第5話 内緒話

 私は懺悔室から出ると、初めての謝礼を受けとります。


「まあ、こんなに! いいのですか、タプリールさん」


 私はタプリールから渡された金額に驚きます。これは、しばらくダンジョンに潜らなくても食べていられるぐらいの額があります。


「もちろんです。今リシュさんが奇跡で治療した奥様からの心付けですよ。大層感謝していました。出来れば実際にお目にかかって直接お礼が言いたかったとおっしゃられていました」

「それは……」

「わかっています。ここでリシュさんが奇跡を施している事が声からばれないように、会話も禁止にしたんですもの。伝えて欲しいとおっしゃる奥様の気持ちをお伝えしただけです」

「恐れ入ります」


 私は、ほっと息を吐きます。そして不思議な気持ちになります。こんなにお金を頂くほど誰かから感謝された事などこれまで無かったので。


 今のパーティーでも、メンバーを守って当たり前。それで感謝される事などありません。逆にダンジョンでモンスターの攻撃からメンバーを守るのに失敗したら、酷く責められます。

 もちろんパーティーの盾役としてはそれは当然の事なのでしょうが、好き勝手に動き回るメンバーの動きに必死に追い付いてその身を守っていると、色々と思うところはあります。


 そこまで考えて、軽くため息をつきます。

 そういえば明日は、ダンジョンアタックの日でした。私は修理に出していた愛用の丸盾を受け取りに、鍛冶屋へと向かいました。


 ◆◇


 翌日、ダンジョンアタックを終えた私たちは外へと戻って来ました。

 宿へと向かうパーティーの雰囲気はかなり重たいです。ダンジョンに入って途中の、まだ浅めの階層で魔術師であるルルノアの杖が折れてしまったのです。

 仕方なく、ダンジョンアタックを諦め、撤退をすることになりました。当然の事ながら、ほとんど稼ぎがありません。

 多分、私の報酬はほぼゼロでしょう。しかしそれは他のメンバーも変わらないはずです。


 その一方で、私は今回のダンジョンアタックには満足感を抱いていました。というのも、今日はいつもより、自分でも立ち回りが良かったと思うのです。

 ミスらしいミスも無く、何よりも勘が冴えていました。


 いつも勝手に飛び出す双剣士のハーマルー。彼女が飛び出すタイミングがなんとなくわかったのです。飛び出す気配を感じる、とでもいいましょうか。

 そのお陰で余裕をもってハーマルーのフォローに入れました。その余裕がうまく次へと繋げられて、パーティーの後衛を守るために戻るのにも余裕がありました。


 一人手応えを感じながら宿へと歩く私とは対照的に、皆の顔色はあまり良くありません。


 杖を自分の不注意で折ってしまったルルノア。杖の買い換えはかなりの高額になるはずです。それに、儲けのほとんどない今回のダンジョンアタックはパーティーリーダーとして失点でしょう。


 パーティーメンバーのルルノアを見る目はどこか、険しいです。今も、私たちのパーティー『万雷の乙女』の弓使いであるヤノスがルルノアをチラチラと、暗い瞳で見ています。


 そのヤノスと言えば、私はそこまで詳しく無いのですが、彼女は付き合っている男性にお金を貢いでいるようなのです。

 彼女以上に報酬の割り当ての少ない私にまで、その事でお金の無心をしてきた事がかつてありましたから、間違いありません。


 その時は当然断わりました。「ノロマなリシュに頼んだヤノスちゃんが馬鹿でした」と捨て台詞を言われましたが、ヤノスがその時、素直に諦めてくれたのには助かりました。


 そんなことを思い出しながら、斜め前を歩くヤノスを見ていますと、何やらヤノスとハーマルーの二人が隣で歩きながら、こそこそと話し始めます。

 最後尾にいる私から見ると、二人とも視線は先頭のルルノアを向いています。

 どうやらルルノアに聞かれたくない話のようです。


 特に聞くつもりも無かったのですが、向かい風にのってセリフの断片が漏れ聞こえて来ます。


「──ダンジョン」「ヤノスちゃんが──二人なら」「ルルノ──怒ると──」「黙っていれば──。明日に──」


 どうもヤノスがハーマルーをダンジョンアタックに誘っているようです。ルルノアの決めたルールで、パーティーメンバーが勝手にダンジョンに潜るのは『万雷の乙女』では禁止になっています。

 それを破ってまで、ヤノスはお金が必要なのでしょう。もともと向こう見ずなハーマルーなら言いくるめ易いと思ったに違いありません。


 私は一瞬、危険だからと止めようかと思いました。しかし諦めます。普段の戦闘中から私の話を聞いてくれないハーマルーと、いつも私をノロマだとバカにしてくるヤノスが、私の言う意見を聞くとは到底、思えません。

 結局二人が秘密話をしている間、聞こえない振りを続けます。


 まあ二人の視線はルルノアに向いているので、私が聞こえてしまっていることなど気がついていないでしょうけれど。


 頷く動作をすると二人は秘密話を止めました。

 ちょうどそこで、宿が見えてきました。









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