第29話 豊穣の地

「いくよ!」


 マザー・ホートのかけ声と共に、馬車が動き出します。

 馬車を引くのも、マザー・ホート達が乗っているのと同じモンスター達です。ただ、その体色はマザー・ホート達の騎乗する子達より少し、くすみ気味です。しかしその分、体格は大きいです。

 それが、三体。

 いざという時は馬車を破棄して私たちも騎乗することになるのでしょう。


 私はかじりつくようにして窓から外を眺めます。

 その横でシスター・テンペストは祈りの姿勢です。いつでも、結界の奇跡を『降願』出来るようにでしょうか。

『祈り』を『祈願』しつつげているシスター・テンペストの姿はとても美しく見えました。


 馬車が門をくぐります。

 ガタッと大きく馬車が跳ねます。

 門の下の部分を馬車の車輪が踏んだのでしょう。その瞬間でした。

 ふわりとした浮遊感。

 がたごとと車体から伝わってきた振動が、消えています。


 窓の外を見ると、少し視線が高くなっている気がします。


「浮いているの?」

「ええ。ボクの『浮遊』の奇跡」

「すごい! こんな奇跡があるのですね。始めて見ました」

「物を少し浮かすだけの、ありふれた奇跡。《外》は道もないから馬車を動かすには必須。それに、マザー・ホートも使える」

「シスター・テンペストの役に立つ奇跡って──」

「そう。マザー・ホートと交互に『浮遊』の奇跡を『降願』する。移動可能時間が延びるから」


 私はひとしきり感心すると、窓の外に視線を移します。話し込んでしまって《外》の様子を見るのをすっかり忘れていました。


 そこは濃く深い、緑の世界でした。

 周囲に生えているのはシダっぽい植物。様々な色合いの植物がところ狭しと繁茂しています。

 街中にあるような、大きな樹のような物は見えません。


 それを自らの巨体で踏み潰し、道を作ってくれるマザー・ホート達の騎獣たち。

 馬車はその細い道をさらに押し広げるようにして道なき道をおし進んで行っているようです。


「想像以上に豊かなでしょ。《外》は、豊穣の地とすら言われている。でも、あまり見ない方がいい。呪いに満ちているから。豊かな自然なんて、人類にとっては害でしかない」

「そ、そうなの?」


 シスター・テンペストから伝えられた言葉に、私は窓から視線を外します。


「自然に魅いられると、魔女崇拝者になると言われている。そろそろ、讃美歌の効果範囲から外れるはず。しっかり掴まって」


 馬車とマザー・ホート達を包み込むように、結界が発生するのが、わかります。

 ザラリとした気配が私を突き抜けて行きます。


 その結界に、どかっと何かがぶつかる音が響きました。

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