第2話 初めての祈り

「いやー。お嬢さん、見た目よりも力持ちだね。助かるわー」


 タプリールに連れられて来たのは、近所の妙齢の達が大鍋でシチューを作っている調理場でした。

 そこでの私のお手伝いは、出来上がったシチューの大鍋をどんどん運ぶことでした。


 普通の人には重たくて、一人で運ぶのは難しいサイズの大鍋です。これまでは大鍋一つを複数人で運んでいたようです。


 でも普段からモンスターの攻撃を耐える私にとっては、これぐらいは楽勝です。火傷にだけは気を付けつつ、手早く大鍋を料理場から炊き出しの会場へ移動させて行きます。


「働き者で助かるわー。うちの倅の嫁に欲しいくらいだね」


 私が空の大鍋をもって来る度にお姉さま達は、そんな風に何かしら温かい声をかけてくれます。

 普通であれば何気ないそんな言葉。それが、ぎすぎすとしたパーティーメンバー達と行ったダンジョンアタックで、ささくれだった私の心を自然となだめてくれるようです。


 仕事も一段落し、少し休んでいると、お姉さま達が話していることが何かと耳に入ってきます。

 どうもこの教会にいるシスターはタプリールと見習いの二人だけ、とか。タプリールは治癒の奇跡が苦手だけど祝福の奇跡が凄いそうです。


 そうして炊き出しもそろそろ終わりかというときでした。私は空の鍋を持って、だいぶ短くなった炊き出し列の横を通りすぎようとしました。


 どさりという音。

 私は何事かと、振り返ります。

 列の最後尾付近で、姉妹に見える二人の幼い女の子が倒れていました。


 私は驚いて空の大鍋を思わず落としてしまいます。そしてそのまま倒れた二人の元へと駆け寄ります。


 地面に落ちた大鍋の音で他の人もこちらをみて気がついたのでしょう。タプリールも駆け寄って来るのが視界のすみに映ります。


 倒れた二人の少女へそっと手を差し出しながら声をかけます。


「どうしたの? 声は聞こえる? っ! すごい熱」

「リシュさん! その子たち、意識は?」


 私は駆け寄ってきたタプリールに振り返りながら返事をします。


「意識、無いみたいです。それと、すごい熱です!」

「もしかしたら、流行り病かもしれません。『魔女の吐息』と呼ばれる病の可能性があります。リシュさん、二人を教会の中へ急いで運びましょう!」


 私は大きい方の女の子を抱き上げると、妹の方を抱えたタプリールについていき、速足で教会の中へと移動します。


「ここへ寝かせてあげてください!」


 到着してのはタプリールさんの自室のようです。質素ながら居心地の良さそう室内。壁にはラーラ神の像が置かれています。その壁際にあるベッドへ、意識の無い幼い姉妹を下ろします。


「リシュさん、お願いがあるの。私は特別な治癒の奇跡が行えるシスターを、別の地区の教会からつれてきます。彼女なら『魔女の吐息』でもその奇跡で治癒可能です。そして、リシュさん。落ち着いて聞いてください。貴女も感染している可能性があります。だからそれまで、この子たちの側に居てくれませんか?」

「──はい、部屋から出ません。この子たちについています。でもタプリールは感染していないの?」

「ありがとうございます! 私のことは大丈夫。私の祝福の一つに、病を体内にとどめる奇跡がありますから」

「そんな奇跡があるのですね! わかりました。あと、この子たちのために何かしておくことは──」

「私が戻るまで、二人の手を握って、祈ってあげて下さい」


 そう言い残し、タプリールが急ぎ足で部屋を出ていってしまいます。

 私はその背中を見送ると、ベッドに横たわる幼い姉妹を見下ろします。

 タプリールに言われたように、ベッドの脇に膝をつくと、二人の手をそれぞれ握ってあげます。


「凄い熱。さっきよりも、上がっている……」


 幼い姉妹の顔は熱のせいか真っ赤てす。

 その時、急に妹の方の女の子が激しく震え始めます。ガタガタとベッドが揺れるほどの震え。さっきまで真っ赤だった顔色が今度は蒼白になっています。


 明らかに、命の危機を感じます。


「誰かっ! 誰かっ! タプリールっ!」


 自身も感染している私は部屋の外にも出れず、ただ大声をあげる事しか出来ません。


 しかし、返事はありません。

 その時でした。目の前の壁に置かれたラーラ神の像が、目に入ります。


 私は元々不信心で、神に祈った事なんて全くありません。しかし、今ばかりは、すがるような気持ちで、目の前の壁に置かれたラーラ神の像に祈ります。


ひざまずいた姿勢で激しく震え続ける少女の手を握ったまま、私は人生で初めて神に祈りを捧げます。

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