第12話 黒きヴェール

 ガタガタと動く馬車の中、私は顔にかけられたものを取ります。


「シスター・マハエラ、これはヴェールですか?」


 広げたものは真っ黒な色の薄い布でした。

 しかし、他のシスターたちが着けているのとはどこか趣が異なります。


「馬車がつくまで、少しだけ時間があります。着け方をお教えしましょう。これなら顔も隠せます」

「シスター・マハエラ、いいのかい。そのヴェールは――」


 私の頭に手を添え、真っ黒なヴェールを着けてくれるシスター・マハエラ。その彼女に、マザー・ホートが問いかけます。


「彼女には必要でしょう?」

「――そうだな、ありがとう」


 私の頭越しにそのような会話をする二人。よくわかりません。ただ、このヴェールがなにか特別な物なのかと推測はできます。


「シスター・マハエラ、これは貴重だったり、高価だったりするのですか? それでしたら……」

「いえ、そのようなことはありませんよ。これ自体はただの布に過ぎません。さあ、できましたよ」

「リシュ、シスター・マハエラは聖人修道会ではある特別な役割を担っている。そのヴェールはその役割に関係しているのさ。素直にもらっておきな。悪いことにはならないさ」


 私の視界は薄っすらと黒いヴェールに覆われます。視界も想像以上にあり、これで周囲から顔がわかりにくくなるのでしたら、とても助かります。


 私が二人に返事をしようとしたその時でした。

 がたりと大きく揺れて馬車が急に止まります。

 私はとっさに手を伸ばし、マザー・ホートとシスター・マハエラを支えます。


 馬車の入り口のドアが開き、騎士らしき装いの人物が顔を覗かせるとシスター・マハエラに話しかけます。


「シスター! 魔女です!」

「間に合いませんでしたか。数は?」

「前方、大型一、小型三です!」

「わかりました。マザー・ホート、私は努めを果たしに参ります。お送りが途中になってしまい申し訳ありません。彼女たちはお任せください」

「シスター・マハエラ、貴女に神の御加護があらんことを」


 マザー・ホートがシスター・マハエラへとそう告げると、手を組む動作をします。その手の中にあふれる光。私はそれが奇跡の一種だと気が付きます。その光から感じる気配が、私がいつも祈りを捧げる際に感じるのと同じものでした。


 そのマザー・ホートの手の中の光が、炎のように変化します。

 まるで、真っ白な炎、です。


 シスター・マハエラはさっと顔を覆うようにヴェールを下ろすと、その真っ白な炎に手を触れます。

 指先を通して、シスター・マハエラの全身を駆け巡る炎。


「あなたも。マザー・ホートの『浄火』の奇跡は魔女の呪いを一度は打ち払ってくれます」


 シスター・マハエラに言われた騎士も、その手を炎に伸ばし、全身にその炎を宿します。


「マザー。かたじけない」

「ご武運を」


 そのマザーの言葉を背に、シスター・マハエラと騎士が場所を飛び出してゆきます。

 方向転換をしながら再度動き出す馬車。どうやら御者の方がまだいらっしゃるようです。


 その際に馬車の窓越しにちらりと見えた影。


「あれが、魔女ですか」

「そうだ。そしてシスター・マハエラは聖人修道会の中でも特に魔女を打ち払うことを務めとしている、異端審問官の一人だ。そのヴェールは異端審問には必須でな。魔女は顔を覚えると言われているからな。予備のヴェールをくれたのさ」


 速度を上げる馬車。すぐに魔女たち、そしてシスター・マハエラと名も知らぬ騎士の姿も見えなくなってしまいました。



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