを引いた。
「…なるほど」
宥が引いたのはグループB。
弘前第一の神崎アリスがいるグループである。
神崎せつ菜が引いたのはグループAで、浦戸ヶ崎高校の白澤翼と同じグループであった。
「うーん…」
神崎せつ菜の表情が曇った。
「…ん?」
思わず宥は神崎せつ菜を見た。
「いや…大丈夫です。何でもないので」
向きざまの神崎せつ菜の笑顔の眩しさに宥は一瞬目を取られたが、
「それならえぇんですけど」
このときの会話はそれだけであったが、口跡の綺麗な標準語を話す神崎せつ菜に、直感で何かある──宥はピンときたものがあったらしい。
帰りのバスで宥は、千沙都と桜花が座る座席の後ろに来るなり、
「あのさ…神崎せつ菜って何者?」
直球で訊いた。
「あー…宥先輩、気づいちゃったんや」
桜花が言った。
「弘前一高の神崎アリスの姉が、姫一の神崎せつ菜ですよ」
千沙都は知っていたようで、
「神崎せつ菜と神崎アリスって、どっちも地元は弘前なんですよね」
どうやら姉のせつ菜のほうが姫路第一に入り、妹のアリスのほうは弘前に残ったらしい。
「まぁ姫一っていったら関西でも指折りの公立進学校だから、越境入学ぐらいはよくある話ですけど、でもわざわざ弘前からだったら、東京あたりの進学校に行くのが普通な気がするんですけどね…」
そこは千沙都は理解しつつも、逆に半ば解せないところも禁じ得なかったようであった。
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