第4話 副業開始

 私はタプリールが立ち去ってからの事を話します。

 とはいっても、私のやったことはタプリールに言われた通りネロとリーの手を握っていた事。そして二人の回復を祈っていた事だけです。


 それを正直にタプリールと、マザー・ホートに伝えます。


 話し終わり、皆を見ますが誰も話し出しません。

 不思議に思ってタプリールの顔をみると、なぜかあんぐりと口を開けてこちらを見ています。

 しかし私の不思議そうな視線に気がついたのか、あんぐりと開けていた口を閉じ、片手を額に当てて首を振り始めるタプリール。

 そしてようやく話し始めます。


「リシュさん」

「はい」

「確認ですが、貴方はどこか教会に属していますか。もしくは幼少の頃から熱心に神に祈りを捧げてきましたか」

「いえ。代々戦士の家系ですし、お恥ずかしながら神に祈った事自体、はじめてです」


 私の返事に目をむくような表情をするタプリール。

「そんな、あり得ない。魔女の吐息にかかって瀕死の子供二人を、神に初めて祈って即時治癒させるなんて。瀕死からの即時治療自体が第一級の聖女の技なのに。この国でもそんなことをできるの、大聖女と呼ばれているあの方だけのはず。全く神に祈った事もないリシュさんが大聖女並みの奇跡を起こした……?」


 そのままぶつぶつと呟くタプリール。

 目が血走っていて少し怖いです。


「タプリール、お辞め」

「マザー・ホート! ですが明らかに変です、こんなこと!」

「いいから落ち着きな。シスターとしてみっともない」

「……取り乱しました。申し訳ございません」


 しょんぼりとしたタプリール。


「リシュ」

「はい、マザー・ホート」

「貴女は神に祈り、治癒の奇跡を起こした。それもなまなかな奇跡じゃない。本当の奇跡と言ってもいい」

「そう、何ですか? すいません。全然、実感できなくて」

「ああ。リシュが感じた気配は、ラーラ神の気配さね。そして光はラーラ神の御姿さ。本当にうらやましいぐらいだ。リシュ、貴女は神の愛し子かもしれん」

「かみのいとしご?」

「まあ、わからなくても仕方ない。教会関係者でも一部しか知らないことさね。何にせよ、リシュ。シスターにならないかい? 才能あるよ、貴女は」


 突然マザー・ホートから勧誘されてしまいます。そこでしょんぼりとしていたタプリールもばっと顔をあげると勢いよく話しかけて来ます。


「そうですよ! リシュさん、シスターになるべきです。リシュさんなら聖女にだってなれますよ!」


 背のびして私の両肩をつかむタプリール。

 私はそんな小さくて可愛らしいタプリールを見下ろします。

 そして次に掴まれた自分の筋肉隆々の両肩を、鍛え上げた二の腕を見ます。


 清楚で可愛らしいタプリール。

 そんなタプリールのまとうシスター服も、繊細な花柄の刺繍の施された可愛らしいものです。


 私は思わず想像してしまいます。

 シスター服をまとった自分の姿を。


 高い身長。戦士として皆を守るために鍛え上げた全身の筋肉。

 それを包むシスター服。細身に仕立てれば、二の腕はパツパツでしょう。刺繍なんてのびて花のお化けになってしまいそうです。

 体格を誤魔化すために緩やかに仕立てれば、丸々して見えそうです。


 ……惨めな見た目になる未来しか想像出来ません。


「ごめんなさい。せっかくのお誘いですが、私は戦士です。シスターには……」


 首を振り、辞退を告げます。


「そんな! どうして!?」


 驚きの声を上げるタプリール。

 私はなぜそんなに驚くのか、逆に驚いてしまいます。


「お辞め、タプリール。リシュ、貴女は冒険者だったわね」

「はい」

「それじゃあ、こういうのはどうだい。暇なときだけ、ここの教会の手伝いをすると言うのは? 謝礼も、もちろん発生する。見たところ、金銭的に余裕があるようには見えないしね」

「う、うーん」


 思わず唸ってしまいます。頭をよぎる、かつかつの今の懐事情。それが少しでも改善することにはとても魅力を感じます。

 ですが、他のパーティーメンバーにばれたら色々めんどくさそうです。ただでさえノロマの役立たずと言われがちなのです。それに、シスター服姿は晒したくありません。


「それに、基本的には姿を隠してていいさ」

「え、マザー・ホート。どうするんですか」

「何を言っている、タプリール。懺悔室があるだろう?」

「ああ! なるほど! あそこなら」


 姿を見せずに済む、というマザー・ホートの提案。それが決めてでした。私は伸ばされたマザー・ホートの手をとります。


「わかりました。お手伝い、やらせて下さい」


 そう告げた私を満面の笑みで迎えてくれるマザー・ホートとタプリール。

 私はその二人の笑顔を見たとき、背後にかすかに気配を感じました。祈った時に感じたのと同じ気配です。

 それはまるで、私の選択を祝福してくれているかのようでした。

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