第19話 盾の可能性
引き抜いたルルノアは白目をむいています。魔女に吹き飛ばされた時点で意識がなかったのでしょう。普段のリーダー然として高飛車な面影が全くなくて、不思議な気持ちになります。
私はそのまま、掴んだ足首を通して、ルルノアへ最小限の治癒の奇跡を施します。
開いたままの口からは、ドリアソの欠片がぽろりと落ちていきました。喉に詰まっていたのでしょう。
私はその果汁でどろどろの頭部に触れないように、慎重に道にルルノアを下ろすと、素早く離れます。
なにせ両手を使っていたので、悪臭に鼻をつまむことすら出来なかったのです。十分離れたところで、止めていた息を吐き出します。
次に木の枝に引っかかったタタミーの方を見上げると、ちょうどこちらを見下ろしています。
「聖女さま! すいません、杖を落としてしまって。お願いです、助けてください」
確かにタタミーがいつも持っている杖が見当たりません。精霊術師のタタミーなら、杖さえあれば風の精霊を使って自力でなんとか出来たでしょう。
私はどうしたものか悩みます。声を出せば、確実に私がリシュだとばれてしまうでしょう。なにか指示をするのは無理です。
しかし、木の枝は高所にあって、簡単には手を出せません。それに時間をかけていては別の魔女がまた現れるかもしれません。
その時でした。左腕に出したままだった光の盾が目に入ります。
この盾、左腕にピッタリくっついているわけではなく、少し浮いた状態になっています。
何度も試したように、右手で盾の縁を持つと、そのまま持って動かすことが出来ます。
私はそこで、試しに右手で持った光の盾から、手を離します。
落ちるかな、と思って見ていると、ゆっくりとした速度で左腕に自動で盾が戻ってゆきます。
――すごいっ! どうしてだろう? あ、もしかして私がいつもつけている場所だからでしょうか。奇跡は思いの力だとマザー・ホートもおっしゃっていました。だとすると……
私は強く念じ祈りながら、再び右手にもった光の盾を離します。今度はその場で動かないように、祈りながら。
するとどうでしょうか。私が念じたままに、その場で光の盾が浮いているではありませんか。
私は思わず嬉しくなって上げかけた歓声を、ぎりぎりで飲み込みます。
しかし、そこで気がそれてしまったようです。盾はまた、左腕に戻ってしまいました。どうやら祈り続けるのが必要なようです。
そこにタタミーから再び声がかかります。私が返事をしていないので、見捨てられないか不安なのでしょう。しかし残念ながら返事をするわけにもいかないので、もう少しタタミーには不安なままでいてもらいましょう。見たところ受けた呪いの余波もルルノアよりも少なそうです。
私は先程の盾の可能性をさらに試すことにします。
まずは、念の為、タタミーの下、一歩下がったところまで移動します。途中で枝が折れて落ちてくる可能性もあるためです。
次に三度、右手で光の盾を持つと、一心に祈り始めます。祈りが、私のなかの気配へと注ぎ込まれていくようです。
そしてそっと右手を離します。目の前の空中で一瞬止まる光の盾。
次の瞬間、光の盾がゆっくりとした速度で上昇を始めます。
速度自体は人の歩く速さ程度です。しかし、着実に上昇を続ける盾。
タタミーがその様子を驚愕の表情で見つめているのがわかります。
そんななか、ついに盾のふちが、タタミーの服を引っ掛けている枝へと到達します。
すぱんと、枝が盾によって断ち切られます。
落下してくるタタミー。
私は腰を落とし、落下してきたタタミーを両手で受け止めます。
「きゃあっ! あ、ありがとうございまぷ。聖女様」
タタミーがかみました。そういえば時たま、タタミーは緊張したときにこうなっていたかもしれません。かみやすいのでしょう。
タタミーが緊張しているのを見下ろしながら、こちらも軽く治癒の奇跡を施し、呪いを払います。
そして、恥ずかしそうにうつむいたタタミーを立たせると、ルルノアの事を指差し、タタミーに託します。どろどろでドリアソ臭い状態のルルノアも意識を取り戻しそうです。
私は正体がばれないうちにと、急いでその場を離れました。
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