第9話 神の姿

 目の前に運ばれてきたのは杯です。

 私の身長の半分はあろうかという大きさ。

 それを複数のシスターたちがそっと置くと、離れていきます。

 マザー・ホートがガラスの瓶を取り出し、その杯の中へと水を注ぎます。


「リシュ、聖杯に額をあて、祈りなさい」


 私は言われるがまま、コツンと額をつけると神に祈りを捧げます。


 いつもは背後に感じる神の気配が聖杯から感じられます。


「これはっ!」「すごい、そんな」


 シスターたちと思われる声。


「静まりなさい。リシュ、顔を上げなさい」


 それを咎めるマザー・ホートの声。

 私はゆっくり額を離すと、目を開けます。


 背後からのスタンドグラスの光を反射するように室内に光が満ちています。

 目の前、聖杯から、水が無数の水滴となって浮いています。

 その無数の水滴が、まるでラーラ神のような姿を取ります。私が自室に置いている神像と寸分たがわぬお姿です。


「かみ、さま?」


 思わず私はそんな事を呟いてしまいます。


「これは神の御姿をとっていまするが、違う。リシュ、貴女の信仰心が聖杯と聖水の奇跡で、形をとったものだ。しかし素晴らしい。ここまで神の御姿を完璧に模倣しているのは私も初めて見た」


 マザー・ホートの声にすら、驚きとどこか敬虔な響きが宿っています。


「間違いなくリシュの聖女としての位階は、第一位階の──」


 私は違和感を感じています。


 シスター達の興奮具合からも、事前にマザー・ホートから伺っていた話からも第一位階であることの凄さは伝わっては来ます。たしか、歴史上数名しかいないという話でした。


 しかし、それよりも自身の感じている違和感が気になって仕方ありません。

 私は聖杯のうえに現れた聖水の神の姿から、相変わらず感じるのです。


 神の気配を。

 私が祈り、奇跡をおこす際にその御手を差しのべてくれる存在の気配を。


 確かに奇跡は『祈願』した『祈り』を『降願』することでおこす物です。


 そしてマザー・ホートは目の前の聖水の神の姿が私の信仰心が形を取ったものとおっしゃいました。

 だとすると、私が祈りの際に神だと感じていた気配は──


「リシュ、聞いているか」

「はい!」


 マザー・ホートの声に我にかえります。


「よろしい。それでは次に降願できる奇跡の確認を行います。日々、信心を保ち勤行を続けることで降願できる奇跡が増えることがあります。特に第一位階である貴女であれば、いかなる奇跡が使えるようになっても、おかしくありません」


 そう告げると、マザー・ホートが懐から折り畳まれた紙を取り出します。

 慎重にその紙を開くマザー・ホート。

 中に入っていたのは金色に輝く砂──砂金でした。


「これは?」

「砂金をひとつまみ、聖水が形作っている神の御姿へと捧げるように。聖水の中を砂金が巡り、やがてどこかでその動きが止まる。どこで止まるかで、今貴女が降願できる奇跡がわかるのだ」


 私はマザー・ホートに言われるがままに、砂金へと指をのばした。


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