第3話 治癒の奇跡

「ラーラ神よ。お願いします。今、目の前で二人の幼い子供達が苦しんでおります。どうかどうか、この幼い二人をお救い下さい」


 私は目をつぶり、必死に祈るあまり、思わず祈りの言葉が口からこぼれてしまいます。

 正式な祈りの文句もわからないまま、ただただ必死で神に呼び掛けただけの、その言葉。


 シスターとしての徳も積んでいない、単なる戦士にすぎない私の祈りは、言ってみればただの戯言です。

 何も起きるはずの無い、その祈り。


 しかし、私が神へ呼びかけをした、次の瞬間でした。


 何かを感じます。

 それは気配。


 温かく、それでいて少しざらりとした、とても大きな気配。突然、私の背後に、その気配は現れました。


 気配が私の背後から覆い被さるように近づくと、私の握った拳にそっと、温かい何かが添えられます。


 それはまるで神が、私と幼い姉妹が握った手に、自らの御手を重ねてくれたかのよう。


 私は、その瞬間から金縛りにあったかのように一切の身動きがとれなくなります。閉じたままのまぶたすら、重くて重くて。ぴくりとも持ち上がりません。

 その閉じたままのまぶたの裏に、何かが映ります。


 光。

 ちょうど正面の壁に飾られたラーラ神の像に似た姿をした光。しかし、それは一瞬で消えてしまいます。


 すると急に、体が動くようになります。

 瞳を開け、顔を上げます。

 先程まで感じられた温かくてざらりとした気配は、すっかりと消えてなくなっていました。


 ふと、違和感を覚えて、視線を下げます。

 先程までガクガクと動いていた女の子の震えが、すっかりとまっています。

 それだけではありません。

 顔色が二人ともすっかりよくなりなり、すやすやと安らかな寝息すら聞こえて来ます。


「──熱が、下がっている?」


 私の手に伝わる二人の幼い女の子達の体温も、すっかり普通の温かさになっていました。


 そこへ、ばたんと音をたて、部屋のドアが開きます。

 飛び込むようにして入ってきたのはタプリールでした。


「リシュさん! 遅くなってごめんなさい! ──ぅえ?」


 私のすぐそばまで近づいてベッドを見下ろしたタプリールが、驚きのあまりか固まっています。シスターらしからぬ変な声が漏れた気もしましたが、私は聞こえなかったふりをして上げます。


「変な声をあげるでない。そこをおどき」


 タプリールの背後から、別の人の声が聞こえます。棒立ちになったタプリールを押し退けるようにして現れたのは妙齢のシスターでした。彼女がタプリールがつれてきてくれた、治癒の奇跡を使えるシスターでしょうか。


 私もその新しく現れたシスターの勢いに押され、握っていた手を離すと、後ろへと下がり場所を譲ります。

 私が手を離したはずみで、二人の幼い女の子達がちょうど目を覚まします。


 新しく現れたシスターと、二人の女の子達の目がちょうどばっちりと合います。

 急に知らない大人の女性の顔がまじかにあったからでしょうか。びっくりしたように二人とも泣き出してしまいます。


 そこからは大騒ぎでした。


 幼子二人と顔見知りのタプリールが、必死に二人をなだめ。治癒のシスターは私の方に詰め寄ってくると、何があったのかと、根掘り葉掘り聞いてきます。


 何があったのかは私の方が聞きたいぐらいですが、何とか説明しようと試みる私。


 幼子達が何とか泣き止み、治癒のシスターの診察によって、私と幼子二人が健康であると確認されたところで、ようやくその場は落ち着きを取り戻します。


 その後は、見習いシスターが持ってきてくれたお茶とクッキーを片手に改めて自己紹介をすることになりました。


お茶のカップを置き、タプリールが話し始めます。


「私から皆さんを紹介していきますね。こちらが治癒の奇跡を使われるサンテ教会のマザー・ホートです」


「よろしく」


重々しくうなづくマザー・ホート。大人の女性の貫禄があります。


「次に、こちらの二人の姉妹ですが……」

「ネロ。こっちの小さいのがリー。ありがと、おねいちゃん。治してくれて」「ありあと」


私の方を上目使いで見ながら、おずおずとお礼を言ってくるネロとリー。

思わず私がほっこりとしていると、急にホートがこちらへと詰め寄ってきます。


「貴女、リシュと言ったわね。一体どうやって治したの? 治癒の奇跡で病を治す場合は、普通は何日もかけて治して行くのよ。タプリールが私を連れにきた僅かな時間でこの子達を完治させるなんて、普通じゃあり得ない。しかも、貴女は冒険者で戦士なのでしょうっ?」









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