第4話 見慣れぬ天井

受付に向かうと、スッカリ顔なじみとなった看護師さんがいつものように業務に励んでいた。

「お疲れ様です。ニホンオオカミさんへの面会ですよね。こちらにお名前をどうぞ」

パーク公営病院の面会者名簿にさらさらっとサインをする。まさかこんなところで顔パスになるなんてなと思いながら彼女の眠る病室へ向かう。

既に事故から1ヵ月。あの列車に乗っていた5人のうち、いまも入院しているのは、ニホンオオカミただ1人だった。


目覚めたボクの視界に飛び込んできたのは、見慣れない天井とよく知る顔だった。

「ここは……病院? 飼育員さん?」

「良かった、目が覚めたんだね」

「そうだ、列車は!? 師匠は!?」

飼育員さんは少し困ったような顔をしたまま何も言ってくれなかった。

いまは体を治さないと。まずはそこからだよ、なんて言ってはぐらかすばかりで誰も、あの事故のことは教えてくれなかった。

 

◆      ◆      ◆


 どこか遠くで声が聞こえる……何の話だろう?

「あの娘、目が覚めたらしいわよね」

「えっそうなの?」

「昨日、飼育員の――さんが来ているときに目を覚ましたみたいね」

「良かったわ。でも目が覚めたってことは……」

「あの娘が唯一の――――だもの。先頭の機関車に乗っていたのに助かったなんて本当にすごいわよね。じきに事情聴取と裁判が開かれるわ。自然災害で避けようのなかった――という調査結果は出ているらしいけどね」

しだいに声は遠ざかっていきボクの意識はまどろみの中に溶けていった。


◆      ◆      ◆


 面会時間ぎりぎりに飼育員さんは今日も来てくれた。

「飼育員さん、師匠は死んじゃったの?」

「それは……」

飼育員さんはどうしてそれをというような顔で何も言ってくれなかった。

やっぱり、昨日微かに聞こえた話は私のことだったんだ。師匠もギンギツネも郵便車の2人も皆死んじゃったんだ。

どうしてボクだけ置いていったの。なんで皆ボクも連れていってくれなかったの?

「ボクがあの日乗務してなければ、こんなことにはならなかったんだよね。機関士になりたいなんて、ミナコを運転したいなんて願うべきじゃなかったんだ」

「ニホ、違うぞ。そんなことないからな」

そういって飼育員さんが話してくれたのは師匠の話だった。


◆      ◆      ◆


パークのはずれ、赤提灯の屋台に2人の男が並んでいた。

「ホンのやつ、とうとうハンプもクリアしたんだ。あれができるやつはなかなかいねぇ。あいつは筋が良いよ」

「ハンプってあのヤードの急坂をですか」

「そうさ。本当は早く本線に出してやりたいんだがなぁ。

本線まかせられるようになったら俺もそろそろ」

「何言ってるんですか、こんなお元気なのに」

「いやぁ、俺も年だよ。長時間の乗務はもうきついな。早いとこホンにミナコを任せて楽になりたいぜ」

「ご冗談を。心配だから俺も乗るって離れないでしょ?」

「ハハッ、ちげえねぇ。さぁ今夜は飲むぞ」


あの人はな、ホンがホンがっていっつも楽しそうにお前の話をしていたんだ。

ニホ、頼むから変な気は起こさないでくれよ。俺は……君が生きているって聞いたとき嬉しかった。君だけでも元気になってほしいってずっと願っていたんだから。


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