第7話 深夜の騒動

 何かの物音で目が覚めます。

 さっと、枕元に常時おいているナイフを手を伸ばし、私は周囲を見回します。


 部屋には誰もいません。

 物音はどうやら外からのようです。そっと窓を開けて外を覗き見ます。今は、未明の時間帯のようですね。まだ日も登っていません。


 窓から見下ろすと、中庭の井戸の周りに人影がいくつかあります。何やら言い争っているようです。


「あれはルルノア? それとヤノスとハーマルー?」


 漏れ聞こえてくる声からすると、どうやらルルノアが二人を怒っているようです。


「ああ。本当にあの二人、勝手にダンジョンに行っちゃったんですか……」


 私は昨日二人がダンジョンにこっそりいくと内緒話をしていたのを思い出します。

 外の暗さにようやく慣れてきた目には、ヤノスとハーマルーのしょぼくれた顔と泥だらけの姿が見えてきます。どうやら二人だけのダンジョンアタックはあまり上手くいかなかったみたいです。


 泥の様子から見て、多分ですがあの二人は西の回廊にでも行ったのでしょう。だとするとあの泥の下は水ダニに噛まれた痕がいっぱいあるはずです。

 あれは相当痒いです。しかも、徐々に痒みが強くなっていき、寝れないぐらいの痒みに数日間襲われるはずです。


 その上、ルルノアに見つかって、かなり怒られている様子。そのうちに何故かヤノスとハーマルーの間で言い合いが始まります。


「重い――わざわざ運んだのに――」「討伐部位を落とすなんて――節穴なの、その目――」「もういい――やめ――ふたりとも」


 中庭の井戸からこの部屋まではそれなりの距離がありますが、深夜ということも話の内容もそれなりに聞こえてきます。なにやらハーマルーが討伐したモンスターの部位を落として来たのを、ヤノスがなじっているようです。呆れた様子でそれをルルノアがいさめています。


 全身泥だらけ、ダニにも噛まれ、収穫ゼロ。流石に二人が少し可哀想にはなりますが、私には何もできないですし、私は見なかったことにしようと、そっと窓を閉じます。


 さて、すっかり目が覚めてしまいました。二度寝をすることも考えたのですが、せっかくなのでここ最近始めた新しい習慣をすることにします。


 マザー・ホートに言われて始めた、朝のお勤めです。

 ラーラ教のシスターが毎日行っているもので、神像の掃除、瞑想、朝の祈りを行います。


 私は机に置いてある神像を磨き始めます。手を動かしながら、マザー・ホートの言葉を思い出していました。最近は教会の懺悔室で請われて治癒の奇跡を行う以外にも、時間のあるときにマザー・ホートに色々と教わっています。


 マザー・ホートによると、聖女の行う奇跡とは、普段からコツコツと蓄積した神への祈りを使用して行うもの、なのだそうです。『祈り』を神へと『祈願』し、蓄積された『祈り』を『降願コウガン』することで奇跡を行うのだと、教わりました。


 なので、これまで全く『祈り』を『祈願』していなかった私が、治癒の奇跡を起こし、今だにそれを継続して行えている事に、マザー・ホートも驚いているといっていました。

ただ、いくらなんでも無尽蔵に奇跡を起こせるはずはないと。だから『祈願』を始めるようにと言われ、朝のお勤めを行うようにしたのです。


 今行っている朝のお勤めでも『祈り』が『祈願』されていく、そうです。

 ちょうど神像の掃除が終わり、次は瞑想です。マザー・ホートは、瞑想は次の朝の祈りのための準備だとおっしゃっていました。精神が落ち着くまでやるだけで良いと。しかし、私はこの教わった瞑想の時間がかなり好きでした。

 教わった通りに呼吸を操り、意識を解き放つと、それだけで神の気配を感じられる気がするのです。そのため、毎回ゆっくりと時間をとり、瞑想を行っております。


 十分に瞑想を済ませたところで、次はいよいよ神への祈りを捧げます。瞑想で維持した無の精神状態で捧げる祈り。

 このときに、雑念が混じらない純度の高い祈りを捧げるほど、『祈願』される『祈り』の量が増えるとマザー・ホートがおっしゃっていました。


 気がつけば、窓から日が差して来ています。どうやら無心で祈り続けている間に、朝が来たようです。集中していたこともあり、自分ではあまりわからないのですが、もしかしたらかなりの時間を祈ってしまっていたかもしれません。

 しかし、疲れなども全くありません。不思議なのですが、この朝のお勤めは疲れないどころかかえって活力が湧いてくるようです。

 そんな清々しい気分でいると、ドアがノックされます。

 ゆっくりと開けると、ドアの外にはヤノスの姿があります。


 窓から見たときについていた泥はすっかり落ちていますが、服には目立つ破れがあり、寝不足で目が腫れています。そして何よりも顔面全体に水ダニに噛まれた跡があります。かなり酷い姿と言えます。

 私がその顔からそっと視線をそらすと、ヤノスが話しかけてきました。


「へえ、ノロマなリシュでも起きているんだ。ルルノアが来いってさ。さっさとしな」


 普段のぶりっこっぷりはどこへ行ったのかという口調でそのように伝えると、ヤノスは足早に階段を降りていきました。



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