第6話 ミナコ

晴れて復職が叶い、温かく機関区に迎え入れてもらえたボクだったけれど、現実はそんなに甘くなかった。

言い渡される仕事はミナコの点検とワキハマ操での入換だけ。本線へは出させてもらえなかった。

ミナコを使った入替が終わり、そろそろ上がろうかなんて思っていた。

セントラル奪還作戦に向けて輸送需要がひっ迫していて、夕日で真っ赤に染まったヤードは出発を待つ貨車でいっぱいだった。


ワキハマ操の貨物列車出発線では機関士が列車指令と口論になっていた。

「こんなの牽けるか! 平坦線で多少越えるぐらいならまぁ、仕方ないさ。でもな、換算で20両も越えた挙げ句、これで海線にいけだ? ふざけるな! よくて立ち往生、悪けりゃ逆走だ、こんなもん! 俺は乗らねぇからな、こんな列車」

「でも、セントラル奪還作戦のためには」

「言いたいことはわかるが、俺には無理だ。後ろのワム車(注17)10両おいてくからな! 次の便でどうにかしろ」

 

一方的にぶつりと切られた無線に指令室は困り果てていた。

「司令部長、どうしましょう」

「全く、本来幹線を通すはずの貨物を迂回なんて無茶苦茶するからだな。とりあえず後ろの車を切り離して安全な両数にするしかあるまい。影スジ(注18)あるか?」

「はい、15分後に追いかけるスジがあります。対向の影スジは出ていないので時変(注19)無しで行けます」

「釜(注20)と乗務員の手配は?」

「それが……釜が出払ってまして、入れ替え用のDEぐらいしか」

「あれで全区間は無理があるなぁ」

横を向きながら運転席に座って3時間。入替と違って進行方向は変わらないし、速度も出すから揺れも大きい。絶対に体を壊すなとゾッとする。ほかに何かないかと思ったときにふと浮かんだのは、小回りの利かない巨体で懸命に入れ替えを行うDFの姿だった。

「ワキハマ機関区ならDFが1両居たよな? あれならどうだ?」

「海線をDF単機で越えられる機関士なんて、それこそ無謀ですよ」

「いや、1人居るだろう。師匠の忘れ形見が」

「まさかニホンオオカミを乗せる気ですか!? 下手したらクビになりますよ!?」

「構わんさ。そんなことより作戦開始までに物資を輸送しきることの方が大事だろう? それに繰り上げで部長になってしまったような無能に司令部長の任は重すぎるからな。責任は全部とるからニホンオオカミを乗っけてナカベ操まで運ばせろ」

「承知しました」


◆      ◆      ◆


運転席に座り、今か今かと出発の時を待つ。また本線に出ることができるなんて夢にも思わなかった。

「もし辛かったら辞退してくれても構わない。ただ、私は君ならやれると思っているよ。

頼めるかい?」

ハンドルを握ると改めて指令部長の言葉が浮かんだ。

あの日超えられなかった峠。今度こそ、ボクはあの峠を超えて荷物を届けないといけない。これがきっと最初で最後の機会。


深呼吸をすると前方の信号機が出発現示(注21)に切り替わった。

「出発、進行!」

汽笛とともに列車はゆっくりと歩み始めた。


 ダイヤ通りに列車は鉄路を駆け抜け、気づけば魔の峠、25‰もの急勾配に差し掛かっていた。

 

モーター音から車輪の声を聴け。ハンプで師匠に言われた言葉がよみがえる。


大丈夫、まだいける。


 慎重にノッチを入れ勾配を進んでいく。速度低下に喘ぎながらもミナコは空転することなくサミットを超え、列車はシブガキトンネルに突入した。トンネルを超えれば後は下り坂。今度は一転して速度超過とブレーキの過熱に気を配りながらの旅路になる。


 機関車のブレーキばかり使うと加熱しちまうから客車のブレーキも適宜使うんだ。


 師匠の言葉を思い出しながら2つあるハンドルを操り速度を維持する。運転席には軽やかなアイドリング音が心地よく響いてた。


 3時間に及ぶ長い旅路にもついに終わりが見えてきた。ナカベ貨物駅の構内を進み、ナカベ操車場の貨物受け渡し線へ入線する。

 よほど急ぎの貨物なのか直ぐに連結員が来てミナコと貨車を切り離した。息をつく間もなく引き上げ線への進路が構成されて、入信(注22)が進行表示になる。短い汽笛とともにミナコを引き上げ線へ入れると、待ってましたとばかりに現れた入れ替え用のDEが貨車を仕分け線へと運んでいった。


そっか、ボクはきちんと役目を果たしたんだ。運ばれていく貨車を見てようやく実感がわいてきた。


「師匠。ボク、ちゃんと走りきったよ」


「よくやったな、ホン」


ミナコのアイドリングに交じって師匠の声が聞こえたような気がした。



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