第5話 試運転
ボクはあの日、師匠を殺したんだ。判決という形で突き付けられたまぎれもない事実はボクの胸を締め付けた。
師匠の親族だという女性から向けられた、あなたのような化け物が運転席に座っていなければ、あなたが代わりに死ねばよかったのに、という言葉が何度も何度も脳裏に反響し、眠れない日々が続いた。
気づくとボクは制服を身にまとい、機関区にいた。
「ホン、ほれ行くぞ。何ぼさっとしてるんだ?」
「行くってどこへ?」
「今日は試運転だって言っただろう?」
スタスタ歩く師匠を追うとコンクリート造の小さな機関庫に眠るミナコがいた。
「よくもまぁ、直したもんだよなぁ」
事故で先頭部を大破し、特に助手席側は原型をとどめないほどめちゃくちゃにつぶれたというのが嘘のように、車体は傷ひとつなくピカピカだった。
「ほれ、さっさと乗るぞ。こいつも寂しかったろうから」
「無理だよ。師匠、ボクにはもうミナコに乗る資格なんてないよ」
「何を根拠に言っているんだ? お前の動免(注14)は取り消されたのか?」
「でもボクは事故を起こしたんだよ。もうハンドルを握る資格なんて……」
「俺だって事故ぐらい起こしたことあるさ。それにあれはどうしようもなかった。俺が運転してたって同じだったろうな。ホンはよくやったよ」
「でもボクが運転席に座ってなければ……ボクが師匠を殺したんだ」
「勝手にくたばっちまって済まねぇな、ホン。ここからは俺の独り言だ。こいつな、直したは良いが、乗れる奴が居ねえから、車庫に置いとくしかないんだとさ。このまんまだと独りぼっちで朽ちるのを待つだけだろうな。なぁホン、こいつを独りぼっちにしないでやってくれないか」
ボクは何も答えることができなかった。
「こいつはお前に託す。信じているぞ!」
師匠が小さな何かを投げてきたので思わずキャッチする。
そこではっと目が覚めた。右手にはひんやりした金属の感触……恐る恐る右手を振らくと持ち手に洒落た装飾のついたミナコの忍び錠(注16)が収まっていた。
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