第6話 sideハーマルー
皆が寝静まった深夜。
そっと宿のドアを開ける音。
その隙間からひょっこり顔をのぞかせたのは、『万雷の乙女』の双剣士、ハーマルーだった。
軽く左右を見回し、廊下に人影がないことを確認するとハーマルーはどこか雑な感じで歩き出す。
それはまるで部屋から出るときは気をつけろと誰かから言われていたのを、そこだけ守ったかのような動きだった。当然、木製の床はハーマルーの雑な歩きにあわせてギシギシと音を立ててしまう。
特にそれを気にした様子もなく、そのまま宿の外へと出るハーマルー。
そこに佇んでいたのは同じく『万雷の乙女』の弓使い、ヤノスだった。
「ハーマルー、誰にもみつかりませんでしたか?」
「うち、ちゃんと確認した。誰もいなかった」
自信満々にヤノスへ答えるハーマルー。
「それならいいです。さあ、時間がもったいないですし、行きましょう」
「うん。どの狩場にするの?」
「ノロマなリシュや、煩い魔法使いたちが折角いないことですし、ヤノスちゃんとハーマルーの足の速さを活かせる場所がいいかと」
「もしかして『西の回廊』? 大丈夫?」
「確かに少し危険はありますけど、ちまちま戦ってても儲からないですもの。それに『西の回廊』なら思いっきりその剣を振り回せますよ?」
「わかった! いく」
話を終えたハーマルーとヤノスが夜の闇へと消えていった。
◇◆
「あはっ。たのしっ」
ダンジョンの『西の回廊』と呼ばれる場所。そこは沼地の中に飛び飛びに足場となる岩が突き出した細長いフィールドだった。
その足場を跳ね回るように移動しながら双剣を振るうハーマルー。
このフィールドに現れるモンスターは主に二種類。舌を伸ばして攻撃してくるパープルフロッグと人の顔面よりも大きな体を持つ蛾である、ビッグモス。
それらを手当たり次第に切り伏せていくハーマルー。
「すごいです! これ、もしかしていつもより儲かってるかも」
そのハーマルーの後ろで、モンスターの死体から手早く部位を切り取って進む、ホクホク顔のヤノス。普段のぶりっ子ぶりはどこへやら、貪欲にモンスターの死体にとりついている。
パープルフロッグの舌は珍味として、ビッグモスの鱗粉のついた羽は薬の材料として、中々の値段で取引されているのだ。
「ハーマルー! 離れすぎです。少し戻って来て」
「あはっ。あははっ」
離れていくハーマルーに声をかけるヤノス。しかし戦闘でハイになっているハーマルーはそれに返事もしない。
『西の回廊』には今、その二人以外の人影はない。もちろん深夜という時間的な要因もあるが、それだけでは無かった。冒険者がここにあまり寄り付かないのには、当然それなりの理由がある。
「きゃぁっ!」
ハーマルーの後ろでヤノスの悲鳴があがる。
「ちっ。いいとこなのに」
そんなことを呟きながらしぶしぶといった感じで後ろを振り向くハーマルー。
その視線の先では、ヤノスの首に沼の中から延びたパープルフロッグの舌が巻き付いていた。
この狩り場が冒険者に人気が無いのは、これが原因だ。
時たま起こる、水面下からのパープルフロッグの不意打ち。しかもそれが、いつどの方向から来るかわからないのだ。普段防御をリシュに任せっきりにしているヤノスが剥ぎ取りに夢中になっていたのだ。到底、その不意打ちは防げなかった。
首に巻き付いたパープルフロッグの舌がきゅっとしまる。ヤノスの顔が紫色になったかと思うと、ばたんと前のめりに倒れる。
そのままずるずると足場の上を引きづられていくヤノス。そのまま顔面が沼へとつかる。
最後の最後で、ヤノスの服の一部が岩にひっかかる。服がびりびりと裂けながらも、沼へと引きずり込まれるのが一時止まる。
そこへようやく到着したハーマルーが、パープルフロッグの舌を切り裂く。
「世話、かかる……」
ハーマルーがヤノスを沼から引き抜こうとしたときだった。
どんっという衝撃。
しゃがみかけたハーマルーの背中にビッグモスが体当たりをしたのだ。
不安定な姿勢をしていたハーマルー。そこへの衝撃。
ハーマルーは物の見事に、沼へとダイブしてしまった。
「べっ! べっ! うー。臭い」
沼から顔をだし、口から泥を吐きだすハーマルー。先程までのハイテンションはすっかり消え、どろどろになりながら、沼から這い出すと、顔が沼につかったままのヤノスの足を引っ張り、顔を沼から引き抜く。
「べしょべしょ。どろどろ。……それに痒い」
ぼりぼりと手足をかくハーマルー。
この『西の回廊』が冒険者に嫌われている二つ目の理由がこれだ。沼の中に、水ダニと呼ばれる水棲のダニが無数にいるのだ。
一瞬でも沼に落ちると、一気に群がってくる水ダニ。噛まれると普通のダニの数倍は痒くなる。
相変わらず意識の戻らない、首から上だけどろどろのヤノス。その顔面、泥の下にも当然水ダニの噛んだ痕が無数にある。
先程、背中に攻撃してきたビッグモスを腹立たしげに切り捨てたハーマルー。その全身は泥まみれだ。
周囲のモンスターを全て排除してハーマルーはヤノスの元に戻ってくると、困ったようにヤノスを見下ろしている。
ハーマルーはヤノスに呼吸があることを確認すると、靴の先でつんつんとヤノスを蹴る。
目覚めない様子に、ため息をつき、ハーマルーはよいしょっとヤノスを背負う。
「ヤノス、重い。……帰るか」
次のモンスターがわく前にと、よろよろしながらも急ぎ足で歩き出すハーマルー。背負われた衝撃でヤノスの持つかばんの口が開く。
そして、そこからこぼれだす、今回のダンジョンの戦利品たるモンスターから切り取った部位。残念なことに重たいヤノスを背負い、周囲に新たにモンスターがわかないかに神経を集中しているハーマルーはそれに気づかず、その場を立ち去ってしまった。
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