19 邂逅
全国大会への出発を明日に控えた放課後、生徒会長の西葉月が千羽鶴を手に部室へやって来た。
「有志からぜひ軽音楽部にって」
「ありがと」
代表して宥が受け取った。
直前に行なわれた組み合わせ抽選で鳳翔女学院は1回戦のグループBに入り、
鳳翔女学院高等部【京都】〈West Camp〉
鶴ヶ島商業高校【埼玉】〈鶴商音楽部〉
という組み合わせとなった。
初出場の二本松商工と鶴ヶ島商業以外は2校が常連校で、特に躑躅ヶ崎高校は過去に準決勝まで進出したことのある強豪校である。
1回戦は上位4校、2回戦からは上位2校が勝ち上がる。
「さすがに全国大会ってなったら簡単なもんやないってのは分かるんやけど、それでも気張って欲しいし」
葉月から託された千羽鶴が、その思いを物語っている。
「それにしても、みんなでよう折ったね」
「うちの高校あんまり部活動強くないから。今回のスクバンかて、全国大会行き決まった部活動ってのが3年ぶりやし」
葉月が言うのは前に演劇部が大会に出た話のことを指しているが、これはエントリーさえすれば全国大会に出られたので、地区予選を勝ち抜いて出るのは葉月も記憶がなかったらしい。
「全校応援は行かれへんけど、京都から応援するね」
「おおきに、葉月ちゃん」
宥と葉月は固く握手を交わした。
スクールバスで校舎を出発したメンバーは、
「ノンタン久しぶりっ!」
ノンタン先生に近付いて来たスタッフがあった。
「ちょっと美優先輩、恥ずかしいからあんまり大声出さないで下さいって…」
「いいっしょや…んな、はんかくさいこと言わなくたって」
思わず方言まで飛び出したらしく、
「あ、こちらはスタッフの鳥飼美優さん。私の高校の先輩」
ノンタン先生の紹介に美優は、
「みんなよろしく。ノンタンが1年生の頃からだから、もう8年ぐらい経つのかな?」
「でも美優先輩の頃って、確かまだうちの高校全国すら行けなかったですからね…」
「あれは松浦先生のおかげだって」
話に花を咲かせていたが、
「ここのホテルでスクバンの代表を毎年担当してるので、何かあったら私に言ってくださいね」
美優はフランクに言った。
宿舎のホテルでは宴会場を練習場所に用意するなど準備は慣れたもので、
「去年も桜城高校が来てやってたし」
どうやら前にも京都代表が毎年使用していたようである。
「まぁノンタンが桜城の学生コーチの頃からだから数年ぐらいだけど、毎年迎えるからマニュアルまであって」
プランにはビジネス客向けにスクバン割引なるものまであって、中には応援するバンドのためにこの時期を狙って予約する客さえあるのだという。
「桜城ぐらいの強豪校ってなるとファンクラブまであって、うちはファンクラブなかったから凄いなって」
まぁうちらは道立で田舎だったし──美優は笑った。
荷物を整理したり、スケジュール確認だのミーティングだのでこの日はあっという間に夕方になり、美優の案内で会場のカナケンこと県民ホールを下見し終わる頃には、日が暮れかけている。
帰りに美優が案内したのは山下公園で、灯ともし頃の公園からは、海を隔ててみなとみらいの光景が広がっていた。
「西陣って海ないから新鮮よね」
生まれも育ちも西陣で引っ越したことがない宥にすれば、近未来的な景色は京都駅や大阪で見慣れていたが、海だけは馴染みがない。
「久々に来たけど変わらないかな」
カンナは横浜にいたことがあるので、ちょっと違った感懐のようである。
少しばかりワイワイとガールズトークをして宿舎に戻ると夕食で、その後はそれぞれ振り分けられた部屋に戻って早々と休んだ。
初日の開会式のあと開かれる1回戦グループBは、大会2日目の午後である。
宥が引いた演奏順は6番。
袖ヶ浦、躑躅ヶ崎、二本松、鶴ヶ島、浦戸ヶ崎、鳳翔という順番である。
すでに午前中のグループAからは今大会話題の1年生美少女ボーカル・
直前リハーサルが始まり、10分間練習を順番に行なっていく中、West Campのメンバーは浦戸ヶ崎高校の軽音楽部のメンバーと軽く挨拶を交わしたのであるが、
「よろしゅう」
とだけ無愛想に土佐弁で挨拶をした女子生徒があった。
「ほら、
部長でバンドリーダーの
「いやいや大丈夫ですよ。きっと緊張されてるんでしょうし」
宥が部長らしく大人の対応をしたので事なきを得たが、それでも翼の不機嫌そのものといった態度だけは、強烈な印象として残った。
午後14時30分から始まった1回戦グループBは袖ヶ浦の演奏から始まり、何の問題もなく5番目の浦戸ヶ崎まで来た。
浦戸ヶ崎のボーカルでさっきあれだけ不機嫌そうであった白澤翼が歌い始めるタイミングで、舞台袖に来たWest Campはのメンバーは翼の声量のある歌声に、
「これは中々の強敵やね」
思わず桜花が本音をこぼした。
「確かに…江梨加といい勝負よね」
貴子が感想を述べると、
「…あの子、もしかしたら路上ライブやってるかも知れへんね」
江梨加の指摘は果たして炯眼で、実際に翼は帯屋町のアーケード街で路上ライブをしていたらしかった。
「何で分かるの?」
千沙都が問うた。
「うーん…勘かな?」
江梨加ははぐらかしたが、どうやら同じ路上ライブをしている者どうしで分かるものはあるらしい。
6番目の鳳翔女学院の出番が来た。
それぞれフォーメーションの位置につくと、
「それではお聴きください、『はつ恋』」
江梨加が作詞作曲をした、カンナのエレキギターと江梨加のキーボードから始まるアップテンポのナンバーである。
無事にパフォーマンスを終えて引き揚げると、なぜか舞台袖には白澤翼がいた。
「お疲れさん」
「ありがとうございます」
貴子が代表して挨拶をすると、
「去年の優勝校を倒したバンドや言うきに見に来たけど…評判以上やね」
「ありがとうございます」
合流した宥が部長らしくお辞儀をした。
「…決勝で会いましょう」
それだけを言うと翼はスタスタと去っていった。
メンバーの一同は呆気にとられていたが、やがて、
「…なんか、変わった子やね」
薫子の反応に千沙都が応え、
「あれが評判のバッサーかぁ…」
「バッサー?」
「うん、白澤翼だからバッサー。四国に歌の上手いドラムボーカルがいるって聞いてたけど、多分あの子で間違いないと思う」
「でも何かあんまり態度良くないよね」
美織が言うと、
「何か複雑な家庭の子らしいんだけど…そこは私もわからなくて」
千沙都いわく、桜城や聖ヨハネ津島などの強豪校からも声がかかるほどの実力であるらしいが、
──何でいちいち遠くまで行かにゃいかんがね。
と、実家から歩いて5分の浦戸ヶ崎高校に入り、それまで無名であった軽音楽部を全国レベルにまで押し上げたのだ…という。
「だから、何かめっちゃプライド高いみたいってのは聞いてて」
千沙都は翼が評判通りの子であることを実感していた。
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